第13話 はじめてのせんそう 竹田市中島公園 入田討伐戦
府内の町でサイン製造装置としての単調な激務をこなした後、俺は入田討伐に参加することにした。本来の大将はベッキー。これに4つ位の領主が途中参加で加わるらしい。
どんこ釣り(豊後大野市犬飼町に生息するどじょうのような水棲生物。珍味)で有名な大野川をさかのぼり、滝連太郎と岡城で有名な竹田の南部、入田へと進んだ。
「ここらへんの風景って耶馬溪に似てるよね」
阿蘇山の溶岩で覆われた竹田はむき出しの奇岩が多いのだが、もろくて岩が掘りやすくトンネルが多い。
その数は300以上もありレンコンの町の異名がある。
一日、ここで志賀に会い屋敷に泊めさせてもらう。
次の日、そこからさらに南下すると見えてくるのが入田の城、津賀牟礼城だ。
「上原館もそうだけど、この時代の城ってしょぼいなぁ…」
「それ、城好きにいったら怒られますよ」
姫路城のような漆喰や天守閣のある城というのはボンバーマン松永秀久が考案したという。裏切りと茶の湯とお灸で有名なこの男は城郭建築へも並々ならぬ情熱と美意識をもっており、平屋でむき出しの木材建築だった日本の城を漆喰と瓦に3階建て以上の天守閣をつくって豪華勇壮な建築様式に様変わりさせたという。
信長の安土城はそのパクリというのが現在の通説だ。
「ちなみに秀吉が朝鮮出兵で1592年に名護屋城を佐賀県に建築したのを九州大名が見て、まねするようになってから九州では石垣付き漆喰白壁の城が広まったと言われています」
そのため、戦国時代の九州大名の城は基本的に土塁と板塀の城ばかりなのだと言う。「あれ?じゃあ府内城(大分市役所隣にある漆喰の塀が現存する城跡)は?」
「あれは1593年以降に来た日根野氏が築城した城ですよ」
「え?でもゲーム信●の野望だと大友宗麟の城は府内城ってなってるよ」
「都会のゲーム屋さんが大分の辺境の大名の城なんて知らなかった時代の話を蒸し返すのはどうかと…」
そんな話をしながら現地に行くと、高さ8~15mの切り立った崖に、2本だけの通路という要塞化した岡にして入田の本拠地
よしよし、こちらの方が好都合だ。
まずは『矢文で降伏勧告>断られる』というおきまりのパターンを行う。
これで戦闘の名分ができた。大友家に逆らう逆族を誅罰だ。
俺は家臣たちを前に朝礼…もとい評定の開始を宣言した。
「ではこれより作業を開始する」
「…せめて突撃とか言いませんか?」
さねえもんのつっこみを、無視して討伐に参加した領主たちを向く。
「ではまず危険予知(KY)をしよう。」
俺の言葉にさねえもん以下全員が固まる。
「……何ですか?それ」
「ケガをしたり、危ない行動はどんなものかを確認する作業だ」
KY活動は現場の基本である。
まあ、毎日の仕事だと「めんどくせー」と飛ばしたくなる作業だが、今回は文字通り「命がけ」前提の仕事である。
しぶる家臣たちに「どのような行動をとったら命を落とす可能性があるか?」を提案してもらう。
こうしてでたのが、以下の案件だ。
・城の道を歩いて崖から転落する
・城の兵と近接戦闘を行って槍で頭を叩かれる。刺される。
・城の周囲約1町(100m)に防護楯なしでうろついて石と矢に当たる。
・足下を注意せず歩いて落とし穴に落ちる
「では以上の行為は禁止してご安全に作業を行いましょう」
「殿、それでは戦になりません」
失笑が起こる。
「何で?」
「敵と接近せねば、戦にならぬではないですか?」
呆れたようにベッキーが答える。
そうかな?
たとえば足軽は、戦いの序盤では石を投げて相手を攻撃したそうだ。
投石は人間よりも早いし遠くから攻撃ができる。
これだけだと殺傷力がないので結局近接戦闘となるのが今までの戦いだが、これがもしも投石だけで相手を無力化が出来るなら、接近せずに戦ができるのではないだろうか?
そんな説明をしていると従軍した岐部さん(国東の領主)が言う。
「殿、今は敵の前にいるのですぞ!そのような夢物語は屋敷でなされい!」
ふむ、はたしてそうかな?
実はこの津賀牟礼城には3度ほど来たことがある。
近くに中華そば屋がある以外は民家しかないのどかな田舎で、基本的に入り口は北と南の裏口の二本だけ。荒れて誰もいない城跡を途中まで歩いたものだ。
四方に張り出した出丸は断崖絶壁であり、山頂への道も細い畝となっており、足を滑らせれば下に転げ落ちるという危険な場所だった。
そんな通路でイノシシとばったりエンカウントした時は、死ぬ覚悟もした。
そんな危険な場所なのである。
なので、無理に攻めるのは効率が悪い。
「ではどうするんですか?」
さねえもんの問いに俺は
「攻められないなら、城にいられないようにするしかないだろう」と答えた。
そしてベッキーに指示を出し、他の兵士には敵が逃げ出さないよう安全地帯で待機させた。
高さ8mはある崖の下。北側なのでジメジメとした湿地となる城の入り口近くで、俺は竹筒で作ったメガホンを取り出すとこう言った。
「あーあー!入田の一族に告ぐ!先日、仏様が我が輩の夢枕に立って豊後の混乱の元となる入田を調伏せよとお命じになった」
当然嘘である。
「おまえは父の家臣でありながら、父が亡くなられた後、城に立てこもり何の連絡もない。ここで、素直に降るなら温情を見せるが従わぬなら天罰を受けると思うが良い!」
意訳すれば「主人に逆らうお前たちは仏敵だから天罰が降るぞ」というヤクザの脅しのようなインネンである。
こんなのは戦の前のあいさつみたいなものなので
「そのような天罰が降るのでしたら是非見せて頂きたいものですな!」
と、このような嘲笑が返ってくる。
だが、残念なことに今回は単なる脅しではない。
「では、その証拠を見せよう!」
そう言って俺は懐から【奇門遁甲】と書かれた本を取り出した。
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奇門遁甲の書。三国志演義の序盤で黄巾族の大将、張角が仙人から与えられた本である。…まあ俺が適当に書いた偽物なのだが。
「では、攻撃を開始しよう」
そういうと、俺は竹の杭を団子状にしたボール。ベトナム戦争で言うパンジ・スティックに使われたようなトゲだらけのボールを、城の入り口や比較的崖の浅い所に発石器で放り込ませた。なんでもこの戦い3月1日に大友家が勝利するものの入田に逃げられたというのだ。4月4日に熊本へ逃走している所を討ち取られるらしいのだが、民衆の反乱防止にもここは捕まえておきたいところだ。
「ちょっと待ってください」
なんだい、さねえもん?
「さらっと投石器とか出してますがいつの間に作ったんですか?」
「長増の指導で1週間位前から試作品を作らせたものを分解して持って来た」
この世界の戦闘と言うのは幾つかの作法が根付いていたらしく、正々堂々と戦わないのは卑怯だと言う考えがあったという。
そんなアホみたいなこだわりで動かれては迷惑なので、頭が固そうだけど信心深く合理的、ついでに中国の歴史に素養の深そうなベッキーに「南華老仙から貰った」と言って偽書を作成し、現代風にアレンジした攻城兵器を使用させる。
「ははは!自分からわざわざ入り口を塞ぐとは愚かな!さすがは未熟なる若君!戦闘の経験がないと見える!」
と目の前の道具がどれだけ凶悪なものかも知らない城兵が笑う。
うん。今のうち笑っとくといいよ。
「よーし、それでは次いってみよう!」
そう言うと今度は先ほどよりも小さくて軽い素焼きの壷を準備させた。
そして『てこの原理』を利用した発石器の棒を、少し長めのものに変える。
たった3kg程度の物質を乗せた棒の反対側で体重80kgの大人5人が、全体重をのせてロープを握り落下する。
次の瞬間、油と火が入った壷は、きれいな放物線を描いて500m先の岡に飛んでいき、盛大に割れて城内に火の手を上げた。
これが三国時代に高い城壁の櫓を壊すために使われた発石器の改良版である。
「なっ!なんだ!」
次々に飛来する素焼きの壷。だが、それらは建物とは無関係の見当違いの場所に飛んだようだ。
「
だが、はじめは見当違いの場所に飛んでいたが、次第に精度が上がり、岡の下からは見えるはずのない建物を狙って飛んでくるようになった。
懸命の消火活動が続く中、今度は火のついた竹が飛んで来る。
バリスタと呼ばれる超大型の固定式弩砲によって、人力の弓では届かない遠くから発射された火の塊だ。先端には石が入っており、粗末な木の板屋根など軽々と突き破って内側から木造建築を焼いていく。
こちらも撃てば撃つほど精度はあがっていく。
「何故だ!何故ここまで的確に攻撃ができる!」
城から聞こえる叫びに入田のうろたえる顔が目に浮かぶようだった。
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「あー、どうだ?」
俺は竹に布を張った糸電話に語りかける。
「今『に-五』にある宿所から右に1間ほど離れて当たりました」
1km離れた山の上にいる観測班から返事が来る。
「なるほど」
おれは報告を受けて、目の前におかれた地図とにらめっこする。
南北に『いろは』東西に『一~九』の数字を書いて区分けした地図には観測班から伝えられた敵の施設が書き込まれている。
「2番隊は左に2度ずらして撃て」
「かしこまりました。おーい2番隊、左に2度だ!」
やけくそのようにベッキーが叫ぶ。
その横で岐部さんたちが唖然とした顔で、俺の放火活動により燃えていく津賀牟礼の城を眺めている。
どうやら文句はないらしい。
「なにをやってるんですか?これ」
さねえもんが聞いてくる。心なしか口元がひきつっている。
「効率の良い放火」
津賀牟礼山は稲作に適した集落の中心の岡にある住民たちの避難所的な城である。そのため急峻な山が多い竹田には周囲に高い山がいくつもある。
なので俺はこの戦いの前に津賀牟礼城が丸見えになる山に部下を置かせ、着弾点の報告方法を教えて射弾観測できるようにしたのだ。
試射>着弾確認>修正。これを繰り返して次々に主要施設を破壊していく。
この時代、通信だけがネックだが糸電話と中継をおけば情報の伝達は比較的スピーディーにできる。おまけに敵の出口はふさいでいるので、急な突撃による対応を考えなくて良いから落ち着いて分析ができる。
「ベッキー。今回の戦法の効果の程は理解できたかな?」
「は、はい…信じられませぬが、たしかに矢や壺が届きました。それに戦場でここまで小さな声が聞こえるとは…」
こんな離れた場所から放火が出来るとは思わなかったのだろう。
衝撃でいつもの声に当惑が見える。それに合戦場とか現場でここまで瞬時に正確な伝達ができているのにも驚いたようだ。
インカ帝国が車輪を発見できなかったように、音は振動で伝わるという事をこの時代では発見できていなかったらしい。
「まあ、とりあえずさっきみたいな感じで、食料庫と宿所をどんどん燃やしていってくれ」
「承知いたしました」
まるでオフィスから指示を出すような気軽さで、俺は作戦の続行を指示した。
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【正午過ぎ 大分県竹田市津賀牟礼城内】
「水だ!水をもってこい!」
「ダメです!所々で燃えていて間に合いません!」
「兵糧が燃えました!」「丹後様の宿所にも火の手が!」
城の中では大混乱が起こっていた。
険阻な岡の上に立つ津賀牟礼の城は10日はびくともしない堅牢な城のはずだった。2つしかない入り口はどちらも道が狭く、上からの落石や矢で簡単に敵を撃退できるし、各所に配置された出丸によって崖を上るのも不可能だったはずだ。
なのに、敵はこちらの矢の届かない所から次々と城に火を放っている。
「丹後様!これは本当に仏罰なのではありませんか!」
「バカなことを申すな!」
まるで妖怪に化かされているかのような光景に、勇猛な家臣も弱気になる。
丹後も自分の理解の及ばない神がかった攻撃を受けているのは分かっている。
大友家を見捨てた自分が罰を受けているとでもいいたいのだろうか?
「ええい!こうなってはもはや攻めるのみ!者どもわしに続けぃ!」
「ダメです!出口は杭が散乱しており、出られません!」
戦いの最初に入り口を塞いだのはこのためだったのだろう。
比較的崖の低い場所から降りようとするが、そこにも凶悪なまでにとがった杭の固まりが投げ込まれていた。
落ちて串刺しになるのは一目瞭然だ。
こうして、まともに矢も槍も合わせられず、一方的に城の機能を奪われた岡の上に取り残された状態で、入田たちは夜を迎える事になった。
九州でも内陸部に位置する竹田市入田は気温差が大きく日田や湯布院のような四季のはっきりした観光地兼農業地である。
久住などでは明治時代からトマトの生育が実験的に行われており、詩人の与謝野晶子夫人が娘さんとトマトを食べた事が地元の新聞記事になっていたりする。
そんな場所なので夜は寒い。
四季を楽しむ観光には非常に適した場所なのだが過酷な戦争での野宿はお勧めできない場所である。
南側の斜面にある社殿は無傷だったので、そこで寝ることにしたのだが城内の食料は燃え、水は消火に使われてなくなっており、入田の民兵は疲労と空腹、喉の渇きにさらされながら一夜を過ごすことになった。
城に居るのは兵士だけではない。領民である老人、女子供まで、過酷な状況で夜を過ごさなければならない。これには頑強な武士たちも困り果てた。
おまけに半刻(一時間)おきに、嫌がらせの様に油壺が投下され敷地内に火が上がる。これではまともに寝ることも出来ないし、消化のために巻いた水で体がさらに冷える。
「このような所業ができるとは…恐ろしいお方だ」
まるで魔王の化身であるかのように入田は若い当主を恐れた。
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……………だが実はもっと困っていたのは大友家、特に
「……寒い……暖かい御布団がほしい………」
「ありませんよ。そんなもの」
『入田は地元民が住んでる集落だし、どこかお寺でも借りて泊まればいいや』
そんな甘いもくろみでいたのだが、建物からはすきま風がびゅうびゅう吹くし、ろくな断熱材が入っていない。
おかげでろくに眠れなかった。
ひ弱な現代人が野宿なんて出来ないのである。
こんな状態でも城の兵士たちはそれなりに眠れるという話を聞いてムカついたので一時間おきに見張りの兵士と油壺をぶち込んでおいたが、そんな事をしても眠れるわけがないので地獄である。
「………フフフ…ここまで辛いんだ……あいつらだってもう限界に違いない。きっとそう……お願いだから明日の午前中にはギブアップしてくれ…」
すがるような思いで俺は竹田の夜を過ごすことになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「降伏します。一族と領民の命だけはお助けくだされ」
入田が矢文で伝えてきたのは次の日の朝だった。
兵糧はともかく、冬場の乾燥した空気で飲料水が無くなったのが
完全に武装を解いた兵と領民たちが縄を打たれて連行されてきた。
立派な白髭をたくわえた大友家の元宰相におれは威厳を見せつけるように毅然とした態度で出迎えて告げた。
「ゲホゲホゲホ!うむ…、逆らわないならゲホ、田口ゲホ津久見とゲホ、同じようなハーックショイ!条件で、様子をゲホみよハークショイ!」
病身にも関わらず立派に降伏を受け入れた俺。すごく頑張ったと思う。
ありがとう入田。よく決断してくれた入田。
なお入田親廉は寝不足と寒さで盛大に風邪を引いて死にかけてる俺をみて「あともう一日粘ってたら勝てたのではないか?」と思ったらしい。
…もし昼までに降伏してくれなかったら、城の崖を火薬と臼砲で吹っ飛ばす予定だったんだけどね…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なお今回、本当はアルキメデスを主人公にした漫画『ヘウレーカ』に書かれた『アルキメデスの鉤爪』という、鏡で太陽光を反射して遠くの敵を燃やす神秘的な兵器を用いた戦闘をしたかったのですが、現代の研究によると『すごく時間がかかるし射程も短い』実用性に難のあるものだったそうなので物理攻撃に変更しました。
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