第84話 文明開化 オブ 豊後

 肥前から呪詛が聞こえた気がするが、豊後は豊後で大変だった。


 米不足は解消したが、ナムプラー魚醤とかタロイモ・インディカ米を使ったことがない住民に料理教室を開かなければならなかったからだ。

 毎日外食できるほど皆豊かではないし、副采つきの食事を日常に浸透させることで偏った食生活(99%玄米)を改善するためだ。


 なお、これは全住民参加。


 男子厨房に入らずなどという野蛮人にも「お前それ戦場でも同じことが言えるの?」と言って参加させた。


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 人間、一度もやったことがないのと あるのでは雲泥の差がある。

 一度調理経験があれば、いざというときに米以外の食事だって選択が可能なのである。


 ただ、最低限の知識を知らないと小学校の調理実習で『ソフトクリームと(直火で)溶かしたチョコ使えばパフェができるんじゃね?』と言って『想像を絶するほど気持ち悪い甘いクリームと、苦すぎるチョコだった物の残骸による悪魔合体』を制作し、みんな(教師含む)で実食して泣く羽目になるので注意が必要である。


 そんな自殺点で学習した経験から今回の調理実習を開催することにした。

 新食材って下手すると食中毒起こすしね。


『豊後料理教室』と大書した垂れ幕の前で多くの住民が物珍しそうに見つめている。


「料理は大変だと思っている人がいるかもしれませんが、基本的に煮ればだいたい食べられます」


 この原始的な真理を先ずは告げておく。


「はいここにあります南蛮芋タロイモ。芋というのは里芋含めて加熱しないと毒があります。コンニャク芋などはその中でも最たるものですが、タロイモも火ぐらいは通していた方が安全なので、粉にしても茹でるか焼いてください」

「そんな焼かないとやばいもの食べて大丈夫なのかえー?」

 と女性陣からヤジが飛ぶ。

「そこのお姉さん。いいこと聞いた。米だって炊かないと食えたもんじゃない、というか腹を壊すでしょ?飯は火を通した方がいいんですよ」

 相手の言うことを否定せずに受け流すのは営業の基本である。

 粉状にした芋を水でこねて玉状にしたものを湯に入れてゆでる。

 このタピオカ状の団子を味噌汁の中に投入。

「これが南蛮風団子汁。少し甘しょっぱくておいしいよ!」

 ついで、ナムプラーを使った醤油味のスープに、麺状にしたタロイモを追加して、そばみたいなものを作る。

「こちらが真・南蛮団子汁。ちょっと変わった味付けだが、旨いぞ!」

 と出してみると、珍しい物好きたちがおそるおそる食べだした。


 ろくな調味料がないこの時代、ちょっと現代風に味付けをするだけで受け入れられる目算はあった。

 玄米だけの食事って、あまりおいしくないからね。

 鎌倉時代の武士とか、ちょっと贅沢してキュウリと味噌を出してかじってたとか古典で読んだ記憶があるし粗食というか栄養が偏りすぎる食事だったのでふつうに味付けしただけでも十分おいしい。


「「「旨い!!!」」」


そうだろう。舌の肥えた現代人の味覚は確かなのだ。


「これ、エグ味がないねぇ」

「苦くない飯って久々に食べた気がする」

 そこらの雑草とか稗に粟を食べてた民衆の感想である。

あれ、俺って為政者としてかなり失格?

「こんな贅沢を覚えたら不味いのではないか?」

 と心配する奴までいた。

 人生は辛くてきつい程生きやすいと考えている人間っていつの時代にもいるようだけど、悲惨で辛い環境から脱却できるのが人類の進歩だからね?

 不味いもの食わなくても生きていけるように努力しようよ。


 というか、その意見が正しいなら人類は『土粥』こそが至高のメニューになってしまうじゃないか。


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 こうして、メインの食材に調味料を加えることで『南蛮食はおいしい』というイメージアップから先ず行った。

 ここでへそ曲げられると米が足りないのがバレるからね。


 ほかにも薪の節約として化学繊維による布団や毛布の生産。


 手袋に靴の増産を行い、伝染病予防に衛生教育も施した。

 各地に温泉を掘り(有名な温泉場の位置は大分県人ならだいたい覚えている)無料で開放したのだ。

 疫病予防や健康推進に加え、地獄蒸しのような調理器具にもなるし一石二鳥である。


 だが、これには『汗くさく不潔な方が男らしい』と考えている異世界人のような思考をする奴が大反対した。

 トイレに行った後に手など洗うのは女々しいとかぬかしていた某建設会社の作業員みたいな奴らだ。

 あの男、コロナで文明人の知恵を身につけられただろうか?(※


 こういう手合いはじっさいに疫病で死んでもらうのが手っとり早いのだが、疫病は周りにも迷惑がかかる。

 ノミとかシラミの温床は排除しないといけないのだが、これらを説明しても理解はしてくれないだろう。


 かといって強制させる事もできない。雇われ大名だから。


「なんか良い方法はないかな?さねえもん」

 そういうと、少し考えて

「だったら、困ったときのスペイン法律を利用します?」と言われた。


 魔女裁判でもやるの?


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 次の日に、豊後の各地には、このような高札を立てた。

「豊後人は最低でも3日に一度は公衆浴場で体を清潔にするように」


 そして、その後に一文を追加した。




「ただし乞食と罪人は除く」




 効果はてきめんで、とりあえずみんな風呂に入るようになった。



 入る前に水虫や皮膚病の検査をして、浴槽を分ける処置にブーイングはあったものの、入浴という習慣は受け入れられたので、今度スパランドでも作ろうかと思う。

 なにしろ温泉に関してはテル●エ=ロマエという偉大なる思考実験があったのでアイデアには事欠かない。


 こんな感じで戦国シミュレーションで言うところの文化パラメータだけを集中して上げる政策に重点を置いて二年目は過ごすことにした。

 ここで基礎技術を高めて、早く電灯とか電気炬燵とかを作りたいものである。

「さすがにそれは無理でしょ」とツッコミが入るが最初から諦めるのは感心しないな。まあ、俺も電球の作り方とか知らないけど…。


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 小学校時代に湯せんもしないチョコパフェで地獄を見た筆者は、中学校で別のメンバーで同じ班になった同級生がパフェを作ろうとしていて『素人が作ると死ぬほど不味いものが出来る』と説得しましたが聞き入れられず『ソフトクリームが溶ける前に食べきる』という回避法で一人だけ難を逃れた事があります。

 経験は大事。

 

 なお他の犠牲者は食べた瞬間に噴き出し、むせてむせて 調理実習のおこぼれをたかりに来た別クラスの人間へ『お前にもこの苦しみをおすそわけ』とばかりに気前よく試食させてました。同級生 鬼しかいない。


 なお今回の布告は角川書店から発行された『世界史のこぼればなし』という本に書かれていた贅沢禁止令の布告が元ネタです。

 原文はたしか

「ただし、売春婦と詐欺師は除く」

 だったはずです。

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