第4話 雷神ベッキー参上
昔の講談で三国志や太平記を上演して、客入りが落ちると「孔明出盧」とか「楠木正成参上」などと、大書して客を呼び入れたそうです。
九州勢だと雷神がそれにあたります。
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「いえ、あの花杏葉(はなぎょうよう)の旗は大友親族のものですね」
さねえもんは言った。
花杏葉というのは大友一族の家紋らしい。
「みょうがに似てますが、あれは馬の装飾品が原型です。ちなみに真ん中に花の入ったものは大友家の親戚筋で、本家は花はないシンプルなものになります」という。
博学だな。さねえもん。
「とりあえず、これで助かった…のかな?」
「いえ、まだ安心はできません。宗麟さんはこの時点だと跡継ぎとしては認められてないかもしれませんから」
「え?それはどういこと?」
さねえもんによると宗麟は21歳のこの時点で、当主としての仕事を代行した形跡がないらしい。
おまけに軍記物(小説)だと父親は後妻の子供に跡を継がせようとしていたという説もあるという。
「まあ現代風にいえば、宗麟さんはこの事件まで『大会社社長の子供で職場にも何回か顔を出したけど、引き継ぎもしてないし実務経験のない人』でしかないので、社員のみなさんが跡継ぎとして認めてくれなければ一発アウトな状況なんですよね」
良く分かってない俺にわかりやすく、さねえもんが説明してくれた。
うん、最悪だな。
親戚でも信用は出来ないということか。だが、もはや隠れる時間もない。
いざとなれば自分一人の首だけ差し出せば何とかなるだろうか?
痛いのはイヤだから一太刀で切ってくれるとありがたいな。
そう覚悟を決めて泰然と屋敷で一行を待つ。すると
あ、これ終わった。
そう本能的に直感した。
屋敷に入ってきたのは、ものすごく無骨な顔の男だった。
鬼の絵に出てくるような、ぎょろりとした瞳にはちきれんばかりの筋肉。骨格レベルで現代人とは異なる気がする筋骨隆々の体。
『本日は5人ほど●って来たわ!ガハハ!』と業務報告してきそうな感じの男がそこにいた。
現代なら●●組系幹部とか警視庁暴力団対策本部部長と言われても違和感がない怖い顔のお方だ。マジ怖い。
そう遺伝子レベルで恐怖を感じ、短い一生を儚んでいると目の前の襲撃者は俺の肩を拘束して
「五郎様!ご無事でしたか!」
と凄まれた。……………………………あれ?
「戸次伯耆(べっきほうき)ただいま参上いたしました!」
という声が雷のように響きわたる。
不思議な事に、この名乗りを受けて周りの男たちは、ほっと息をついていた。
え?もしかしてこの人味方なの?さねえもんに至っては
「雷神キタァァァァ!!!!」と叫びだした。
何者なの?この方。
困惑した俺は
「どこの組の方ですか?」
とつい尋ねて、さねえもんから頭をたたかれた。グーで。
えー、だってこの人、あきらかに目が堅気じゃないじゃん。
「アンタ何いってんですか!雷神ですよ!立花道雪(たちばなどうせつ)!現在は戸次伯耆守鑑連(べっきほうきのかみあきつら)殿です!」
「へー、有名な人なんだ」
「有名どころか大友家の守護神ですよ!阿蘇家の甲斐宗運とか今川義元の太源雪斎とか足利尊氏の足利尊氏とか」
うん、よくわかんないけどすごい人なんだな。そう頷いていると
「斉藤!おべっかなど不要だ!」と目の前のお方が言った。
清廉潔白、生真面目一路。
だいたいどんな人か分かった。おやっさんみたいな立場のひとなのだな。
まあ、状況が状況だ。まずは全員の安全から確保しよう。えーと…
「伯耆殿!大儀である!今、父上は、いや府内は、どのような状況か!」
こんな感じでいいだろうか?わざと時代がかった感じで尋ねてみる。
「ははっ!大殿は手傷を負われましたが、不幸中の幸い、命に別状はございませぬ!」
「そうか!それは重畳!して付近の様子はどうであるか?犯罪者に呼応するものはおるか?住民はおびえておらぬか」
「下手人は皆討ち果たしました!乱に関係する者は洗い出しておりますが、まずは津久見と田口の一族を滅ぼすべく兵を集めております!」
父を襲われた俺を気遣ってるのか、不器用ながら笑顔を見せる戸次さん。
まるでライオンに捕食でもされるのかと思ったが、良い人っぽい。
よし、これから彼の事は親しみを込めて『ベッキー』と呼ぼう。
津久見と田口?初めて聞く名にさねえもんを見る。
「義鑑様を襲撃した一族ですよ。津久見美作守(みまさか)と田口新蔵人(にいくらんど)。この二人が、2階にいた義鑑公を襲撃したと言われています」
なるほど、2階にいたから2階崩れの変と言われているのだな。
金閣寺や銀閣寺ある京都と違い、大分では二階建ての建物は珍しかったそうだ。
なので、地名よりも建物の形状が事件名となったのだろう。軍記物の記述らしいけど。
「なるほど、すぐにでも駆けつけたい所だが今は夜だ。下手に動いて同士討ちや奇襲は避けるべきだな。ベッキーはどう思う」
「ベッ!?…………若君の申される事、至極もっとも。御意にござる。夜明けまでは動かぬ方がよいかと存じまする」
呼び方に違和感を感じたのか、一瞬けげんな顔をされたが判断は問題なかったらしい。
さねえもんが耳打ちして教えてくれた通りだ。
「殿。この時代、別府から大分に向かう道は山道しかございませぬ。もしも援軍がきたら夜明けをまってからです」
海岸を通る国道10号線、通称 別大国道は昭和の時代に本格的に開通しており、このころは道がなかったらしい。
なら、日の出を待って出発しよう。
そう考えていると「若君!海から篝火の群がこちらに向かって来ております!」
見れば50を越える松明の炎が、こちらに列をなして向かってきている。
「夜の海を渡って来たというのか?」
戸次が驚いたように松明を見据えている。
夜間に船を出すって危険なんだな。
「こんな真似が出来るとは、佐伯殿でしょうか」
とさねえもんが言う。
「何故そう考える?」
ぎょろり、とした目でベッキーがさねえもんを見る。
「北方の浦部衆や速見の者なら門司が浜に上陸するでしょう。もしも南方の田口、津久見らだとすれば、御屋形様の襲撃はもっと周到に計画を進められておるはずです。だとすれば、残る水軍は佐伯か若林、ですが若林ではあれだけの船は集められますまい」
さねえもんは淀みなく答える。
何の呪文を唱えてるのだろう。
(後で聞いた所、国東半島の水軍なら、北から来るはずだけど、南から来るなら消去法で大領主の佐伯さんしかいない。という事らしい)
この答えをベッキーはぽかんとした表情で聞いていたが、急に笑顔になり
「いや、まだ童だとおもっていたが、中々な慧眼!頼もしいな兵部!」
そういうと楽しそうに肩をたたく。どうやら正しい判断だったようだ。
ベッキーは楽しそうに笑っていたが、表情を正し「だとすると、問題ですな」と言った。
佐伯は田口や津久見の近所の家で、叔父が大友家によって「謀反の心あり」と無実だったのにも関わらず討伐されたらしい。(大友興廃記1巻)
身内を無実の罪で殺されたのなら、この混乱を利用して敵討ちを企んだ可能性も捨てられず「これを機に野心を起こしたのかもしれませぬ」とベッキーは言う。
さて、どうしたものか?
さねえもんを見ると、彼も考える仕草をした。
なんでも「大友興廃記という今から80年後の佐伯氏の家臣が書いた本だと、若君は佐伯を警戒して使者を送るんです。そして府内の町人の騒ぎを静めよと命じて、直接の対面は回避してるのですよね」
ふーん。そうすれば助かるのか。
「ただ、興廃記は5巻までは内容は全く信用できないんです」
「へー …………………はい?」
「老人のお話を書き留めたって形の伝聞記録なんで、作者の勘違いや想像も入った本なんですよ。特に最初は他のベストセラー本のパクリ展開も多いので本当かどうかわからないのです」
「だめじゃん!!!」
歴史は小説しか興味なかったけど、実際に自分の命がかかってみると史実を知るのって大事だなと思う。もしも嘘だったら逃げてた方が良い場合もあるんだし。
佐伯さんは記録どおりに味方になるか?それとも敵か?
さて、どちらだろう?
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