第96話 技術は国の元だ。譲れるか。

 史記には冒頓単于という人物が登場する。

 北方遊牧民族・匈奴の大族長である。

 ある時、東方にある強勢な国の東湖王から使者が派遣されて


「千里の馬を献上せよ」


 と要求された。

 騎馬民族である匈奴にとって馬は宝である。

「断るべきです」

 冒頓の臣下は皆言った。だが冒頓は

「一頭の馬を惜しんで隣国との誼を損なう訳にはいかぬ」

 と要求に応じた。

 しばらくして、東湖王は再び


「冒頓の妃を一人寄こせ」


 と申し入れて来た。

 冒頓の側近連中は激怒し、東湖攻撃の命令を冒頓に催促した。

 だが冒頓は、寵愛する妃の一人を贈ることにした。

 すっかり増長した東湖は、三度 使者を送って


「(両国の間にある)千余里に亘る不毛の荒れ地を我が東湖が支配する」


 と申し入れて来た。

 冒頓は側近にどうするべきか問うと、何人かは

「どうせ何の使い道も無い荒地です。くれてやっても問題ないでしょう」

 と言った。

 しかし、冒頓は激怒し

「土地は国の本だ。他国にやれるか!」

 と言って賛成した者を一人残さず斬り捨て、直ちに軍を率いて東湖を逆襲した。

 東湖は匈奴を軽んじていたので何の備えもしておらず、あっという間に滅ぼされた。


 他国とつきあう場合、差し出して良いものと悪いものがあり、その基準はしっかりと持たないといけないという話である。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「つまり技術は土地と同じ、いやそれ以上の価値が有る。仮に他国が大友家に反逆する場合、大きな足かせとなるじゃろうからな」

 たとえば、川の水を水道に通す事は誰でもやり方を知れば真似はできる。

 だが、その水を消毒するための塩素や、水道管の製造技術などは見ただけでは模倣するのは不可能だ。


 肥前や豊後の領地に水道などのインフラを設置したが、塩ビパイプや銅管の製造技術や蛇口の製造法を俺は教えていない。

 豊後で作った既製品を船で運んで、それを取り付けているだけだ。

「もし仮に大友家に逆らう場合、その製品は全て供給を止める。水質管理の試薬や消耗品なども止めるとその便利さを全て捨てる事になる。領民たちはそれに耐えられるかのう?」

 金や米などは略奪できる。

 だが、高度な技術は人間を確保しないと奪うことはできない。

 一昔前の日本の製造業が財務省の最悪政策で経営が圧迫され、技術者が韓国や中国に高待遇で引き抜かれたのも、それが原因だ。

 技術を奪えるなら大金を投じる。

 中国や韓国はそう判断し、冷遇された技術者を高給で雇った。そして必要な技術を手に入れたら放り出した。

 これによって日本の半導体産業を初め他の分野でも他国に追いつかれ、技術を秘匿できた分野だけが生き残ったといえる。

 なので、生産ラインだけは絶対に与えないし教えない。

 十分な賃金を払って他国に逃亡しないようしっかりと囲い込む。

「我が国が手助けしないだけで、そのような事が実際に起こるのですか?」

 宗像という1553年に叛乱予定の領主がいぶかしげに問うてくる。

「ああ、1月以内に水は腐り、洗濯機は壊れ、食糧を保存する装置はただの箱と化すだろう」

 仮にここで大友家へ反乱を起こせば、一ヶ月もしないうちに水タンクに藻が発生したり上水に汚水が入り込んで食中毒をおこすかもしれない。そうなると、水道は使えない。

 それを聞いて古庄という1556年に叛乱予定の領主が

「…そういえば我が領地にも、なにやら怪しげな桶がございましたが、あれに呪いか何かをしているのですか?」

 と聞いてきた。


 うん。細菌の知識がないとこうなるよね。


 水を消毒しないと清潔で便利な水道も大腸菌まみれの毒水に早変わり。

 大分市とか水道タンクに藻が発生していたとかニュースでやってたし、技術の進んだ現代でも目を離せばこんな事故が起こる。

 また財務省が紙幣を刷らず予算をケチるせいで道路のメンテ状態が悪くなり陥没や崩落が起こっているのだから、完全にノーメンテだと現代社会は崩壊する。

 そんな事を言っても分からないだろうから

「あれはまじないではなく科学様の御加護を頂けるよう特別な石を投下しておるのじゃ」

 と言う。迷信でしか世界を見れない石頭でも『神様に逆らったら便利な生活が消える』と説明すれば納得はするだろう。

「科学様が我々にお与え下さった技術は、常に管理をしていれば問題ないが、少しでも邪な心で反乱を起こし管理を怠ればたちまち使い物にならなくなる」

 その言葉に領主たちに動揺が走る。

 一部の反乱や裏切りを企んでいるやつら。そんな不届き者への警告もかねて、大友家に逆らった者たちの未来予測を説明しよう。

「大友家が信望する科学様をないがしろにした場合、家に居ながら飲めた水はたちまち毒になり、洗濯という重労働を解放してくれた装置はただのゴミと化す。お主たちの奥方が定期的に使用している化粧品も二度と入ってこぬだろう」

 これらの技術は大友家、正確に言えば俺が独占しているからな。

 さて、向上した生活レベルに慣れた住民が、急に技術が使えなくなり不便な生活を強いられたらどうなるだろう?そう聞くと臼杵が


「とりあえず、元凶を殺しにいくでしょうな」


「せめて『抗議する』という過程を入れてもらえます?」

 怖いよ。

 一領主としては、せめて殺す前にワンクッションおいてほしいです。

 短絡的な殺人、ダメ!絶対


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 気を取り直して説明を続けよう。

「あんまりにも当たり前に使っていた技術が使えなくなったら、まあ領主は良くて謝罪するよう命じられるか追放。下手すれば首(物理)だろうな」

 領民が生活できなきゃ領主である資格はないのだ。

 こうしたメンテに必要な技術は絶対に渡さない事で領民は大友家に逆らえないようにした方が反乱は起こしにくいだろう。

「守護職を正式な手順で貰っても、武力で反乱を鎮圧しても、肥前と筑後の領主って当たり前のように裏切りますからねー」

 宗麟の代に秋月は3回、筑紫に至っては4回ほど降伏と寝返りを繰り返している。これはもう武力で降伏させてもすぐ裏切るものと認識するしかない。

 だったら、どうすれば裏切らないか?

 その答えがこれだった。

 便利な生活を提供して裏切れば取上げる。

 こうすれば逆らっても良いが、メリットよりもデメリットの方が大きいと領民レベルで理解していただけるだろう。

「これは戦に関する根本的な理由なのじゃがな」

 領主とか武士は『他人よりも大きな土地を得て威張りたい』という名誉とか『敵が攻められない程、強い国を作りたい』『食糧が足りないので略奪したい』という理由で戦闘を起こすが、領民にとっては死なずに快適に生活できるのが一番だ。

 領主はその生活を守っているからこそ従っているが、その領主のせいで生活が脅かされると言うなら話は変わって来る。

「まあ、それでも『武人の誇り』とか言い出して反乱を起こす奴はいるんだろうけど、抑止力にはなるよな」

 領民抜きで戦争できるもんならやってみてほしい。

 アホな領主に従って戦って得られるのは不便な生活。見限って大友家に従えば便利な生活が戦わなくても手に入るのだ。


「昔の小話で、日本人が北朝鮮に共感してスパイとして過酷な任務を達成したらカラーテレビが褒美に授与されたという話がありましたね。」

 日本だったら普通に働いて給料で買えるモノが、救国の大功をたてないと貰えない。

 国が貧しいと、ここまで徒労を味わわされるのである。


「武力で押さえつけて従わせるより、快適で豊かな暮らしを保証する事で心から心服させる。その方が楽だし何度も叛乱鎮圧しなくてすむから楽だろう」

 これを『北風と太陽作戦』と名付けよう。

 さて、この作戦。吉とでるか凶とでるか。 

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