第25話 おまえのかーちゃんに言いつけてやる!
頭が固くて旧弊に囚われて、若造や新技術に興味を持とうとしない武士の攻略法です。
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「というわけで将を射るために殿と協力して用意したものがこちらになります」
そういうと無月さんは出来たばかりの洗濯機(乾燥機なし)をポンと叩いた。
洗濯機といっても蓋付きの内と外、2重構造の桶が回転するだけの「縦方向の水車の回転エネルギーを横回転にした」単純な装置だ。
だが、強度や回転速度を計算し、途中で逆回転ができるよう半月型の歯車とぜんまいじかけが付く特別製だ。高田刀鍛冶の鋳造技術があったから出来た逸品である。
原理は理解できても完成品を作るには相当な試行錯誤が必要だろう。
「逆回転って必要なんですか?」とさねえもんが言う。
「それがないと、洗濯物が絡まって痛んじゃうからね」
これが洗濯機の重要ポイントである。これをしないと服を痛める欠陥品になるので作る時は注意だ。
この「桶の中で、勝手にぐるぐる回転するだけの装置」があれば、冬場の寒い川の水で一時間以上冷たい手を酷使しなければならない、面倒な家事が自動化されるのである。
昔 朝の連続テレビ小説で『洗濯機は女性を自由にします』というキャッチフレーズが出た気がする。
洗濯機は女性が家事に拘束される時間を大幅に短縮してくれたのだ。
上等な着物は洗濯できないが、それでも細かい布などを洗う手間が省ける。
これを見せた大友家の女房衆は、夢でも見たかのように呆然とし、真っ白になった洗濯物を見て眉に唾をつけだし、勝手に洗濯が終わったことが夢でも幻でもないことを理解すると「ありがとうございますありがとうございます」と泣き出した。
「こんなに便利な道具がこの世にあって良いのでしょうか?」とか「あまりにも世の中が興廃したので仏様もさすがに憐れにお思いになったのでしょうか?大事に使わせていただきましょう」と言う女性もいた。
人生は辛いものと考えてるんですね。わかります。
洗濯とは無縁だったうちの奥さんたちも「世話係の時間に余裕ができたから掃除が行き届くようになったわね」とか「お世話になっている方々の、手のあかぎれが少なくなりました。あの…ありがとうございます」と言ってきたので間接的に恩恵を受けたようだ。
一人が楽になると、全体が楽になる。これが政治というか世界を改善する為政者の仕事だとすれば、まあ成功したのじゃないかと思う。
もしも将来異世界に行くことがあれば、洗濯機だけは作った方が良い。これだけで女性からの感謝の念が跳ね上がる事は間違いない。
なお「時間が余ったのなら別の仕事をしろ」と言うのは禁止させた。過労死レベルにまで仕事を効率化するような悪い習慣はこの時代から断ち切るべきである。
人間はノルマに追われて仕事をすると、仕事の効率が悪くなるらしいし、他人にまで苦しみを共有させようとする人間のクズは滅びれば良いと思う。
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「前置きが長くなったが、この超チートな道具を「大友家に有効的な領主の家」の「母親」に贈ろうと思う」
さねえもんと無月さんは顔を見合わせる。
「奥様に、ではないのですか?」と無月さんが問う。
「戦国時代の妻の地位ってそこまで強くはないからだめだね」
しかも、ただ贈るのではなく
『毎日、家事を取り仕切る労、誠にお疲れさまです。日頃の辛労に対し仏様が少しでも助けになるようにと、お教えくださいました からくり装置をお渡しします。まだ寒天の残る時分、手が休まるようお祈り申し上げます』
という書状を添えて。である。
これは一色の娘さんと奈多さんの提案だった。
「また、あくどい所を突きますね」とさねえもんがあきれている。
「誰が一番力を持っているかを見抜くのも現場監督の技能だからな」としれっと答える。
戦国時代の女性は儒教の影響もあって、政略結婚のコマとか扱いのひどさに事欠かない事例が多い。子供を産めなかったので正妻の座を奪われたり、実家が敵同士になったので離婚して追い出されたりは日常茶飯事だ。
だが、儒教は親への忠孝も説いている。
なので奥さんへの扱いは酷くても、母親の扱いが酷いという話は滅多にない。
そんなことをすれば「あいつは忠孝の精神がない」と陰口をたたかれるからだ。
秀吉が母親を人質に出したり、逆に大阪城に大名の母か妻を人質にとったのも、母親という存在が大変大事だったからに他ならないだろう。
その母親の苦労を減らす便利な物を、仏様が直々に与えると言うのだ。これを拒否すれば陰口をたたかれるだろう。
そして、実際に使ってみると便利なのだから家庭内でも話題に上る。
いくらいけすかない若造が作ったものでも、母親が欲しがるなら邪険にできようはずもない。まあ、中には『あんな毒親苦しんだ方が良い』という人間もいるだろうが少数派である。宗教を超越した愛情はこの時代にもあると信じたい。
当然ながら、この「えこひいき」にクレームが来るのは想定済みだ。
気の強い女性なら直接ではなくても遠回しに文句を言ってくるだろう。そこで
「このからくりは仏様の慈悲から生まれたものです。ところがお宅の息子さんはありがたい仏の教えを拒み、この五郎が怪しげな宗教にふけっているなどと心外な事を申されているとか。あなた様がこの寒い時分にそのか細い手で冷たい水を使って家事をしていることを考えると胸が張り裂けんばかりに辛いのですが、怪しげなからくりを贈ってはご子息の心証が悪いでしょう。心中お察しいたしますが、こちらの事情もご推察ください」と領主ではなく、母親に手紙を送るのである。
要約すれば『アンタの家のバカ息子が私がやる事に邪魔をするから、この便利な装置はあげられません』である。
この手紙で反大友派の領主は母親からめちゃくちゃ怒られるだろう。
おまけに「あの男は母親を虐待する親不孝者である」というレッテルまで貼られる。
さぞかし肩身の狭い思いをする事になるだろうな。
いい気味…いや、かわいそうな話である。ざまぁ。
ちょっと膝を曲げて、ウチに頭を下げれば良かったのになぁ。
「そうなると他人の洗濯機を強奪しようとしません?戦争の火種になりますよ、これ」とさねえもんが言う。
そこで宗教の登場である。
洗濯機の横には、霊験あらたかそうな札に、その領主の母の名前を記入して張っておいた。これを奪い取るような仏罰を恐れない人間なら、無月さんの行っている便利な改革に反対はしないだろう。
古い因習にそまった、頭が固くて他人のやることにまで口出しするような人間だからこそ、この魔除けの札は効果が出てくるのだ。
あーあ。子供みたいな意地を張ってるせいで、お母さんが辛い思いをしなければいけないなんて、なんて酷い息子なんだろう。
こうして、母親世代のネットワークで女性の味方となった大友家と、それを邪魔する親不幸な息子たちという構図が出来上がった。出来上がらせた。
そして『冷たい水仕事で女性が苦しんでても見捨てる鬼みたいな家』という悪評を意図的に流す事で多くの家が降参してきた。
あたりまえだ。女性がいないと家は残せないのだから。
嫁の来手がない家に未来はないのだ。
「女性票が多くても天下は狙えないですけど、自領の基盤強化はできるんですねー」と観察者の目でさねえもんが言う。
これ以降、無月さん名義で作った物に対して、表だって悪口を言う人間はいなくなった。『新しい物を批判する=頭が固くてダサい奴』という、現代の大分でもまだ共有できてない先進性を俺は作れたのかもしれない。
ついでに言えば洗濯機の装置を作れるのは大友家だけなので、大友家に反旗を翻すのは女性を敵に回す事にもなるよう、さらに便利な装置を作ろう。
なお
「殿!そんな事をしている暇なんてあると お思いですか」と嫌みを言ってきた家老の名を奥さんを通じた女性のネットワークで流した所、5日後に謝罪しに来た。
どういう経緯で顔に青あざを作る事になったのかはわからないが、女性、特に母親は恐ろしいなぁと思う次第であった。
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鎌倉時代だと尼将軍こと北条政子だけでなく強い女性は多かったです。
なにしろ、その時代は分割相続が一般的だったので、当主の妻も広大な領地を持っていました。
大友家の初代当主の奥さんも、夫が死亡した後に豊後の大半の土地を所有し次期当主は彼女の土地を相続できたおかげで強権を振るえました。
戦国で単独相続となりましたが、母親はそれなりの影響力はあったようです。
なおフロイス8巻の大友義統の記述を見ると女性は怖いなぁと思える記述が垣間見えます。女性不信になるかもしれませんが興味があればお読みください。私はもう十分です。
あと、大友家が解体されると豊後武士の奥さんは旦那と離婚して別の家にお嫁に行ってそれなりの生活をしているのに、夫は浪人のまま死亡してたりするのも散見されます。
男尊女卑の社会制度でも女性はたくましく生きていた気がします。
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