25.馴れそめムービーⅠ クイン追求される

『馴れそめムービー』の上映が終わったら、『いままで明かさなかった馴れそめを公表』することになってしまった。

 嘘の恋人同士が馴れそめになってしまうエミリオと藍子は『どうする、なんて説明する?』と顔をつきあわせて、ヒソヒソと焦って打ち合わせをする。そのうちに、目の前に料理が運ばれてくる。


『かわいい!』という声が招待席から聞こえてきた。

 ユキナオの司会に注目しているうちに、アミューズが招待客と新郎新婦テーブルにもサーブされた。

 藍子には葉子がサーブし、エミリオには『甲斐』という年配の男性が美しい仕草でサーブしてくれる。だが、ふたりに置かれたアミューズは盛り付けが異なっていた。


「これ。冬の休暇にお義父さんがスケッチしていた百合のアミューズだ」

「私のは、ココちゃん向けにスケッチされていた『お花の妖精コース』のアミューズみたい」


 エミリオの皿には、アンティチョークを土台に薄くスライスされた白二十日大根を挿して百合の花びらのように模し、ホタテやウニ、グリーンソースでガーデンを表したようなひと皿。

 藍子の皿は細長い白い皿を横に、外国の絵本に出てくるような森をデザインしたかのようなひと皿だった。一口サイズで五つ、小さな切り株にちょこんと芽が生えたようにベビーリーフを添えたもの、紫のエディブルフラワーをひとひら宝石のように乗せたマカロン風のもの、お伽噺に出てくるきのこ風に模したものなどが並んでいた。まさに童話の世界。

 どうやら女性客にはこちらがサーブされているよう。だから会場から『かわいい』という声があちこちからあがったようだ。


 特に心美が『かわいい、かわいい』とママとパパに交互に伝えてはしゃでいる姿が見える。城戸家テーブルはすぐ目の前なので、藍子も嬉しくなる。エミリオも尊敬する義父の料理が喜ばれて嬉しそうだった。


 アミューズで感動する合間にも、フレンチ十和田のホールチームはドリンクのサーブも終えていた。

 ユキの巧みな進行で、乾杯の音頭が促される。昨夜は小笠原の海軍チームで盛り上がって城戸准将が挨拶をしたばかりだったので、今回は藍子の親族に気を遣ってくれ、なんと『お祖母ちゃん』にユキが乾杯を頼んだ。


 ざっくばらんな食事会だからということで形式を気にせずにとユキが伝えてくれると、お祖母ちゃんが嬉し恥ずかしという様子でマイクを取ってくれる。


「綺麗な女性になった孫の藍子ちゃんと、素敵な海軍男子のエミリオ君。ふたりがパートナーとして歩み始めるこの日に立ち会えて、お祖母ちゃんは幸せです。この日ここに集った皆様にも、藍子とエミリオ君を囲むように常に幸せでありますように。乾杯」


 咄嗟に任されたとは思えないほどの素敵な挨拶に、藍子はまた感激。エミリオも隣でお祖母ちゃんに会釈を向けてくれ、また祖母が嬉しそうに照れているのが見えた。


 ここからお食事スタートとなる。

 間を置かずに、ユキがまたマイクスタンドへと向かった。

 ホールのカーテンが閉められ、うす暗くなる。


「それでは『馴れそめムービー』を、私のナレーションとともに上映開始といたします。朝田シェフの素敵なお料理とともにお楽しみください」


 ついにスクリーンに映像が流れはじめた。音響も思ったより大きく、そこからエミリオとふたりでヒソヒソ声で話しても聞こえなくなる。

 以上に、目の前に急に映り始めたのは、ふたりが乗っている機体だった。


 白いスクリーンに、片側にエミリオがいま操縦している雷神のネイビーホワイトが、片側には藍子が操縦するジェイブルーの機体が映った。しかもBGMが迫力満点のジャカジャカなロック。『え、馴れそめムービー? これ軍の広報映像でしょ!』と言いたくなるハードなイントロに、藍子はギョッとしていた。


「左側、白っぽい戦闘機『ネイビーホワイト』と呼ばれている機体です。こちらがいま、新郎戸塚少佐が操縦している戦闘機となります。右側、コバルトブルー色の機体は新婦朝田准尉が操縦している『ジェイブルー』という機体です。『ジェイブルー』は『機動追跡隊』と呼ばれ、国境をパトロールする任務とともに、国籍不明機が接近してきたらすぐに情報を得るために現場に直行するパトカー的な役割を担っています」


 穏やかで美しい会場に、戦闘機二機がハードロック音楽とともに映し出されると、なんだか急に空気がクールになっていく。

 小笠原海軍チームにとっては今更の情報だが、藍子の親族一同は食い入るように視聴している。

 離れた場所にいる親族席の母と瑠璃と篤志も『あれが二人が操縦している機体』と目を瞠っていた。


 さらにナオが映像を切り替えていく。次にスクリーンに映ったのは、浅葱色の飛行服を着たエミリオと、ジェイブルーに入隊したばかりなのか、いまよりも初々しいショートカットスタイルの藍子だった。


「えー、エミリオ。若い!」

「藍子もだろ。初々しいな! 入隊したばっかりだな」

「戸塚少佐の『マリンスワロー』時代、初めてなんだけれど!」


 藍子はまだ飛行部隊に配属されたばかりで二十代前半か。エミリオは『マリンスワロー』所属のころで、いまよりもっと王子様ぽい若々しい美貌で登場。また会場の女性陣が『エミリオ君かっこいい』と湧いている。


「おふたり二十代のころです。左の戸塚少佐、当時『横須賀マリンスワロー部隊』に所属していたころです。精密な飛行技術を期待されたパイロットだけが選ばれる飛行部隊。アクロバット部隊としても有名です。右の朝田准尉は、女性ながらも『操縦者』として選ばれ、新しくできたばかりの『ジェイブルー飛行部隊』に抜擢されたころのものです。この時はまだ、おふたりの接点はうかがえません。戸塚少佐は横須賀基地勤務、朝田准尉は岩国基地勤務です」


 あ、『どこで接点が生まれたか』を探るムービーでもあるのかと藍子は気がついた。エミリオもだった。小声で『これ接点を探ってるな』とぼやいている。


「お父さんのアミューズが美味だから、もうどうでもいいな。俺、料理に集中するな」

「そうね。食べるのもったいないんだけれど、一口、一口がほんとおいしい。お父さんの料理が食べられるなんてしあわせ」


 いちいち気にすることが馬鹿らしくなるほどに、食べ始めた父の料理が美味しくて、ふたりそろって舌鼓をうつ。

 アミューズをゆっくりと楽しむ間も、ユキナオが編集したふたりの経歴映像が続く。

 その中では、戸塚少佐が『マリンスワロー部隊』でチャレンジしてきた美しいアクロバット映像も披露された。

 そこには、当時から同僚であった柳田中佐のアクロバットも披露され、そこからふたりが僚機として小笠原でパートナーとなった経緯もユキナオが語ってくれる。


 さらに、ユキナオは『アグレッサー部隊 サラマンダー飛行隊』についても解説を始めた。

 次にスクリーンに映し出されたのは、カーキー色と黄色が迷彩模様になっている、あの懐かしい機体だった。


「こちらは戸塚少佐が前職務で操縦していた『アグレス戦闘機』です。アグレッサー飛行部隊に所属しておりました。『アグレッサー』とは、わかりやすくひと言で表しますと『仮想敵』を担う訓練専門飛行部隊です。軍内のファイターパイロットを相手に『敵役』をするため、防衛実務で実績あるパイロットの中から、さらに判断力と共に腕前がある精鋭のみが選ばれる部隊です。戸塚少佐と柳田中佐は、精密な飛行技術がなければ選ばれない『マリンスワロー部隊』を経由した後、さらに実戦的にも実力がないと選ばれない『サラマンダー飛行部隊』にも抜擢されています。つまり、かなりのエリートコースを辿ってきています。この二つの飛行チームを経由できるパイロットはほんの一握りの実力者です」


 海軍の招待客が多い中、ユキナオ君はどうしてこんな見慣れたものを編集してくれたのかと藍子は思っていたのだが。招待客よりかは、日頃基地の勤務や様子を知ることが出来ない親族へと向けてくれていたことに気がつく。

 藍子の母に妹に義弟、伯父伯母、従姉。そして、朝田家と並んで食事をしているエミリオの両親も食い入るように見ていたのだ。


 そうか……。このエリートなパイロットのご両親は、いつも心配しながら息子を長年見送って、静かに見守ってきた。藍子はそう気がついたのだ。航空祭では華々しい面しか見えない。息子の報告でしか見えなかった面もあるだろう。でも今日は軍上層部の許可を特別にもらえた秘蔵映像が出されている。息子がこれまでどのように勤てきたか、それがよくわかる映像なのだと、藍子はやっと気がついた。


 こんな映像を作ろうとしたのはユキナオ君?

 でも彼らは瑠璃に言われて動き始めていた。もしかして瑠璃が?

『お姉ちゃんとエミル義兄さんが軍隊でどう活躍しているか知りたいな』とでも言いだしたのだろうか? 藍子はそっと遠い席にいる瑠璃を見遣る。母と篤志と一緒に目をキラキラさせて『エミル義兄さんの飛行機、かっこいい』と言っていそうな雰囲気が伝わってきて、『主犯格は妹か』と思えてきた。


 でもいい試みだと藍子は思った。自分のことが親族に伝わるより、戸塚のご両親が、守秘義務がきつい軍人職にある息子が多くを報告することができずにいるなか、息子がどう働いて活躍してきたか、どれだけ希少なパイロットであるかをその目で実感できるとも思えたからだ。


 さらに映像は、まさかの『訓練映像』が映しだされ、アミューズを味わっていたエミリオがギョッとした顔になる。


「おいおい、あれアグレッサーだった時の演習映像じゃないか」

「こんな映像まで許可してくれたの。誰かのコックピットからの映像?」

「たぶん、俺だ。相手はイエティかブラッキーだ」


 映像には白い戦闘機がアグレッサー機の追跡から逃れようとしている映像だった。

 ユキの解説が続く。


「こちらが戸塚少佐と自分が演習中の映像です。戸塚少佐が操縦するコックピットからの撮影で、この白い戦闘機が自分が操縦しているネイビーホワイト。ふらふらと左右に機体を揺らして、戸塚少佐からのロックオンから逃げているところですね~。この時点で余裕がなくて、なんとか強敵の戸塚少佐から逃れようとしていたのですが……」


 訓練で見慣れている照準リングがくるくると動き、相手を逃がすまいとロックオンしようとしているところ。やがてリングが赤く点滅をする。『キル』と低く呟く『クイン』のコール音声も聞こえてきた。


「戸塚少佐にロックオンされキルコールされちゃったシーンです。このように、何度も何度も何度も何度も、戸塚少佐にキルコールをされ、ドッグファイトのコンバットでは勝てたことは一度もありません!!! 戸塚少佐は自分たち双子の目標でもあります!!!」


 今日の主役は新郎の『クイン』とばかりに、ユキナオのふたりが持ち上げる編集をしてくれている。おどけた司会に会場から笑い声が湧き上がり、でも拍手も聞こえてきた。

 城戸家の翼と光は『やっぱクイン、すげえ』、『ロックオンかっけえぇ』と男の子らしく興奮している。ココちゃんはきょとんとして、ひたすらもぐもぐとお花の妖精アミューズを頬張っている。


「あいつら……。わざわざ自分たちがキルされた映像を選んでくれたのか」


 エミリオも彼らの気遣いに感じ入るものがあるようだった。

 どれだけ戸塚少佐が素晴らしい希有なパイロットであるか。それを軍人ではない親族に伝える内容に編集してくれていることが、エミリオにも伝わっている。


 しかしこれのどこが『馴れそめムービー』?

 これでは『新郎新婦のご経歴映像紹介』ではないかと藍子は眉をひそめる。ふつうは、二人の生い立ち写真とか、ふたりがデートしたプライベート写真とか、プロポーズ再現とかでてくるのでは? まったくもってハードすぎる内容に藍子は訝しいばかり。

 だがユキはそこも逃さない。


「えー、おふたりの職務経歴のような内容になっていましたが。戸塚少佐が所属していたアグレッサー飛行部隊は、様々な演習コーチを小笠原で受け持っています。各基地から『研修』として、演習の目的別にパイロットが集います。もちろん、ドッグファイトとは無関係のパトロール機動隊である『ジェイブルー』も同様です。つまり、岩国基地で追跡機動の任務を務めている『朝田准尉』も研修として小笠原基地にやってくることも多々ありました」


 うわ、来た。

 何故かここで藍子とエミリオの声が、小さくとも揃って二人で顔を見合わせる。


「私たち双子、いえ、上官に先輩パイロットたちとも『同様の予測』がここになります。恋人になった馴れそめの始まりはここ! アグレッサー飛行部隊が担当する研修に、ジェイブルーの朝田准尉がやってくる。ここで、ふたりが出会ったはずだと予測しています」


 突然、ユキの目線が新郎新婦テーブルへ向けられる。


「……ですよね! 戸塚少佐、朝田准尉! お答えいただきましょう!!」


 戸惑う間もなく、進行サポートに準じているナオがさっとエミリオにマイクを持ってきたではないか。


 げんなりした様子で、エミリオが致し方なくマイクを受け取った。

 あれだけ栄えあるファイターパイロットとして持ち上げてくれた以上、断ることなど出来ない。


「おふたりの出会いは、ここ、でしたよね。クインさん!」


 ユキの再度の押しに、会場招待客の視線が新郎エミリオに注がれる。

 藍子はもうエミリオとおなじ心境。いままで海人さえ詳しく伝えたことのない『出会い』に『馴れそめ』の始まりが知られてしまう。

 そしてエミリオの答えは――。

 白い軍服正装の彼が、気恥ずかしそうに答える。


「はい……。そうです。『アイアイ』というタックネームが珍しいことと、女性のパイロットだということで……。その、気になって、他のパイロット以上に気にしていました」


 会場がわっと湧いた。


「わー、エミル義兄さんったら、最初からお姉ちゃんを気にしていたってことなの!」


 瑠璃がそう叫ぶと、会場の女性陣たちが『えー、そんな最初から!!』という驚きの声を揃えた。

 さらにユキのツッコミが容赦なくはいる。


「つまり? 戸塚少佐は、藍子さんが知らないうちからロックオンしていたってことでよろしいでしょうか!」

「いや、その、最初からそのつもりだったわけでは……」

「でも、気にしなかったことはないんですよね!」


 ついにエミリオが詰まりながらも、漏らした。


「は、はい。そうです。いつのまにか好きになっていました」


 もう、上官テーブルも湧きに湧いた。

 特に常にエミリオと共に行動をして来た相棒の柳田中佐。


「ほーら、やっぱりな!! 俺は知っていたぞ! おまえ、顔に出さなかったけれど、漏れ出ていたからな! いっつもアイアイが研修に来ると、声をかけていたもんな!」


 そうだったんだ、そうなの、そんなことになっていたの――と上官テーブルからも口々に驚きの声が聞こえてきた。


「んじゃあ。もちろん、エミリオさんからアプローチしていたってことですよね~」


 ユキのさらなる追求に『えっと』とエミリオが躊躇っていたが、柳田中佐が『していた、していた。いっつもアイアイを気にしていた』と煽りに煽ってきた。


「そうです。初対面から時間はありましたが、そのうちに俺から、彼女に……。彼女は俺が上官なのでいつも遠慮気味だったのがもどかしかったため、……俺と付き合えと、若干、強引に……」


 強引! ここはユキナオが『意外! クインさんらしくない!』と本気で驚きの顔を揃えていた。

 もう藍子は耳まで熱くて、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかるほどだった。



※馴れそめムービーⅡにつづく!

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