第64話 本命ほどさりげなく ハッタリほど重要に

あけましておめでとうございます。

この冬は柳川藩の友松玄益という人物が書いた『九州治乱記(佐賀の北肥戦誌とは別物)』の現代語訳で煮詰まっていましたが、無事作成できたので投下します。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 島津の家臣の話を要約すれば

『自分達が死ぬほど苦労しても作物が育たなかった土地を、余所者が簡単に育てられるわけがない』という幼稚な理由だった。

「あの…五郎様、こいつら…『アホ』ですか?」

 あきれたようにさねえもんが言う。

 そうだぞー、さねえもん。世の中にはパソコンが全く使えない癖にアダルトサイトだけは見る事が出来てスパイウェアに感染した癖に『何もしなかったのに壊れた』と言った挙句、『お前みたいな若造に直せるはずがない』とか『直ったのは偶然』とか言い張る、別府湾にコンクリ詰めにして叩き落としたくなるような傲慢なバカが結構な割合でいるんだぞー。

 しかも、そんなのが社長の親類だったりしてクビに出来ないから『尻拭いをしてやってるのに、何故か感謝しなければいけない』とかいう理不尽な目に合っている人がいるんだぞ。大分の建設会社では。(※本作は一部がフィクションです)

 こういった連中は自分のやり方こそ全て、他のやり方は脳みそにインストールできないので説得は無理だ。なので

「おや、と言う事は貴方達は神の言われる事を頭から否定される。と?」

 神様と言うこん棒でぶん殴るしかない。

「では今回用意した種は、こちらの神領・寺領に寄進させていただきましょう」

 と無月さんが言った。


 これを聞いて島津の家臣はほくそ笑む。

『寺は自分達以上に保守的な勢力だ。2年前に南蛮人の坊主がやってきた時も圧力をかけて布教を妨害した。京都の坊主だか何だか知らないが、余所者がここで勝手に行動が起こせると思うなよ』と思ったのだろう。

 だが、


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「民を救いたいという無月様のお言葉、感じ入りました。必要であらば我らが寺領をお使い頂きたい」

 信じられないほどあっさりと了解が出て、島津の家臣たちは顎が外るほど口をあんぐりあけた。

 ブルータスから襲撃を受けたカエサルもここまで驚かなかっただろう。

 そんな家臣を横目に無月は

「聞けば、島津は狐が守り神とか、稲荷大明神もお喜びでしょう」とリップサービスをつけて具体的な案の打ち合わせに入っていた。


「五郎様、いえ宗麟殿(偽名)……いくら積みました?」

 とさねえもんが言う。

「50貫(500万円)くらいかな?」

 もうお分かりだろうが、この交渉 すでに坊主は買収済みである。

 寺に出入りしている山伏に扮装して手紙による交渉をしておいた。こういう時戦国武将を見下した仏教系のネットワークと言うのは便利だ。

 大友義統が一五七八年に没収した時、金銭の記録だけは妙に詳しいフロイスが寺で一番収入の多い坊主一人の不労所得が300万円くらいだと書いていたので、収入の少ない薩摩の坊主3人を買収するには十分な額だろう。

 まあ、最初は10倍の金額をふっかけられたけど

「あんまり無茶を言うなら都の本山から破門食らわすぞコラ(意訳)」

 と脅して適正価格に下げさせた。

 現代でも戒名というあってないようなものに300万円とか付けてから50万まで値下げする坊さんだっているのだから宗教という商売はハッタリがものを言うのかもしれない。(※本ry


 当然ながらそれだけでは了承するはずがないので、成功したら収穫の1割をみかじめ料…もとい寄進して納め、残りが正式な収穫量とするという条件で栽培を飲んでもらった。

 こうすれば、成功した方が儲かる共同出資者として利用できる。

 相手からすれば費用は0に近いし上手くいけば勝手に収入が増える。おまけに民の救済というきれいごとまでつくのなら、この投資は乗ってよいと判断されただろう。


 武士はメンツを至上とするヤクザだが、坊主とは地方の学者であり、経営者なのである。

 以前、勤めていた会社の経営者は、色々な投資話に首を突っ込んでいたが『理論的にプラスになるなら、経営者は投資する』が口癖だった。

 集団を維持する場合は遊休資産(=全く使われてない金や設備、機械など)を減らし、銀行に預けるよりも利率が良い運用方法があるなら積極的に使おうという考えで会社の利益剰余金を投資につっこんでいたものである。

 まあ勝率は『パチンコよりは多少マシ』レベルだったらしいが。

 今回の場合の遊休資産は『収穫がほとんどない火山灰で覆われた土地』である。

 毎年100貫も収穫がない土地をレンタルして300貫貰えるなら、こちらに貸した方が得だと損得勘定から承認してくれた。

 こう書くと『当たり前の事を当たり前にした』ように聞こえるだろうが、こっちは。

 現実だと今回の島津侍のように理由を付けて断られる事が多いのである。

 まあ詐欺とか騙しの可能性も考えないといけないので気持ちは分かるが、相手が大友家という信用のおけるはずの相手で、損をしないように配慮した提案付きならまあ、ふつうの経営者なら投資するだろう。

 そんな損得勘定が通じないのが武士だけど、暴力を表出せず信仰と財力を資本とする坊さんならまだ通じるとみた。

 実際そうだった。

「…座主どの、本当にいいんですか?」

 と一人がしつこく食い下がったが

「飢えた民を救いたいと言う考え、実に立派です。これで断るなら仏罰があたりますよ」と言われればそれ以上の抗議は出なかった。

 なお地方の寺は本願寺とか比叡山のような国家レベルの武力は持たないが、公家の権謀数術のように地方の信者と近所の寺ネットワークを利用して遠回しに真綿で絞めるように攻めるのが得意なのである。

 かれらの情報網や顧客である領主へ悪口を流すことで肥前の大村氏などは部下一同が離反して長崎まで追いやられた。なので根首を欠かれたくなければ表だって敵対するのは流石の薩摩武士も避けたいようだ。

「まあ、大村氏の場合『養子で入ったのにキリシタンとして人様の家の先祖代々の位牌を燃やす』という蛮行をやらかしましたからね」

 それ、前も聞いた気がするが、大仏を焼いたり将軍を殺すレベルの悪行だろ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そんな事を話していると、話がまとまったようで無月さんは雑談を交わしていた。

「そういえば、このごろ薩摩に南蛮より変わった宗教が入って来たとか」

「よくご存じで。はじめは天竺から来られた高僧かと思いましたが、聞けば全然違うものらしいですな」

「豊後にも来ましたが『あのような邪教を日本に上げてはなりませぬ』と諫め申したのですが、殿はお若いゆえか新しい物に目がないご様子。布教を許可してしまいました」

「なんと、それはおいたわしい」

 薩摩の坊さんは同情するフリをして島津貴久さんをちらりと見た。

「おまけに、殿様が許可したのなら尊い物に違いないと愚かな民が現れまして」

「嘆かわしい話ですなぁ」

「豊後八郡に邪教を広めたせいで豊後の仏教は大変な目にあっております。ただいま本山に使者を使わして五郎様を諫めるようお願いはしているのですが、悪い虫は早めに追い出さないと大変な事になるものだとおもいます。」

「それは…ご愁傷様です」

 そう言いながら皆の視線が当主である貴久に集中する。

『ほれみたことか。さっさと禁止しないと大変なことになるぞ』といった目で。

「そこで、今度 南蛮坊主が唐国に布教したいと言うので向こうの国に奴らを押しつけようと思いましてな」

「ほほう」

 坊主の目がキラリと光る。そこで無月さんは、こう提案した。


「よろしければ、


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 こうしてアンジロウさんの豊後流しの件はトントン拍子に進んだ。


『大きな取引の後に、どうでも良い話をする形で本命の取引をする』


 これが今回の計画だ。

『外国から帰ってきた人を百貫あげるからこちらにほしい』などと言えば『あの男はそれだけの価値があるんだな』と教えることになる。

 なので『こちらの取引に応じてくれたからサービスで厄介物を処分してあげよう』という形で、向こうから押しつけさせるのだ。

 人間には『相手から何かしてもらったらお返ししないといけない気がする』という『返報性』というものが存在する。らしい(※個人差があります)(※たまに人間性0の悪魔もいます)

 今回は武士が受けない投資話を仏教に受けてもらった。と思わせる事で、恩を与えたと錯覚させる。

 なので『厄介物を引き取るのは、そのお礼だ』と思わせれば貴重なモノでも、持ち主が価値が分からないと拍子抜けするほどあっさりと手放してくれる場合がある。

 土地とか。(※本

 そんな詐欺師のような交渉術を使わせてもらった。

「本命の交渉を主題にするようでは商売人としてはまだまだですね」とは、今回の絵図面を引いた豊後商人の言である。


「悪いですなぁ。そのような厄介ごとを任せて」

「いえいえ、これは日本全体の問題。ぜひとも九州から追い出しましょう」

 と和気藹々と話が進んでいる。

 アンジロウ一家はインドの案内に南蛮へ出てもらうから国外追放に偽りはない。

 半年すれば帰ってくるけど。


 というわけで在庫処分のような形で日本で唯一のインドを知る男が豊後にくることが決まったのである。

 

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 実際には1582年にも薩摩にキリシタンはいたようですが、仏教信者に殺されており、薩摩のキリスト教と一向衆排斥はなかなか苛烈でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る