26.馴れそめムービーⅡ いつから恋人?

 藍子よりも先にエミリオが気にしていたことを、ついに彼から暴露。


 だがここはまだ『初対面』のことで、『いつから恋人?』という話はここから。

 それもエミリオが『強引に……』と言ったことで、ユキのさらなる追撃が始まる。


「強引に! では改めて伺いましょう。『その強引』はいつのことでしょうか!」


 またエミリオがマイクを持ったまま言いにくそうに黙っている。

 会場にいる海軍の男性たち、特に上官たちはニヤニヤしている。

 そこでまた柳田中佐が手を挙げて声を張り上げた。


「はーい。俺の予測。アイアイが小笠原に新たにつくられるジェイブルー部隊に抜擢されるかどうかの『テスト演習』の時だと思う。一年半ぐらい前の二月? あの研修の後に、エミリオがこっそり宮島旅行するために有給休暇を取ったこと知ってまーす。宮島といえば? すぐ目の前が岩国基地。その時、藍子とはもう恋人同士になっていたという証言を取った上官がいるとかいないとか~」


 研修の時に『俺の家に来い』と強引に誘われてついていってしまった藍子。あれは一夜限りのつもりだった。本当は恋人成立ではなかった。

 さらに宮島散策した時も、小笠原部隊行きを藍子が辞退してしまうのではないかと、心配をしたエミリオが会いに来てくれただけ。その時、窮地に陥っている藍子を見かねて『恋人だと見せかけて、困りものの斉藤夫妻を牽制しよう』としてくれただけで『偽り』。

 

 ここをエミリオがどう説明するのかと藍子はハラハラ。

 しかも柳田中佐だけでなく、海人まで手を挙げた。


「俺も目撃しています! 藍子さんと同乗ペアになるため、岩国で予行飛行を実施していた時、常に藍子さんと行動をしていたんですけど。その時の藍子さん、業務を終えて陸に戻ると、すぐスマホ。休憩中もスマホ。その時ちらっと見える写真動画は小笠原の海とか花とか、戸塚少佐のバイクでした! 嬉しそうにして、すぐに会えないせいか、切なそうな女性らしいお顔をしているのを目撃してまーす。柳田中佐がいうとおり、小笠原ジェイブルー設立する研修あたりから急接近したはずですよね~。特に戸塚少佐……。訓練でガツンとアイアイにやられて、すんごい心に『キテタ』はずなので~」


 海人の証言に、またエミリオがマイクを握りしめたまま、『ぐぐ……』とらしくない唸りを漏らしている。

 二人とも別々の基地にいたのに、双方同僚からの確かなる証言で固められていく。偽りの恋人時期をどう伝えていく?

 海人の証言に、ユキもさらに詰め寄ってくる。


「おや? 訓練でガツンとは……? 初耳なんですけれど!」


 海人が『訓練内容は言えないのでご想像に任すようにして』とユキに釘を刺したのだが。ここで、にっこにこの眼鏡パパ、御園准将も手を挙げて割って入ってきた。


「はーい、その時の演習研修の責任者でーす。別にいいよ。もう終わった演習だし、知っている者は知っているし。いいよな、連隊長殿」


 ここで御園准将がにんまり眼鏡の顔で『追撃チーム』に参戦してきた。

 御園少将、葉月さんまで、基地とは違うゆったり優美な雰囲気を漂わせているが、夫と息子に合わせるようににっこり悠然、意味深な笑顔で答える。


「よろしいわよ。あの時の演習のことはね、クインには不名誉だろうといままで誰も触らなかっただけだと思うの」


 情報管理責任者と基地責任者が揃って『内容開示OK』をだしてしまったので、またエミリオが黙りこくってしまった。


 藍子も遠くなった記憶だけれど忘れられない光景が色濃く蘇ってくる。

 あれだよね。私が、クイン機の真上を飛び越えちゃったやつ……。

 あれ、アグレッサーの彼には屈辱的な出来事で、ダイナーで出会った時も『イライラして酒を飲みに来た』とか言っていたと藍子は思い出す。さらに『イライラしているから、憂さ晴らしに女を抱いたっていいんだ』とか、いまのエミリオから想像もできないことを言い放っていた。

 でもあれは、裏を返せば『藍子を抱きたい』と言えず、『藍子を気にしていたから放っておけなかった』とも言えず、ただただ藍子の気が晴れるように、落ち込んでいる気持ちがそれるように、藍子が気負わないよう悪い男を演じてくれていただけ。今ならそうだったことがわかる。こんなところでも悪役アグレッサーの気質が出ていたのだろうか。

 そうだ。今度は、藍子が『一生懸命に藍子の疲れた心を、エミリオが守ってくれた』と伝えようと、彼からマイクをもらおうとした。


 だがエミリオが意を決したように、マイクを握りなおして深呼吸。会場を見据えて口を開いた。


「……演習で絶体絶命に追い込んだ彼女が、俺の機体の真上を使ってすり抜け包囲網から脱出回避、ミラクルな機動でしてやられたことがあります。あの時、部隊長の大佐にめちゃくちゃ説教をされました。相手が『気にしている女性パイロット』だから、心に隙があったのではないかと――」


 ユキナオが『えー、クインさん。アイアイに真上取られたの! 俺たちでも出来ていないのに、ありえん!』と仰天していた。


「うわ、それって、トップパイロットなのに女の子だから隙を見せたと言われたってことですよね」


 ユキに追求され、またエミリオが唸る。


「そうじゃないと言いたかったが、結果的にそうだったということ……だと、部隊長に説教されました」

「えー、スコーピオンの部隊長に! それは俺でも落ち込む!! しかもお相手は、数年前から気になっている女性ですもんね~」


 もう、言うな、言うな――と、ついにエミリオが会場正面から顔を背けて目元も覆っていた。凜々しい白い制服の戸塚少佐だったのに、額から汗も光っていて、白いハンカチで拭いている。もういつものエミリオではなかったが、彼も気強く続ける。


「本当に、アグレッサーのパイロットとしてショックでした。その反面、やはり彼女にはパイロットを続けてほしいとも思っていました。己の情けなさと、密かに支えたいと思っていた彼女の実力を目の当たりにした誇らしさで、その夜は感情がぐちゃぐちゃに。むしゃくしゃして酒でも呑んだくれてやろうとかと、キャンプ内のダイナーに出向きました。そこで彼女もひとり、元気がない様子で呑んでいたところに遭遇したんです……。彼女は彼女で、いくらアグレッサーの包囲網を一時抜けられたことが成功しても、最終的にはこちらのアグレスチームに『領空侵犯をする』という状態に陥れられ、その結果で研修は終了を言い渡されます。翌日は岩国基地に帰ることになって、研修が続けられずに落ち込んでいました。……その時に、もう、俺も自分の気持ちに嘘をつく余裕もなく、強引に『俺のところに来い』と……」


 ところどころ言いたくなかったと詰まりながらも、エミリオから真摯な様子が滲みでていたからなのか、まごうなき返答だと信じた招待客一同が『わあ』と盛り上がった。


 瑠璃がまたわくわくした様子で、遠い席から身を乗り出し叫んだ。


「エミル義兄さん、それだけ余裕がなかったってこと!? いつもは心の奥でお姉ちゃんが気になっていたことをクールに隠し持っていたのに。訓練で格上だった気持ちも崩されちゃって、でも、お姉ちゃんが目の前で訓練の結果を哀しんでいて、やっぱりなんとかしてあげたいって思って、いつもなら知らん顔していたのに、クールにやりすごせなかったってこと!?」

「そ、そうだよ」


 瑠璃のいつもの遠慮ない物言いにエミリオは気圧されながらも、小さく呟いた。麗しいお兄さんが姉をどれだけ気にかけていたかを知った瑠璃が、嬉しそうにはしゃいでいる。


「でも、藍子は、俺が格上のパイロットで上官なので『私なんて……』という遠慮を何度も見せていたので……。その時に強引に、『まずは俺と過ごしてみよう!』というところから始まりました! もうこれでいいですかっ!」


 あの戸塚少佐が、クインさんが、破れかぶれと言わんばかりに、ふて腐れながらマイクをテーブルに置いてしまった。


「うわ、マジですか。クインさん。アイアイさんに頭上、コックピット上空をすり抜けられたなんて。そりゃあ、誰にも言いたくなかったっすよねえ……」


 ユキがニヤニヤしている。柳田中佐はその時、おなじ上空で飛行していたので『俺、目撃していました! 見事なアイアイの回避だったよ』とさらなる証言を提供していく。


 またエミリオがため息をつきながら、再度、マイクを手に取った。


「ですから。彼女は女性だから無理という理屈では片付けられない素質があるってことなんです。だからとて、気が強い性格ではないので、環境ひとつで脆くなりそうで、そこも心配でしたね。いまは海人という心強いペアがいること、自分もそばで見守れる環境になれたので、彼女が飛びたいと希望するかぎりは、その希望を叶えてあげたい、支えてあげたいと思っています」


 内向的で自分の殻にこもっていた当時をまた藍子は思い出してしまった。

 エミリオがわざわざ岩国まで会いに来てくれなければ、あそこでもう潮時だと、岩国を去る覚悟だったし、パイロットも軍人も辞めて美瑛に帰っていたかもしれない状況だったのだから。


 エミリオがあまりにも真摯に返答しきったので、やいやいと盛り上げていたユキも神妙な表情に固まってしまっていた。


 そんな彼が真顔で今度は藍子に視線を向けてきた。


「……ということで、戸塚少佐のロックオンに、藍子さんはいつキルされたのかお聞きしていいですか~」


 あ、空気に合わせて真顔なだけで、ユキナオの口元はにんまりと緩んでいる。決して手を緩めたわけではないらしい。

 これ以上エミリオだけにはと思い、藍子もマイクを手にとった。


「えっと……。心配して、岩国まで会いに来てくれた……時、でしょうか……。一緒に宮島散策をして、彼が小笠原に帰った後、すごく……寂しかったです」


 恥ずかしさいっぱいで、エミリオ以外は誰にも教えていなかったことを、藍子も吐露する。エミリオも知っているはずなのに懐かしく思いだしてくれたのか、そんな藍子を潤んだ瞳で見つめてくる。また藍子の頬が、よけいに熱くなった。


「ですから。小笠原に転属になって住まいが近所になった時にはもう、……離れたくないと思っていました」


 今度は藍子の返答に会場が沸いた。

 まだ宮島の時点では『恋人確定』ではなかったけれど、表向きは『恋人かどうか』と上官から問われる事態になってしまったので、ここは曖昧にしつつ『もう好きでした』ということにしておく。実際に、藍子はあの宮島散策から、少佐ではないエミリオと触れ合って惹かれてしまったのは事実なのだから。嘘でははい。


「って、ことはですよ! 俺が藍子さんに『恋人になってほしい』と海人のカレーライスの日に告白した、ほんのちょっと前ってことですよね。うわ~、俺、ちょっとの差でクインさんに負けたんか~」


 ここでユキがまた盛り上げるためなのか、自分が藍子に告白をして撃沈したことまで大袈裟に話しだした。

 会場はまた『ユキもアイアイ狙い? そんなことあったのか』とか『ユキ、相変わらず失恋したのか』と、ユキの調子に合わせて大爆笑に。

 すかさずナオも、ユキのマイクを奪って盛り上げてくれる。


「いや、あの時点では遅い遅い。それより数ヶ月前にもう、クインさんが押しに押してアタックしていたんだから、ユキの負けはあそこでは確定していたんだよ」

「なんかあの時が蘇ってきた~。海人のビーフカレー夕食会にやってきたクインさんに、藍子さんに告白していたと海人にチクられて睨まれたのも思い出した~。あの時のクインさん、俺の藍子に手を出すなって顔だったし、演習の時とおんなじ顔していたもんな。怖かった~」


 双子のコントか漫才かなと言いたくなるような並びでナオのツッコミに、ユキがボケるみたいな絶妙なコンビネーション。軽快なトークで会場を盛り上げてくれ、笑い声がずっと響いていた。

 つつかれるだけつつかれたエミリオも、そこではもう、笑いすぎて目尻にこぼれた笑いの涙を拭いている。藍子も一緒に笑い飛ばしていた。


 城戸家のテーブルでは、こちらも状況をよくご存じだっただろう城戸准将と園田少佐が『そんなことになっていたのね』と楽しそうに微笑みあい、御園夫妻も自分たちが許可した情報でさらに盛り上がってお二人で目を見つめ合って笑い合っている。親族のテーブルでも、戸塚の両親が『エミルったら』と息子の恋バナをよりよく知れたことで楽しそうだった。朝田家のテーブルも然り、もう瑠璃が『お姉ちゃん愛されている!』とはしゃぎすぎて、お祖母ちゃんがずっと笑い声を立てているのが聞こえてくるほど。


「あいつら。ほんと。こんなに盛り上げてくれて……」

「うん。帰ったらうんと御礼したいね」


 ここで一区切りなのか、またユキがスーツの襟を正すようにして、マイクスタンドへと向かう。


「おふたりがいかに、職務を通じて知り合ったかがわかる馴れそめでしたね。お二人だけの大事な思い出、惜しげなくお話をしてくださって、ありがとうございました。では、さらに、そんなお二人のための馴れそめムービー、続きに行きたいと思います」


 まだあるのかと藍子はまたドキドキ。秘密の出会いは、秘密といいながらも『ちゃんと馴れそめ』として収まって安堵したのも束の間だった。


 ユキの合図で、またナオが頷きつつ、プロジェクターを置いているテーブルでPC操作を始める。

 スクリーンにまた映像が流れる。基地の映像だった。


『えー、本日は快晴。五月×日。小笠原総合基地の滑走路そばにあるハンガーにいます』


 誰かがカメラを持ってハンガーの撮影をしている。どこかで聞いたことがある声だった。


『そろそろでしょうか』


 しばし、小笠原基地の滑走路へとレンズがフォーカスされていた。


『あ、来ましたね。おはよう、朝田准尉、御園海曹』

『おはようございます。吉岡少佐』

『おっはようございます。本日はよろしくお願いいたします~』


 自分の声が聞こえてきて、藍子は『ん!?』とドレス姿で背筋を伸ばした。

 スクリーンには、黒髪を束ねているフライトスーツ姿の自分が映っている。カメラマンに向かってお辞儀をしているところ。片手にはヘルメットを持っている。既に対Gスーツも装着済み。つまりフライト前。藍子の後ろには同じ姿の海人がいて一緒にハンガーを歩いているところ。


 五月×日。思い出してきた。

 確かにこの日、フライト前、ハンガーでカメラを構えている吉岡少佐がいた。園田少佐のバディと言われている少佐は、新島司令部の広報部に所属している。彼がいるのは広報のための記録撮影だと思っていたのに! まさかのここで、日頃の自分を上映されるとは!


「これ。藍子のジェイブルー機から広報撮影をした日じゃないか」

「そうだわ。思い出した。え、でもだって。広報映像って、公式でリリース公開、まだしていないでしょ。極秘映像じゃないの。どうしてここで! だって、この日の広報映像って、」


 そこでユキの説明が入った。


「つい先日の撮影になります。海軍所属の飛行部隊広報映像を、ジェイブルー機で撮影する業務に向かう朝田准尉と御園海曹です。この映像はこちらの披露宴で視聴した後日、一般公開される予定です。ひと足先に、新婦朝田准尉が上空から収めた新郎戸塚少佐の飛行映像を、ご親族にご覧いただきたいと思います」


 えー! 業務で撮ったはずの映像を自分の結婚披露宴の『余興』で出しちゃうって!?

 藍子は絶句しながら、またスクリーンに釘付けに。フライトスーツ姿の自分が海人と一緒にハンガーの外に出て、整備済みで待機しているジェイブルー機へ向かうところだった。


「あれがお姉ちゃんの飛行機!?」


 瑠璃の声がまた聞こえて、藍子がそちらへ視線を向けると、そこにはコックコートの父が厨房から出てきていた。

 お料理はアミューズからスープが終わりポワソンのサーブが始まったところだった。この後はワンクッションのソルベが入るタイミングなので父も出てこられた?

 そんな父が厨房の入り口で立ったまま、すぐ目の前にあるスクリーンに目を凝らしている。


『本日はジェイブルー飛行隊の朝田准尉と御園海曹が、上空から訓練空母の撮影を行います。映像は一般向けの広報映像として使われる予定です』


 吉岡少佐の解説の中、藍子はコックピットにある梯子ラダーに足をかけてのぼり始めたところ。海人も後部座席へと乗り込む。


 整備員たちから搭乗のチェックと準備がそばについている状態で、藍子と海人が揃ってヘルメットを被った映像がそのまま……。


 父と母、瑠璃も篤志も。そんな姉の普段の姿を、今度は神妙な面持ちで見つめてくれている。


 やがてキャノピーが閉まる映像。エンジンがかかったためか機体の周辺の空気が熱気で陽炎のように揺らめいたのが、吉岡少佐の撮影にも映し出されている。


『いまから滑走路へと移動します。あ、手を振ってくれていますね~。気をつけて行って来いよ~。キャリアを積んできたパイロットですから慣れていると思いますけれどね。ご安全に無事に帰投を――という気持ちで、いつも見送っております』


 吉岡少佐の声と共に、彼が構えているカメラ映像の端で、手を振ってくれているのがわかった。


 藍子もなにも知らずに、少佐のカメラに向かって、海人と手を振っている。その後、操縦桿を握り前へと向いた。


 やがて滑走路へ。


『テイクオフの時間です。この後、離陸前映像を御園海曹がコックピットから撮影いたします。コックピット内から撮影される映像で、機内からのテイクオフを体験していただけたらと思います。お、エンジン出力あがっていますね』


 滑走路からジェイブルー機が動き出す。吉岡少佐がコックピットにいる藍子へとカメラ映像をズームしてアップしてくれたのが映る。


 父の目が真剣だった。娘が日頃、どうやって務めているのか。機体を操縦しているのか。家族はここで初めて目にすることになる。


※さらに馴れそめムービーⅢに続く……🥺

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