24.Flower Hall〈フラワー・ホール〉
レストランウェディングスタイルにお直しをした藍子が部屋を出ると、エミリオも制帽を取った制服のまま廊下で待ってくれていた。
黒いボウタイをシャツにつけ、黒いスーツ姿に整えている篠田氏が付き添っている。
「お揃いですか。おふたりが着席をしましたら、こちらお料理もスタートさせてきただきますね」
ロサ・ルゴサ、レストランホールへと入るドア前でエミリオと腕を組んで並ぶ。
篠田氏と葉子の夫妻がそれぞれドアを開けるため前に控えてくれた。
黒い給仕長の制服に整えた篠田氏も凜々しくてかっこいいなと、藍子は思う。昨夜のBBQの時は快活なお兄さんぶりだったけれど、仕事に向かう男性の横顔は、どんな職業であれ素敵に見える。葉子と夫妻でアイコンタクト、呼吸を整えているのも、藍子には素敵に見えた。
あらためて、篠田氏がエミリオと藍子に向かってくれる。
「朝、支度に忙しく機を逃しておりましたが、改めて、本日は、ご結婚おめでとうございます」
葉子と揃ってお辞儀をしてくれた。
「私と妻の葉子、また十和田のギャルソンは、お客様が心地よい時間を過ごすサービスを提供することが信条、私たちのプライドとなっております。故に、お手伝いに来てくれたからという遠慮はご無用にございます。新郎新婦でお席からなかなか動けないこともあるかと思いますので、少しのことでもご相談ください」
自分たちが防衛を信条としているならば、こちらのサービスマンたちの信条はお客様がつつがなく楽しく過ごすこと。
その仕事の信条をよく理解しているのはきっと藍子より夫になったエミリオだと思う。
「わかりました。妻と一緒になにもかも忘れて楽しみますので、よろしくお願いいたします」
「なお本日、会場の進行などは、城戸海曹のご兄弟と、御園海曹の三人で受け持ってくださっております。時間をかけて本日まで準備をされたとのことですので、こちらもお楽しみください」
エミリオがちょっと顔をしかめた。
「ユキナオが会場を仕切るのか。不安だな」
「いや~昨夜のフランベ大炎上のやらかし、あれを見ちゃった僕も大丈夫かなと案じていたのですけれど。えーと……仕上げが素晴らしかったのできっと大丈夫です。信じてます、はい……」
篠田氏も若干の不安を植え付けられたのか、苦笑いをこぼしている。
「すぐ目の前にいる上官として、こまごまとしたことでは何度もやられているものですから」
「ですよねー。あれ、日々こまごまとやられていたら、僕も心臓持ちませーん。でもいざというところで、すんごいしっかりして、手際を発揮するんですよね。司会と会場の段取り、完璧でしたよ」
「そうですか……。いえ、ほんと、いざという時の働きの出来高150%、しかもダブルであげられるので、信じるぶんには頼りがいがあるのは確かです」
「少佐、日々、お疲れ様です。では、双子ちゃんを信じて。披露宴、お楽しみください」
今日の篠田氏と葉子はそれぞれの耳に無線の小型インカムをつけていた。そこに篠田氏が声をかける。
「新郎新婦入ります。ユキナオ君、よろしくお願いします」
入場です――。
メートル・ドテルとセルヴーズの葉子が開けてくれたドアから、エミリオと一緒に白い姿で一歩踏み出す。
見慣れたロサ・ルゴサのレストランホール。
今日は花々で溢れていた。白と紅のハマナス、ピンクや白のバラ、紫のラベンダーに、白と黄がアクセントのカモミール。花嫁となる藍子を飾ってくれた花々、フラワーミッションチームが昨夜、瑠璃を先頭に女性陣で飾ってくれたとのことだった。
フラワーコーディネイトの資格を持っている瑠璃の指揮でできあがった会場はまた、南仏の雰囲気で優しく可憐に彩られている。
招待客たちの拍手と、アップテンポな懐かしい洋楽が流れる会場をエミリオと歩き出す。
新郎新婦ふたりだけのテーブルへ。今日はふたりの椅子はレザー仕様のソファーになっていた。
そこにエミリオと並んで一礼をして着席する。
高砂的なふたりのテーブルにもいっぱいのハマナス、バラ、ラベンダーとカモミールで彩られている。
「俺の胸にあるブートニアとおなじ花たちだな」
「私の髪飾りとブーケもおなじお花よ。昨夜、女性陣のみんなが食事前にいっせいに飾ってくれたみたいよ」
「瑠璃ちゃん、すごいな。お宿の立派な若女将さんだ。ロサ・ルゴサはフランス風だから、若女将のことは、なんていうんだろうな」
でもそんなかんじだと、エミリオは瑠璃が作り上げた会場に感嘆しきりだった。
藍子もだった。瑠璃は札幌のOLを卒業、両親と一緒に美瑛へ移住。家業を手伝いたい。それには資格を取りたい。お父さんのレストランを素敵に可愛くしたい。母親の真穂もこれからは若いセンスを取り入れたいと言っていた。その時に瑠璃がフラワーコーディネイトの資格を取りたいと言い出す。家業が軌道に乗るまで収入は不安定、それならと安定した収入がある藍子が援助をした。
だからこその『お姉ちゃんへの恩返し』が今回のフラワーミッションに込められているようだった。
妹が作り出してくれるウェディング装飾に会場。これほど嬉しいことはなかった。
しかも披露宴会場が実家で、料理はシェフである父親の手料理。それを親愛なる人々と堪能して過ごす時間がいまから始まるのだ。
もうわくわくとドキドキが止まらない藍子。エミリオと一緒に座っているテーブルのそばにはマイクスタンドがある。
そこにユキナオのふたりが揃って立った。
双子が進行役、そっくりな顔を見合わせヒソヒソと打ち合わせ中。会場の奥では海人も手を挙げて合図を送り合い、なにかの準備を手伝って息を揃えている。
そのうちに兄のユキがマイクを手に取った。
「ただいまより、戸塚・朝田ご両家の結婚披露宴をはじめさせていただきます。私は、本日の司会を務めさせていただきます城戸雅幸と申します。双子の弟も同様に務めて参ります」
「双子の弟の城戸雅直です。よろしくお願いいたします」
「なお、私たち双子はそろって『ユキナオ』と呼ばれています」
小笠原の面々はよく知っていることだが、これは藍子の親族向けだとわかった。
意外としっかりしている進行に藍子とエミリオは『大丈夫そう』と囁きあうが、ハラハラが拭えず落ち着かない。
「私たち双子は、新郎とおなじ飛行部隊で任務をともに励んでおります。戸塚少佐は先輩であって上官でもありますが、以上にファイターパイロットとしての腕前のすばらしさは連合軍海軍のなかでもトップクラス中のトップ、私たちの目標でもあり、なかなか届かない実力の持ち主です。そんな上官である少佐と常日頃、任務でもプライベートでも身近に過ごしております。新婦の藍子さんも同様です。ふだんは過酷な上空で精神も身体も極限において、日本国の領空を防衛する任務に励むお二人。本日はそんな日々のお勤めを忘れて、親しい人々と楽しいひとときになるよう司会を務めていきます。よろしくお願いいたします」
会場から拍手が湧き上がる。藍子とエミリオも『凄い』と声を揃えた。『やるときは出来高150%』というエミリオの言葉を思い出した藍子は、まったくそのとおりと思わずこちらも拍手喝采だった。
「それでは。いまからお料理のスタートといたします。本日のお料理は新婦である藍子さんのお父様、朝田青地シェフ自らの提供となります。新婦のお父様としてお席についているはずなのですが、お嬢様のお式の料理は自分がと……」
父が自ら望んだこと、妹の瑠璃の結婚式でも担当したこと、札幌ホテル厨房修業時代の同僚に後輩が、ニセコ、札幌、函館大沼から駆けつけてくれたこと、会場のスタッフは後輩の十和田シェフのレストラン従業員が担当してくれることなどもユキがしっかりと紹介してくれる。
流れるような口上のユキに徐々に安心感を覚えているのだが、彼の目線は弟のナオと、会場の奥、厨房の出入り口に控えている海人へと目線を馳せている。ナオは、ユキのそばセッティングされていたテーブルにパソコンなどを置いてなにかの準備に取りかかっている。
海人は父親の御園准将と一緒にスクリーンを設置している。
エミリオが『隼人さんまで手伝っている』とそわそわしていた。
「隼人さんが張り切って手伝うって、なんかあるだろ。なんだよ、ナオが触ってるパソコンになに入ってんだよ。しかもプロジェクター……、絶対に映像系……なんか撮られた?」
顔色を変えたエミリオを見て、藍子も一気に不安になる。
そういえば、ユキナオ君たち、冬から遠巻きにしてなんだか私たちに知られないようにしていた。あれがいまからわかる?
厨房の奥からはアミューズの皿を手にした篠田氏に葉子、十和田のギャルソン男性たちがサーブを始める。
招待客に皿が届く中、ユキがマイクへと説明を始める。
「いまから『戸塚少佐・朝田准尉』の紹介ムービーを開始したいと思います。基地や訓練の映像が流れますが、すべて、本日ともに招待されている基地責任者の御園葉月少将と、映像データを管理している御園隼人准将から許可をいただいたものばかりです。日頃、ふたりがどのような活躍をしているかを、基地以外にお住まいのご親族にご覧いただければと、双子の私たちが準備し編集し用意いたしました」
日頃勤務する姿を戸塚と朝田の家族にも見せたいという意向で、準備してくれたらしい。
「なるほど。これは隼人さんと葉月さんがいなくちゃできないことだ」
「ユキナオ君たち、そんなことをしてくれていたのね……」
それが内緒だから、一時期避けられていたのかなと藍子は思ったのだが、もっと違うことをユキが言い放つ。
「披露宴では『馴れそめムービー』を流すことが多いようですが、お二人は必要ないと準備をされなかったようなので……。こちらで勝手に作ってみました」
勝手に馴れそめムービー!?
藍子よりも先にエミリオがどっきりと背筋を伸ばして硬直したのがわかった。遅れて藍子もだった。
ふたりで顔をつきあわせ、静かに囁きあう。
「エミル、馴れそめって……」
「……いつから付き合い始めたかとか、いつからそのつもりだったかということか」
「だって、私たち……」
『嘘の恋人同士』からが始まりで、このことは誰も知らないはず。
そんな曖昧な時期もそばで見ていた双子が、勝手に馴れそめムービーにしちゃったという。いったいどうやって編集?? ふたりにどう見られていたのか、どう作られているのかと落ち着きがなくなる。
「日頃から寡黙な戸塚少佐、そして控えめな朝田准尉。あまり私生活については進んでお話しません。なので小笠原の隊員たちの間では『いつのまにか恋人になっていたなあ』とよく話題になります。無事にご結婚を果たしたおふたり。もういいでしょう。ご紹介の最後に、戸塚少佐から『いつ』、恋の告白をして、プロポーズをしたかお聞きしたいと思いまっす!!」
会場からまた『聞きたい!!』という拍手で湧いた。
「マジか……」
エミリオが額を抱えて項垂れる。藍子も唖然としたまま、頭の中がぐるぐるしはじめた。
クイン、アイアイ。夫妻最初のピンチ……?
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