第5話 「借金をするときは堂々と胸を張れ」
「御屋形様の急をついて五郎様(宗麟)の命をねらう輩があらわれんとも限りませんので馳せ参じました」
おお、それはありがたい。
とはいえ、余程の強行軍だったらしく部下は10人ほどである。
そんな折りに大分市の方から、夥しい数のたいまつの火が向かってきている。
「おそらく、あれは佐伯の船でしょうね」
さねえもんが言う。
「佐伯?佐伯って義鑑さんに一族が殺されたっていってた、あの佐伯さん?」
大分県南部佐伯市の領主で、家族が無実の罪で討伐された家らしい。大友家に復讐する理由が十分ある家だ。
船は5艘。戸次の見立てでは中型の漁船くらいの大きさで1艘に20人、100人ぐらいが乗ってそうだという。
こちらは15人程度、およそ勝ち目はない。
「ま、まぁそれでも史実なら生き延びてるんだから、時の流れに身を任せれば生存は可能なんだよね?」
俺はさねえもんを見る。
「わかりません」
険しい答えが返ってきた。
「え?何で?」
「この時期の記録は殆ど残ってないからなにもわからないんですよ」
例えば大友記という本では、宗麟は何の苦労もなく家督を継いだ事になっている。
だが大友興廃記という本では「佐伯は殺された田口の親戚近所の者だから、報復に来たのかもしれない」と春日(大分市の春日神社付近)にいる佐伯に使者を出して、浮き足だった民衆を鎮めさせたという。
「どうして、そんな大事な事を教えてくれなかったのぉぉぉ!!!!」
「あの部分は場所が矛盾だらけでだから、作者が創作したのだと思ったんですよ!」
聞けば宗麟は大分に戻って、そこから家老の勧めで別府に戻り、再び大分市に来たという「地名を知らないで書いただろ」と一目でわかる誤りがあったらしい。
うわー、中途半端に合ってたり間違ってる情報ってタチが悪い。これなら何も知らない方がよかったんじゃないか?
「五郎様、ここは一度引きますか?」
険しい目で戸次が言う。
ということは彼から見ても襲撃してくる可能性があるという事だろう。そして、その言葉の端に、あくまでも俺の味方をしようという安心できる感じがする。
いい奴だな雷神さん。
ならば、答えは一つである。
「よし、ならばこちらの位置がわかるように盛大に篝火を焚いて出迎えてやろう」
「アンタ、バカですか」
俺の決断にさねえもんが即座に突っ込んだ。
【借金をするときは堂々と胸を張れ】
大分県別府市南立石は丘の上にある村である。
この近くには杉の井ホテルがあり、ケーブルラクテンチという遊園地まであり、別府駅から山の方をみたら、観覧車が見える。
そんな高台のあたりに赤々とたいまつの火がともる。
その数300。
「わたしはここにいる」と喧伝するかのごとき明るさに、点火に協力してくれた立石村の住人は目を白黒させている。
「若君に向かってバカとは何事か」と、さねえもんの頭をぶん殴る雷神をなだめながら、俺は作戦を説明した。
今の状態は孤立無援。北は大神の残党、南は佐伯が来ている非常に不味い状況だ。
ふつうなら逃げ出すべきだろう。
「だが、ここで赤々とたいまつを焚いて正面から出迎えたら相手はどう思う?」
そう問うて戸次はポンと手を打った。
「逃げる必要がないほど兵がいるのではないかと警戒しますな」
「その通り」
実際20本程度の明かりがともっていた北の集団は動きが止まっている。
当然だ。あちらから見れば300人の集団が援護に来た200人の集団を出迎えているように見えるのだから。
「犬だって、逃げるウサギは追いかけるが抵抗する猫には身構えるものだ。こういう時は弱みを見せてはダメだ。多少のハッタリをかまして景気よく見せないと足下を見られるぞ」
自信たっぷりに俺は言う。
内心は冷や汗ものだが。
建築会社で経理も手伝っていたときに社長から教えてもらった方法だ。
銀行は弱った人間には金を貸してくれない。
困っているから金を貸してください。なんて言ったら「この会社大丈夫か?」と思って躊躇する。
だから、景気のよいデータや楽観的な見通しを出して「別に欲しくはないけど仕方ないから借りてやる」というくらいの態度でいた方が意外と借りる事はできるのだという。
まあ、あの社長、人生の殆どをハッタリと瞬発力で生き延びたような化け物だったので一般人でも真似できるかは分からなかったが、確実な危機は追い払うことができた。
後はもう一つの危機を何とかするだけだ。
・・・・・・・・・・
【大分県別府市浜脇 佐伯惟教】
佐伯惟教は驚いていた。
自分たちを出迎える篝火にではない。
あれは、おそらく北だけではなく、ここら近辺の反乱者への示威行為だろうという予想はついていた。
仮にここで虚勢を張り続けて当主らしく振る舞うなら次期党首としてその人柄を見極め、逃げ出すようなら五郎の弟を擁立しようという腹だった。
「豊後祖母岳の大蛇を五郎様はいかに扱われるだろうか?」
惟教はひとりごちた。
佐伯氏は平家物語の御環(おだまき)の章で、おそろしきものの末裔と記述された緒方三郎の子孫だ。
佐伯当主には代々蛇の鱗が現れると言われる常人とは違う異端の一族ともいえる。
それゆえに三代前の当主は大友家から恐れられ無実の罪で討伐された。
そんな一族をどのように扱うか?
惟教はその一点に興味があった。
ありもしない虚兵で恫喝するか、兵の少なさを白状してへりくだるか?
不遜ながら審問官のような気分で朝美神社につながる坂を上り、篝火の燃える立石に向かっていた。
だが
「出迎え、ご苦労!」
鷹揚に、親しみのこもった声で惟教は出迎えられた。
次期党首であるはずの五郎様が、たった一人で。
……これは影武者ではないだろうか?
あまりの不用心さに、惟教は数で勝るはずの自分がこの若き跡継ぎを恐れているのを自覚した。
そんな事はお構いなしに五郎は語る。
「深夜だし山道は危ないから、ここで夜明けを待とうと思っていたのだがな。この夜中に船で迎えてくれるとは、まことにありがたい!」
そういうと親しげに手を挙げる。
どういう意図かは分からないが、その動作以上に目を見張るものがあった。
五郎の格好である。
腰には刀も差さず武具もつけないその姿は恐怖を通り越して畏怖の感情すら覚えた。
銃刀法のある現代では武装するという習慣はないが、農民ですら安物の刀を常備している戦国の世に、武装した兵たちの前に丸腰で現れるなど虎の檻に平然と入るような者である。
よほどの覚悟を決めているか、よほどのバカか…
どちらにせよ、ここまで警戒心のない相手を討ち取ったとあれば世間の聞こえも悪い。惟教は自然と膝をついてこう言った。
「ありがたきお言葉、恐悦至極!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【立石村 陣幕 大友五郎義鎮】
「なんで一人でいくんですか!!」
重要な交渉を終えて陣に戻ると、さねえもんから怒られた。解せぬ。
しかも、その後ろで戸次さんが目を閉じて無言で圧をかけてきている。本当に解せぬ。
「いや成功しようが失敗しようが相手の目的は俺の首なんだし、無関係の人を巻き込むわけにはいかないだろ」
敵かどうかも分からない相手を刺激しないには単騎突入が一番だろうと思ったのだ。
鉄砲玉として責任重大な仕事を押しつけられるのは、現場で慣れているし。
「危険ですよ!みすみす跡継ぎを死地に向かわせた。って言われて責任とらされる可能性もあるんですよ」
あ、その可能性は考えてなかったな。
「まあ、朝になったら護衛して府内に連れていってくれる事になったし結果オーライということで勘弁してくれ」
と投げやりに言った。
普段から数千万規模の工事を監督して「これ失敗したら損害賠償、全部俺がかぶらないといけないんだろうな」と思い続けるようなブラックな職場で、いつでも経済的に死と隣り合わせだったので、死ぬ覚悟はすでに完了している。
まさに死ぬか生きるか。
あれ?現代でも職業選択間違えたら戦国並に大変じゃね?
などと考えていると、戸次さんが仏頂面で立ち上がると、がしぃと俺の肩を掴む。
「気に入ったぁ!!」
削岩機のような大音量で言われた。
「いやぁ!生っちろい書生かと思うておりましたが素晴らしい胆力!民を思いやる心!見事でした!」
ガハハと笑うとバンバン背中をたたかれた。
背骨を叩き折るつもりかな?
「まあ、トップってのは責任をとるのが仕事だからな」
監督とは巨大な建築物の全てにおいて責任をとらなければいけないスーパーブラック職である。
それを考えるとこれくらい日常茶飯事である。
その言葉を聞いて戸次は、その場に平伏する。
「若君は大将としての自覚があられる。この伯耆感服致しました」
ははは、大げさだなぁ。
現場監督なんてしていると「一日仕事が増えたら作業員の日当だけで20万かかるのに、お前はその金を立て替えできるのか」とか「この工事の完成が一日遅るたびに800万の損害が出る」と言われる事があり、最終的に
『この工事に失敗したら死ぬしかないのではないだろうか?』
と毎日思うようになるのだから、毎日が(経済的に)死ぬ気で働いていたのだ。
『早く死んで楽になりたい』が口癖だった同僚は精神を病んで退職した。
「それを考えたら、直接殺されるのも、契約をたてに殺されるのもあんまり変わらないよ」
「…その冗談笑えないんですけど…」
さねえもんがひきつった声で言う。まあ
「冗談じゃないからね」
と答えておいた。
運良く小金がたまったらさっさと投げ出したい職場である。
あれ?戦国も現代もあんまり変わらなくね?と思ったがそう考えると非常に不都合な真実に気がつきそうなので俺は考えるのをやめた。
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この作品はフィクションです。実際の団体・人物・建設業界とは一切関係がありません。
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