第17話 素晴らしき官僚制度。くたばればいいのに…
今回の話を見て「こんな大名家ねえよ」と思われた方は最後の史実宗麟の言葉をお読みください
・・・
現代社会のチート知識を活かした改革案を俺は大友家の家老である吉岡長増に見せてみた。
ところが返ってきた答えは
「…残念ですが、これらの案は半分以上が実現不可能かと思われます」
という耳を疑う返事だった。
「えー、なんでさ」
長増はセメントやコンクリートの仕組みを一度見ただけで理解できる頭の柔らかい爺さんである。
水車とか線路によるトロッコ輸送とか現代チートには喜んで飛び付くと思ったのに…
俺の傷心を察したのか長増は小学校教師のように優しく諭すように説明を始めた。
「例えばですが…」
そういうと綿の買い取りを指さす。
「これは領民から直接買い取る。という事ですか?」
「ああ、そうだよ」
建設ブラック企業に入社する前、仕事がなくてニートだった俺としては、手軽に採取して日銭が稼げる制度があったら良いのに、と思ったものだ。
国が買い取るのだから農民には良い小遣い稼ぎになるだろう。と思った時期が僕にもありました。
それに対し長増は
「となると確実に身内同士の争いになります」
と断言した。なにそれこわい。
「採取というのは早い物勝ち、見つけたもの勝ちでございますよな。だとすれば大領主が山を独り占めするでしょう」
まじか?
「仮に領主の目をくぐって採取したとしても運送中に強奪されるでしょう」
……ここは北斗の○みたいな世紀末なのだろうか。
確かに、現実世界でも儲かりそうな話は大企業がアイデアを盗んで独占するという話は聞いたことがあるが、戦国だと領主がイ○ンとかサム○ンみたいな存在になるのかー(※この作品はフィクションです)
「まあ、領民もおとなしく従うようなタマではありませんからな。そうなると領主と領民の間で争いが起こるのは確実でしょうなぁ」
皆が小遣いを稼いで、その品物で布団を作ればみんな幸せ。というほのぼのとした計画が、欲に目がくらんだガチ勢による乱獲で血みどろの争いに早変わりした。
ぐぬぬ、しかも想像して見れば何でも武力で解決できる時代に調整できる奴なんているわけがないのである。
現代社会でもコロナウイルスが蔓延した際にマスクの買い占めが起こって流通がめちゃくちゃになったのである。しかも法律で取り締まっても休業中の店舗を勝手に使って転売を行うような人間までいるのだ。
警察のいないこの時代、人間の悪意なんてもっと酷い事になるだろう。
ぐうの音もでない俺の横で、今度はさねえもんが
「だったら、大友家の領内だけで、実験的にやれば良いのではないですか?これなら他家に迷惑はかからないと思うのですが」と助け船を出してくれた。だが
「そうなると、余所の領民が大友家をやっかんで嫌がらせをするかもしれんのう」と長増は言う。さらに
「領主の税がひどい土地なら、領民がそちらに逃亡してくるかもしれませぬ。そうなれば「五郎様は遠回しに当家を潰そうとしておられる」などと勘ぐられ、反乱が起きる可能性もございまする」とためいき混じりに言われた。
まるで、昔同じ現場で働いた大工の親方が『あなたの提案は大変すばらしいのですが、ウチのバカどもにはそのすばらしさを理解するだけの脳がないので失敗します。すいませんが無理です(意訳)』と言ったのを思いだした。
そこは、みんなで幸せになるよりも、みんな不幸で苦しい思いをしたほうが安心できるという、鬼のような発想をする人間だらけの現場だった。
目先の欲と『自分だけ良ければいい。他人が幸せになるのは死ぬほど嫌だ』という悪魔のような人間だらけの現場のトラウマがよみがえる。
あいつらのせいで「大分で働くってクソだな」と思うようになったのだが、どうやらこの悪習は500年前からあったらしい。
落ち込む俺に、長増はフォーローのつもりか
「まあ、水車に関しましては上流だと田圃の用水の問題が絡むので難しいですが、最下流の府内周辺なら喜ばれるかもしれませぬな」と言ってくれた。
おお!これで水くみという無駄作業が少しは楽になるね!
「ただ、どれだけ菜種油が取れても価格が下がると商人と一部の領主から苦情があがるでしょうな。下手すれば油を燃やしにくるかもしれませぬ」
ですよねー。
自由経済なら価格を不当に下げる(ダンピングといいます)によってライバル会社に嫌がらせでもしない限り、商売の自由なのだが、警察が十分に機能してないこの時代の場合、物理的に商売敵を潰すことに発展しかねないという。
ここに博愛精神とか協力プレイという言葉はないのだろうか?
「そんなものウチにはないよ」と言わんばかりの足の引っ張りあいだ。
ちなみに線路は『先祖伝来の土地を、皆のためなんて理由で分けてくれるわけないじゃないですか』と2人からダメ出しされた。え?俺がおかしいの?
それでもまあダメもとで家老たちの会議に案を提出してみたのだが…
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「綿を領民から買い上げる?あやつらは米を作ってればよいのですよ」
「水車ですか?そんなものにお金を使うなんて贅沢ではございませぬか?それよりも軍備に金をかけるべきですよ」
「五郎様はお若いからご存じないかもしれませぬが、この土地は代々田北の家が所有しておられます。それを侵害しようとするならば(以下、長ったらしい権利関係を慇懃無礼に説明された)」
色々理由を付けられ提案の9割は却下された。
ご丁寧ないいわけを無駄に長く説明されたが、要約すれば長増の言った通り「ウチ以外の家や領民が豊かになるのが気に食わねえ」という感じだ。
いや気に食わねえというより『豊かになった家が自分の家を襲うんじゃないか?怖い』といった方が正しい気がしてきた。
どの家も自分はまともだけど他人の家は自分勝手だから、変に力を与えると鎌倉時代のように襲ってくるんじゃないかという恐怖と不信が根底にあるようだ。
大友家の家老たちが大領主は選ばれず、中規模の領主で構成されているのもそれが原因だろう。
大領主が政治に絡めば利益を独占されるので、大友家全体で意識的に弾いているのだ。
2月11日に別府から帰ったあと佐伯さんにお礼として家老にしようかと言ったら「また讒言で家を滅ぼされるのは御免です」といわれたのが、今なら理解できる。
大領主が家老になれば他人の家の嫉妬が強くて、討伐対象になってしまうのだろう。
ここに来て俺はさねえもんが天下統一をあきらめろと言った意味が少しわかった。
この国、効率がすこぶる悪い。
政治のシステムが、強力な当主を作れないように防衛線が張られている上に領主の権利が強すぎて、領主の土地にかかるような大規模な公共工事ができないのである。
現代社会の場合、線路を通したり道路を拡張する場合、10年単位で土地を買い上げて、場合によっては全体の便利さのために強制執行という非常手段まである。
ところが、領地の安堵を条件に当主に従っている戦国武士の場合、他の領民がどれだけ助かることになろうが、自分の権利を侵されるような案には賛成しないのである。
かといって「みんなのために我慢しろ」と言うことに従えば、他の領主も同じように権利を侵害される恐れがあるので、同僚の圧力的にもそれは難しい。
また農民が豊かになれば領主の言うことを聞かなくなる可能性もでて来るという。
民は土地の付属物であり、米という財産を生み出す存在だ。それが金儲けのために他の仕事をしたり自立するようになるのは困るというのだ。
そして、領主たちの利益代弁者である長増たち家老はこれに反対できないという。
「私たち家老が領主たちを従えさせているのは、彼らに上手く利益を与えておるからです。多少の事なら口八丁で言いくるめる自信はありますが、土地と領民に関して口出しをすれば、敵と見なされ職を追われるでしょう」という。
大友家の政治システムは、反乱や当主の横暴を一定のラインで防ぐ形で完成されているのだと言う。
たとえば、大神村という村があったとしよう。
領主は大神さんだ。
ふつうなら、この土地の近くは大神の家臣だらけ。そう思ってました。
でも、豊後では違うのである。
一つの村に15人も別の領主がいる。
5町とか8町とかの小さな土地を分割して、作物を別々の領主に納めているのだ。
凄く不便である。
戦闘で兵士を集める場合も、自分の領地から当番制で集めるため伝達効率が非常に悪い。
パズルのようにバラバラになった土地。ここで反乱を起こそうと思って兵を集めようとしたら広範囲に伝令を出さないとダメだろう。
そのおかげで前回も反乱はごく小規模でおさまった。
だが、これはふつうに戦争をするときにも不便ではないだろうか?
さらに問題なのは家臣の誰もがこの効率の悪い領地制度にを疑問に感じてない事である。
それどころか「先祖代々伝わる、反乱を防止できる完成されたシステム」と思っている節さえある。
前に公共工事を請け負ったとき、方眼紙エクセルと呼ばれる入力が不便なデータを渡された事がある。
通常なら連続して入力できる数字を、わざわざ一数字一数字別々に入力しないといけない大変非行率なものだ。
いい加減やめろよと思うのだが『前例なので』の一言で改善はされなかった。(分かる人だけ分かってください)
大友家もこの「不便で効率の悪い」仕様が伝統となってだれも文句が言えない状態になっているのがよく分かる。
そこで「多少の危険はあっても土地は集約したほうが良い」と説明したら、領主から「先祖伝来の土地ガー」とか「この土地は親が命がけで手に入れた思い出ガー」と反対された。
中には「大友家の伝統ガー」などと言い出す、思考の停止した奴までいる。
しかもムカつく事に「おやおや、こんな事も分からないのですか?これだから若造は」みたいな顔をする奴までいるんだよチクショウ!
「伝統のある家だと、権威主義とか思考停止とかする人間がはばを利かせている事があるんです。大友家がそうです」と、さねえもんが言う。
コンクリ詰めして別府湾にたたき込むか八畳島にでも島流しにしてやりたい。あいつら。
「我慢してください」
うん、やりたいけど出来ないんだよなぁ。
なぜなら、大友家の権力は弱いから。
一応、国中で一番の土地持ちではあるのだが、家臣である国東の田原氏と竹田の志賀氏が手を組んで反乱したら余裕で滅亡する。これに佐伯、田北という領主まで加われば、戦いにならなくてもこの国は麻痺して自滅する。
部下のくせに何でここまで土地を持ってるんだこいつら?
と聞きたくなるくらいの大領主が4つ位存在するのだ。土地の台帳を見て腰を抜かした。
おまけに中規模クラスの領主も多いので、こいつらが手を組んでもかなり危険である。
大大名なのに何でここまで力が弱いのだろう?
「それは現在の政権が生まれた時が原因ですな」と長増が言う。
ひいひいじいちゃんの時代に大友家は親子で殺しあいの喧嘩をしたらしい。
結果は父が負けて逃亡し死去。息子は毒殺とも病死とも言われているが、とにかく死んだ。
息子には跡継ぎがいなかったそうだ。
「親子で殺し合うって何考えてるの?そいつら」
「話すと長くなるんで、大友
ググれねぇよ。この世界だと。
このとき隣の大内家に亡命していた大聖院というおっさんが国を乗っ取ろうとしたらしい。
「大内って都文化で身を滅ぼした、あの大内?」
「その大内ですが、当時は日本最強の守護で天下人にもっとも近い男でした」
いっそのことそいつに治めてもらえば楽だった気がするなぁ。
まあ、そうなると大友家が大内家に乗っ取られるのは明らかだったので、豊後の人間は代役を捜してきた。
死んだ当主の弟で、寺で坊主になっていたひいじいちゃん。大友親治(ちかはる)という人らしい。
何の後ろ盾もなかった、この人をみんながかつぎ上げて当主にしたてあげ、1496年の御所の乱という政変を経て今の大友家ができあがったという。
「つまり、坊主で土地を持たなかった、ひいじいちゃんが、国を纏めるために家臣から担ぎ出されたので大友家の力は弱い、と」
「左様。大友当主とは領主がかつぐ御輿のようなものです。都合が悪くなればいつ捨てられるかわからんでしょうな」長増は御輿の前で堂々と言う。
本人を目の前にして、言っていい事と悪い事があると思うな。僕は。
こいつはこいつで鶴崎と言う重要な港の領主13人をまとめている土地持ち領主なんだよなぁ。
「当主だからと言って、好き勝手出来るわけではないと言った意味分かりましたか?」
さねえもんが言う。
「うん。自分の分際を思い知りました」
実権は少ないが、大領主の誰かが一人勝ちしないように互いに牽制するための緩衝材や、国政という面倒事を負わせるいけにえとして担がれた名目上の大名。それが大友家。
これが実際に会議に参加してみて実感したイメージだ。
自分の所まであがってくる政治的問題はある程度家老たちのチェックや自治体ごとのフィルターが通り、日常事はほとんどあがってきた書状にサインをするだけらしい。
見事な傀儡。見事な御神輿。こんな連中をまとめて日本全国統一できるものならやってみてほしいものである。多分忠誠心マイナスまで行くと思うぞこいつら。
というか、人形だけおいとくので隠居させてもらえないだろうか?
「ワシもこんな面倒な仕事、さっさと辞めてもう一度隠居したいですなぁ…」
と心底めんどくさい顔で長増は言う。
入田と義鑑さんが田口や津久見の領主に嫌がらせをして討たれたのも、領主の権力を削って当主の権限を強くしたのが原因だと長増は言う。
「他家をとり潰して、領地を接収。さすれば大友の力は強くなる。今は各自の繁栄より、力を一カ所に集めて生き残りをはかるべき」というのが義鑑さんと入田の考えだったらしい。
あれ?意外とまともなこと考えてたんだな。
「そこで臼杵の丹生に新たな城を作ろうとして、田口に土地の交換を申し出るという無理難題を押しつけて潰そうとしたようですが返り討ちにあったわけでして…」
訂正。やり方がえげつねぇ。
結局、俺の案で通ったのは水車と災害対策案くらいだった。
自分の権利に抵触せずに、財産が守られる事には賛成なんだという。
「それだけではありません」
おや?どういうことだい。さねえもん。
「災害対策の費用は大友家単独で負担する事になりました」
つまり、お金を使う事で大友家宗家の力が弱くなるから反対しなかったともとれるのだという。
もう滅んでもいいんじゃないかな大友家。
「まだ、スタートしたばかりなのに、あきらめないでくれます?」
さねえもんから、あきれたように言われた。
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頭を使わずに戦国チートで無想ヒャッハー!!と豪華でゴージャスなお話にしたいのに、実際にワープロを入力すると、なんでこう下町工場の経営者の悲哀みたいな話になるのか私自身にもわかりません。
『人生そんなにうまくいくわけねぇんだよ!特にこの大友家では!』という現実から筆者が目を背けるのが下手なせいでしょう。
まあ大友家が天下を取れるわけがない理由の初級編は書き終えたので、次回からは現実からまっすぐ目をそらし、楽しい破壊行為を書いていこうと思います。
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余談;
さねえもんいわく
「ちなみに、宗麟さんは1578年に宮崎で島津軍に負けて家臣の多くを失った後、宣教師に「今まで自分を邪魔していた人間がいなくなったので、これからは万事がうまくいくだろう」的な鬼畜発言をしています」という
それを聞いた俺は
「部下が死んで何喜んでんだと思ったけど、うるさいクレーマーとか土地の提供にゴネまくる地権者が死んだら、そう思う気持ちも少しわかるなぁ」と思った。
「ちなみに、無能で臆病者と言われている宗麟の息子さんですが1582年に農民の頼みを聞いて初瀬井路という農業用水路の開発にGOサインを出してます。たぶんこれが『今まで自分を邪魔していた人間がいなくなった』結果なのでしょうね」
本気で辞めたいな。大友家の大名………
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