28.お祝いレター小笠原 (担当:ユキナオ)
料理はメインのヴィヤンドゥ、肉料理に。
父が付けたそのひと皿の名前は『ロサ・ルゴサ・Wedding』だった。
薄くカットされたローストビーフを薔薇に模した飾り付けは、まさに『ハマナス』。薄くスライスされたカブの薔薇と交互に並ぶ様は、紅と白の花が並んでいるよう。まさにこのレストランの名前そのもの。藍子が敬愛する実家、夫のエミリオが結婚式をしたい場所として望んだオーベルジュ、その想いを表してくれたものだった。
招待客も美しい盛り付けに感動した声を聞かせてくれ、父渾身の料理に舌鼓もうってくれ、誰もが笑顔をみせてくれている。
そんな中、ユキナオ監修のムービーは『お祝いレター』になっていく。
いちばん最初に登場してくれたのは、岩長中佐。小笠原ジェイブルーの部隊長。海人の元相棒、ガンズさん。
小笠原の海がバックに見える『部隊長室』が映し出される。デスクにはガンズさんが椅子から立ち上がった姿で、カメラへと目線を向けている。
『お祝いの言葉を各所からいただいています』
『当日、美瑛の披露宴でお祝いムービーとして上映する予定なので、岩長中佐、よろしくお願いいたします』
そんなユキナオの声が聞こえてきた。
『お、最近、藍子が声をかけても、双子が逃げ回るように避けていると言っていたが、このためだったのか』
『えへへ、そうです。海人と話し合って決めて、俺たち双子はビデオレター担当で回っています!』
そんな会話が入っていた。
これでやっと……。ユキナオ君たちに避けられていたわけも判明する。
瑠璃がなにかを望んだのだろうが、海人と双子で、馴れそめムービーで使えるような『基地の日常映像の上映許可』を取り付け、『集めた映像を監修、編集』をして、『お祝いビデオレター』の撮影で、各部署をカメラ片手に駆けずり回ってくれていたのだと……。
また藍子が感動で打ち震えている中、直属の上官である岩長中佐の優しい笑みがスクリーンにアップされる。
『戸塚君、藍子。ご結婚、おめでとう。階級ではなく、敢えて親しい間柄の親父として呼ばせてもらいます。千歳勤務の時、妻と娘が行きたい行きたいと騒いだお宿、ロサ・ルゴサ。面倒くさがりである私の代わりに、ジェイブルー機の相棒だった海人がさっと手際よく予約してくれ、彼と家族と宿泊をしたことがあります。ほんとうに素晴らしい時間を過ごせたことを、昨日のことのように思い出します。妻も私も娘も、大ファンです。
そんなお気に入りのオーベルジュが、まさかの、新しく部下となる朝田准尉の実家だと聞いたときは、驚きでいっぱいでした。彼女と共に働き始めたばかりの頃、岩国で彼女の手料理をご馳走になりました。そこには、美瑛から送られてきた食材が常にあるとのことで、また、お父様の朝田シェフが丹精込めて作られたベーコンもありました。
彼女が立ち回るキッチンにあるテーブル。そこにはお父様の文字で書かれただろうレシピのメモを貼り付けたノートが広げられていました。彼女がそれを眺めながら、招いてくれた私たちのために、ご馳走になる惣菜をぱぱっとこしらえてくれました。忙しくてもさっと作れて、栄養も補給できるメニューばかり、父が教えてくれると彼女から聞きました。
女身でジェット機を操縦し、空の果て、国境まで防衛に身を投じるお嬢様を案ずる、そんなお父様の気持ちに触れたような気持ちになりました。私も娘を持ち、その子が結婚をしても案ずる父親です。その想いに共感し、小笠原で部隊長を務めるようになったら、藍子のような女性パイロットを守れる上官になろうと誓ったことを思い出します。
藍子を守ることは、自分の娘を守ることと同じ、私はそう思っています。そんな彼女が結婚をすると決した時、迷いを見せていました。女性の幸せのどれかを諦めなくてはならないかもしれない、この仕事は――と揺れているように見えました。確かに、防衛パイロットを続けていくことは、女性には厳しい仕事であるとは思います。
でも。藍子、もう一度言います。結婚、出産、妻として母としての日々、欲張って欲張って全部、手に入れなさい。協力は惜しみません。女性パイロットが続けて働いていけるよう、また安全に帰還できるよう、海軍パイロットを務めた私の最後の仕事にしようと思っています。
そして戸塚君、君に言いたいことはないかな……。だって、君はほんとうに、ファイターパイロットとしても、女性を愛する男としても完璧だからね。藍子を守る男らしさを何度目にしたことか。君は誰からみても「信頼に値する男」です。ただ、出来すぎる男は、最前線へと真っ先に指名されてしまうから、君には、絶対の帰還を誓ってほしいです。君たちの幸せを、定年を迎え、ただの親父になっても願い祈っています。おめでとう、お幸せに――』
「ガンズさん……」
藍子より先にエミリオが涙をこぼしていた。藍子にとっても小笠原のお父さんみたいな上官だから、やっぱり涙が溢れるばかり。
だが、撮影されている映像の見えないところで、ぐじゅぐじゅした音が入っている。藍子とエミリオの密かな涙より大きく聞こえる音。
そこでガンズさんがおかしそうに笑っている顔が映っている。
『ちょっと、君たちが先に泣いてどうするの』
『うわー、ガンズさんが、めっちゃ泣かせるからじゃないですかああ』
『うわ~ん、絶対に会場でも皆、号泣っすよー!』
その通りなのか、ホールで食事をしていた小笠原テーブルでも、戸塚・朝田親族テーブルからも、すすり泣く声がかすかに聞こえてくるほどだった。それと同時に、ユキナオふたりの声に、徐々に笑い声も混じってきた。
画面は切り替わり、次に映ったのは金髪の男性、ウィラード大佐。こちらも小笠原訓練校の滑走路が背後に見える、部隊長室デスクだった。
『双子が突撃してきたので、なんだろうなと思ったら、昨年までアグレス飛行部隊・サラマンダーに所属していたパイロット戸塚少佐へ、結婚祝いの言葉がほしいとのこと――』
エミリオの元上官、アグレッサー飛行部隊部隊長、スコーピオン大佐にも、双子は突撃していた模様。
いつもの威厳ある真顔でレンズへと目線を向けている。なんだか怒っているようにみえて迷惑だったのではないかと、藍子は大佐の目線だけで縮み上がる。元々、それだけ畏怖している強面の上官でもあった。
なのに、その大佐がにやっとカメラに向かって笑いかけたではないか。
『お堅いクインが常に気にするのは、ジェイブルーのアイアイちゃん。それはもう、私からしたら一目瞭然でした。もちろん、クインという男は気高い精神をもつファイターパイロットであるのは確かなことで、女ひとつで浮かれる男ではありません。それでも。女性パイロットを案じる男気から彼女を気にしていることは見て取れていた。上官としてそこをわかっていながら、知らぬ振りをするのはなかなか大義だったと言っておこう』
また気高きクインの心情を暴く上官が登場し、エミリオが顔をしかめている。大先輩で上官だった大佐には、クインの男心も恋心もバレバレだったということらしい。
『彼女が小笠原の新部隊に無事に転属できるかどうか案ずるあまり、休暇をとって岩国へ出向いていたよな。その時のクインの休暇申請の名目は、宮島旅行。その宮島に行くついでに、朝田の様子見に行っていたと報告してくれたよな。違うよな、藍子がついで、ではなかったよな。あれは、藍子に会いたいから、で、ついでが宮島旅行だったんだよな。宮島は言い訳、目的はアイアイ。わかっていたんだからな。――ということで。朝田が意識するより先に、戸塚が意識していたことを、上官としてここに報告する。元アグレッサーだったクイン、ロックオンしていた女のハートを見事にキルコール、さすがだと褒めてやるよ。夫としてもエリートでいろよ。お幸せに。小笠原に帰ってきたら、盛大になるだろう隊員向け結婚祝いパーティーに参加するつもりなので、楽しみにしているよ』
『マジっすか。クインさん、わざわざ休暇を取って、岩国まで藍子さんに会いに行っていたんですか!』
『どーりで、小笠原に藍子さんが転属した時には、あっという間に恋人になっていたはずですよね~』
またユキナオの反応付きで、会場が笑いに包まれる。
エミリオはまたもや、密かなる恋心を元上官に暴かれて気恥ずかしそうにしていた。藍子も、エミリオが岩国まで会いに来てくれた時、スコーピオン大佐には『藍子目的』と知られていたんだとわかると、上官たちにどれだけ見抜かれていたのかと気恥ずかしいばかり……。
でも、ほんとうに意地悪な男だと感じていた時から、戸塚少佐は大事に想ってくれていたと知ることができるエピソードばかり。彼と出会ったすべてがあって今日があるのだと、ほんとうに幸せを実感できる日だった。
その後もエミリオの元同僚、サラマンダー飛行部隊の面々が登場。
飛行隊長のクライトン中佐と鈴木少佐のミニッツエレメントの先輩からもお祝いの言葉、こちらも生真面目な兄貴と悪ガキという漫才のようなコメントを届けてくれて、会場が笑いに包まれる。親しい先輩ふたりからの言葉に、エミリオも笑い声を立てていた。
そこから雷神の同僚パイロット、ジェイブルーの菅野先輩に城田先輩からのお祝いコメントなど、小笠原での近しい隊員たちからの溢れるばかりのお祝いムービーが続いていく。
これを全部、この日までに撮影に駆け回ってくれていたユキナオ君たち――。避けられていたのは、ちょっとでも悟られないためだったと知って、藍子はまた感動している。
「私、海人とユキナオ君たちの結婚式にはうんとお祝いの準備してあげたい」
「俺もそう思っている。その前に、あいつらが恋をしたら全力で応援してあげないとな」
お騒がせの双子君たちなんだけれど、ほんとうに憎めない。
海人が教えてくれた『仲間思いで気概がある』のは、皆に好かれる『ソニック』叔父様から受け継がれているのだと藍子は確信する。
これからも、彼らは、藍子にとってはかけがえのない弟分。この御礼はいつかお返ししたいと強く思う。
メインディッシュが終わり、デセールの前に『フロマージュ』。デザートワインまで出てきた。
フレンチ十和田のかっこいいソムリエさんが、丁寧に注ぎにきてくれる。
篠田氏のホールコントロールは完璧で、大人たちとはメニューが異なる子どもたちへの対応もそつなくしてくれ、元気な城戸家の男子キッズも心美も退屈することなく楽しそうに過ごしている。大きなお兄さんになる湊も、ユキナオと海人のお手伝いをしながらも、海曹兄貴たちとの食事を楽しんでいる姿が見えた。
「うまい。北海道はチーズもうまいよな。デザートワインと合わせるとうまいこと、ご挨拶で美瑛に来た夜に、お父さんが食べさせてくれたコース料理で知ったんだ。あれが初めてのフロマージュ体験。今日も、すごく美味い……。今回も、感動だよ」
フレンチシェフである父が、最初から極上のフロマージュを体験させてくれたからと、エミリオはコースの中でも特に楽しみにしていると話してくれる。
もうおなかいっぱい寸前でも、ほんのちょっとのチーズとデザートワインもなんなくクリアしてしまう。
残すはデセール、二回出てくるデザートタイムだった。
そこで、また海曹チームがいそいそと動き出す。
海人がまた母親の御園少将に声をかけると、彼女も席を立った。
それどころか、夫の御園准将までなにやらビデオカメラを片手にうろうろしはじめた。
ホールで料理をサーブしていた葉子もだった。いつもより愛らしいフレアワンピースから白いエプロンを取り払うと、ギターケース片手に海曹チームのテーブル付近へと向かっている。
海曹テーブルでは、御園少将、葉月さんもヴァイオリンケースを持ち出していた。
そして海人は、ロサ・ルゴサのホールに元からあるアップライトピアノの蓋を開けてはじめた。
葉子が教えてくれた『サプライズ・セッション』が始まるらしい。
またホールの招待客からざわめきが起こる。
栗毛の母と息子、そして、今回初めて会っただろう函館からきたセルビーズの葉子、それぞれが担当する楽器を手に、正面に並んだからだった。
エミリオも不思議そうにしている。
「函館と小笠原だろ? どうやって練習とか音合わせをしたんだよ」
「海人と篠田さんでやりとりをして、なんとかしたみたいよ。昨日、一緒にでかけていたでしょう。あれ、初めて会って、最初で最後の音合わせだったみたい」
「それ、とんでもないぶっつけ本番だな」
「海人が提案したみたいだから、なんとかできたんじゃないかしら」
自分たちの披露宴のために、生演奏をしてくれるなんて、とっても贅沢。しかも、藍子にとっては大事な相棒からの最高の結婚祝いだと思う。
それでも、どうやって離れたメンバーで練習を? その一抹の不安も。
再度、ユキが司会用のマイクスタンドに向かった。
「新婦、朝田藍子さんとおなじ機体、ジェイブルーの同乗者である御園海人海曹。相棒の彼、サニーから、相棒のアイアイへのお祝いとなります」
異業種の三人が正面でスタンバイを終えたようだった。
海人がピアノの椅子に座り、葉月さんがヴァイオリンを構え、葉子がマイクスタンドを前にアコースティックギターの音を少し鳴らしただけで、もうワクワクした期待感しか生まれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます