第19話  史実の宗麟から、おじさんへのお手紙

【1550年2月28日 大分市顕徳町大友館】


「まずい事になりました」と吉岡長増はいう。

 入田をあっさり討伐した事で、大友家の大敵となる菊池義武の挙兵が不発になるかもしれないという事である。


『反乱が未遂に終わることの何がまずいのか?』と賢明なる読者諸兄は思われるだろうが、ここは弱肉強食の豊後国である。

「余所からの危険がないなら、当主を襲って大友家当主に俺はなる!」などと、まるで『宿題が早く片づいたから反乱でも起こすか』位の気軽さで豊後国内から反乱を計画する脳味噌御花畑な連中が現れだしたというのである。

 本来なら入田討伐は3月1日に終わる予定だったのだが4日も早く終わったのが、響いたようだ。

 

 なのでのだ。

 どうやって、呼び出すか……。

 考えても良案がでないので、未来知識に頼ることにした。


 たすけて、さねえもん!


「え?そんなもん。相手をおもいきりバカにした挑発文を送ればええやないですか?というか、まだ送って無かったんですか?」的なことを言われた。

 なんでも史実では、宗麟が3月9日付けで叔父である菊池義武に手紙を出したらしい。

「刺激的な文章だったから、だいたいの内容は覚えているんですよね…。たしか先哲史料の大友宗麟1巻82号文書に書かれていたのですが…」というと、筆を走らせた。

 署名だけじゃなくて文章番号まで憶えている事に、若干引きながら書かれた文書を受け取る。

 それを一読した俺は

「これ、

 と思わず確認した。

 昔の堅い文書だと読む方も飛ばすだろうからざっくり要約すると


「到明寺殿(宗麟の父親、義鑑の別名)が死んだ傷心をご推察ください。

 今度の事件はぜーんぶ入田のせいなので、兵を送った所、敗走して討ち果たせなかったのが残念です(実際の世界だと、宗麟は入田を取り逃している)

 あの悪人を討ち捕らえて父の霊前に捧げたいと思います」

 という出だしで始まっている。ここまでは普通の手紙だ。

 普通でないのはここからだ。

「ところで肥後や筑後の人間がいうには、今度おじさん(菊池義武)が海を渡って肥後に帰ろうとしているとか。


 すっごく驚きました。


 さらにおじさんは入田と同意しているなんて噂も聞き、そのせいで国は混乱しています。

 そういえば、昔大内が攻めてきて大変だったときに

 そのときの、親や兄に対する忘恩無道な義武(再度よびすて)の企ては翌年には鎮圧されましたが、

 義武に色々吹き込んでいる輩もいるでしょうが、彼らに同心して余計な事をしないようにしてください。

 もしも不慮の事態になれば

 義鎮(宗麟)の代始めの重要な時期なので、もしも悪心が明らかになれば、本意ではありませんが兵をださないといけなくなります。余計なことをせず協力してください 義鎮より 左兵衛佐殿へ(菊池義武のこと)」


 以上、一言でいえば『


 これを20歳も年下の甥から手紙で言われたのである。

 大丈夫なのか?これ。


「NGに決まってるじゃないですか。たぶん

 素でさねえもんが言う。


 どうやらこの『共通の敵を呼んで、家臣たちを強制的に協力させて討伐する』というのは史実通りの流れだったらしい。

 え…えげつねえ…………。


 さねえもんが言うには

「義武さんというのは、大友義鑑の弟だから家格は問題ないんです。

 ただ、自分勝手で祖父で部下だった木野氏を処罰したという逸話があったり、戦争のどさくさで大友家を乗っ取ろうとしたとか、あんまり優秀でない人だったらしいんですよ」

 なので元々肥後の領主だったにも関わらず、今回起こる反乱には肥後の家臣は3つの家しか参加しなかったという。

 義武をかくまっていた肥後の南部領主 相良氏ですら表だった協力は避けて、中立を貫いたというが『敵に回らなかっただけ義武は感謝すべき』だとさねえもんは言う。

 そんな人間だけど身分的には元肥後大名で大友家の偉い人だから、他の豊後領主が便乗して反乱を起こしても、反乱の旗印としてはインパクトが弱くなってしまう。

 おまけに義武はので豊後領主を恨み、肥後の家臣を優遇するだろうというイメージまでついている。

 このせいでという余計な付加価値がつくらしい。

「つまり、よけいな反乱を防ぎつつ「コイツが勝ったら土地を奪われそうだけど、みんなで協力すれば倒せるんじゃね?」と豊後領主に期待を抱かせ、逆に「コイツが大友家を乗っ取ったらやばい」と恐怖させるには十分な人間なんです」とさねえもんはいう。

 …会ったことないけど、そこまで言わなくても良いんじゃないかな?面識は無いけど可哀想になってきたぞ。


 というか、宗麟が成長するためのチュートリアル的な敵なのだろうか?

 ここまで家督相続のおぜん立てに都合が良い人間がいるとか、悪魔に魂でも売ったのかと思わなくもない。お陰で助かるけど。

 ちなみに、この手紙を書いたとき、菊池さんは長崎の高来に潜伏していたらしいのだけど、居場所を把握されていたということだろう。

 情報戦で負けてるのに、よく戦う気になったな。

「たぶん『今まで16年間潜伏中にお世話してた肥後領主たちにとって、恩を回収するにはこのタイミングしかない』とか『いつも「自分は肥後の大名だ」とか言ってたから引き返せないところまで来てた』んじゃないでしょうか?」とさねえもんが補足する。

 応援者の期待に応えるために、勝ち目があろうが無かろうが反乱の御輿にかつぎ上げられていると言った所か…可哀想すぎないか?

 そんな事を話していると

「あの男に憐憫など不要です」

 と長増が話に割り込んできた。

 長増は大内と戦っていたときに、義武から裏切られたせいで、大友家は本拠地近くまで攻め込まれ2人の友人を失ったという。

 おまけに冬のさなかに、本来なら大内に向けるべき兵を肥後に向けて戦わなければならなくなった恨みもあるという。

「あの男のせいで、大友は博多の港を一部大内に割譲しなければならなくなりました。

 あの男のせいで玖珠や日田の民衆が無駄に死ななければならなくなりました。

 ワシは、いやあの当時を生きる豊後武士は決してあの男を許さぬでしょう」

 普段は飄々としている長増がここまで怒っているのは珍しい。

 そのため、今回作成した菊池への手紙は直江状並の、無礼で嫌味満載の文章にパワーアップして送られた。

 これで兵を起こさない方がおかしいんじゃないか?とも思える手紙である。

 手紙を渡した使者には、返事を待たずに投函だけして帰るように十分注意して見送った。下手したら首ごと返事が返って来かねないからだ。



「殿!肥前の菊池が肥後で反乱を起こしました!!!」

 と報告が来たのは手紙を送って5日後の事だった。

「よし!よくやった!」

「これで、大友家は安泰ですね!」という不思議な歓声を上げる長増とさねえもん。


 ………マッチポンプって言わないか?これ。


 かくして、史実通り肥後の隈本城(今のNHK熊本ホール辺りの城)に入城した菊池義武さんは肥後の領主の協力を受けて反乱を起こしたのであった。

 このため、自分の土地と収入を守るために豊後の領主たちは大友義鎮という神輿をかついで対抗する事になったのである。

 ありがとう菊池義武さん。あなたの事は多分忘れない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 宗麟の手紙だと吉弘という人物が仲介に立って堪忍料をやり取りしていたとか、細かい内部事情が書かれているのですが、読んでも退屈なのでカットしました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ おまけ;そのころの入田さん01


「竜骨は船の命だって言ってるだろ!おまえは命をケチるのか!」

 造船所に怒声が響きわたる。

 ここは佐賀関と臼杵の中間にある白木という場所。

 若林家という『将来的に毛利を九州から撃退する戦いの立役者』となる水軍の家がある場所だ。

 ここで入田は、外洋航海に向かうための船を造らされている。

「いいか!琉球付近の種子島まで行った時なんてな、3間(5.4m)はある波が絶えず押し寄せてきたんだぞ!こんな小舟なんて葉っぱも同然だ!台風なんて来たら確実に壊れると思え!生き延びたければ少しでも材料費をケチろうなんて考えるんじゃねえぞ!このど素人が!」

 と船大工の棟梁でもあり、水軍主でもある若林から怒鳴られている。

「あのー、若林殿。ワシ等はどんな所に行くことになるんじゃろうか」

 内地の山奥に本拠地がある入田は、不慣れな手つきで材木を選びなおしながら問う。

 その質問に間髪いれず「地獄よりもひどいところだよ!!」と返答が来る。

「………………」

 入田は、義鎮を甘いと評したが、とんだ外道だと言うことを、まだ理解していなかった。

 ついでにいえば、ルソン行きを命じた義鎮も「そこまでヒドい場所に送り込むことになったとは知りませんでした」と後に反省する事態になるとは、このときは思ってもいなかった。

 知らないって恐ろしいですね。


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