第26話 時には真面目に戦争の話でもしようか~臼杵兄弟~1550年5月

そろそろ戦争の話をしましょう。本作は一応 戦国時代を舞台にしてますし

今回は豊後三老の一人、臼杵さんの登場です。

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 …最近、便利さばかり追い求めていたせいで、これから戦争をするというのにどうも緊張感が欠けている気がする。俺に。


 なので、少し戦争の準備をしようと思う。

「今頃ですか…」とさねえもんが言うが、家老たちが「お飾りはお飾りらしくじっとしていればいい」みたいな事を言うので情報を集めさせていたのだ。けっして面倒な事から逃げていたわけではない。

 というわけで信用できる内政官だけで話し合いをすることにした。

「それは良いのですが、いったい何を食べておられるのですか?」と、長増のじいさまとさねえもんが言う。

「ん?これ、やせうまっていう、平たい団子麺に、きな粉をまぶした豊後銘菓だよ」

 起源に諸説あるが、豚汁に加えれば包丁ほうちょう汁、きな粉をつければおやつになる便利な食べ物である。

 おみやげとしてお菓子風にしたものも通販しているので興味のある人はネット検索をおすすめする。破産して閉業予定の別府三泉閣のプリンとならんで食べておきたい特産品だ。

「食べ物の名前を聞いてるわけじゃないんですよ…」

「そうですぞ。『わしらの分はどこにあるのか?』という婉曲的な意味で言ったのですぞ」

「違いますよ!」

 長増の言葉を さねえもんが否定する。

「ああ、そうだったのか。悪い悪い、せっかくだから包丁汁も食べると良い」

「殿も悪のりしないでください…って、本当にあるんですか!」

 俺は鍋一杯に用意した団子汁をよそって渡す。

「ほう、これはこれは…」白い団子麺に人参の彩りが生える味噌味の汁をすすって長増が旨そうにかぶりつく。

と言いたい所だが、ニンジンは江戸時代に輸入したものなのでセリで代用した。ニンジンはセリ科ニンジン属だし。大友興廃記で一色の娘さんに結婚式で出したという記録もあるから、こちらは大丈夫なはずである(汗

「もちもちの団子は腹にたまるし滋養たっぷりですな。それに、こちらの甘いきなこは栄養もある。疲れも取れるし陣中食となりますな」

「そうだろう。ゆでる前の粉なら腐りにくいし保存もきく、水さえ確保できれば簡単に作れるだろ」

「これなら兵たちも喜びそうですな」と長増が感想を述べる。

 米は重いし、調理には水を大量に必要とする。

 だが乾燥した粉なら軽いので携帯が楽だし、野菜と一緒に似れば水も無駄なく使える。『最初は抵抗があるだろうが副食として立派な兵糧となるだろう』と長増が言う。

「ああ食料問題について考えていたのですか、失礼しました」と感心したようにさねえもんが謝罪する。

 ………ただ単に食べたかっただけなのだが勝手に感心してくれているので、そういうことにしておこう。

「なるほど(ズズーッ)、それに太さが半寸(1.5cm)位なら(もぐもぐ)包丁を使わなくても(ズズーッ)作れますな」

「平べったく(ズズーッ)しているのは(ズズーッ)なんでですか?」

「ああ、それは鍋でゆでるときに熱が通りやすくするのと箸でつかみやすくするためだよ」

「なるほど(ガツガツ)」

「確かに食べやすいですな(もぐもぐ)」

「ところで…」

 さねえもんは突如現れて食事を始めた二人の男を見て言った。

「おたくたち、どちら様ですか?」


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 臼杵鑑続あきつぐと臼杵鑑速あきすみ

 水ヶ城という城の麓に館を築いた、大分県臼杵市の領主であると長増がいう。

 背は高く、がっしりとした体格にさわやかな笑顔の男たちだ。

 現代社会ならサーフィンでもやってそうな、好青年である。

「彼らは他国への交渉を主に担当しておりましてな」

 都への外交関係も彼らが担当していたらしい。そのため、服装もあか抜けており身なりも立派である。

「赤神先生の作品だと、臼杵氏は見た目が醜いと書かれてましたが交渉役の見た目が悪いとは考えにくいので、私はと思ったんですよね。この世界ではその解釈だったようですね(※作品により表現が異なります。また筆者は末裔の方と知り合いなので若干補正がかかっております)」

 …………まあ美醜は時代によって基準が変わるからなぁ…。


「というわけでわれら兄弟、熊本の主立った領主を調略(寝返り交渉などの政治的工作)してまいりました」


 戦とは選挙活動に似ている。

 戦う前に自分の味方となるように執拗に手紙で連絡を取り、裏切らないように『自分達が勝利したらどんなに素晴らしい待遇が待っているか』を競いあうのである。

「今回は大友家の方が数では有利です。それに肥後の守護職としての大義名分もあります」

「すると菊池は以前は自分が守護だったのだから、大友家が職を奪ったのだと主張するじゃろうな」

「ええ、なので大友家こそが幕府から認められた正式な守護である事を認めていただくよう交渉に当たっております」

 うまくいけば逆賊討伐の名目がもらえるかもしれないという。そのために都とのパイプを握っているのが臼杵氏と寺の坊主だと長増から教えてもらった。

「あとは税の免除や、自立の承認あたりじゃろうなぁ」

 領主を味方につけるための選挙公約を考えつつ、相手の活動も予測し、対抗措置を考えていく。

 ただ、地理的に大友家は肥後から遠いため、どうしても反応が後手になる。なので

「阿蘇神社の阿蘇惟豊どのに肥後でのまとめ役となって頂き、諸豪族への連絡を独自の判断で行っていただこう」と出張所を作ることにした。

 これなら菊池の動きにも即座に対応が出来る。

 便乗して裏切った筑後人間は同じ筑後のまとめ役 田尻氏を中心に北からの圧力を加えてもらうという事で大まかな戦略はまとまった。

 将棋でもそうだが、作戦を立てるときはまず全体的なプランから始める。細部を詰めるのはそれからで良いのだ。

 管理職というか計画の立案者は『どうすれば目標を達成できるか?』を先ずは考えないといけない。ゴールもわからない状態で何かを初めても人は力を尽くせないものなのだ。


 つまり、今回の場合

 目標;肥後の平定

 そのための手段;菊池氏(と協力者)の討伐。

 となる。

 では討伐を成功させるための計画を立てていこう。

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 目の前には熊本と福岡南部の地図。

 そして各自黒と白の碁石を手に真剣な顔でそれを睨んでいる。

 臼杵兄弟は北から順番に碁石を並べ解説する。

「隈本の北、和仁はこちらに従うでしょう。菊池軍が向かうには道が不便ですし、菊池に味方しても重くは用いられないと踏んでいるようでした」

 そういうと白い碁石を2個配置した。

「逆に鹿子木と小代は我が軍と敵対するようです。危険でしたので書状だけは送りましたが返事は来ておりません」

 そう言って黒い碁石を2個3個、それぞれ置いた。

「小国の北里はどうじゃ?阿蘇神宮への崇敬が深い故、大丈夫と思うが、仮に裏切られては道が途絶えてしまうぞ」

「彼らは豊後に近い故、竹田の志賀が目を光らせている間は裏切る可能性は低いでしょう」

 そういうと白い碁石を1個置いた。

 ちなみに小国の北里さんは旧5千円札のモデルで細菌学の権威である北里柴三郎先生の故郷であり、生家が現代もある。また小国地区の山奥は蕎麦と田楽焼きが有名で、囲炉裏を囲んで食べたけどあれは貴重な体験だった。

「南の相良はかつて菊池義武をかくまうほどの中でしたが、今のところ様子をうかがっているようです。大友家に味方するとは言いませんでしたが、菊池に味方するとも言っておりません」

 そういうと鑑速は白と黒の碁石を3つづつ、計6個置いた。

 黒の碁石は菊池、城の碁石は大友の味方と思われる土地に置かれた目印である。

 碁石の数は勢力の大きさだ。

「なるほど、こうして見ると菊池は隈本城を中心に、東に少し協力者がいる状態か…」


 旗印を鮮明にした大友家の味方が北から東まで熊本市を囲むように包囲する形に見える。だが、南の相良氏は中立。西は海があるため中途半端な包囲網となっている。

 さらには

「残りの者たちは、我々と菊池どちらにも味方するようです」と所々に将棋の駒を置きだした。

 密偵が菊池にも使者を出した事が確認された領主らしい。

「この時代の領主なんて勝った者の味方でないと生き残れませんからねー」

 とさねえもんが達観した目で中立者の軍を見る。

 彼らは状況次第で平然と寝返る不確定要素だ。

 金で釣ろうが、領地で釣ろうが、明日を生き延びるために大友家が不利と見れば平気で寝返ると考えて良い。その逆もまたしかりである。


「どっち付かずがこんなにいるのか…」

 将棋の駒が15個ほど並んでいるのを見てげんなりする。というか

「たしか隈元には51人の豪族がいたって聞いたことがあるが…」これ、全員の動向を調べて書状まで送ったのか?臼杵さん達…

「それが我々の仕事ですから」と兄の鑑続さんがいう。

 とんでもないな。仕事でダイレクトメールとか、お歳暮を送ったことがあるが、50人以上に手紙を送ったり調査をするとか面倒な事がよくできるものだと感心する。

「臼杵兄弟のうち、兄の鑑続さんは来年死亡する予定なんですが、病死か過労死だったのかもしれないですね」

 おい、今さらっと恐ろしい事を言ったな。さねえもん。

 どんなに優秀でも三国志の周喩や呂蒙みたいに早死にされては困る。これから臼杵さんの仕事は何人かに分割するようにしよう。

 ちなみに弟さんは1573年。これから23年後に若くして亡くなるらしい。

 茶道にも精通しており天下の名物茶器大内瓢箪という茶器を所有していたという。


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「ちなみに、ネットでは大友宗麟が弟を見捨てた代償に毛利から貰ったと書かれてますが、これは江戸時代の小説に掲載されたもので毛利が大内を包囲した後で大友家にわざわざお伺いを立てるような時間的余裕はなかったと思われます」という。

 じゃあ、何で滅亡した大内家の茶器を臼杵さんが持っていたんだろう?

「臼杵氏は筑前(福岡)の代官も兼任していました。なので茶器の価値を理解できなかった毛利が商人に売り飛ばしたのを臼杵さんが買ったんじゃないかと思います。毛利元就って茶道に関するエピソードを聞きませんし。弟を見捨てたというのは、その目利きの悪さをごまかすために流した毛利家のデマではないかと私は推測しています」

 推測かよ!

「大友家は憶測でいろいろ悪口を言われているから、これくらい反撃したっていいじゃないですか。宗麟が行ったことのない寺でも宗麟から燃やされたとか言われた時期だってあるんですから。だいたい歴史学者とか名乗っているくせに、江戸時代の小説だけ読んでデマを垂れ流すような野郎がネットや本でデマを飛ばすせいでどれだけ我々が苦労していると思っているのか…(※本作はフィクションです)」

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「敵と味方の判別は終わったし、今度はこいつの出番だな」

 そう言うと、俺は置かれた碁石の色から危険の少ない道に縄を置いた。

「はて、この縄はいったい何ですか?決まった間隔で結び目がついておりますが?」

「それは休憩所だよ」

 人間が1時間に徒歩で歩ける距離は約5km程度である。

 大河ドラマの舞台となった和水町でタクシー代をケチって歩いた時の平均値がそれくらいだった。走れば速いのだろうが鎧とか道具込みだと無理である。

「そして人間は1時間おきに休憩をとらないとどんどん効率が下がる。ただ、今回は長旅なので10kmごとに休憩を取る形にしたい」

 理想としては長湯温泉で一泊。菊池温泉で一泊したいものである。

 また、救護班を用意したり急な災害にも対応できるよう連絡網の決定、奇襲を受けた際の集合場所も記憶を頼りに決めておく。

 特に中立状態の相手の領地の付近では警戒しながら動くためにスピードも落ちるだろう。手前の安全地帯で十分休んでから一気に抜けた方がいい。

 なので食料調達も一部は事前に現地で購入し、味方の領主に預けて置こう。

 大規模な輸送だと襲われる恐れがあるからだ。または一度阿蘇に集めてから小出しで輸送すべきだろうか?検討する必要があるな。

 地図を眺めながら告げると、臼杵と吉岡の顔がこわばっている。

「どうした?」

「若は何度か戦に行ったことがおありでしたでしょうか?」

 と驚いた顔で臼杵から聞かれた。

 いや、まだ1回だけだし、これから先、行くつもりはないけど?引き籠る予定だけど?と言うと

「たった一度で、そこまで深く進軍計画を練れるとは信じられませぬ!」

「大軍を率いた経験がなければそこまで気がまわるとは思えませぬ。素晴らしいですな!」と驚かれた。

 あー、大軍じゃないけど職人を率いた経験ならあるからなー。


 現場監督とは事前準備の達人にならないといけない。

 必要な道具と人間を決まった時間まで集めて、作業を成功させなくてはいけない。

 それぐらい簡単だと思うだろう。俺もそう思っていた。

 だが、人間は間違える生き物である。

 予定時間に遅刻してきたり、病気でいけなくなったと言われるのは基本。

 中には図面と作業工程の解説資料を、下請けの社長さんに渡して準備するよう依頼してたのに、現場に着いたら「そんなもの貰ってない」とか言い出す外注の作業員とか(当然相手の社長は来てない)、それでも図面を渡して作業して貰ったら、4箇所につき一カ所上下逆に水道管用の穴を開けた●●●なクソ作業員とか、それをこちらのせいにする、●●●●●●●●●な下請け会社とか問題児のお世話(指示ではない)を何度した事だろうか。

「人間ってどんなトラブルでも起こせる生き物なんだ」ということは3年も監督をすればよくわかる。嫌になるほどに。

 携帯電話があってもそのレベルなのだ。

 時計も案内板もないこの時代、6割以上の人間が予定通り戦場へたどり着ければ万々歳だろうと俺は推測する。

 おまけに台風や地震があればなんて愉快なイベントまで待っていたんだよ、こんちくしょう!

 監督一年目で地震が来て作業途中の家が傾くとか、どんだけ神様は俺のことが嫌いなんだよって思ったなぁ…

 道路に亀裂が入ったので渋滞とか通行止めになるとかマジで勘弁してほしい。

「あ、兄上、お屋形様からまがまがしい気配が流れておられるのは気のせいでしょうか?」「お、落ち着け弟よ。あれは我々に向けられた怒りでは無い」

 ああ、すまない。嫌なことを思い出しちゃったな。


「しかし、事前に他国の兵糧を買うというのは如何なものですかな?」と臼杵兄が渋い顔をする。相手の国にお金を落とすのは敵を利することになる。そう思うだろう。

 だが28年後に行われる羽柴秀吉の『三木城の干殺し』を知ってる俺たちからすると「金は食えない」というありがたい前例が分かっている。

 敵国の兵糧を割り増しで買い叩けば籠城で食糧不足になるのは自明の理である。なのに彼らは食料を売ったのだから今回も同様の手は使えると思う。だが、ここは真意を伏せておこう。

「これから治める土地を虐げては、先の統治に支障がでるだろう」とだけ言っておいた。

「なるほど。略奪では無く対価を払う事で、領民の恨みを和らげるのですな」

「裏切った土地の百姓へ逃亡資金を与えておくのですな。そうすれば、守護としての威厳も教える事ができましょう」と勝手に褒めてくれる。

 飯は敵の国で略奪すればよいという戦国時代の常識は改めるのが難しいだろうが、少しずつ改善しないといけないな…。


「まあ、これで大まかな戦略は決まったな。後は輸送や細かい準備だが…」

「それならうってつけの者がおりますぞ」と臼杵さんが言う。

 はて、誰だろうか?

「あなたの義兄 吉弘左近でございます」


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 ニンジンは江戸時代に日本に入った作物でした。(汗

ご指摘下さいました@devicos様 ありがとうございます。



なお臼杵氏の子孫の方はがっしりした威厳にあふれた体格の方でした。

 また大神氏の子孫の方は卵型の頭をしており、親類だとわかる特徴をしているので血筋による特徴と言うのは結構残るものだなあと思います。

 

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