第68話 白粉の催眠商法

 7万PV突破しました。皆さまのおかげです。誠にありがとうございます。

 

 なお今回、貴族や公家の話し言葉がわからないので おじゃる語を使いました。

『戦国時代には音声記録装置がないので完全な嘘とも言い切れないなぁ』と思いながら太平洋より広い心でお読みいただけると幸いです。


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 山口の争いは一進一退。

 逆賊呼ばわりされた陶の味方だと暴露された毛利は、体面を気にして表だって陶の味方はしてなかったが、義隆さんの書状で名指しされて多くの領主から注目を集め、身動きが取れなくなった。

 史実だと、毛利は内乱の混乱につけ込んで尼子が山口に進行しようとしたのを止めているのだが尼子へ先手を打って

『陶は小悪党にて誰か悪者を作り出して、そいつへの憎しみを増加させる手口は神がかっているので、この戦いに際して尼子には手を出さないよう』

 手紙で依頼した。

 むしろ団結させないため「お主こそが大内の後継にふさわしい」と毛利以外の小領主の独立を手助けし、内乱を長期化させることにした。


 酷いと思うだろうか?


 しかしこれはだから、非常に容赦なくお返ししてやることにした。

 第一、毛利は神仏を大事にしたとかいう寝言が現代でも書かれているようだが、足利義輝将軍の仲介で神文に誓って停戦していたくせに、将軍死亡の報が来たとたん戦闘を一方的に再会した罰当たりである。

 ふつう九州に将軍死亡の報告が届いたのを確認してからか、条約の破棄を通告してから攻めるだろ。(現代豊後人の観点です)

 そんな事をするから大友と尼子に二方面から攻め込まれたりするんだよ。


 …こんな事を書くと『それは言い過ぎ』とか『地元の偉人を悪く言わないでほしい』と思われる方も居るだろうが、こっちは江戸時代に陰徳太平記という毛利家の本で邪知暴虐の大名とか色狂いとかさんざん悪役に書かれているので、ささやかなお返しだと思っていただきたい。


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 さて、九州の静謐を守るために中国地方を地獄に叩き落としつつ、大内家から来た文化人と面会する。

 彼らは様々なクセのある才能が多く、仕事の割り振りに苦労した。


 まず『弁舌がたち、商売勘のある』公卿さんは今回の本命である化粧のセールスマンとしての研修期間として実際に化粧を体験してもらい給与を払うことにした。

「遊んでいるのに金を払うなんて」と思う奴らもいたそうだが、危険な実験参加者に金を払うのは当然だろう。

『治験でググれカスどもが』と言いたかったがグーグル先生がないので「これは豊後産の化粧が日本中を席巻するための投資だ」と説明したら豊後の家臣から頭がおかしくなったと笑われた。

 まるで中津で『黒田官兵衛を大河ドラマに』と活動していた人たちが向けられたような目である。

 なお、実際に誘致が成功したら手のひらが180度返ったらしい。

 化粧が売れだしたら、こいつらもどれほど態度が変わるかみてやろう。(私怨)


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 ただ、ここで一つ問題がある。

 いくら困窮していても彼らは公家。プライドは豊後富士こと由布岳(標高1583m)よりも高い人間が多い。


 一例で言えば公卿・貴族・公家のみなさんは、江戸時代で困窮してても肉体労働は『雅ではない』と忌避し、教養や礼儀作法、蹴鞠などの「上から目線で金を稼げる」講師などのバイトで食いつないで居たという。

 後に高家(江戸時代武士のマナー講師)として1千石しか給与を貰えなかった大友家は大名である立花家に何度も金を借りていたのだから、講師もそれほど儲からなかったようだが…。

 なお上司にあたる忠臣蔵の吉良上野介パイセンは家禄4200石のほかにとは別に庇蔭料1,000俵が支給されたようで実家が太い大学教授と、実家なしの助教授の様な格差が見て取れる。妬ましい。


 恒例の脱線から話を戻そう。


 そんな高貴な彼らに『商売人のまねごとをしてください』などと言えば拒絶されるのは火を見るよりも明らかである。

 気に入らなければ出て行ってもらえる分、在地領主よりもマシなのだが第一印象を悪くしたくない。

 そこで「中国の白粉を真似て豊後産の白粉を作ってみましたが品評をしていただけませぬか?」と下手に出て頼む事から始まった。


 まあ、その前にウチの奥さんたちに依頼して公家の奥さんたちへ試供品を渡して前評判を伝えさせたり、信頼できる公家を買収してサクラにするなどの下準備はしているのだが…。


 おかしい。

 物語の大友宗麟はワガママで威張っているイメージなのに(後世でねつ造されたイメージです)大名ほど頭を下げる機会の多い仕事は無いのではないだろうかという位頭を下げているぞ?

 そんなグチを言いながら、化粧品の展示説明会の運びとなった。


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 ずらりと並ぶ山口からの公家たち。

 彼らの中では席次がすでに決まっているようで、偉い人間はあぐらをくみ、下の方は『偉い人に足の裏を見せるのは失礼』という日本のしきたりにより、足の裏をぴったりくっつけた楽坐らくざという座り方をしている。

 誰に命じられたわけでもなく、知っていて当然の礼法知識なのだと言う。

 さすが信長でさえ『外国人宣教師とはどのように遇したら良いか分からないので面会を延期する』と言わしめた日本宮廷。

 察して君だらけの職場習慣が身についているなぁ。


「本日はおこし頂き、誠にありがとうございまする」


 と礼をしたが、ものすごく品定めされているのがわかる。

 手の付き方、目線、頭の下げる角度とか『んなもんどーでもええやないか』と言いたくなるような所に気が付かないと京都ではやっていけないのだろうか?病気だぞ、それ。(くどいようですが、偏見です)

 とりあえず、数種類の化粧を盆に乗せて用意し、使い方を説明する。

「も「これは天花粉でおじゃるか?」」

 と聞かれたので

「これは赤ん坊が使っても大丈夫な安全なものでござるゆえ」と答える。

 すると予定通り

「な「我々に赤子のものを使えと申すでおじゃるか!」」

 と不満を露わにする者が出た。そこで

「実は明国から通達がきましてな」

 そう言うと一枚の書状を広げて見せた。

「『近頃、化粧の延びが良いという理由で鉛の毒物を混ぜた白粉が出回っている。正規品以外は購入しないように』とのことです」

 その言葉に公家の大半がどよめいた。

「まあ、豊後は京都から離れた西夷ド田舎ですが、明国には近く交流も深いので、いち早く知ることができました」と吉岡が補足説明する。皮肉マシマシで。

「そこで近々、明は白粉の流通を止め、新たな白粉を作りなおすそうです」


 嘘である。


 実際は明へ鉛中毒について纏めた書状を提出した状態だ。

 鉛中毒の毒性は酵素やヘモグロビンの働きを阻害する事。造血組織と結合して貧血を起こし、激しい腹痛や神経症状を示し、特に子供への作用はてきめんで、母親が白粉など付けていれば中毒死も珍しくない事を報告した。

 今頃あちらでは罪人を使って人体実験が行われ、白粉使用禁止の書状が発布されるだろう。


 酷い自作自演だが赤子が毒を受けて死ぬのを防ぐなら仕方がない。

 そう思っていると


「その書状は本物でおじゃるか?」 


 と中ほどに座っている貴族から質問が出た。

 なので、うやうやしく書状を豊後に亡命してきた元公家の小笠原さん経由でわたして確認させた。直接手渡しも失礼らしいからね。めんどい。

 さて、この書状。中国産の紙を使い、中国人の陳さん(唐人町在住)に代筆させ、中国の朱印を見ながら偽造したハンコを押した立派な偽物である。

 ただ公家とは言え普段 中国の書状を見てない人には遠目からだと本物と見分けがつかないだろう。

 九州は京都から遠いけど中国には近いのであちらの文化には親和性があるのだ。

「どうやら、本物のようでおじゃるな」と適当に『違いのわかる自分』をアピールしながら公家が書状を返す。

 その言葉で他の公家たちの目の色が変わったのがわかる。

 さて、ここからが本番だ。


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「と言う事で、豊後では明国の白粉に負けぬ品質のものを作ろうと思います」


 その言葉に失笑が漏れる。

 当時の明はとても進んだ国であり唐物といえば高級品の代名詞である。

 それに比べたら日本の辺境である九州産なんて一昔前のパチモノ中国品模型のようなものだ。

「ただ、そのような事を言っても高価な唐物白粉が珍重される事は明白ですので品質は同等で、の物を目指しました」

 その言葉に多くの貴族が反応した。


 身分の高い人は高級品を有難がり、安ものは歯牙にもかけない思うかもしれないが逆である。

 戦国時代の公家というのは基本的に貧乏だ。

 収入となる荘園は武士によって横領されほぼ無一文。

 天皇ですら葬式費用がなかったり、代替わりの儀式に金が足りなくて延期する位貧乏だったと言う。

 なのに金がかかるイベントである集会に参加しないと仲間内からハブられ権力を失う。

 ある意味、体面を重要視する武士よりも、さらに体面が大事な職業なのである。

 まあ、元々武士は公家の使用人から独立した職業であり、大本の方が本家としてのプライドがあるのも当然だろう。


 なので消耗品である白粉が高くても毎週使わないといけない。

 ノーメイクで儀式に参加でもすれば「貴方様のナチュラルメイク技術は本物みたいどすなぁ(「化粧品も買えない貧乏人が」と暗にいう京言葉)」と言われる事うけあいである。

 なので、見た目は高級品だが安い日用品と言うのは需要があるはずだ。

 実際に「そのような安物。とても使えたものではないでおじゃろうに」と言いながら化粧すらしてこなかった公家が真っ先に手を出した。

 化粧を落とす振りすら忘れて化粧水、クリーム、天花粉の順で付けてみる。

「まあ、それなりでおじゃるな」

 といいながら、丁寧になんども厚塗りすれば先ほどとは別人である。


 『肌は白い方が美しい』という美意識によるものらしいが、どうも『志村けんのバカ殿さま』を思い出す。こんなメイクを毎回するなんて、志村けんさんは大変だっただろう。

 一人が進みでれば、我も我もとあとに続く美しき日本人精神により初めは躊躇していた公家たちも目の前の化粧品を使いだした。

 こうなるとどんな頑固オヤジでも場の雰囲気に押されてせざるを得なくなる。

 NOと言えない日本人気質、万歳。


 なお、お気づきの方もいるだろうが、今までの発言は場に仕込んでいたサクラ。買収した公家さん達による演義である。

 本来なら上座の人間の発言を遮って先にしゃべるなんてしないもんね。

 今では手口が周知され見られなくなったが、このような数人のサクラを仕込んで場の雰囲気を支配し、高価な羽毛布団などを買わせる商法を催眠商法という。

 立派な詐欺罪にあたるので真似をしてはいけないが、円滑な社内会議なんて7割が催眠商法みたいなものである。

 場の雰囲気を支配するというのはそれほど大事だから仕方がないね。


 さて、ダメ押しだ。

 ぶつくさと文句を言いながらも全員が化粧品を使用したのを見計らって、金を握らせた公家に

「そういえばこの、くりぃむというのは夕方まで化粧が落ちぬ故、便利だと内の奥方が申していたでおじゃるな(棒」と言わせた。

「なんと、それは便利でおじゃるな。麿は日に5度も化粧をなおしたものでおじゃるが、その手間が省けるとはなんと便利(棒」

「今までの白粉と比べて値段は半額以下で、そのような品質であれば、実質1/10で買えたも同然でおじゃるな(棒」

「それならば、大事な儀式はともかく、日常の場ではこちらの方が便利でおじゃるな。嗚呼、なんちゅうもんをだしてくれるでおじゃるか(棒」


 おい、もう少し感情込めて宣伝しろや。大根公家ども。


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 長くなったので一度切ります。

 なお催眠商法は『会社で社長が幹部候補育成のために宗教セミナーに無理矢理参加させて洗脳する』とか『郵便局で年賀はがきを規定量売るのは当然とノルマを課される』とか形を変えて現代社会に存在するので、自立した良い大人の皆さんは「ぼく、いやだよ!」と勇気を出して断りましょう。

 断った後の事は責任持てませんが、そんなクソ風習か会社は無くなった方が良いと思います。

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