第93話 イワンのバカ野郎ども
こうして地方に配布された大友家の紙幣。
これが流通すれば多くの商品が循環してそれと共に大友家の支配力も高まる。
そんな期待と共に、薬品としての砂糖や煙草、大麻(※薬用です)芥子(※薬用です)などの研究をしながら成果を待っていた。
そして
「今月の流通金額を発表します」
と肥前から光通信(太陽光の反射を使った連絡網)で届いた速報値を聞く。
「まず島原が…」
読み上げようとする吉岡の声が止まる。
「どうした?」
「ええと、島原ですが0文です」
「マジで?」
「誠です」
そうなると当然だが、松浦も0。佐賀も0だった。
オーケー。よく分かった。
「どうやら有馬も松浦も龍造寺も反逆の意図があるようだな。守護職を返上して見捨てよう」
屋上へいこうぜ。久しぶりにキレちまったよ。そんな言葉が頭に浮かぶ。
「いえ!お待ちくだされ」
慌ててさねえもんが止めてくる。
「たぶん囚人のジレンマというか「他人が使わせてくれたら自分も使おう」って警戒したまま使えなかったのかと思われます…」
はい?
「え?紙幣は米とか塩を買える魔法のツールだぞ?普通品切れにならないように先を争って使わないのか?」
現代社会でも2万円出したら2万5千円分になる地域振興券とか即 完売してたじゃないか。戦国時代でも庶民は計算くらいできてたよね?
「それは貨幣経済が浸透した世界の場合でございましょう」
と窘められた。
「豊後の場合は大友家のおひざ元で、なおかつ労働の対価として小単位の取引の試行錯誤から次第に貨幣は使われるようになりました。しかし、今度は遠国の話。新奇な物を使う場合、誰かが先鞭を切らないと使い方がわからなかったのかもしれません」
そういえばジャガイモについて調べていた時に『いくら便利でも警戒して使われなかった例としてのジャガイモ』を説明された事があったっけ。
たしかあの時話していたのはこんな話だったっけ。
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「美味しくて繁殖力に優れるジャガイモですが、日光に当てると毒性を持つ性質などから欧州では始め家畜の餌として使われていたそうです」
そこでフランスでは『ジャガイモ畑に見張りをつけて、夜になると見張りを立ち退かせてわざとジャガイモを盗ませるようにした』らしい。
ロシアでは『ピョートル大帝が農民に普及させようとしたが広まらず「目の前で食ってみせなければ打ち首にする」と脅したが、気味の悪い物を食べて苦しむよりは処刑された方が楽と判断され、大帝自ら目の前で食べて見せるも『大帝陛下は悪魔の申し子という噂があるし』とナチュラルに酷い偏見から躊躇されたので、首に剣を突き立てられ「喰え」と脅した』とか、新しいものを広めるには根気と工夫が必要なのだと言う。
…ロシアのピョートルさん。マジかわいそう…
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そんな人間の失敗事例を思い出して、俺は自分の過ちに気がついた。
普段なら根回しをして初回の数日間はサクラなりダミーを使うところだが
「ただで金を渡したんだから、みんな喜んで使うだろう」
と販売者の手配しかしていなかった。
だが「こんな紙切れで物が買えるはずがない」って思われたらおしまいだ。
貨幣経済とは政府への信頼と、『これは価値のあるものだ』と全員が錯覚する共同幻想が必須。
『イワンの馬鹿』って本で、働き者で欲のない農民に悪魔が金を渡したらアクセサリーとか石投げの道具に使いだしたって話があったっけ。
価値が分からない相手に金を渡しても怖くて使えなかったのかもしれない。
「どんなに便利なものを出しても、実際に使ってもらわないと意味が無いのだよな」
急いで、銅銭をばらまいてサクラに紙幣を使わせないといけない。
そこまで思って、ふと正気に戻る。
……これって、金を渡して、さらに別の金を渡して商品を買ってもらうんだよな。
何で俺がここまでしなければならないんだろうとむなしくなるが仕方ない。
日本で物事を上手く回すには根回しが必要なのだ。
こうした根回しに抜群の腕前を持っていた総務のBさん。最終的には精神を病んで退職したと聞いたけどお元気だろうか?
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「つまり『実際に紙幣を使って商品が買えた男』と『他国の紙幣を大量に持ち込んで両替し、商品を買いあさる商人』の二役を用意すればよいのですな?」
そうまとめると吉弘鑑理は大勢の部下とスパイを連れて肥前へ出発の準備を終えた。
もともと吉弘鑑理は肥前と筑前の方分(地方の統治責任者)として将来的に赴任し、うまく押さえてくれた良将である。
物腰は柔らかだが、作戦の実行力はすさまじく、病死しなければ龍造寺は滅んでいたかもしれない程の先見性もある。
これ以上の適役はいないだろう。
「そうなると一万田が地位を追われたと怒るでしょうな」
と吉岡が言う。
肥前を一人で治めるのは無理だと本人が言ったのだから、交代要員を出すのだがそれではプライドが傷つくか…
ううむ。嫌がらせと気付かせのためにやった人事が牙を剥いてしまったか。
ゲームとかだと将棋の駒みたいに気軽に配置転換できるけど、人間ってそうはいかないもんな。
「ならば、土地ではなく通貨の担当者として派遣すればよろしいのではないでしょうか?」
なるほど。財務省みたいな特殊な使節にしておけば実態はどうであれ名目は一万田とは敵対しないか。
そうなると名前が必要だな。何にしようか?
「ならば勘定奉行とか如何でしょう?」
とさねえもんが言う。
勘定奉行は江戸幕府の職名で財政や幕府直轄領の支配などを司る、寺社奉行・町奉行と並ぶ三奉行の一つらしい。会計ソフトじゃないんだ。
「この職制の良い所は裁判権や統治権を持つ所です」
金には争いがつきものだ。だからか勘定奉行は関八州内江戸府外の訴訟について担当し、郡代・代官・蔵奉行などを支配したという。
これに軍事権を与えれば国をまたいだ師団長のような権限を持つ強力な役職となる。金しか扱ってないような名前ながらその実態はかなり強力だ。
仮に文句を言われても『金の流通にはこれ位の強い権限が必要なのだ』と説明して、それでも納得しないようなら実務を担当させればよい。
「お金を使われない程 民衆が経済に疎いなら、逆に経済の支配力を知らないと言う事です。うまく利用すれば地方経済から訴訟を通じた利権から支配権まで根こそぎ奪い取れるかもしれません」
などと黒い事をいう。
この申し出に他の人間たちはピンと来ないようだ。
貨幣経済というのは近代社会が造り出したチート文化だから、それが浸透した世界がどうなるのか分からないようである。
つまり…無知な相手をインチキ賭博で騙すような、悪辣な経済戦争をやりたい放題ってことか?
「ふむ。面白い。左近大夫(鑑理)どの、実衛門と相談して肥前の…いや大友家の財政全てを刷新せよ。うまくいけばこれで肥前どころか九州が治められるかもしれぬ」
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