第69話 商売の基本 3割の法則とアンジロウの面目躍如

 茶番も終わった後、貴族のプライドと『自分だけが儲かりたい』という人間らしい欲望を加えた地獄の会議を終えて

『新しい化粧品を使う際の作法を京の貴族に教えてやる仕事(副次的に化粧品を派購入する権利を選ばれし者だけに与える仕事も付随)』という事で決着がついた。

 特に決め手となった言葉は

「この仕事に協力してくれたら『おやおや、中国で禁止された化粧品をまだ有難がっておられるのですか?さすがち中華から離れた京都に居座っておられる方々は古いしきたりを守っておりますなぁ(嫌味』というマウントを取れる仕事です」と説明したら非常に乗り気になった。

 というか、復讐心に燃えた目を皆した。

 人間怖い。


 なので一ヶ月の研修の後、第一回目のセールスに出てもらう事で大筋が決まる。

「売り上げを持って逃げませぬか?」と吉岡が警戒する。

 プライドとメンツが全ての貴族とは言え大金の前には宗旨替えをするかもしれない事を危惧したのだ。

「利益は3割の法則で渡すことにしたから大丈夫だろう」と答えた。

「3割の法則…ですか?」

『3割の法則』というのは製造に携わる商売をする上での基本である。

 材料費や制作費、輸送料などが3割、販売手数料(公家さんが受け取る利益)が3割。残り3割がウチの利益となる。

 これだけの金額を渡すと言えば、販売する方もやる気が出るだろう。

 逆に3割未満の利益しか協力者に渡さないと、モチベーションが落ちる。

 これは一般の本屋での取り分も同様で、さらに2010年にはカド●ワさんが返品不可の買い切りとするなら4割を取り分にするという工夫もしている。

 それだけ協力者への利益率は大事なのである。

 これだと一回の取引で売り上げを持ち逃げするのと、3回商品を売って得られる利益は同額なので、明日の命もわからないような劣悪なスラム生活者でも無い限り、定期的に売る方を選ぶだろう。そうでないような人間は流石に面倒見切れない。


 もしも何か商売を始めようとした場合、商品の定価は原価の3倍。その金額で売れるかどうかが価格設定や材料費計算の鍵となる事は覚えておいて損は無い。

「確かに化粧品は消耗品ですから、これから長期間の仕事になるでしょうなあ」

 と長増も納得した。

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 化粧は七難隠す。という言葉のように当時は色白なほど美人と見られていたので、化粧直しをしなくても大丈夫なクリームは大好評だった。

 へちま水と天花粉はどこにでもある材料だからパクられるおそれがあるが、界面活性材を使用した豊後独自のクリームは他人では作れない。

「まるでコーラの原材料みたいな秘密兵器ですね」とさねえもんが言う。まあ、そうだね。

 このようなオンリーワンの技術をひっさげて中国の鉛白粉と伊勢の水銀白粉が独占している化粧市場を荒らし回るのである。


 これで都との強い繋がりも出来たし公家さん達の給与も払えるようになった。

 それと同時進行で、交渉は苦手だが論語とか儒教のような平和な時代に有用な知識を得ている公家などは読み書きの才能ありとして事務員として登用した。

 大名の有難いお言葉を庶民に伝える大事な仕事なので、意外人気がなった。


 予想外だったのは西洋語を覚えたいと言うことでことだ。

 聞けば彼らは公家でも家を継げる見込みのない4男5男たちなのだとか。

 この時代、貧困で食っていけない貴族は一色さんみたいに地方の大名に嫁入りさせたり、源氏長者と呼ばれた久我家も3男を宗麟の2女と結婚させて土着させていたりする。

 地方大名は血筋に箔が付くし、実家は飯の消費量が減るし仕送りも期待できるというわけである。

 そんな立場なので

「余はあのような窮屈な世界にいるよりも、自分の力で生きてみたい」

 と言うことで公家としての生活を捨てる覚悟で大友の通訳募集に名乗りを上げてくれた。

 通訳が増えれば豊後での取引も便利になるし、外国へ交渉に行く際も便利だ。

 特にアンジロウさんは生活レベルの語学はあるのだが、学問の下地はできておらず体系だてて教えるのは初挑戦。

 なので、ある程度教養のある人間と試行錯誤したほうが後進の育成にも役立つだろう。

「お、おおおおお俺みたいなのが公卿様の師になるなんておそれ多いんですがよかとでしょうか?」

 とアンジロウさん本人は緊張していたが、薩摩から連れてきた家族への面目が十分たったようで、本腰を入れて講師として色々教材の準備なども始めていた。

 和冦として死ぬよりはまだマシな生存ルートを用意できたのではないかと思う。



 …おい、そこの聖書は仕舞え。


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 ほかにも儒教や源氏物語などの文化面に特化した人間や学者肌の人間は無月さんの一団に組み入れる。

 特に鉱山の灰吹き法体験者は別府金山で即戦力として投入。この時期には見つかって居なかった日田の鯛尾金山や豊後大野の木浦鉱山発見も手伝ってもらう事にする。

 ほかにも書いたら飽きられるほどの人材が丸ごと入手できた。


 大内家公家たちの移住は、倒産した会社の子会社がまるまる移動したようなものである。

 陶支配化の山口の記録では、山口に来た公卿たちは毎日酒宴で日を送り、民の税を食いつぶす穀潰しのように書かれていたが、彼らは働かなかったのではなく、能力に見合った働き先がなかっただけなのではないだろうかと思えた。

 その読みは当たったのである。


 だいたい『自分だけが忙しくて他人はさぼってる』などという子供でも間違いだとわかるような勘違いをしている人間だから他人を巻き込んで平和な山口でクーデターとか起こすのだろう。

 活動的な馬鹿ほど恐ろしい者はいない。

 せいぜい縁の下の力持ち抜きの状態で足掻くがいい。(暗黒微笑)


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 ただ、一人だけ どうしても働くのが苦手という人間もいた。


 具体的に言えば「麿のような人間は労働には向かぬのでおじゃる」とか「なにゆえ寒い中、暖かい布団から出ないといけないでおじゃるか?馬鹿でおじゃるか?死ねばよろしいではないでおじゃるか?」という「働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!」な人間だ。

 冬は寒いので暖かくなるまで布団から出ず。

 起きても読書に和歌を読み。

 食事に「酒、魚がない」と文句を言い。

 力仕事は『向いている者がすれば良いでおじゃる』と拒否。

 あまつさえには

「麿は物の道理が分かりすぎて他人と協力するのは非行率すぎてできぬでおじゃるし、物事を教えるのも相手が性格に理解できないからだめでおじゃる」と、まるで作者をそのまま持ってきたかのようなダメ人間っぷりを宣言した。

 よくそれで戦国の世を生きてこれたな?

 という事をオブラートに包んで聞くと


「だから、闘鶏や闘犬、闘茶などで日銭を稼いでいたのでおじゃ」と言う。


 闘茶?


「きき酒のお茶バージョンみたいなものですよ」

 さねえもんによると。


 茶の点て方や茶を飲んだり香りから産地を推測したり、京都産の御茶かどうか当てて勝敗を競う遊びで回茶、飲茶勝負、茶寄合、茶湯勝負、貢茶などとも呼ばれたという。

『おかしな猫がご案内 ニャンと室町時代に行ってみた』という本に書いていたそうである。


「ようは戦国時代の格付けランキングみたいなものか」


「よくわからぬ例えでおじゃるが、麿のすごさがわかったでおじゃろうか?」

「パチンカスというかギャンブル中毒者って感じですね」

さねえもんは辛辣に言う。


 ただ、ギャンブルの才能一つで食っていけるというのは一つの才能ではあると思う。

 大学の後輩にも一人居たな。

 単位を落としまくって留年したけど麻雀の分析とかパチスロの分析に異常な集中力を発揮していた男が。

 カードゲームとか無類の強さを発揮してたし、彼の分析力を見たらパチプロと言う才能も馬鹿には出来ないと思ったものだ。


 だとしたら…

「では、これとかどう動くか分かるか?」

 そういって5枚の紙を取り出す。

 そこには縦軸が金額、横軸が日付で、中にローソク足と呼ばれる予定の記号が書かれている。

「………これは、米の相場価格でおじゃるか?」

 目を通しただけで、この世にはまだ存在しないチャート表を理解した。

 すごいな。

 ギャンブルで飯を食ってたというのは本当のようだ。

 あれはいち早く全体のルールを理解し、確率計算から必勝パターンの確率をはじき出すのが重要なので思考が柔軟なほど勝率は高い。


 なお、チャートというのは株価のように一日で取引金額が上下変化するものの価格を記録したもので、これを見れば一ヶ月の値段の推移が感覚的にわかるというものだ。

 実は江戸時代から米は先物取引のように売買され、凶作を予想して、通常価格で米を先に買い付けたり。豊作を予想して米を高く売る権利を売ったりしていたらしい。

 はずれれば豊作で安くなった米を通常価格で買ったり、凶作で高くなった米を通常価格で売る羽目になるのだが、このような博打要素で取引は白熱し、権利をさらに売買することで現在の株価のようにチャートができていたという。

 その動きを分析した酒田五法と呼ばれる指南書まで存在し『明けの明星』『赤三兵』『三空叩き込み』などの格言は現代の株用語として使われている。

 戦国時代の場合、そのような取引所は無く現物取引となる。

 秀吉が兵糧攻めを行う際に周辺地域の米を相場の1。5倍くらいで買い集めたら城主まで城の備蓄を一部取り崩して売ったという逸話があるように、米の問屋や農家が直接売買していたのだろう。

 なので時期や在庫によって米の値段は変動していたと思われる。

「ゲームの太●立志伝だと序盤の資金集めの定番ですよね」

「ぶっちゃけそうなんだけど、あれどうやって1000石とか運んで居るんだろうな?」

 そんな寸劇をしていたが、公卿さんはちらとも見ずに真剣に紙を見つめていた。

「たしかに米の相場は法則性があるとは感じていたでおじゃるが、このように書けば分かりやすい!分かりやすいでおじゃる!!!」

 急に好奇心と欲と欲と欲がで目が輝きだした。

 お金は人を変えるなー。

「ところで、この表。本日の京都の相場まで書かれているでおじゃるが?」

 大分から船でも7日はかかる場所の相場を何故知っているのか不思議なようだ。

 実は江戸時代、米相場は光通信や狼煙などで半日あれば大阪にまで届いていたという。

 情報ひとつで何億の金が動く世界だから商人たちも必死だったという。すごいな金の力。

 ネット情報だからどこまで本当か分からないが。

「まあ、風土記にかかれたとぶひという狼煙台のリレーでも対馬から大和まで一日もあれば情報が到達したそうですし、やれない事はなかったですね」

 とさねえもんが言う。

 というわけで、簡単な情報なら大阪から豊後には半日で情報が届く。

「どうだろう?これだと相場の動きは読めそうか?」

 そう言うと。

 チャート表を途中で折り曲げて

「これは今年の堺の米相場でおじゃるな?」

 と聞いてきた。

「ああ、天文20(1551)年1月の相場だ」

「近頃は都も争いが減って、米の値段が安定していたでおじゃが、近頃尾張できな臭い知らせが多いそうでおじゃる」

 そういうと、折り曲げた先の部分に指の乗せるとググッと一度下に下げて横に滑らせて言った。

「近々戦のための軍資米が必要でおじゃるが、何故か米の値段は下落するでおじゃ」

 ほうほう。米の需要が増えるのに値段が下がるのか?

「そう。あまりにも不条理な動きでおじゃるが、商人どもはわざと損を覚悟で売るでおじゃる。そして『米値は下がる。戦があるというのは自分の勘違いだ』と小金持ちどもが判断して売りきった所で…」

 そう言うと指が上向きに持ち上がる。

「一気に買えるだけ米を買い占めるでおじゃる!」

 そう言って広げた紙には、予定とほぼ同じ動きをしたチャートが描かれていた。

 株の世界でも、好決算なのに株価が下がるという不思議な現象が起こる。コーア商事とかグッドパッチとか神栄などで何度だまされた人間が居るだろう。

 気がついた時にはもう遅い。不条理に安くなった株があっと言う間に値上げ利するのである。流石商人。汚い。商人汚い。

「このような動きは感覚的には分かっていたでおじゃるが、こうしてみると上限値と下限値がわかるでおじゃるな」

 と感心している。それを見て俺は半年ぶりに


「採用!!!」


 と叫んでいた。

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