第114話 みんな違ってみんな良い
「ふざけるな!!!こわっぱ!!!」
あ、ブチ切れた。
「茶に砂糖を入れるとは何事だ!!!」
神聖なものに泥団子でもぶつけられた様に怒る和尚さん。
まあ、無理も無い。これが茶道の確立された現代とか桃山時代ならかなり失礼になるだろう。しかし
「でも、こっちの方が美味しいというか、濃茶って苦すぎるじゃないですか」
俺の舌はお子様だからなのだろうけど、ハッキリ言って美味しいとは思えない旨を超速ストレートで伝えた。
「それは菓子の甘さを引き立てるものだからじゃ!」
「はあ。それでも限度というものがあるでしょう」
濃茶って苦いんスよ。
事実かどうかは分からないが、井上ひさしさんが『わが友フロイス』という本で
「日本人の我慢強さを舐めてはいけない。どんなに足がしびれようと何時間でも正座をするし、苦い茶をうまそうに飲む」
と引き合いに出すほど、西洋人にとってお茶は苦い。
日本人が、やせがまんしているのだと思うほどには苦い。
「だったら、甘くすれば飲みやすいだろうと思い、砂糖を入れてみた次第でございます」
「それは、飲む方がおかしいのじゃ!!!!茶とは苦いもの。甘い茶など邪道!外道!」
あ、失礼ポイントみっけ。
「ほほう。つまり貴公は『自分が美味しいと思うのだから、お前たちは嘘でもいいから我慢して旨いと言え』と、そうおっしゃるのですか?」
ストレートに、お前の茶は旨くない。と言ってしまったような気もするが、まあいいや(よくない)。苦いし。
「自分の好みで、相手がいやがることすら許さないとなれば、それは相手をもてなすという茶の湯の本質に反してないですか?」
茶道とは「もてなし」と「しつらい」の美学と裏千家では教えている。
相手の心休まる空間を、相手が自然の美や季節の移り変わりを楽しめる場を作るのが亭主としての基本理念である。
まあ、500年の歴史をかけて基本の形が定まった茶道は、そうした決まりごとも含めて楽しむものだから、現代で砂糖入り抹茶など出そうものなら『常識を学びなおせ』とか『お前は茶会に出るな』など、ドスの効いたおもてなしを関係者から集中砲火されるだろう。それに
「先ほど邪道とおっしゃられたが、正道とは誰が決めたのですか?まさかこの堺の一部だけで生み出した決まりを言っているのではないでしょうね?」
俺は堺に来る前に突貫で教えられた さねえもんの講義を思い出していた。
・・・・・・・・・・・・
「茶の湯?やったことはないですけど歴史なら知ってますよ」
茶器を売るために今の茶道事情を尋ねたら、さねえもんが言うに
「この時代、茶はまだまだ同好の士による小規模なものだったはずです」
という。
日本では平安時代前に一度 茶が輸入されたが、茶を入れなくても飲めるくらい水がきれいなので廃れたという。
それが鎌倉時代になって茶葉の種類を当てる賭け事、闘茶という娯楽として再輸入された。
この賭け事も銀閣寺などの東山文化が出来た頃から変化が起こり、茶道が生まれた。
嗜好が似たような同好の士で試行錯誤を繰り返し、師匠筋が次第に質祖に、無駄な動作を省く御手前としてルールを作って行ったのである。
これが、堂々と密会をできる口実になると目を付けた大名(信長とか)によって変に神格化され、「信長の許可なしで茶会をやってはいけない」などという、格付けがされて持ち上げられたのだという。
「まあ、ビットコインみたいに当時は仲間内で冗談のように扱われていた仮想通貨が金持ちたちが大金を投下して投機対象としてから、急に持ちあげられたのと似てると言えば似てますね」
領地の代わりに茶器を使える。という発想が無ければ茶道は今でも同好会の域を出てなかったかもしれない。という。
だから、この時期の茶道というのは手探り状態をちょっと脱した程度で、権威も伝統も薄い。
今の時点から30年後にこれと同じ砂糖入り抹茶などを出したら、みんなからバカにされ石を投げられていただろう。とさねえもんは言う。
だって『そういうふうに決まっている』世界に茶道はなっているのだから。
「伝統なんて、偉い人と5年の前例さえ作ってしまえば簡単にねつ造できるんですよ。江戸しぐさ みたいなもんもありましたし」
疲れた顔でさねえもんが言う。
だが、この時代はまだそう言った規定を定めている途中の段階である。
少しくらいのやんちゃは許されるはずだ。
それに本当に濃茶が万人受けする旨さなら、自販機のお茶は全部濃茶で埋まるだろうが、ペットボトルの濃い茶はあることはあるが、かなり薄められ、苦みだけ再現されている。
人間みんながみんな玄人の舌はもっていないのである。
・・・・・・・・・・・・・・・
「確かに、昨日頂いた茶はそこまで苦くありませんでした」
ですが、と前置きして
「でしたら初めから、そこまで苦くない茶を用意すれば良いではないですか」
発想の転換だ。
言うなれば師匠の入れる茶は、超絶技術で書かれた崩し字のようなものである。
下手が書けば読めない下手な字だが、上手が書けば心震える芸術となる。
それに対して俺がやったのは『字が下手だからハンコにしました』という手段である。
誰が淹れても旨い茶を入れる。
自分の技術は拙いから、それでも旨いと思える物を出す。
これも御持てなしの一種だろう。
現に甘い茶を参加者は全員 無意識のうちに飲み干していた。
まずかったら、残しているだろう。
さて、ここからが本番だ。
「なお、邪道と言われたが、茶の発祥 唐国ではこのような茶があるのをご存知ですか?」
そう言って俺は懐から別の茶を取り出す。
「これは…花の香り?」
お、流石。
「これは花茶と呼ばれるものでして、香りをつけるためにジャスミンという花の香りをつけたものです」
1535年に発行された茶譜という本に、茶15;花1の割合で混ぜる製法が書かれている茶、花茶というものを俺は取りだした。
容れ物は本物の唐渡り、中国から取り寄せたものだ。
権威には権威をぶつけるのが最適だ。
茶道は日本で発展した文化だが、茶の発祥は中国である。
その大本がフリーダムに色んな茶があるのに、一本に縛るのはおかしいだろう。と言ってみたわけである。
言葉だけだと出任せだと思われるだろうから茶譜の写しも出す。
「……拝見させて頂けますか?」
中国語は読めないが、漢字でだいたいの意味が分かるだろう。商人たちは書かれた内容をみて驚いていた。
白茶、青茶、紅茶、黒茶。
焙煎したり、発酵させたり、ブレンドしたり。
ありとあらゆる茶の楽しみ方が書かれていたからだ。
俺も、こんなマニアックな歴史を知ってるさねえもんにビックリだよ。
黒柳●子さんやWIKIなみの雑学の塊である。WIKIえもんって呼んでいいですか?
「ちなみにこの茶は焙煎しているから色が茶色い」
市販のジャスミン茶やウーロン茶を思い出してほしい。
「こうした色なら、白い白磁も合うだろう」
そう言って、俺は西洋風の取っ手付きティーカップを取り出した。
目の覚めるような陶器に注がれる薄茶色の液体。隣には砂糖壷を添える。
ごく一般的な喫茶店スタイルで「これが唐国最新の茶道でござる」と、おもいっきり嘘をついてみた。
ついでに、ガラス製のティーポットも出す。
「この花茶は花の香りだけでなく、茶葉と花が開くのも楽しむモノでしてな。明の貴族の方々はジャスミンの花に湯を注ぎ、このようにほころんでいく光景を楽しんでいるそうです」
と言いながら、窯の湯をガラスのポットに注いでいく。
別府の白池地獄あたりに含まれるホウ酸を混ぜた耐熱ガラスである。
これを中国の貴族へ献上して花茶の楽しみ方も伝えたので嘘ではない。
茶室で開かれる西洋風の茶会。
シュールな光景ではあるが、西洋風ティーカップにガラス製品を茶道に食い込ませる実演販売としては効果抜群な茶葉の数々を出していく。
日本のコンビニで売られる多種多様な茶を白磁の器に注ぎ、好きなだけ砂糖を入れて飲んでもらう。
「私にとって茶道は、誰もが落ち着ける心地よい空間。上も下もなく、競うわけでもない。言うなれば猫のようにわがままになれる場で良いのではないかと思うのですよ」
と言いながら、フリーダムに日本茶道の礎を破壊しつつ貿易商品のセールスへと話を変えていった。
変わり種の茶にも合うようにデザインされた、豊後ブランド茶器の売り込み開始である。
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本作を書くにあたって「茶道 砂糖入り抹茶」で検索したら
『まともな茶道ならば、ルール違反です』
『お茶に砂糖を入れるのは外道です。苦いお茶と甘い和菓子があってこその茶道だと思います!』
という回答ならまだマシで、
『茶道の意味を知らない人間の質問 出直したほうがいいです。』
という直接的なものから
『ルールではなく御作法でしょ。茶道の御作法にありません。砂糖を入れたいなら茶道など習わず”個人の自由”で勝手にどうぞ。上手な人が立てると苦くないんですけど。』
という上から目線回答もあって、気が付いたらこんな形になってました。
好みは人それぞれだし、決まった作法への敬意は持つべきだと思いますが、着物を着始めた初心者の着こなしを徹底的にバカにする『着物警察』によって和服が衰退していったように、あまり目くじら立てたら明治時代のように茶道はまた衰退するんじゃないかなと思うのです。
フィンガーボウルの話や岸●露伴の例のように『最大のマナー違反は、 マナー違反を その場で指摘することだ』という、寛恕の心を持って行きたいものだなぁと寿司警察や茶道警察、建築警察などにからまれた筆者は思ったりします。
今回で茶道の話は終わりにしたいと思います。有難うございました。
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