23.Surprise〈サプライズ〉

 挙式を終え、白い制服のエミリオと白いドレスの藍子はふたたび見つめ合い微笑み合いながら腕を組む。目の前には外に出る教会の扉。


 その扉をまたエリーが開けてくれる。

 明るい光が差し込んでくるのと同時に、色とりどりの花びらが美瑛の夏空に舞う。

「戸塚少佐、藍子さん、おめでとう!」

 先頭で待ち構えていたのはユキナオの双子。

 そこから次々と参列者が空に投げてくれた花びらのシャワーがふたりに降り注ぐ。


 フラワーシャワーの出口に辿り着くと、そこには藍子の母方の祖母と母の姉夫妻、少し歳上で既婚者の従姉がいた。


 紺のブラウススーツを着ている祖母が『藍ちゃん』と近づいてきた。


「お祖母ちゃん。朝早く、札幌から出てきてくれて、ありがとう」


 ひさしぶりに会う祖母の手をとって、藍子はドレス姿で御礼を伝える。

 お祖母ちゃんはもう涙ぐんでいた。


「真穂から近況は聞いていたけれど、藍ちゃんがパイロットになってから祖母ちゃんも心配していたよ。遠い基地にいるからなかなか会えなかったしね。でも、素敵な旦那様と出会えたんだね。おめでとう」

「うん。ありがとう、お祖母ちゃん。大丈夫だよ。ちゃんとこうして毎年、北海道に帰ってきているから。でも休暇が短くて、札幌までなかなか会いに行けなくてごめんね」


 いいんだよ、藍子が無事なら。と、祖母らしい寛大な言葉で藍子を労ってくれる。

 そんなお祖母ちゃんだが、藍子と腕を組んで目の前にいるエミリオを見上げ、じっとみつめている。

 挙式前に『親族顔合わせ』を簡単に済ませただけで、祖母がエミリオと一対一で向き合うのは初めて。


「はじめまして、戸塚エミリオです。ご挨拶が遅れましたが、今後は親族として、よろしくお願いいたします」

「えーっと……。日本語、大丈夫なのね」

「いちおう、日本人ですよ。日本生まれではありませんが、七歳から日本で過ごして育ちましたし、日本国籍ですから」


 祖母がほっとした顔をする。そのとたん、祖母は藍子に向けてスマートフォンを差し出してきた。


「祖母ちゃん、藍ちゃんの結婚式を機に思い切ってスマホにしたのね。これでエミリオ君と撮影したいと思って。だって、新郎さんが、金髪の美男で真っ白な海軍さんの制服が衣装だって、瑠璃ちゃんから聞いてたからね!」


 なんと。白い海軍正装をする金髪美男子に会えると知って、スマートフォンを覚えてきたという。

 お祖母ちゃんの後ろで、伯母と伯父、従姉も笑っている。

 そうなったら、お祖母ちゃんだけでは収まらない状態になる。従姉も伯母もスマートフォンを片手に持ち始めた。


「藍ちゃん。私もお願い。しかも戦闘機パイロットなんでしょ! もう映画の主人公みたいじゃない。撮って撮って」

「伯母ちゃんもお願い! 楽しみにしてきたの。ほんと噂どおりに美男!!」

「伯父ちゃんも頼む。海軍正装の金髪ファイターパイロットと撮りたい」


 伯父まで真顔で乗っかってきたので、藍子も思わず笑い出したのだが、エミリオは札幌親族総攻撃にたじたじになっていた。


 小笠原の面々にとっての『美しすぎるクイン』は、いつも見ている近所の隊員だったり身近な同僚であるけれど、初めて会う藍子の親族はそうではないから、白い正装の金髪パイロットに大興奮。そこだけ急な撮影会でしばし盛り上がった。

 特にお祖母ちゃんが嬉しそう。エミリオも藍子の祖母だからと優しく対応してくれるものだから、最後にはお祖母ちゃんと腕を組んでの撮影にまで応じてくれていた。


「待ち受けにしていいかな~。嬉しい~」


 エミリオと孫藍子のドレス姿を、早速待ち受けに設定しているお祖母ちゃん。エミリオも照れながらも親しむことができて嬉しそうだった。

 さらに従姉が小笠原一同をちらちらと見ている。


「ねえ、藍ちゃん。あそこにいる男子たちはみーんなパイロットなの」

「うん、そうなの。あそこにいる栗毛の彼が私と一緒の機体に搭乗している相棒の御園海人君。彼もスペインの血が入っているけれど日本人よ。お母様の血筋。栗毛の女性が海人君のお母さん。私がいま勤務している基地の連隊長で司令をされている御園少将。おとなりの男性が旦那様で、海人君のお父さんで、御園准将。それで、あちらの新郎側の席にいたご夫妻はフラワーガールちゃんのパパさんママさんで、いまエミリオがいる飛行部隊の大隊長の城戸准将と、奥様の園田少佐で……」


 全部紹介すると、従姉が絶句している。

 どの上官もかなりの高官で、若い男子たちは現役のパイロット。それを藍子が美瑛まで連れてきたからだった。


「ちょっと藍ちゃん。もしかして、すごい出世していない??」

「え、階級はそのままだし出世はしていないけれど、いまいる部隊は防衛上重要地域だから、それだけの責任を負う上官がまわりにいっぱいいるだけだよ。あとは戸塚少佐が重要な防衛部隊にいるから、その繋がりからかな」

「そっか……。だったら、ふだんは皆たいへんなお仕事しているんだね。そんなふうに見えないな……休暇だからかな」

「くつろいでもらえるように招待したの。お従姉ねえちゃんも久しぶりでしょう。お父さんの料理、楽しんでいってね」

「もちろん。青地叔父さんのご馳走目当てで来ちゃったもんね。あ、もちろん藍ちゃんのドレス姿も楽しみにしていたのよ。私の時も遠い岩国の基地から来てくれたでしょう。だから私もお祝いに。藍ちゃん、これからもお仕事気をつけて、エミリオ君と幸せになって。おめでとう」

「お従姉ちゃん、ありがとう……」


 従姉の結婚式には藍子も基地から駆けつけたことがあるので、彼女も今日は時間を作ってきてくれたようだった。

 子供のころ、札幌で親しくしていたので、久しぶりに会えた従姉とも会話が途切れず、そのうちに母の真穂も久しぶりの実母と実姉と合流。瑠璃と父の青地、戸塚の両親も合流して、しばしエミリオを真ん中に朝田家と戸塚家の挨拶と親族交流が続く。



「そろそろ、披露宴開始の時間だな。厨房に戻らないと」


 父、青地が腕時計を眺めたのを合図に、教会からロサ・ルゴサへと移動を開始する。



---🍀



 ロサ・ルゴサに到着すると、藍子はちょっとだけお色直しになる。

 ベールを取り除き、ヘアスタイルを少しゆるめに変え、挿していた花飾りも可憐なカモミールとラベンダーから、一重咲き、八重咲きと取り揃えたハマナスの飾りを挿し直す。これも今日、瑠璃が『生花』で造ってくれたものだった。


 ロサ・ルゴサの奥にある控え室。エリーとサリーがいそいそと支度をしてくれているその時、ドアからノックの音が聞こえた。

 エリーがドアを開けると、そこには黒のフレアワンピースに白いエプロンをつけた葉子が立っていた。


「ホールの準備も整いました。お客様も着席を終えました。入場できます」


 昨日のパンツスタイルのギャルソン制服とうってかわって、フェミニンな装いの葉子が迎えに来てくれる。プロのセルヴーズとして、ひっつめて束ねていた髪もおろし、ポンパドール風ハーフアップにして女性らしく整え、雰囲気を華やかにしてくれていた。

 それでも彼女も白いドレスを着た藍子を見て笑顔を見せてくれる。


「藍子ちゃん、綺麗! 素敵ね。あ、本日は、おめでとうございます」

「葉子ちゃん、ありがとう。今日は父のおてつだい、披露宴のためにありがとう」


 レストランウェディングのスタイルに変えた姿で、藍子はセルビーズ姿の葉子へと歩み寄る。


「次は、大沼のレストランに行かせてもらうからね。葉子ちゃんもそのうちに、篠田さんと一緒に小笠原に遊びに来てね」

「うん、是非、大沼のレストランで待っているね。夫と一緒に忙しくしているけれど、時間ができたらどこか遠くに旅行に行きたいねと言っているから相談してみる。その時はよろしくね。いま私、動画配信をやっているの」


 動画配信? 初耳だった藍子は首を傾げた。


「元は歌手志望だったから、夢が叶わなかった分、毎日大沼の景色を映しながら、朝に唄のライブ配信をしていたの。いまは時間はまちまちなんだけれど。今朝も、レストラン前の美瑛の景色を映しながら配信したのよ。だから、小笠原でも配信してみたい」

「しらなかった。え、チャンネル教えてよ」

「恥ずかしいなあ……。チャンネルの中の自分と、いまここにいる私はちょっと別人というか……」


 元々、大人しい雰囲気の彼女だったので、そのイメージのまま葉子がちょっと頬を染めて目をそらした。

 なのにその後ろでエリーが静かな口調で教えてくれる。


「八万人クラスのチャンネルをお持ちなんですよ。恩師の写真集のために開設して、恩師のために唄を唄い続けていたんですよね。写真集も拝見いたしましたよ」

「え、ご存じなんですか!」

「はい。それはもう。今回、雇い主の御園家奥様の葉月様と、ご子息の海人様と葉子様のお手伝いをするために、私も把握しておりますから」


 八万人クラス!? 藍子はぎょっとした。


「えー! 葉子ちゃん、凄いじゃない!」

「えっと、私だけではできなくて。夫の蒼君のプロデュースもあったから」

「えー! 篠田さんって何者!?」


 ただのメートル・ドテルじゃないと、藍子はさらに仰天する。

 そういえば海人が『すんごい仕事が早い人、軍隊にいたら中佐隊長クラスの人』と言っていたな、と藍子も思い出す。そんな手腕の男性ということがやっと飲み込めてきた。


 さらにエリーが口添えをしてくる。


「葉子様、もうお伝えしてもよろしいかと」

「そうですね」


 なんだろうと藍子はまた『私の結婚式のために、みんななにをしていたのかな』とドキドキして固唾を飲む。


「動画配信をするうちにね、唄いながらギターが弾けるようになったの。藍子ちゃんの相棒パイロットの海人君からの提案で『セッション』をすることになったの」

「せっしょん?」

「海人君が、披露宴の余興で相棒に音楽演奏を贈りたいって。いつもは、お母様のヴァイオリン、海人君のピアノ、妹さんのチェロでセッションをするけれど、今日は妹さんの代打で、私がアコースティックギターで演奏させてもらうの」


「え、……えええ!? 御園少将と海人と、葉子ちゃんが!? アコースティックギター!?」

「うん。昨日、一緒にでかけたのは、最後の音合わせだったの」


 葉子ちゃんも何者!? お父さんのレストランでセルビーズのお仕事をしながらソムリエを目指していると聞かされていたのに、万人クラスの動画チャンネルの主で元歌手志望で、ギターが弾けるって??


 まさかの小笠原と大沼で『演奏しましょう』と話し合い、打ち合わせをして、今日の準備を整えてきたとのこと。

 その手配をすべて、あの篠田さんがしていたということを知って、藍子は絶句。

 でも、やがてまた涙が滲みそうなほどの感激が込み上げてくる。


「藍子ちゃんとエミリオさんに似合う曲を選んだから、楽しみにしていてね」


 だから今日は演奏もするから、ちょっとお洒落な給仕服と葉子が優しく微笑んだ。



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