第16話 人民を堕落させようとする悪魔のような男

今回、宗麟が天下を取れない理由2番目の回答です

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 入田を討伐して府内に帰ると、俺は早急に住民の生活改善を進めるため以下の計画を立てた。

●快適に水が飲めるように水車と上水道を作らせる。

●その水車の動力を上下運動に転用し、自動で動く杵と臼で菜種をスリつぶせる装置を作る。人力による抽出から工業生産となることで将来的に菜種油の価格は安くなり、課税を緩和すれば生活必需品を手軽に使えるようになるだろう。

●綿花を国が5年の間、米と交換する。野生の綿の採取や栽培を推奨。ここで、採れた綿は布団に加工して他国の領主への贈り物や部下への褒美にばんばん放出する。

●寒冷地に強い作物で不毛の土地とされている湯布院の南、長者原を一大生産地に改良する。将来的にジャガイモがくれば飢えとはおさらばできる。


 とにかく内政。飢えと寒さに貧困をなくすために全力を尽くすことにした。

布団に関しては「そのような贅沢人を狂わせますぞ!」とベッキーが苦言を呈したが、歩ける寝袋の試作品を渡して「これがあれば寒い冬山でも活動ができるだろ」と言うとものすごく葛藤し始めた。「このような奇怪でもふもふした物が…だが、これなら動きやすい…ううむ」と悩んでいる。

 ふふふ、無駄だよベッキー。綿入り装備は戦国時代でも将来的に広がる便利グッズなのだから。


 人間の発展はの歴史でもある。

 車輪という輪で地面との摩擦を減らせば荷物が楽に動かせる。

 綿や毛布、発泡スチロールなど空気を大量に含んだ物質は断熱効果があるので板っきれ一枚の家の内側を覆えば燃料が少なくてすむ。

 空気には酸素や二酸化炭素など色々な種類があり、酸素以外の物質を放出すれば人間はあっさり死ぬので敵陣に放り込めれば人数も軍備も無関係に殲滅できる。

 これらの知識は一度見つけてしまえば「なあんだ」な事なのだが、それを発見するまでに、途方もない数の人間の見落としと研究が蓄積されているのである。

「つまり、進んだ文明社会に生きたというのは、それだけでなんだよ」


 このチートな知識で俺は多くの国民の生活を改善することにした。

 暖かい布団。豊富な食料。手軽に手に入る飲料水。きつい思いをしなくてもできる農業など、とにかく贅沢に、便利な生活に慣れさせて「面倒なことはしたくない」と

「何悪魔みたいな事を言っているんですか!」

 さねえもんが言う。

「…俺はな、この間の入田との戦いで気がついたんだ」


 戦国時代の戦争というのは基本的に整備されてない道を歩くことから始まる。

 広い整備された道があれば敵に簡単に攻め込まれてしまうからだ。

 だから橋も少ないし、道は人間が踏み固めただけで小石が散乱している。

 山登りをしたことがある人なら分かると思うが、整備されてない道とは足を乗せたら捻挫の危険がある石が道に散乱し、歩くだけで踏ん張らないといけない、である。

 おまけに重い鎧や兵糧は人力車や荷担ぎ棒で運ばないといけない。ゆえに軍隊は1時間に4km進めば良い方で、多くの人間の時間を無駄にしている。

 さらに戦場では睡眠をとるのも一苦労だ。テントに寝袋もない屋外で冬は寒さに夏は蚊や虫に悩まされて野宿しないといけないのだ。

 特に問題なのは、この時代の人間すべてがである。

「自動車で移動したり、布団で寝るのが甘えとか言われる世界を、もっと快適さに慣れさせて堕落させないと、このままじゃ、(切実)」

 だから、一人で贅沢をするのではなく、日本国民全体を怠惰で面倒くさがりな状態に持ち上げていきたいのである。

 できることなら、無人機同士で争って勝者には米を渡すみたいなゲーム感覚で戦争ができるようにするのが最終目標だ。

「アンタ戦国時代なめてるんですか?」

 と、さねえもんから言われたけど30歳近くになると野宿はきついし徹夜もしたくなくなるんだよ!

 特に俺はどんなブラック企業でも睡眠時間だけは確保するという固い意志のおかげで、3回ほど会社を変えながらもなんとかやってこれたのである。

 このスタンスは戦国の世でも崩したくはない。人間最低7時間は寝たい。寝る間も惜しんで働くのは悪である(断言)。

 そう力説する俺にさねえもんがため息混じりに言う。


「そんな殿に悲しいお知らせがあります」


 なんだよ、俺はみんなを快適な生活に浸からせて、堕落させるのに忙しいのに。

「筑後(福岡南西部)の三池たち筑後三人衆が裏切りました」

「マジで?」

「マジです」

「めんどくさいー。いきたくねえええええええええええ」

 三池は九州の西部にある町で久留米より南、熊本より北の領主らしい。大分から160km先の山道を越えた向こうにある遠い土地である。

 前々から何度か反乱を起こし、そのたびに討伐されて降伏する事を繰り返しているという。

「あ!三池って、あの世界遺産で有名になった三池炭坑のあたりか!」

 一度、大分から自家用車で行ったことがあるが、現代でも途中にある日田市は入りくんだ山道があり、福岡県にはいると長大な平地を走り、現地まで3時間ほどかかった記憶がある。

 それを徒歩で行くとなると…

「ええと1時間で4km歩いて10時間で40kmとすると…」

「約4日ですね」

 いーやー!!!めーんーどーくーさーいぃぃぃ!!!!

 おまけにそれが終わったらのである。

 一日中歩いただけでも筋肉痛で足はガクガクするだろう。それを温泉もあったかい布団での睡眠も無い状態で行わないといけない。

 想像しただけでも地獄である。

 戦国時代に転生して大活躍するなんて人間は、おそらく粗食でも我慢できて、自分たちの命をねらう敵が近くにいても平気で野宿できて、4日間歩いても平気なチート能力をもらっているのだろう。俺も欲しいわ!そんなチート!


 殿様でもこのレベルなのだ。もしも雑兵でこちらの世界に来てたら合戦の2日目に疲労で病死してただろうなと確信する。

「そんな事でどうするんですか?1556年には熊本北部の南関、1557年には秋月の秋月氏、1558年には大宰府の高橋氏、1563年からは毎年のように領主が裏切るんですよ」

「はい?」

 ちょっと待ってさねえもん。何で毎年の恒例行事のように裏切ってるの?暇なの?


「そこにチャンスがあるからでしょうか?」

 山登りとか宝くじ気分で反乱を起こさないでほしいな。

「九州は島の中心に高い山脈が貫いていて、大分から福岡に行くのって時間がかかりますから、始めのうちは反乱って成功しやすいんですよ」

 たしかに、討伐準備で兵を集めたり食料を準備していたら時間がかかりすぎるし、そこまで距離が離れていたら報告にも時間がかかるな。確かに成功確率は高そうだ。

 なら、裏切ったら酷い目に合うんだぞって見せしめのために、首謀者を打ち首にしたらいいんじゃないか?


「あ、それ。限りなく難しいです」


「え?」

「東北が有名ですけど、この時代の地方領主ってほとんどが近所で政略結婚してて親戚にあたるんですよ」

 ああ、お隣さんどうし娘と息子を結婚させて仲良くするのか。いいじゃないか。

「で、一つの家に合併すればいいんですけど、お互いの家を残すために合併はしないんですね」

 あー、結婚するならウチの家の名字を名乗れってやつね。今でも結婚するときの問題になってたりするね。

「で、親戚同士だけど自分の家は大きくしたいから戦争はする。だけどという奇妙な関係が生まれているんです」

 …………………なにその無意味な戦争は?

「本当になにがやりたいのかわからないんですけど、裏切り者を処刑しようとすると、親戚から助命願いが鬼メールで飛んできます」

 えっと、そうしたらまた謀反を起こされるんじゃないかな?

「当然そうですね」

「じゃあ処刑するしかないんじゃないかな?」

「でも、それやっちゃうとお願いを聞いてもらえなかったということで味方からもクレームが来ますよ」

 ……………………なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!!

「頭が痛くなってきたな……、ちなみに裏切ったら次はガチでぶっ殺すぞと脅したら?」

「大友家の味方だった親戚も確実に敵となって、親戚一同で報復されますね」

 それ、終わりがないじゃん。

 将棋で言えば王手はかけられるけど、王将をとったらダメって言われているようなものである。

 詰んでる、いや、詰まないじゃないか。それ。

「ちなみに領地を取り上げたり、きつい罰則を与えると「次は我が身かも」とか「先祖伝来の土地を奪うなんて死ぬ以上の侮辱だ!ひどい!」と言って死にものぐるいで反抗してくると思います」

 だったら反乱するなよ。なにこの面倒くさい恋人みたいなやつら。

 俺は頭を抱えた。

 つまり、謀反が成功しても失敗しても殺されないように大友家の味方をする一族がたくさんいて、嫌がらせの様に反乱を起こしてるとでもいうのだろうか?遊びか?

「本人たちにしたら「それは違う」と言いたいでしょうけど、後世から見るとそうとしかみえないんですよね。一部では『プロレス』とも呼ばれています」

 プロレスで死人は出ねぇよ。


「肥後も筑後もこうした仲良く戦争しているような状態なので、首謀者の処刑なんてしたら親戚一同から報復される恐れがあります」

 なにそれこわい。

「え?でも反乱鎮圧して裏切るんじゃないぞって言っても放っておいたら裏切るんだよね?」

「はい」

 納得いかねぇ。

 これは九州だけじゃなくて、日本全国の戦国大名で見られた光景らしい。

 上杉謙信は関東の北条氏に戦争にいくと、周辺の豪族が上杉につく。

 そして農繁期になって越後に戻ると、豪族たちは北条に寝返るという構図らしい。


 まさに風見鶏。弱いのだか強いのだか分からない関係だ。

 血縁で縛ってもダメ、暴力で縛ろうとしてもダメ、徳で縛ってもダメ。

 最悪である。

「あ、だったら監視しやすいように拠点を動かせばいんじゃないか?」

「由緒ある武将たちが、先祖伝来の土地を動く訳がないじゃないですか」

 それは武士に対して絶対やったらダメなことらしい。

 転勤は絶対しない主義なのか…


 あれもダメ、これもダメ。戦国時代マジで終わってるな。

「ええ、これが大友宗麟…というか九州の大名が天下を取れない理由、その2【九州には山が多く交通が不便なので、遠くで部下が恒例行事のように裏切る】です」

 途中の山ごと吹っ飛ばしてやりてえな。


「よし、電車を走らせよう」

 あの無意味に長いウォーキング地獄を回避するための案をはじき出した。完成までに3年はかかりそうだけどね!

「線路のルートはだいたい把握しているから、あとは全住民に最優先事項で線路を造らせて、鍛冶職人には石炭エンジンの開発を」

「無理ですよ」

 ぐるぐる目になった俺にさねえもんが冷ややかに言う。

「仮に道の途中にいる山賊が線路を破壊したら使いものになりませんよね?」

「あ」

 この時代、山間部には大名の力も及ばないので山賊が一定数いたらしい。フロイス日本史にも豊後の山賊の存在が書かれているという。

 彼らが獲物を襲撃するために線路を破壊する可能性があるのだと言う。

「よし、山を燃やそう」

 隠れる場所があるから悪いのだ。じゃまな木々は焼いてしまって丸裸にすればいいのだ、そうだ。それがいい。そうしよう。

「それやると、土砂崩れが頻発して線路も埋もれるし、住民が生活できなくなりませんか」

 そうだった。日田福岡線の線路は土砂崩れで不通になって、再開は絶望視されてたっけ。

 そう思いだした俺にさねえもんは笑顔で


「ですので、あきらめて福岡に出張しにいきましょう」

 と言った。

「いやだー。俺は他の連中も快適な生活に慣れさせて自堕落な人間ばかりにして「戦争なんて面倒だからパス」とストライキ起こすようにしたり、それがだめでも電車で片道1時間、室内で戦闘指揮してその日のうちには帰れるようなんだー」

「あなた、どんだけ戦争をなめくされば気が済むんですか?」

 さねえもんが冷ややかに言う。

 いや、むしろ戦争とかいうのほうが現代人のひ弱さをなめているだろう。

 ふつう戦争なんてつらくて面倒で面倒なのに、たいして利益もないような面倒事をやるほうがおかしい。

 そんな暇があるならゲームや読書でもしてた方が絶対に建設的だ。

 大河ドラマで「戦は嫌でございまする(笑」とか言われていたけど、実際に参加してみるとわかる。

 田舎の自治体で一日中草刈りなどの労役をして、夕方には酒盛りに無理矢理つき合わされて朝まで飲んだ次の日に再び水路の掃除にかり出された事があるが、あのブラック企業並の重労働がまだましに思える程クソなのが戦争である。

 辛い。キツイ。人間扱いされない。それに毎日死の危険が付きまとうとか最悪だ。


 農作業で命取られることはないもんな。


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 結局、三池の反乱は近くの領主が袋叩きにして治めてくれたと続報が来たので助かったが、一日も早く戦争しなくてすむように国を変えていかなければならない。


 以上のような苦闘の末に、俺は考えられる限りの改善案を家老たち…に見せるのは怖いので先ず長増に提出した。


「これは…せめんと以上に凄い物を思いつかれましたな…」


 本当は一つ一つ段階を踏んで提出する予定だったのだが、面倒な戦場に行きたくないという一心で書き出したのだ。

 どうだ、凄いだろう。これが現代社会チートの一端だ。

 そう自慢げにふんぞり返りたい気分だった。

 だが返ってきたのは


「…残念ですが、これらの案は半分以上が実現不可能かと思われます」


 という耳を疑う返事だった。

 え?何で?


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 信長が天下をとれたのは京都に近くなく遠すぎもしない立地だったから。という分析がありましたが、九州は領主がオセロの様に裏切るため、天下どころか九州統一自体が難しいと思います。

 統一に必要な勢力になろうとすれば、周りから足を引っ張られ、それを従えても少しでも戦況が不利になればあっさり見捨てる愉快な領主がたくさんいるからです。

 魔法とか戦略的兵器とか与えて何もかも吹っ飛ばして、問答無用で従えさせることができたら、すっごく気持ちいいでしょうねぇ(遠い目

 なお戦国時代に転生して戦場で活躍するとしたら、睡眠不要とか冷気耐性などのチート能力は必須だと思います。筆者は一日徹夜しただけでも死ぬ自身があります。

 頭使いたくないのに、こうした余計な糞リアリティを思いつく脳みそが憎い。

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