第110話 鯨は漁村を数カ月。産業は国を100年賄う

対馬と言う情報漏えいの少ない孤島を拠点にして九州の経済はぐるぐる回ることになった。

 なにしろ今まで何の価値も無かった土くれが売れるのだから。


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「おーい。あったぞー!!!!」

山師たちに協力を仰ぎ、日本陶磁器発祥の地 有田で陶磁器の土を発見した。

「しかし、銀とか金なら分かりますが何故このような土を探されておられるのですか?」

不思議そうに言われたが、正直に言う必要は無い。ただ

「唐国や朝鮮で日本の珍しい土を集めている御大尽様がおるらしい。何にせよただの土を買うて下さるのじゃ。売れる時に売ってしまえ」

 と言った。

 有田は佐賀を南北に分ける山地にあるので、採掘は龍造寺、積み出しは松浦に奉行させることにした。

 一応守護代に任命したがやる気に欠ける2人の事。

 初めは『土くれごときを売るために、何故わしらが出向かねばならぬのだ?』と渋っていたが土の買い取り値段と、そのための施設造営に補助金を提示したら眼の色を変えてやって来た。


 肥前一国くらいなら5回は買えそうな値段を出せばそりゃ飛び付くだろう。

 

「で、御屋形様。ここでそれがしは何をすれば宜しいのでしょうか?」

 と松浦は揉み手をしながら愛想よく尋ねてきた。

 さすがは貿易で国を経営した男。そして南蛮貿易のためにキリスト教を気前よく許して、平戸を混乱に陥れてしまった戦犯。

 利に聡い。

「隆信は鉱山夫の為に街を作れ。運んだ荷物は北の松浦に渡す。そのため(松浦)鎮信は佐賀の作業員から線路敷設の技術を学び、効率よく海に運べる場所にトロッコを通せ」

 と命じた。

 現在でも有田から北の伊万里、福島崎へとつづく松浦鉄道がある。

 一部は川下りなどをしないと通れないかもしれないが、運搬の為の交通網は必要だろう。

「ははあ。して人員は如何いたしますか?」

 今は丁度冬に近い。農閑期なので、周辺の住人に日当を出して助力を頼もう。

 そして、対馬から買い入れた元奴隷だった人間と豊後の技術者も投入する。


 失業対策をすれば、毛利という疫病神もいない今、長崎では戦争をする必要がないはずだ。

「これは公共…民のための仕事である。無給の仕事ではなく大友家が褒章を必ず出すので安心して普請にあたれ」

 その言葉に松浦は安堵したように頭を下げる。

 信じられない話だが、祖調庸に代表されるように人間の労力提供は税金の一部であり褒美が出ない事が多い。

 特に戦争では一族の代表に褒美は出ても雑兵と呼ばれる農民兵士は毎日の食料が提供されるだけで基本的には無給。税金の支払いという扱いだったらしい。

 だから戦争では略奪が絶えないし、十分稼いだら戦意も失うのである。

「サービス残業させてるブラック企業みたいですね」

 とさねえもんが言うが、その通りである。家族がいなかったら逃げ出すね。俺なら。

 そんなわけで、十分な補償と言うのは異例であり、民を食わさなければならない経営者としては渡りに船な話であった。

 しかも、陶器は三池炭鉱の様な100年で終わった産業と違い、500年以上たった今でも続く産業だ。

 冬場の仕事不足や雇用対策にもつながるだろう。

 漁村で鯨が漂着すれば各部材を売って漁村が数カ月賄えると言うが、産業は100年国を賄うのである。

 これこそ国家100年の計というものだ。どこかの胡散臭い政治家とは一味違う。

「まあ、500年先まで成功するってのが分かってますからね」

 と水を差される。

 まあ、国を豊かにしないと命の危険が有るから100%善意でやらないといけないんだよね。ある意味 慈善である。早く誰か代わってくれ。


 そんな事を考えていると、

「失礼ながら、その金は先に頂きとうございます」

 と不信の詰まった目で龍造寺が言う。

 さすが、謀略で祖父・父・叔父・一族を殺された男。不信感が強い。

 世の中そんな上手い話があるものか。ぜったいこいつ騙そうとしている。

 そんな猜疑の目で見ている。

「そういうと思い御大尽より、前金として2割の銀受取っておる。予定通り進めば来年には2割。農繁期になるまでに終わらせて残りの6割を受取る手筈となっておる」

 そう言って銀の詰まった箱をトロ箱のように出す。

 まあ、御大尽と言うのは機密保持の為の嘘なので、実際は貿易で集めた銀なのだが。


 2割でも相当な金額である。

 まさか即金で渡して来るとは思ってなかった龍造寺はまゆにつばを付けて、全部の箱を確認して、しぶしぶ頭を下げた。

「肥前の中とはいえ、ここは他人の領地。色々争いが起こるであろうが、そこを上手く差配するのが守護代の仕事じゃ。ワシはお主なら東肥前を差配する器量があると思っておる。よろしく頼むぞ」

 と、全面的に信頼してますムーブで激賞した。

「そこまでの信頼誠にありがとうございまする」

 と猜疑の眼ではあるが礼を言われた。

 まあ、将来的に肥前の半分と筑後半分に肥後一部を治めていた時期もあるしな。

 

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 肥後や筑後でも各地の領主に人員を出させてその数に対して報酬を出した。

 ピンはね派遣会社みたいな感じだけど、冬場の人間は金を稼げる人間は少ないので喜んで出してくれた。

 本来なら天草で取れた土は、現地で陶磁器にして種子島経由で南蛮船に売りさばいた方が効率は良いのだが、技術は機密事項なので面倒でも対馬、または豊後に運ばせる。


「眼鏡の製造技術を気前よく教えてしまってシェアを奪われた鯖江とか、半導体とか勝手に種を盗んで違法に栽培されて輸出品にされた いちご・シャインマスカットなどの事例があるからな。技術は絶対に渡してはいけないよ」

 欧州で陶器の製造技術者を幽閉した王様の気持ちも分からなくは無い。

 

 この製造技術を知らないうちは豊後は『何の価値も無い土を高値で買ってくれるお客様』である。

 これが陶磁器製造技術を知られれば、昨日までの客は『資源を横どりする泥棒』となり、共に工事をしていた領主たちは資源を独り占めするために戦争となるだろう。

 九州の平和の為にも、対馬は10年は秘密にしないといけない施設が出来た事になる。

「一万田さん。帰省する時には監視を付けないといけませんね」

 

 変だな。俺は資本主義の日本をモデルに国家運営しているのに、やっているのはソ連や北朝鮮みたいな国になってないか?


「そりゃ、花形産業ってのは一つ狂えば国家間の紛争に繋がる爆弾でもありますからね。平和ボケした日本の真似したらダメですよ」


 ………………………………あれ?実行して分かったけど、ものすごい地雷を自分で作ってね?

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