第9話 九州一の分別者 大友の3老
「吉岡殿!」
「おお。斉藤の坊主か。久しいのう」
その言葉に一同が顔を向ける。
伸びた髪を後ろで束ね、精悍な顔にあごひげを蓄えた、初老のロマンスグレー。
それが吉岡と呼ばれた男の第一印象だった。
「ご無沙汰しておりました。五郎様」
と、うやうやしく一礼すると義鑑さんの前で一拝して無造作に俺の左隣に座る。
「この場に座るのも12年ぶりじゃな」
当然のように上座に座る行為に何か言いたげな人間もいたが、この老人が一瞥しただけですぐに口を閉ざした。
まるで長老のような風格である。
一体何者だ?この爺さんは。
そう思っていると、さねえもんからメモを渡される。
「吉岡長増(?~1573頃)70歳以上で死ぬ大友家の長老的存在。1530ー4年に大友の家老となり大内との戦いで豊後の防衛に尽力するが突如家老から離脱。大友家の文書から名前が消える」
たぶん政治闘争に巻き込まれないようにしたため。と但し書きが書かれている。
飄々とした感じの爺さんだけど従軍経験に家老にまでなっていたのか。
「吉岡様、おひさしゅうございます」
ベッキーがかしこまって一礼する。
「おお!戸次か久いのう。元気じゃったか」
「おかげさまで。してこのたびはいかようなご用件で参られたのでしょうか?」
その言葉に一同が固唾をのむ。
さねえもんのメモによると
「政治の表舞台から姿を消していた長増は1550年の2月12日から書状に名が復活し、家老として20年辣腕を振るいます」
とある。義鑑の側近だった入田という人間が消えてたので政治の世界に舞い戻ったのだろう。
そんな情報を知って見返すと、喫茶店のマスターのようにも見えた老人が政治会の大物のようにも見えてきた。
「なお伝承によると、この人の作戦のおかげで毛利元就を九州から撃退し大友家は九州北部を統一できたと言われてます」
「マジで!!!」
突然あがった声に一同が驚いてるが、俺は意に介さず さねえもんと吉岡さんを見比べる。
毛利といえば半国の領主から11国の大名になった謀略家だ。政治に戦争に万能な才能を発揮し、シミュレーションゲームとかだと能力値の総合力は一位になることが多い。
秀吉も成り上がり者だが、それは織田信長という大名の事業を引き継いだものだ。
逆に毛利は自分の家を下請けの小企業から全国展開の大大企業にのしあげた叩き上げの社長のようなものである。
そんな人間に知恵比べで勝つなんて、凄い人間がいたものだ。何で大分はそんな人間をPRしないんだろう?(※伝承だからです)
「一同。ひとつよろしいかな?」
緊張感が張りつめた地獄の相続会議で世間話でもするかのように吉岡さんは言う。
「あー。今回の件じゃがな、肥後から逃亡中の菊池義武が裏で手をひいとるらしい」と言った。
あれだけうるさかった親戚連中が、これだけで静かになった。
菊池義武。(1502以後~1554)
元々は大友義鑑の弟で肥後の大名、菊池氏に養子に行った人なのだが1530年代に大友家が強国大内家から攻められると大友家に反旗を翻す。
この反乱は玖珠と日田の兵士を率いた吉岡によって防がれ翌年には鎮圧。義武は長崎の高来(こうらい)に逃亡し、それ以降肥後大名の復権と大友家当主の座をねらって様々な妨害工作をしてきたらしい。
そんな人間が今回の大友義鑑の殺害を計画したのだと言う。
「誠ですか!?」
「何か証拠はございますか!」
口々に訪ねる大友家臣たち。
だが吉岡のじいさんは呆れたような顔で
「このような企みを書状で残すはずはなかろう。だがこの混乱に乗じて、筑後では反乱が起こったと早船で便りが来た」
おそらく同時に乱を起こす予定だったのじゃろう。と言った。
その書状には三池炭坑で有名な三池の領主たちが反乱を起こし周りの領主が押さえ込んでいる事が書かれていたらしい。
らしい、というのは俺がこの時代の草書体の字が読めないからだ。
「義武は現在も高来におるらしいが肥後領主が呼応すれば隈本城(後の熊本城)に入るかもしれん。そうなれば肥後の領地はすべて菊池の手に落ちるじゃろう」
そう言うと今まで互いに言い争っていた領主たちが静かになった。
大友家は褒美として肥後に飛び地を持っていた人間が多かったという。
土地が収入につながるこの時代、これを奪われることは減給を意味する。
「し、しかし…菊池殿は元大友家の一族。このような時に動くのでしょうか?」
そう尋ねた男がいた。すると吉岡さんは
「このような時だから動くのだ、あの義武という男は」と吐き捨てるように言った。
1534年に府内から80km離れた勢場が原(今の杵築市山香町。温泉のあるところ)まで大内家が攻めてきた時に義武というボンクラはあろうことか、熊本から日田にちょっかいを出していたらしい。一歩間違えば大友家は豊後を失っていたかもしれない。
「あの裏切りがなければ、ワシは同僚を二人も失う事はなかったのじゃ」
そういう老人の目には薄暗い炎が燃え盛っていた。
先ほどからこの爺さまが戦国時代のタブー『相手を真名で呼び捨てにする』を平気で行っているあたり、義武を蛇蝎のごとく嫌っている事が分かる。
「家の大事に我が身の事だけを考える売国奴に期待する方が間違いじゃ。あの男が二度と豊後の地を踏めないよう今度こそ息の根を止めてくれようぞ」
そういうと先ほどの男は、その気迫に押されて何もいえなくなっていた。
だが、これは吉岡長増という知恵者が繰り広げるショーの序章にすぎなかった。
吉岡は俺の方を見て、誰にも遠慮せずこう言った。
「殿、お父上の家督を継いだ後の、大友家の話をしとうござりますが、よろしいですか」と。
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