21.Photogenic〈フォトジェニック〉

 そのうちにラベンダー畑に次々と、柳田一家と城戸ファミリーが到着。

 車から降りてきた面々は、人がいないラベンダー畑を見渡して『わあ』と歓喜の声をあげている。ラベンダー畑が賑やかになっていく。


 とくに城戸ファミリーは、ドレスアップをした心美を中心に微笑ましい家族の賑わいに包まれる。

 前日に、招待客も撮影OKと伝えていたので、せっかくだからとどちらの家族もやってきたようだった。


 既にスーツ姿になっている城戸准将がドレスの娘を肩にのっけて撮影する姿に。パパとママと一緒に撮影が終わると、今度はちょっと生意気蝶ネクタイのスーツ姿になっているお兄ちゃんふたりと並んで、兄妹ショットも撮っているようだった。

 大好きなおじちゃん『シー君』こと、フランク中佐とは手を繋いでいるポーズ。心美がシー君にも、ちいさなラベンダーの花束を手渡しているシーンも見られた。

 あとでどんなふうになるのかと、藍子も『絶対見たいな。心優さんに見せてもらおう』と思えるほどに、心美がいちいち可愛く動き回っていた。

 その横で、ママの心優さんが『ココちゃん、土の上で転ばないで』とずっとハラハラそばをついてまわっているのも大変そうだった。


 藍子とエミリオも撮影を終えたので、花の中から車へ向かおうとする。

 弦士パパとエレンママも腕を組んで、ラベンダー畑の中でキスをしていたのだが、それを海人がちゃっかり、さりげなく撮影してくれていて、何故かエミリオが『ありがとうな』なんて御礼を言っていた。あんなに『俺の目の前でいちゃいちゃすんなよ』と、さっきまでぶつくさ言っていたのにだった。


 ラベンダー畑まで来てくれた小笠原の招待客は、皆もう参列をするためのスーツ姿にドレスアップをした服装で見に来てくれている。このまま、この後は、皆一緒にチャペル入りすることになる。


「エミル、おはよう。ついにこの日が来たな」


 黒のフォーマルスーツ姿の柳田中佐が畑の入り口で手を振ってくれている。隣にはパンツスタイルになっている紺のドレススーツの装いでいる愛美と、大人びたスーツ姿の湊も来てくれていた。


「中佐もここまで来てくれたんですか」

「藍子よりエミルが念願の『ラベンダー畑でふたりきり、愛の撮影会』だったんだろ。普段は生真面目なおまえが、どれだけデレデレの顔をしているかとおもってさ」


 いつもの気易い物言いでからかってきたので、エミリオがふっと笑い出す。


「俺と一緒に撮りますか。ラベンダー畑で『エレメントの男がふたり、任務への誓い』。俺たちも運命共同体じゃないですか」


 エミリオが隣でけっこうな冗談を言い出したので、藍子はちょっぴり目を瞠った。柳田中佐もそんな後輩パイロットの生意気な言い返しにギョッとしている。


「なんで俺がクインと花畑でツーショットで撮らなくちゃいけないんだよっ」

「だったら。銀次さんもメグと記念で残したらどうですか。照れなくていいんですよ。そのために来たんでしょ。俺をからかいに行こうとかいいながら。ほら。メグと銀次さんもそこに並んでカメラさんに撮ってもらって、俺と藍子のブライダル写真集に載ってくださいよ」


 シックなドレススーツ姿の愛美は最初からそのつもりだったのか、ちょっと照れているが、年齢的に年若い女の子みたいにはしゃげないみたいで頬を染めて佇んでいるだけだった。

 長年連れ添ったぶん、夫の柳田中佐も照れくさいのか『違う』と言い出しそうだった。そこをエミリオがどう上手に乗せるのかと藍子は眺めていたのだが。


「もう。俺が撮影してあげるからさ。さっさとそこに並べよ」


 気怠そうについてきた湊が急にそんなことを言いだしたのだ。

 美瑛まで親と一緒に来ることを面倒くさそうにして、ずっと海人か城戸ファミリーにくっついて美瑛観光をしていたり、昨夜も海人と同じ部屋で一晩過ごして『兄貴チーム』にひっついて、食事から宿泊から親からは離れて単独で楽しんでいた湊が、だった。


 そこはエミリオも驚き、言葉を止めてしまっていた。

 だが藍子にもわかってくる……。やっぱり、お父さんとお母さんと一緒だなんて男子的にはもう嫌だけれど、でも、ふたりだけでゆっくり過ごして欲しかった気持ちもあったのだと。特に母親の愛美は『ひさしぶりの遠出、旅行』とウキウキして、どちらかというと『女性らしい喜び』を見せていたのだろう。そこを父親としてではない『夫としての銀次』とふたりきりになって楽しんでほしいと思っていたのではないのか?


「ほら。母さんのスマホで撮影してやるから。貸せよ。エミルとアイアイとも記念に並んで撮ったらいいだろう。ほら」


 柳田中佐と愛美が顔を見合わせつつ、息子を見て目を丸くしていた。

 そこはすぐにエミリオが同調して乗ってきた。


「うん。そうだそうだ。カメラさん。この中佐、いま頂点にいるファイターパイロットで、俺の相棒なんで、祝いにここまで来てくれた記念にご夫妻で撮ってくださいよ」


 またカメラマンが目を光らせる。『え、だったら雷神の飛行隊長!?』なんて、すっかりブライダルではなくて『パイロット撮影』みたいな気分になってしまったかのようにカメラ片手に近づいてきた。


「ん……じゃあ、撮ってもらうか、メグ」

「うん、そうね。せっかくラベンダー満開の時期にこられたものね。嬉しい」


 最愛の妻のそんな顔を見てしまったらもう、さすがの柳田中佐もなし崩しになったようだった。


 ラベンダー畑を背に、こちらも素敵なご夫妻の佇まいで写真に残す。


「よし。湊、俺と撮ろう」

「え、なんで俺とエミル? 父さんと撮ればいいじゃないかよ。相棒だろ」

「なんだよ。大きくなった湊が、俺のために美瑛まで来てくれたんだから。湊はいつか、そのうち……。父さんとメグのところから巣立つだろう。いま俺のそばにいるうちに、記念になるいま、一緒に撮ってくれよ」

「……。まあ、クインとだったら一緒に撮影する価値あるよな。あのクインだもんな」


 まだ素直になれない思春期の男の子が、それでも小学生のころから親しんできたエミリオとならと、ラベンダー畑へと入ってくる。


 白い制服姿の金髪の男と、スーツ姿の男の子が並ぶ。

 今度は父親の柳田中佐と母親の愛美が『お、いいな。いいわね』とスマートフォンのレンズを反抗期中の息子へと向けた。


 でも、湊はもう素直な笑みをエミリオへと向けていた。


「エミル。おめでとう。やっぱ、エミルはかっこいいな」

「湊の結婚式、呼んでくれよ。すっとんでいくよ」

「いつの話だよ。エミル、すげえおっちゃんになってそう」

「白髪になっても行くからな。その時、湊はいい男になってるんだろうな。楽しみだよ」


 男同士のやりとりだから、藍子はそっと控えて見守っていたが。そこには親しくしてきたパイロットのお兄さんと、子供のころから可愛がられてきた男の子の無邪気な笑みがある。

 疎遠になっていたかもしれないが、本来の親愛なるふたりの姿があり、藍子も微笑ましく見つめていた。


 久しぶりに、息子の子供らしい笑顔を見られたのか。愛美がちょっぴり涙ぐんでいる。


「エミル、藍子ちゃん。今回はお招きありがとう。昨日はほんとうに素敵な一日を過ごせたわ。ね、銀次」

「そうだな。自分がパイロットだって忘れてしまうほどにな。藍ちゃんのご実家のおかげでもあるな」

「ご夫妻で素敵な時間をすごせたのなら、遠いところ来てもらうことに躊躇っていましたが、お誘いしてよかったです。ね、エミル」

「俺もロサ・ルゴサで日頃の務めのことを忘れて癒やされたから、銀次さんとメグにも体験してほしかったのもありましたからね」


 相棒夫妻同士で会話を交わしていると、急にご夫妻が神妙に顔を見合わせ、二人並んでそっとお辞儀をしてくれる。


「エミリオ、藍子さん。本日はご結婚、おめでとうございます。ふたりがつつがなく過ごせるよう、自分たち夫妻も見守っていきたいと思っている」

「エミル、藍子ちゃん。おめでとうございます。これからも夫ともども、僚機の夫妻としても、よろしくお願いいたします」


 柳田夫妻からのお祝いの言葉に、藍子も感激して、でもエミリオも照れながらも頬を綻ばせている。


「こちらこそ。今後もよろしくおねがいいたします。銀次さんとメグのような夫妻になりたいと思っています」

「先輩パイロットとしても、海軍夫の妻としても、私も見習いたいと思っています」


 僚機の夫妻同士で、また絆を深めるように手を握りあう。


 そのうちに、畑の入り口で城戸ファミリーの撮影をしていた心美が、エミリオへと歩み寄ってきた。


「ミミ! あいちゃんとキスしてたでしょ」

「あはは。愛の誓いってやつだ」

「教会でするんでしょ。はやいよっ」

「綺麗なお花のなかで、藍子も綺麗で、ついつい愛を先に誓い合ってしまった」

「え~! ここみ、そのときにおいわいしたかったのに~」


 恥ずかしさなど皆無で、臆することなく言えてしまうのは彼が元々真摯だからであって、生真面目だから、まったく違和感がない。

 それでも双子たちが『クインさん、惚気すぎ!』、『綺麗なお顔で言っうと違和感ないのズルい!』と騒ぎ出すと、そこにいる柳田一家からも、城戸ファミリーからも笑いが起きた。


「ココちゃん。あいちゃんとミミと一緒のお写真。撮ってもらったら」

「うん!」


 白いふわふわドレスを汚さないようにと、ママと手を繋いで心美がそっとそっと歩いて藍子とエミリオのそばにきた。


 白い海軍制服のエミリオと、白いドレス姿の藍子。その間にふわふわドレスを着込んだ心美が並ぶ。

 白い三人のうしろは、一面ラベンダー色の花々。

 美瑛の青空の下で、フラワーガールさんと記念撮影をする。

 ちいさな女の子を真ん中に、彼も藍子も、心美の小さな手を握って一緒に笑顔を見せ合う。


 いつか、こんなふうに。エミリオとの子を授かったら、こうして手を繋いで三人になる日もあるのかな。


 そんなしあわせを錯覚してしまうほどに、いま幸福に包まれていることを、藍子はラベンダーの風の中で感じている。


「素敵なブライダルフォト集になりそうね。できたら見せてね、藍子さん。いいわね~。私も結婚記念日にどこか素敵な場所で臣さんと撮影会したくなっちゃったな」


 うっとり目を閉じた妻を見て、心美をだっこして車に乗せようとした城戸准将の目が光った。


「いいな、それ。俺もミミルとアイアイを見ていたら羨ましくなったからな。やろう、やろう!」

「ほんとうに? どこにしようかな。わー、藍子さんとミミルのおかげで、私も素敵な結婚記念日を体験できそう! ほんとうにこんな素敵なご実家にお招きしてくれて、ありがとう。あ、そうだわ……」


 そこで心優さんが子供たちに声をかける。双子にも。『シドもよ。ここにちゃんと並んで』と、あの気難しそうな中佐もひと睨みで呼び寄せている。


「臣さん。主としてお願いします」

「おう」


 ここは夫妻として通じているようで、城戸夫妻の号令で畑の入り口に城戸家が並んだ。

 まるで隊列みたいで、エミリオも藍子も気圧されるのだが、主がおそらく隊長という位置づけの城戸准将が左端で子供達をまとめる。

 夫妻、子供たち、双子、フランク中佐とならぶ。


「今後もふたりのしあわせを、家族で見守りたいと思っている。本日は、ご結婚おめでとうございます」


 家長の城戸准将と妻の園田少佐がそろってお辞儀をすると、なにも言われていないのに、子供たちがきちんと『おめでとうございます』と楚々とお辞儀を兄妹三人揃えてくれる。その後に双子も、フランク中佐も続いて『おめでとうございます』とお辞儀を揃えてくれた。


 藍子も感動だったが、隣にいるエミリオのほうがより一層感激しているようだった。ファイターパイロットならば、ソニックから祝ってもらえるのはよほどの栄誉なのだろう。

 その中には日々任務を共にしている双子もいて、可愛がっている子供たちもいる。おなじ金髪の男として気を遣ってくれる近寄りがたい中佐もそろって祝ってくれるのは軍人としても嬉しいことに違いない。


「ありがとうございます。これからも彼女と任務に励む日々になりますが、力足りぬ時にはまたお力添え、頼ることもあるかと思います。今後もよろしくお願いいたします」


 白い装いを揃えているエミリオと一緒に、藍子も彼とともにお辞儀をした。


「あ、そろそろ教会に人が集まる時間ですよ。行きましょう」


 藍子のうしろで、弦士パパとエレンママと談話していた海人が時計を見てつぶやく。


 いよいよ挙式――。

 着付けをした教会へと、それぞれの車に乗り込んで急いだ。


 車に乗り込む最後に、白いベールが丘へと向かう風になびいて、藍子は振りかえる。


 気持ちはもう、戸塚エミリオの妻になっている。

 それでも、まだ父と母がこの姿を見ていない。

 今度は、真っ白一色の誓いをするのだと、藍子は車に乗り込んだ。




---💒✨

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