第12話 鶴崎の景観 破壊確定する
今回はセメント+砂=モルタル+小石=コンクリートの説明です。
ご家庭の簡単な補修とかも出来るので、知っとくと便利な知識かもしれません。
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【1550年 2月 大分市鶴崎・高田地区】
「これはまた、どえらいものを持ってこられましたな」
知恵者とも言われた吉岡長増が目を丸くして驚いている。
頭の良い人から、お世辞抜きで感心されるのは実に気分が良い。
津久見で大量の石灰石を乗せた俺たちは府内ではなく、鶴崎に寄港した。
そこで制作したモルタルを使い、鶴崎の港の一部を舗装してみせたのだ。
「これを使えば石をくっつけて岩にすることもできるし、デコボコの少ない道や、洪水に強い堤を作ることも可能だ」
俺の言葉に長増は目を光らせる。
鶴崎踊りで有名な鶴崎地区だが、ここは大分市でも2番目に大きな川、大野川と乙津川の河口にあたる。
それ故に水害が多い。
普段は川の水量は穏やかなのだが梅雨時期になると大量の水が流れ込み大きな被害を受けていたのだ。
そこで、川と接する斜面(
「この鉄の棒は必要なのですか?」
「ああ、この方法で作成した石は堅いが脆い。亀裂が入れば簡単に砕ける。ところが鉄を中に入れると、一部が崩れても形を保つ頑丈な石になるのだ」と説明する。
強風の中、竹は柔らかくしなる事で折れないが、堅い木は簡単に折れるのと原理は同じだ。
まあ、中国みたいに竹を入れてはだめなのだが。(参考;『中国 竹 マンホール』でググってみよう)
「何でですか?」
さねえもんが小声で尋ねる。
「鉄は丈夫だが
錆びた鉄はぼろぼろになり触っただけで崩れてしまう。ところが
「逆にコンクリートはアルカリ性、鉄を錆びなくさせる性質がある」
酸性とアルカリ性が中和することで、コンクリートの内部に混入された鉄は錆にくくなる。おまけにコンクリートだけで作った物は亀裂が入ればあっさりと壊れてしまうが、鉄の芯が入っていると、表面は壊れても鉄のおかげで崩壊まではしない。弱点を補える物質となるのである。
「へー。酸とかアルカリとかテストでしか使いませんでしたけど、実際に役に立つんですね」
うん。ついでに言えば某格闘漫画のせいで『濃硫酸の池に落ちた生物は皮膚が溶けて骨だけになる』と学生の頃は誤解していたけど、人間の皮膚を溶かす性質があるのはアルカリだから、コンクリートが体についたら早めに水で洗い流さないと皮膚がヒリヒリするから注意ね。
「『この池にはアルカリが溢れている』だと、あんまり凄そうな感じがしませんからね…」
などと雑談しながら固まるまで他の相談ごとに興じていた。
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4時間程度経過して薄く作った鉄芯入りコンクリートと、鉄を入れなかったコンクリートが完成した。
「ほほう。本当に砂と小石が岩となりましたな」
好奇心いっぱいの子供の様なまなざしで長増はコンクリの塊を観察する。
さあ、それでは強度実験だ。
ハンマーでぶっ叩いてみると、鉄芯が入ったものはヒビが入っても元の形を保ったのに対して、何も入れなかったものは跡形もなく割れてしまった。
「コンクリートは割れても鉄は切れないからな。これが鉄を入れる理由だ」
と説明すると長増は興味深げにコンクリの割れた断面を見つめて言った。
「なるほど。この『こんくりと』の中で『せめんと』というものは糊のような役目をはたしておるのですな」
……………………一目見ただけでセメントの役割を正しく理解しやがった!やっぱりこのじいさん凄げぇ!
「糊…ですか?」
セメントで出来た建物を見慣れているはずのさねえもんの方がピンとこない顔をしている。そこで長増は砕けたコンクリの破片を持ちあげると
「ほれ、この断面の細かい部分、これは砂じゃろう。五郎様の言われた、せめんと、というのは砂を糊でくっつけたもの。それだけだと脆いから、さらに堅い石を繋ぎあわされたのじゃろう」
それと、小石があると少ない量のセメントで大きな塊にできるからね。
そう言うと長増の爺さんは興味深く破片を積み上げて
「これがあれば香椎浜(福岡県博多の北。元寇の際に石を積んで壁を作った場所)で作られた石の堤も一枚板のように頑丈になるかもしれん。いや、若君が言われた鉄の棒が使えぬから、強い衝撃や地震が起これば砂上の楼閣か…石ではなく、何か枠で…そう木の一枚板で形を整えて、こんくりとを固めた方が良いのか…」と利用方法を考え始めた。
うん。この人、他の知識も伝授したら間違いなくとんでもない使い方を思いつくだろうな。
ちなみにレンガみたいな大きな石をくっつける時はセメントを使っているのだが、鉄の芯棒がないので地震が起きれば間違いなく倒壊する。その危険性を実際に使ってもないのに見抜くなんて応用力が高すぎる。
俺は長増すの爺様にセメントの製法と調達先を教え、何事かあっても製造が出来るように伝授しておいた。
「しかし五郎様。入田討伐を控えた時期に、なぜこのようなものを持ってこられたのですか?」
ひとしきりセメントを観察していた長増が尋ねる。
「そりゃ、入田との戦いの後を考えて、だよ」
義鑑さんの仇として討伐対象となった入田は津野牟礼城、今の竹田市中島公園の近くの城に立てこもっているという。
さねえもんの話だと2月20日に竹田の大領主 志賀親守と親教親子(後に島津義弘を退けた志賀親次の祖父と父)が宗麟の味方をするという神文を持ってくると言う。
現代で言えば30%の株式を所有する大株主が味方に付いたようなものらしい。
このおかげで宗麟は他の領主にも名実ともに大友家の当首と認められ、本格的に動けるようになったらしい。
その恩を感じていたのか、のちに志賀親教が死罪に等しいミスをしたとき特別の恩があるからと宗麟に赦免された記録がある。
「まあ、その後再び裏切って息子から処刑されるんですけどね」
だいなしだー。
まあ、そうならないようにがんばらないとな。
神文が届いたら速やかに入田を倒して、次に大堤防を作らないといけないのだ。そのためにも鶴崎はセメント製造に絶好の地といえる。
「なんでですか?」
「それはここが豊後刀と呼ばれる刀の生産地だからだよ」
某刀剣ゲームに登場する行平という刀は、ここ鶴崎の高田地区の刀匠の手によるものと言われている。
ここは大野川から川を流して輸送される木材で炭を作り、国東半島から輸入した鉄を使って刀を作ったのだという。
「つまり津久見の石灰石と臼杵の粘土さえ運べば、刀製造の熱を使ってセメントの製造をしてから府内に運べるって寸法なんだ」
帰りの船でスラグと粘土を運べば津久見でもセメントが作れる。そうなればトロッコなどで輸送の効率化を行う。
一刻も早く、この不便で開発のすすんでいない大分を便利な町に変えていくのだ。
そのためにも、さっさと入田を征伐したい。
「それは油断のしすぎではないですか?」とさねえもんから釘を刺される。うん。その意見はもっともだ。
だが今回の戦い不思議と不安がないのである。
はっきり言ってこちらは建築物のプロだ。野戦ならともかく、筋交いも入ってないような日本家屋の城に籠城している相手なら負ける気がしない。
建物を建てている間に「ここに亀裂が入ったらまずいなぁ」とか「ここの基礎が沈下したら全体が壊れないか?」などの悪夢のシミュレーションが毎日寝る前に頭に浮かんでいたのだ。もろい日本家屋を下地にした城なんて「どこから壊そうか」というパズル気分である。
「ものすごく嫌な予感しかしませんが、ちゃんと説明してから実行してくださいね」とさねえもんが釘を刺してくる。
「まあ、戸次がいれば負けは無いでしょうが、油断は禁物ですぞ」と長増からも言われる。
そんなに危なそうに見えるのかな?俺。
そして2月20日、ねんがんの神文を手に入れた俺は竹田に兵を出す名分を得たのでベッキーと国東半島の岐部氏、佐賀関の南、白木に住む若林氏、それに宗麟の弟の八郎君をつれて大野川をさかのぼる。
全大友家臣の敵、入田氏討伐である。
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