30.Sweets Time〈スイーツ・タイム〉

 コース料理がひととおり終わるころには、食事会のホールはひとつにまとまったかのように、穏やかで賑やかな雰囲気に包まれていた。

 最後は結婚披露宴では恒例、両親への感謝の言葉と花束贈呈。


 いつもは豪快で快活でスポーティな弦士パパも、今日はかっちりとしたスーツ姿で素敵な紳士。その隣に、優美なブロンド美女のエレーヌママが並ぶ。その隣にフォーマル姿の真穂母とコックコート姿の青地父が並んだ。


 瑠璃が準備してくれた花束の他には、エミリオと藍子が両親たちへと決めた贈り物。ふたりの白い正装海軍制服を着て並んで撮影したものだった。敬礼をそろえて基地の門の前で撮影させてもらった。それを額縁に納めて、それぞれの両親へと手渡すことにしたのだ。

 多くの心配をかけると思う。でも、応援もして欲しい。夫と妻でこれからも防衛に勤しむ決意。その道を選ぶまで育て導いて、応援してくれた先に出来上がった子どもの姿として手渡そうと決めたのだ。


 それぞれの両親に花束と写真を手渡す。

 エミリオから。


「父さん、母さん。これからも仲良く過ごしてくれよな。俺も、ふたりのような愛がいつもそばにあると実感できる家庭にしたいと思っている。小笠原で待っているから。いつでも遊びに来てくれ。藍子にも誓ったが、父さんと母さんのところにも必ず帰ってくるよ」

「エミリオ……。今日は素晴らしい一日だ。おまえがどんな気持ちで空を飛んでいるのか、藍子を愛しているのか、愛されているのか、よくわかった。エミリオがあんなに楽しそうに笑っている姿を見られてよかった。いい仲間に囲まれて、上官にも大事に思われて。『誰から見ても信頼に値する』という部隊長さんの言葉、父親として嬉しかった。父さんこそ、ありがとうと言いたい。おまえは、自慢の息子だよ」

「ほんとう……。あなた、責任を負って真面目すぎるほどに頑張ってしまう子だから、ついに最前線にと思っていたけれど……。あんなに愛されていること、楽しく過ごしていること、藍子に大事にしてもらっていることが良く知れて、あなたはもう、あなたの世界で、あなたの力で幸せになっているのね。それがわかればもう、ママはただ願うだけよ。あなたが幸せに生きていくことを……」

「母さん。心配しないでくれ。俺のそばには藍子がいるから。これからだって、父さんと母さんがついていてくれていると、俺は思っているよ」


 そこで弦士パパが、妻と大人になった息子を、大きな腕で囲って抱きしめた。いつでもパパがいちばん大きな胸を広げて抱きしめて、妻と息子を守ってきたことがわかる姿だった。


 そんなやりとりをそばで見ていた藍子だったが、やっぱり涙腺大崩壊しそうだった。素敵な家族愛を保ち続けている父母と息子だと知っているからこそ、愛が溢れている抱擁に胸が熱くなるばかり。


 そんな藍子へと、弦士パパとエレンママの目線が定まった。


「ああ、藍子。エミリオへの素晴らしい誓い、父親として嬉しかったよ」

「私もよ、藍子。私の大事な息子を大切に想ってくれて、ありがとう」


 エミリオがそうだったように、ドレス姿の藍子を、パパとママが抱きしめてくれる。


「今日から、大事なファミリーだ。藍子、頼ってくれよ」

「そうよ。あなたも大事な娘になるのよ。大切にするわ」

「パパ、ママ……」


 思わず、藍子もパパとママを抱き返していた。

 自分の両親に手渡す前だったが、そこでもう藍子は号泣。エレンママが優しい手つきで『あらあら』とハンカチで目元を拭いてくれた。

 もう何度も涙が出た一日で、目元のメイクが崩れているんじゃないかと思えるほどだった。

 そんなエレンママに『藍子の番よ』と優しく背中を押され、両親へと向き合う。


「お父さん、お母さん。今日は実家で私の結婚式のために、いろいろとしてくれてありがとう。とても素敵な式になりました。これから、彼と一緒に頑張ります。私もロサ・ルゴサがいつまでも、素敵なオーベルジュとして続くこと祈っているし、いくらでも力になっていきたいと思ってる」


 エミリオ同様に花束と写真を手渡す。花束は母が、写真は父が受け取ってくれた。

 娘の胸元へと涙ぐんだ母が寄り添ってくる。


「藍子、いつでも帰っておいで。かっこいいコックピットでのあなたの姿も素敵だった。あんなふうにして、私たちに仕送りしてくれていたと思ったら……」


 涙声になる母に、藍子の胸にも込み上げるものが襲ってくる。最初は事務職希望で入隊したはずなのに、運動神経の良さを見抜かれ『試しに』と上官に適正検査を受けさせられ……。なにごとも自信がなかった自分だったから『私にパイロットになれる素質が?』と戸惑いながらもどこまで行けるかと試すつもりで進んだら……。いまの自分になっていたのだ。

 特にパイロットとして実務に就いてからの収入は格段に跳ね上がった。その時にちょうど、家族が美瑛に移住。この宿の開業を支えただけだ。


「でも、この実家があったから飛べていたんだよ。なにもない私を、エミルに出会えるまでの私を、お母さんと瑠璃とお父さんが遠くから支えてくれていたんだよ」

「藍子……」


 今度は母に抱きつかれてしまった。藍子も自分より小柄な母を抱きしめる。

 父は写真の額縁を両手で持って見下ろしている。


「リビングのいつも見えるところに飾っておく。いつもそばにいるように思え、いつも空を飛んでいることを思い、無事に帰ってくることを常に願っていることが通じるように」


 コックコートの父が静かに微笑み見下ろしている。いつも感情を露わにせず、何事も静かに受け止める姿しか見せてこなかった父。今日も藍子がよく知っている青地父であったが、微笑みはとても優しくて優しくて、優しくて……。また涙腺が緩んだ。


「普通、お嫁に行くお嬢さんはここで『お父さんお母さん、今日まで育ててくれてありがとう』と言うことが多いが、うちの娘に限ってはそうではないと思えたな。藍子はとっくに育って、逞しく空へとすでに飛んでいた。こちらが案じるほどにね。しかも、私のオーベルジュを軍隊の稼ぎで助けてくれたこともあった。既に孝行娘だったよ。厨房でもWi-Fiで繋がったテレビモニターで、ホール会場の雰囲気も、ムービーも見させてもらったよ。篠田君がそうしてくれたんだ」


 そこで父も、婿になったエミリオへと視線を向けた。

 父も戸塚のご両親同様に、エミリオへと歩み寄り、彼の手をとて強く握った。


「エミリオ。戸塚のご両親とおなじ気持ちだよ。自慢の息子ができた。私の大事な娘を大切にしてくれていること、深く愛してくれていること。また……随分と前から藍子のことを気にしてくれて、パイロットとして心配してくれていたこともわかって感激したよ」

「お義父さん。ですが、同じ分、それ以上に、藍子も俺のことを想ってくれていたことがわかった日でした。想い合って、彼女と生きていきます」

「うん。そして必ず、帰ってくるんだ。休暇の季節が訪れること、これから、私の楽しみになるだろう」

「もちろんです。藍子と必ず、訪ねます。自分も美瑛を想って空を飛んでいることが多くなりましたから」


 そこで父が少しだけエミリオから顔を背けて、ふっと思い出し笑いのような顔を見せた。エミリオも訝しそうに首を傾げている。


「お義父さん?」

「最初にモデルのような広報記事を見てしまった時の気持ちは……もうどこにもない……。あれが、なければなあ」


 最初はエミリオのことを、かなり厳しい目で見て出迎えた父。だからなのか、そこでエミリオの手を握ったままおどけて笑った。

 エミリオも思い出したのか、致し方ないとばかりに笑む。


「最後の、空母から発進するときに話しかけていた駒沢中佐という方が、あの記事を思いついて、俺にあんなキャッチコピーをつけた張本人なんです。ほんと、いまでも断っておけばよかったと思うほどですよ」

「いや、いまでは『美しすぎる婿殿』と自慢できるよ。な、母さん」

「ほんと! もううちの札幌の母が、エミル君にメロメロよ。姉に姪っ子に、義兄さんまで! 海軍の最高のパイロットと親戚だって、ムービーをみて大興奮していたもの。私も鼻高々!」


 父と母に『美しすぎる』はすでに我が家の自慢ともて囃されて、エミリオはまた戸惑い、照れている。

 そんなエミリオも、美瑛の両親に抱きしめられて、さすがのクインも涙をこぼしている。


 感慨深い両親花束贈呈になったためか、こちらを見守っている招待客のホールはしんみりとしていた。

 そこで父がその空気を取り直すように、会場へと再度向かい、声を張った。


「皆様、最後にもうひとつ。デザートがございます。いまからフリーのティータイムとして、スイーツビュッフェを設置いたしますので、心ゆくまでお楽しみいただけたらと思います」


 父の合図で、フレンチ十和田のスタッフと、厨房の料理人たちがまた新しいテーブルをセッティング。そこに昨日のウェルカムタイム同様に、一口サイズの小さなスイーツが並び始めた。会場の女性たちが大喜び。

 さらにホールの前方と後方に、ガスコンロに銀色のフライパンとクレープが重ねられた皿が置かれたワゴンが二台設置された。


 父の隣に篠田氏と、フレンチ十和田でいちばん年配のギャルソン甲斐氏が並ぶ。


「フレンチレストランでは、ホールを指揮するギャルソンを『メートル・ドテル』と呼びます。給仕長のことですね。彼らはメインディッシュを目の前で切り分ける技術に、最後にデザートとして目の前で仕上げる『クレープ・シュゼット』を調理するフランベの技術を持ち合わせて、初めて一流と呼ばれます。現役の篠田君は当然のことですが、篠田君などの若い後輩たちにその技術を委ね引退をした甲斐さんも元はメートル・ドテル。さらにベテランのベテランでお師匠さんです。この日に、ふたりも一流のメートル・ドテルがいることは、とても幸運なことです。そのおふたりが、いまから皆様の目の前で、クレープ・シュゼットをお届けしていきます」


 それにもホールから歓声が湧いた。特に、料理大好きの隼人さんの目の色が変わった。『目の前で見たい!!』と席を移動し始める始末……。


「いまからは自由に食べて喋って、席も移動して、好きなお時間にお帰りいただくでいいだろう。その合間に、ふたりでそれぞれのお客様にご挨拶をして回ったらどうだ」


 父からの提案に、藍子とエミリオも顔を見合わせ頷いた。

 正式な披露宴のプログラムはすべて終了。ホールの客たちも席についてじっとしていた時間から開放され、自由に動き出した。

 城戸家はパパママと子どもたちが揃って、スイーツビュッフェに向かってあれこれとおかわりを品定め。元気な翼と光を見て、父が彼らへと向かっていく。


「君たち元気だね。足りたかな? おかわり、大丈夫かな。すきな

おかわりがあったらシェフが作ってあげるよ」


 シェフ直々の声かけに、翼も光も驚きながらも、目を輝かせた。


「ローストビーフ、美味しかったです!」

「お魚のフライも美味しかった!!」


 元気ボーイズの声に父が目を細め『わかったよ。もってきてあげるからテーブルで待っていて』と告げると、二人はおやつよりも肉&揚げ物と大喜びだった。城戸准将も心優さんも、シェフの対応に感激してくれ、その後は仲睦まじくスイーツを選んでいる。

 そこに、演奏を終えてまたワンピースの上にエプロンをしてホールスタッフに戻った葉子が、追加のスイーツを持ってくる。

 銀トレイにいくつも並んでいるスイーツのトレイをテーブルに置いたところで、ママのそばにいた心美がハッとした顔になったのを藍子は見る。

 その心美がトレイを置き終わった葉子の足下へと抱きついた。


「お姉さんの歌、凄かった!!」

「えっ。あ、ありがとう……」

「アイドルみたいだった!! ギターもかっこよかった!!」

「こら、心美。お姉さんはお仕事に戻ったんだよ」

「すみません。すごく感激していたんです、この子。コンサート会場に来たみたいだって」


 心美が葉子に抱きついて離れなくなったのだ。困惑している城戸准将と園田少佐だったが、そこに篠田氏がそっと入ってくる。


「葉子ちゃん。ここはいいよ。心美ちゃんにギターを見せてあげたら」

「え、いいの……?」

「神楽君と西園寺君でもうなんとかなるよ。じゃあ、俺、クレープ・フランベに行ってくるね」


 給仕長からの許可を得て、葉子が離れなくなった心美に微笑みかける。


「ギター、触ってみる?」


 心美の目も輝いた。城戸准将と園田少佐のパパママが申し訳なさそうにしていたけれど、心美と一緒に元のテーブルへと向かっていく。


 年配の甲斐氏が親族テーブルエリアで、現役の篠田氏が小笠原招待客テーブルエリアで、それぞれ、クレープ・シュゼットのフランベを開始。


 そこのあたりから、藍子とエミリオもそれぞれのテーブルへと御礼の挨拶回りを開始した。


 ユキナオと海人がいる海曹テーブルへ。

 まだ食事を終わらせていないユキナオと海人も、厨房からおかわりオーダーが来ていたようで、十和田シェフがローストビーフを飾り付けた大皿を持ってきていたところだった。

 やっと本領発揮とばかりにガツガツ食べているそこへ訪ねる。


「ユキ君、ナオ君、海人。素敵なムービーと司会、ありがとう」

「ユキ、ナオ。ありがとうな。楽しい披露宴にしてくれたこと、また、沢山の映像を集めるために時間をかけて準備してくれたことに感謝するよ。海人もありがとう。葉月さんと隼人さんを説得してくれたのは海人だろう」


 自由な食事タイムになって、または司会進行という重責から開放されたからなのか、双子はもう両頬いっぱいに肉を詰め込んでいて、海人はスイーツビュッフェの小さなスイーツをケーキ皿に山盛りにして囲っていた。

 またそこで双子が騒々しく返答する。


「俺たちってより、瑠璃さんですよっ。お姉さんとお義兄さんの日頃の様子を、両親に知ってもらう方法はないだろうかって海人に相談したそうっす」

「朝田のお父さんとお母さんからしたら、俺たち飛行隊員の日常って機密すぎて不透明すぎて、不安になる心配になるってめっちゃわかりますもん」

「そうそう。うちの浜松の母ちゃん、めっちゃうるさいもんな」

「飛行隊員だった雅臣叔父ちゃんが大丈夫って言ってくれないと、めっちゃうるさいもんな」

「浜松から小笠原に戻るとき、あの肝っ玉かあちゃんが、めそめそ泣くんすよ~」

「だから俺たちわかるっていうかー。その~、そういう前例作れば? もしかして、ちょっと家族に知ってもらう機会が増えるかもとかって……試験的気分でやったんで。後に俺たちのためにもなるかなって思ったんす」


 まさかのユキナオ君たちのお母さんの姿が語られて、藍子とエミリオは共に驚き、また胸を貫かれる想いになる……。

 一般人で民間人になる家族、母親にはなにも伝えられない仕事。心配ばかりかける仕事であることを、ファイターパイロットである若い彼らもよくわかっているからこその、協力だったということ……。


 さらに、予測通りに瑠璃が言いだしていたことだった。

 この機会になんとかならないかと海人に相談して、たまたま海人には、親が高官というコネクトがあったため、叶ったことでもあったかもしれない。


「海人も、あれだけの映像が手に入るように、いろいろしてくれたのでしょう。ありがとう。私たちの両親には、今後のことについても最大の理解と応援を得られた日だとも思うの」

「ああ~。ええ、まあ。でもほら。冬休みに俺、瑠璃さんにアドバイスしたじゃないですか。ユキナオがいろいろやらかさないように制御してコントロールするなら、仕事をいっぱい与えたらいいって。だからですよ」


 照れくさそうに伝えた海人の言葉を聞いて、そばで再びお肉をいっぱい頬張った双子がギョッとした顔を揃える。


「海人、オマエ、そんな理由で、瑠璃さんの指令を俺たちに繋げたのかよ!」

「ある日突然、いきなり『藍子さんの妹さんから連絡あるからよろしく』と、さらっとメッセージよこしてきて、そのあとすぐに『ムービー制作の協力お願いします』と瑠璃さんの電話を繋がれた時はびっくりしたんだからな」

「だーって。おまえたち、いろんな部署に出向いても、その愛嬌でどんな隊員も上官も、なんか可愛がって受け入れてくれてるじゃん。訪問突撃部隊として最適だったんだよ。それ、おまえたちの天性じゃん。俺より優秀じゃん」


 今度は嬉しそうな笑顔をそろえる双子。

 海人の上手い持ち上げ方にも、易々と乗せられてしまう双子にも、藍子とエミリオは苦笑い。


「だろだろ。スコーピオン大佐なんて、ぜんぜん怒らないで入れてくれたもんな」

「そうそう。アポなしでもだいだい行けた!」

「だから、瑠璃さんと篤志さんが、おまえたちにすんごい御礼を準備してくれていただろう」


 そこから『富良野美瑛・豪華BBQ合コンセット』に繋がったらしい。


「あと瑠璃さんも、おふたりがいつどうやって恋人になったのか知りたい――というリクエストもあったんすよ」

「俺たちも知りたかったんで、クインさん撃墜作戦してみました」


 双子の追撃にきりきり舞いだったエミリオだったが、いまはもう嬉しそうに笑っているだけ。


「空では負けないが。今回は見事にユキナオにやられたよ。完敗だ。御礼に、今度、いい女性がいたら、ユキナオをおすすめ紹介するよ」

「ふぇっ!? まじっすか!!!!」

「マジマジ。いい男性はいないかと聞かれたら、独身男性でいちばんだと紹介しておく」

「クインさんからのお墨付きってことになるんすよね!!」


『うわー俺たちは、クインお墨付きという、ひとつのブランドを手に入れた』と双子がハイタッチをそろえたので、またそこで一緒に笑ってしまった。


 城戸家のテーブルでは、葉子がギターを鳴らしてまた唄を歌い始めていた。すぐそばの椅子には心美がちょこんと座って、もうずっと葉子にくっつきっぱなし。

 城戸家はたくさんの洋楽を聴くご家庭なので、リクエストをして唄ってもらって盛り上がっていた。

 そこから、一人だけ、エミリオと藍子に気がついて、城戸家テーブルから離れて、こちらに歩いてくる。


「おう、面白いもん見させてもらったわ」


 金髪のクールなおじ様、フランク中佐だった。

 軍服でなくてもスーツ姿でも、麗しい佇まい。披露宴の間も心美のそばにいて静かに世話をして、彼女の相手に徹して空気のように存在感がなかったのが不思議なくらいだった。

 でも目の前に来ると、その威厳に気圧される。エミリオですら、彼には少し構える様子を見せるほど。


「静かにされていたので、中佐にはお目汚しだったかなと」

「あれさ。俺もわかるんだよ」

「わかる、ですか?」

「魂は女のそばに還るってやつ」


 意外な言葉に、藍子だけでなく、エミリオも、いつにない切なそうな男の顔になっている金髪の中佐に見とれてしまっていたのだ。


「俺、いつなにかあってもいい覚悟で生きてきたんで。魂が還る場所を決めているんだ。信用できる女に、俺の大事なロザリオを預けてさ。そこに還るって決めている。その女がそれを大事に持っていまも手入れしてくれているんだ。だから、おまえたちの気持ち、すっげえわかったわ。いいもん、見させてもらった。俺の生き方、間違ってねえよなって」

「そうでしたか。知りませんでした。中佐が、還る場所を決めていただなんて……」


 還る場所と中佐は言うが、つまりは『還りたい女性が決まっている』という意味。なんだか切なく感じたのは気のせいかと、藍子は思ってしまった。

 エミリオもだった。しんみりとした面持ちで、黙っている。繊細なその想いにかける言葉がなかなか見つからないようだった。


「やっぱさ、俺とおまえ、美しい金髪の男は思考が似てるってことだよ」


 フランク中佐が握った拳を、エミリオの胸に軽く小突いておどけた。

 そこでエミリオも小さく吹き出している。


「美しい金髪の男同士って……。でも光栄ですよ。シドさんと似ていると言ってくださって」

「ま、妻がいるいないは似ていないけどな」

「はあ、その様子では、その女性は既婚者ぽいですねえ……」


 エミリオが意味深なことを呟いたが、藍子には意味がわからなくて眉をひそめてしまった。


「うっせい。独身かもしれないだろ。変なこと言いふらしたりすんなよ」

「憶測でものを言い広めたりしませんよ」


 最後、フランク中佐が優しげな面差しで、エミリオと藍子を交互にみて呟く。


「心美の子守りのつもりで来たけどよ。ま、若いおまえたちに触れて、なんか俺もよかった。清々しい気持ちになれたよ。応援しているからよ。幸せにな――」


 昨日から影に徹して存在を消していたフランク中佐だったが、普段は素っ気ない人なのに、心からのお祝いをいただけたこと。やはり嬉しかった。エミリオも同じようだった。


 葉月さんと隼人さんにも御礼を――と思ったが、お二人は、篠田氏のクレープ・フランベに夢中で、ワゴンのそばで、おふたり仲良く見学しているところ。篠田氏のフランベの手元を隼人さんがこれでもかと接近して撮影に夢中だったので、後回しに。


「先に瑠璃ちゃんのところに行こうか」

「そうね。ムービー指令のこと、いろいろ聞いておかなくちゃ」


 親族テーブルへと訪問すると、エミリオが再びきたので、藍子のお祖母ちゃんが大はしゃぎに。

 エミリオが札幌の親族に御礼を述べている間に、藍子はやっと一対一で妹と向き合えると彼女と篤志が座っている椅子のそばへと、ドレスの裾をつまんで近づく。


 だがそこで、篤志が瑠璃の背中をさすっているのが見えた。


「瑠璃……?」


 様子が変だった。

 披露宴中、あんなに『エミル義兄さんが! お姉ちゃんの飛行機!』とはしゃいでいたのに。藍子は妹のそばへと急ぐ。


「瑠璃、どうしたの」

 篤志がドレス姿の藍子を、座っている椅子から見上げた。その表情に焦りが滲んでいる。

「疲れが出たんだと思う。昨夜もあまり寝ていないんだ」

「そんな……。瑠璃、どうして……」


 手を伸ばすと、瑠璃がテーブルへと突っ伏してしまった。

 気が遠くなっているのか、目を瞑ってぶつぶつとなにか言葉を発した。


「だ、だいじょうぶ……おねえちゃ・・ん」

「瑠璃!」


 気を失ったようで、篤志が声を上げた。

 ホールの空気が一変する。皆の視線が瑠璃へ集中して、ざわめきが起こった。

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