第28話 土地がないなら作れば良いじゃない(大友宗麟(仮 1530~1587?)

 戦略レベルのお話が終わり、大友家当主である俺は【書類にサインをするマシーンになる』という大事な仕事に戻ることにした。誰か助けて。

 その前に一つだけ確認しておくことがある。

 弟の八郎くんに丸投げした堤防工事である。


「おお!立派なのができてるじゃないか!」

 あれから1月ほど経過した大分川の河川敷は大岩が積まれた立派な堤防ができあがっていた。

 高さ5m、二段階に分かれた現代風のものである。

 あとは堤防に流木が引っかからないように六角形に整形したコンクリで下部をおおって護岸する。これは大岩が洪水でぶつかっても堤防が壊れない増加装甲の役割も果たしてくれる、壊れる事を前提に設置するものである。

「あの…、堤防の上に変なものが走っている気がするんですが…」

 はて?堤防の上には人間の移動を便利にするトロッコと線路(幅約1.5m)しか見あたらないんだが?

 堤防と言えば歩道。でも砂を運ぶのは大変なので砂利を敷き詰め、ついでに枕木とレールも敷いてみた。これで作業員や資材の移動は凄く楽になるし、良い事ずくめな設備だな。こんな便利なもの誰が作ったんだろう?(棒

「…初めから、これを作るために堤防工事を決定しましたね?」

 ははは、当たり前じゃないか。

 賢明な読者の諸君はご存じだろうが、現在の主要な国道は海岸線に多い。

 大分県の場合、一番内側を線路が走り、次に元国道、さらに大型の国道ができている場所が結構ある。

 これは海岸を埋め立てた土地は持ち主がいないためだ。

「つまり河川の氾濫で常に災害に遭うような土地は誰も占有できないから堤防を作ってしまえば、その土地は国が好き勝手できるという寸法なんだ」

 もしも所有権を主張するなら堤防を作った費用と維持費、もしも堤防が壊れて被害が出たら管理不足として賠償をさせれば良い。

 これでも所有権を言い張るような奴は、さすがに一族から村八分を食らうだろう。

 なお、トロッコ用線路はほとんどが木製で、レールの上に薄い帯状になった鉄の板を取り付けた粗末なものである。

 鉄は高いし、重機がないのでこうなった。

 まあ列車みたいな重いものではないので当面はこの程度で大丈夫だろう。

早くゴムの木を輸入して列車を作りたい。

 そんな事を考えていると、後ろから声をかけられた。

「この珍妙な乗り物、使ってみると悪くありませぬな」

「ベッキー」

 振り返れば土木工事副現場監督であるベッキーこと戸次鑑連がいた。

「作業の方はどうだ?」

「人数も増え、土木作業に熟練した者も増えました」


 みると河川敷に、昼の部で働く武家の次男坊たちが集まっている。

 初めは半信半疑だった彼らも定期的に収入があると言うことで毎日来るようになっていた。

 自分達が災害から町を守る重要な仕事をしていると言う自負からか全員目が輝いている。初めの時の落ち込んで生気に欠けた表情が嘘のようである。


 なお、労働時間は朝4時間 昼4時間の2交代制だ。

 夜間は照明がないので日中しか作業ができないのと、朝型夜型の体質に合わせて好きな方で参加してもらうためである。

「一日4時間労働って、いいものですね」とさねえもんが言う。

 人間の集中力や運動能力を効率よく活かせるのはよくて4時間、最高でも6時間位だと思う。

 残業とか長時間労働なんて悪い風習は断ち切るべし。

 合戦なんて非人道的な職場は消えるべきだ。(切実)


 そんな中で、彼らの指揮を取っているのが宗麟の弟、八郎晴英くんだ。

「では、今日の作業を確認する!」

「「「「「はい!」」」」」

「今日は古国府から奥田の間の工事を行う!それに当たって危険予知(KY)を確認する!」

「「「「「はい!」」」」」

「まず、足下の石を踏んで転倒をしないよう注意する!」

「「「「「良し!」」」」」

「休憩中に生水を飲んで腹を壊さないように!」

「「「「「良し!」」」」」

「小野津留の丘から野盗が襲ってこないか監視役を置き、怪しい影を見かけたら責任者に速やかに報告する!」

「「「「「良し!」」」」」

「では、今日も一日」

「「「「「ご安全に!」」」」」

 号令とともに作業員がトロッコに乗り込み現場へ向かう。

 ここまで訓練された作業員は豊後でも珍しいだろう。


「あ、兄上!」

「やあ、八郎。頑張ってるな」

 指示を出し終えた八郎くんが俺に気が付いて走り寄ってきた。

 俺は大岩を重ねてできあがった堤防を満足そうにみる。

「最近は「くれーん」も改良して作業効率も上がりましたし、給金も「ぐんひょう」にて支払っておりますので作業員の家族からのやっかみも減りました」

 と報告された。

 作業員である次男坊の実家では、穀潰し扱いだった彼らが米などの収入を得ることが気に食わない連中がいたらしい。

 なので、大友家の管理下にある店でのみ使える紙幣を作ってみたのだ。

 明治時代から昭和にかけて日本軍が使用した紙幣、軍票である。

 紙での通貨が一般的でなかったこの時代「あいつらは一日中働いて感状でもない紙切れだけをもらって来た」と笑われているようで、ちょうど良いめくらましになっている。

 株とか為替が発達するのは商人が力を得る江戸時代になってからというから、その価値が分からないのだろう。

 通貨とは生産物を交換する運搬物である。どれだけ生産力が増えても通貨が足りないと物々交換でしか物品は動かせなくなる。

 銅が不足している豊後で生産物、ひいては経済を回すには紙幣の使用が必要不可欠なのだ。

 この時代の人なら、銅銭と違って何の価値もない紙切れを金として受け取るのは抵抗があるだろう。だが、多少形が違う事に文句はあっても、米に交換できるならしぶしぶ使うだろう。

 あとは時間をかけて銅銭よりも便利な紙幣と言うシステムを広めるだけだ。


「『ぐんひょう』での交換物は作業員の希望を取り入れ、金額は商人と相談して安定供給できるように調整しております」と八郎くんは楽しそうに言う。

 史実だと大内家の跡取りから外れてしまい活躍の場が無かったためか、大名としての活躍がみられなかった八郎くんだが、こうやって経験を積めば立派な現場監督になれるのだ。

 新卒のあと就職氷河記で就職できず、ハローワークに行けば「経験がないから」と再就職を断られまくって苦労したと語っていた作業員のTさん(仮名)を思い出す。

 どんな有能な人間も、その実力を振るえる場所がなければ芽が出ない。

 こうした人材を発掘・抜擢し適所を用意するのも国の仕事だと思う。

 そのためにも離職率を下げて伸び伸びと働けるホワイトな職場を用意しブラック企業は潰れるような価値観を周知させる必要があるだろう。

 特に戦争はさっさと無くさないといけないし、橋も作れない不便な世の中は滅ぶべきだと思う。


 その一貫として早く堤防を作りながら線路の便利さを豊後国民に広めて線路なしでは生きていけない体に作り替えないといけない。一日に40km歩くとか現代人には精神的にきついのである。ああ、早く高速道路とかやまなみハイウェイ造りたい。馬ではなくて車で移動するまでにあと何年かかるだろうか…

「あなたはこの戦国時代をどうしたいんですか?」

 とさねえもんが呆れたように言う。

 不便になれると人間進歩しないんだよ?

 そんな事を話しながら、俺は八郎くんに来月から肥後へ戦争に行く事を告げる。

「いよいよですね!兄上!」

 と八郎くんは言う。

 彼は大内家の当主として辣腕をふるう予定だったのが、養子先で子供が生まれたため大名になれなくなった男である。当主となることに強い憧れがあるのだろう。

 そんなに楽しいもんじゃないよ、あれ。

 そう言いたかったが、それはひ弱で惰弱な現代人である俺の感想だ。

 八郎くんなら大過なく済ませる事が出来るかもしれない。なので、俺は正史では行われなかったある提案をした。


「今回の戦、八郎、そなたが総指揮をとってみないか?」と。

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