12.南仏の風
実家に到着するなり、妹の瑠璃が招待客をチーム分けにした。
姉の結婚式に際して、妹が筆頭となってなにやら準備をしてくれていることを藍子は感じ取っていたが、まさかの招待客を、しかも姉の上司たちをお手伝いに使おうとしていることに驚愕。
なのに、藍子とエミリオのそばにいた御園准将が、『チーム分け』で名前を呼ばれなかったことにがっかりしている。
そんなことも気がつかない瑠璃は、さっさと『レストランホールはこちらでーす。スイーツとお茶とメロンがありまーす』と一行を案内していく。
「お姉ちゃんとエミル兄さんも一緒に来て~」
一行先頭に立って、中庭から農道へ、農道に面しているレストラン入り口へと瑠璃が移動していく。
「あら。隼人さんは、どうしたらいいのかしらね」
「なんだよ。おまえは海人となにをするんだよ。俺はついて行っちゃいけないってことなのか~」
藍子とエミリオと一緒にいた御園夫妻だったが、葉月さんはなにもかもわかった顔をしてただ微笑んでいて、隼人さんは背をふんにゃり丸めて哀しい眼鏡の顔を見せている。しかも、それを奥様がくすっと笑っているのだ。
そんな夫妻を、挨拶を済ませた青地父が笑顔で促す。
「御園のお父様とお母様も、ホールでお休みください。私と同僚だった後輩シェフのところにいるパティシエが、おやつを作ってくれましたので是非」
「フレンチレストランのパティシエおやつですって。いきましょう、隼人さん」
「そうだな。ひとまず休憩して、それからだな」
夏の昼下がり、丘からのそよ風に、紅と白のロサ・ルゴサが揺れるレストランへと移動する。
「もう、瑠璃ったら。まさかの御園少将を海人と一緒に手伝わすことだってびっくりなのに。旦那さんは別行動にさせる気なのかしら」
藍子は顔をしかめたが、何故かエミリオが少佐の真顔で藍子を制した。
「まあ、少し眺めてみようじゃないか」
きっとなにか意図があるのだろうと、エミリオは義妹がすることを楽しみにしているような顔もする。
戸塚少佐な顔でそう言われたら、藍子も黙って眺めておこうと心を落ち着けるしかない。
帰省しても滅多に入ることがないレストランホールへと、エミリオと一緒に入る。
お客様しか入れない場所、または父が厳格に守っている職場でもあるので、やっぱり実家宅に入るような落ち着きは感じない。
でも入ってすぐ、藍子は『やっぱり、お父さんのお店だ』という清々しい神聖な空気に包まれる安堵感も生まれる。
美瑛のファーム風と言っても、クラシカルな南仏の雰囲気で溢れている。ブルーとイエローを基調にしたプロバンス風のファブリック。白いレンガの壁、乾燥させた小さなおもちゃカボチャの飾り、ハマナスを生けているガラスのフラワーベース。ナチュラルな木目のインテリア。一瞬でフランスに来たようなコーディネート。夏になって、いまは水色を基調にしているようだった。
「わあ! がいこくみたーい!」
「ほんとうね、素敵。ママもうきうきしちゃう」
「凄いな。ほんとうにフランスに来たみたいだ」
心美と園田ママと城戸准将も、あかるい陽射しがさすレストランホールをずっと見渡している。
「ほんと素敵! えー、藍ちゃんのご実家、凄いわね」
「おお。ここがエミルのもうひとつの実家か。いいなあ」
「私、こんなレストランに銀君と来てみたかったの」
柳田夫妻も、もうすっかりプライベートの笑顔でくつろいでくれているようだった。
だがおなじご夫妻の葉月さんと隼人さんは、ほかの若い者たちとは異なり、おふたりで神妙に見つめ合ってとても静かだった。満面の笑みではなくて、じんわりと滲む穏やかな笑みというのだろうか。藍子には思わぬ反応だったので、少し気になった。
「感じたか。葉月」
「ええ……。感じた」
「マルセイユの、」
「そう、マルセイユの海辺のカフェ。でもここ海辺じゃないのに」
「すごく懐かしい感じがするな。俺が住んでいた街の風と匂いが一気に襲ってきたよ」
「私も――!」
徐々にお二人が興奮している。藍子が目を丸くしていると、またエミリオが教えてくれる。
「ほら、お二人はマルセイユの航空基地で出会ったから。隼人さんは元々あちらで勤務していただろう。思い出の場所なんだよ」
『そういえば、そうだった』と藍子も思い出す。普段は小笠原に長年住んでいるご夫妻というイメージだが、出会いはフランスだったのだと。それで藍子も納得。お二人の中に、一瞬に身体の中を通り過ぎる懐かしい風がじわじわと襲ってきたということらしい。長年連れ添ったお二人だからこその反応なのだろう。
招待客一行が、店内ホールとその外の景観を堪能している中、エプロンをしている瑠璃がホールの前方に立った。篤志がマイクを妹に渡している。
瑠璃がマイク片手に声を放つ。
「小笠原総合基地の皆様、ご家族様、姉の結婚式のために、遠い美瑛まで来てくださってお疲れ様でした。私は朝田藍子の妹、朝田瑠璃です。妹としても、姉のために来てくださったことお礼申し上げます。いまから、夫の篤志が皆様にお席をご案内します」
ホールで雰囲気を楽しんで散らばっていた招待客を、義弟の篤志がそれぞれのテーブルへと案内していく。
「こちらが、城戸様ご家族のお席です。ユキナオ君もまずはここでお食事をどうぞ。こちらのお席は柳田ご夫妻です。そして、こちらが、御園ご夫妻。海人と湊君はこちらのテーブルでどうぞ。海人のテーブルは、仲の良いお友達も一緒に集まってのお食事ができるテーブルにしています」
篤志の案内どおりに招待客一行がテーブルへとついた。
スイーツはひとつの大きなテーブルにまとめられている。トングや小皿が準備されているところを見ると、ビュッフェ形式にしているようだった。
「すげえ! スイーツがいっぱいだ!!」
「めっちゃ、お腹すいた!! でも、まだお昼ご飯たべてないよ。お菓子がお昼ご飯?」
「ココ、あのお花のケーキにする!」
もう待ちきれないキッズたちが着席したにもかかわらず、そわそわして落ち着かない様子。
藍子とエミリオもふたりだけのテーブルについた。時計を見るとランチともアフタヌーンティーともつかぬ時間になっている。ランチは父が準備してくれているということだったのだが、いまのところスイーツしか見あたらない。
子供たちの声を聞いて、瑠璃がすぐさま食事の案内を告げる。
「着席後、ランチとアフタヌーンティーを合わせたお食事を楽しんでくださいませ。ホールの給仕は、七飯町の大沼からお手伝いに駆けつけてくださった『フレンチ十和田』の皆様です。十和田シェフは父の後輩シェフになります。札幌勤務時代の同僚でした。明日は父と十和田シェフのお料理になります。本日のランチも、父と十和田シェフのお手製です。スイーツは当店ロサ・ルゴサとフレンチ十和田のパティシエが作った物です。お楽しみくださいませ」
瑠璃が厨房へむかう通路へと目線を向けた。
そこから見計らったようにして、ギャルソン制服姿のすらりと長身の男性が出てきた。
「いらっしゃいませ。小笠原基地の皆様。こちら、ランチ軽食となっております。スイーツと合わせて、お好きな量を取り分けて召し上がってください」
藍子が知らない従業員だった。どうやらその男性が『フレンチ十和田』から来てくれたギャルソンということらしい。
厨房から出てきたその男性の手には大きめの白い皿。藍子が好きな父特製のクラブハウスサンドイッチが盛り付けられている。
綺麗な所作のその男性が、スイーツが並んでいるテーブルへとその皿を置いた。
さらにその男性の後ろから、もうひとり小柄な女性が出てくる。同じく白いシャツに黒いベスト、黒いスラックスに黒く長いエプロンというギャルソン制服姿。彼女も片手にフライドポテトや唐揚げが盛られたお皿を持っている。同じようにビュッフェテーブルにさっと置いていく。
さらに厨房から、これまた見知らぬ老齢の男性がウォーターピッチャーを持ってホールへと入ってくる。
「いらっしゃいませ。遠い小笠原からお疲れ様でした。まずはお水をどうぞ」
こちらの老齢男性も素晴らしく洗練され所作を見せてくれる。実家のホールにエレガントな空気が纏い始める。
藍子は紅一点で動いている小柄な女性を見つめた。『葉子ちゃん』? 父と十和田シェフが札幌で同僚だったころ、なにかの集まりで何度か会っていたはずだった。
藍子は海軍パイロットへ、彼女は父親とおなじフレンチ業界へ。それぞれの道を選んで、大人になったことを知る。
「さすが、フレンチレストランのスタッフさんというかんじだな」
エミリオも感嘆の声を漏らし、彼はお婿さんをじっと見つめている。
「あの方がお婿さん……だな」
「うん。そうみたいだね」
「嬉しいな。こんな本格的なフレンチレストランのスタッフが手伝ってくれるだなんて。青地お父さんのおかげだな」
ささやかにするつもりだったのに、『結婚式をする』と二人で宣言をしたとたんに、まわりが先に動き始めてしまった感覚が藍子にはある。
「でも、戸塚少佐が引き寄せたものもいっぱいあると思うよ」
気高いクインが小笠原にいてくれたから。彼を慕う上官に先輩に後輩。彼らがクインの結婚式だからと動いてくれたことは、彼の人脈でもあると思う。
「瑠璃ちゃんが一生懸命にやってくれたことも大きいな。俺たちが思わぬところで、この日を迎えたわけだが、それはもう、俺と藍子がそれだけ慕われているということにもなる。有り難く受け取って、感謝していこう」
「うん。そうだね」
そうか。こうして集まってくれた知人、動いてくれる家族、手伝ってくれる人々。それらすべてを感じて、藍子は明日から『戸塚藍子』になる心構えを整え、誓い、感謝をして大事にしていくことも心に刻んでいくのだ。
さらに若い男性のギャルソンが2名、この老齢の男性とおなじようにウォーターピッチャーを持って招待客のテーブルへと次々にサーブしていく。
「集合は15時です。お手伝いのご案内をしますので、このホールでそのままお待ちくださいね。それではお食事をどうぞ」
瑠璃の合図で、招待客一行が揃って笑顔で席を立つ。
ビュッフェテーブルへと、賑やかに集まっていく。
「ママ、わたし、このお花が乗ってるケーキ、これとこれ!!」
「ココったら。お菓子だけじゃなくて、サンドイッチも食べようね」
心美が一目散に飛びついたのは、小さなカップケーキ。花びらを模したデコレーションがされているもの。その繊細なデコレーション同様に他のスイーツも、さすがフレンチのパティシエが作っただけあるものが幾つも並べられている。
「俺、唐揚げゲット! メロンもある!! いっぱい食っていいんだよね。パパ」
「お、おう……。ほどほどにな……。皆の分も考えてな」
「パパ、カツサンドもある!! パパ、大好きでしょ。一緒に食べようよ」
城戸家男子チームも、思いのままお皿に盛り始めている。
海人も湊と一緒に写真を撮りながら、男同士、笑顔で選んでいる。そのそばにユキナオ君もやってきて『海人、なに食うんだよ。オススメ教えろよ』と青年チームができあがりそうだった。柳田夫妻と御園夫妻も、夫と妻で笑顔を交わしつつ、仲良く並んで選んでいる。
フランク中佐……いないなと藍子はやっと気がつく。どうも、あのお母様とエリーに捕まって手伝いをさせられているようだった。
やっと瑠璃と義弟の篤志が藍子のところへとやってくる。
「お姉ちゃん、エミル兄さん、おかえりなさい」
「藍ちゃん、エミル兄さん、おかえり」
到着するなり、気軽に訪問する実家のいつもの空気ではなかったから、ふたりが来て、藍子もエミリオもほっとした表情を見せてしまう。
「瑠璃ちゃん、篤志。今回も世話になるな。いろいろと準備をしてくれて、ありがとう。助かったよ」
「瑠璃、篤志君。ただいま。こんな盛大にお出迎えの準備をしてくれて、ありがとう」
「うふふ、まだまだよ。明日のお式と披露宴も楽しみにしていてね。もう~私、結婚式の準備のお手伝い、すっごく楽しいの。お姉ちゃんのお式だからかな! あ、でも、勝手にいろいろしてごめんね……」
「藍ちゃん、ほんとうに瑠璃がいろいろしているけれど、大丈夫かな」
妹が行きすぎないよう監視してくれていたのは、きっと藍子と同い年の義弟だろうと思っている。
だが瑠璃にはひとこと言っておきたいのも本心だ。
「楽しみにはしているよ。小笠原でも海人にユキナオ君、ココちゃんまで、みんながナイショで動き回ってくれていたんだもの。でも瑠璃ったら、プライベートとはいえ、職場の知り合いばかりなんだからほどほどにしてよ」
「んっとね。いろいろご要望に添った形にはしているんだよ」
「ご要望……?」
「うん。美瑛でのお手伝いもかって出てくださったから、同時にご要望も叶うようにと思って」
ご要望ってなに――と、藍子は瑠璃に思わず、ずいっと詰め寄る。
やっぱり、上官ご家族に妙なことをしないか確認をしておかねば安心できない。
「ええっと。柳田ご夫妻はお手伝いじゃなくて、まずはお二人だけで富良野・美瑛を観光していただくことにしたの」
「銀次さんとメグさんは夫妻で観光? それでひとチームなの?」
「うん。だって、エミル義兄さんの相棒で、雷神の飛行隊長なんでしょ。一緒に任務から帰ってきたばかりだよね。やっとご家族とプライベートを過ごしているんだよ。今回は湊君は海人と同行が基本みたいだから。ご夫妻で久しぶりの遠出と聞いたので、観光が一番かなって。こちらでレンタカーを準備したから、今日は夕食までご夫妻は別行動のおでかけということになっているの」
それを聞いたエミリオが笑顔になる。
「そうだったのか。それはいいな。基地では中佐で飛行隊長、訓練も過酷。なのに人一倍明るくて周囲の気配り抜群の先輩なんだ。奥さんのメグにはプライベートでも大変世話になっている。最近は反抗期の湊に手を焼いていたから、二人きりででかけるのは、非常にいい気分転換になると思うな!」
相棒のエミルだからこそ『それいいな!』と、瑠璃の提案に大賛成だった。
普段、控えめな表情でいることが多い気高いクインが、無邪気な笑顔をみせるのも珍しい。常に隣にいて、空でも基地でも任務でも一緒にいる相棒が喜べる提案だったから、自分も嬉しいようだった。
「あと、チーム海人と、チームココちゃんがあるのね。どういう仕分けになっているの」
「海人はお母様と用事があるの。ココちゃんたちもご要望を兼ねて、柳田ご夫妻とは別行動、ファミリーでお花畑巡りに行くんですって。案内は、去年美瑛訪問をしてくれた戸塚のお父さんとエレンママがしてくれることになったの。息子がお世話になっている上官ファミリーで、息子の結婚式のために、小さなお子様連れで思い切って来てくれたから、親の自分たちが案内するって言ってくれたから」
「戸塚のお父さんとエレンママも、昨日、無事に到着したと聞いて安心していたんだ。疲れていないよね」
「大丈夫だと思うよ。今朝もおふたりで市場までおでかけされていたから。もう、すんごい元気。『グレート、グレート、美瑛、ラブリー、ビューティフル』と、なんでも感激してくれて嬉しいよ」
昨日、一足先に到着しているはずの戸塚のご両親は、まだここにはいなかったが、瑠璃が言うには『おでかけするためのレンタカーを借りにでかけてくれている』とのことだった。
「御園准将は? お一人だけお名前を呼ばれなくてがっかりしていたんだけど」
「あ、それはね。『お好きなチーム』に入ってもらおうと思って」
「なんで? 息子の海人と奥様の御園少将と一緒のチームじゃだめなの?」
「退屈かなーって。だから湊君も、海人チームが退屈なら城戸チームに入れるつもりなの。あ、海人チームには、フレンチ十和田の娘さん夫妻も入っているの。葉子さんとご主人の篠田さんもね」
え、十和田の娘さん夫妻が、海人チーム?
なんでと再度聞こうとしたが、瑠璃は『もうナイショ!』と口元に指でバツ印を作って黙ってしまった。いったい、なんのチームか皆目見当もつかない藍子は、楽しみなのに、なにをさせられているのかという不安も拭えない。
「いろいろ巻き込んでるじゃない。十和田のおじさんのところの、娘さん夫妻までって」
「篠田さんもノリノリで受けてくれたから、海人チームの準備を率先してくれたのは篠田さんなの。うんと助かっちゃった」
「海人もそう言っていた。今日、会えること、すごく楽しみにしていたみたい」
「ほんとだ。もう、紹介もいらないかんじだね」
瑠璃の視線の先を追うと、ホールの向こうで、海人と篠田氏がちょうど挨拶を交わしているところだった。さっそく意気投合している様が窺える。
「篠田さん。ほんとさすがベテランのメートル・ドテルだよ。昨日到着してくれたんだけど、こちらが気がつく前に、いろいろと気がついてくれて、準備がさくさく進んだの。お父さんが、ベテランのメートル・ドテルが来てくれて、すごく喜んでいたよ」
「神戸の有名レストランでメートル・ドテルされていた方なんでしょう」
「そうそう。十和田のおじさんもめちゃくちゃお気に入りみたい」
「メートル・ドテルってなんだ、藍子」
エミリオに聞かれ、藍子と瑠璃は一緒に『ホールを統括しているリーダーで、給仕長』と答える。
「プロのサービスマンってことか。でも、十和田さんのスタッフが出てきたとたんに、フレンチレストランの格式を感じたよな」
「うちはファーム風にしている宿泊施設が前提だから、のんびりしているけれど。あちらは本当のフレンチレストランだからね。私も今度、篤志君とお邪魔する予定なんだ」
「いいな。藍子から大沼がどんなところか聞いて、俺たちも来年の休暇で行きたいなと話していたんだ」
そんな瑠璃と、歩き回っていた篠田氏の目が合ったようだが、フレンチ十和田のスタッフ一同、徐々に忙しく給仕の仕事で動き回っているので、こちらのことはそっとしてくれていた。
「実は、十和田おじさまの娘さんの葉子さん、海人と葉月お母様とある意味仲間なのよ」
ん? 『ある意味仲間』?
藍子とエミリオはそろって首を傾げる。
瑠璃も一瞬『あ、』と焦った顔になった。思わぬことを言ったのだろう。
そこにすかさず篤志が割って入ってきた。
「はい瑠璃、そこまで。先にゲストにご挨拶をしておこうか。それから、ご一行様がお出かけする準備もそろそろ」
篤志は、妻である瑠璃の身体をふいっとホールへと向け直した。
瑠璃もうっかり姉と話し込んでいたことに我に返ったようだった。
「とにかく、みんなが好きでやってくれているのだけは伝えておくね。だから安心して、お姉ちゃん」
「……わからないけど。うん、もういろいろ聞かないことにしておくね」
「そうして。お姉ちゃんとエミル兄さんは、お食事終わったら、いつもの実家側のお部屋でくつろいでね。今日の夕食は、中庭でジンギスカンをするからね。明日の朝も、フォトブックの撮影で早いから、とにかくゆっくり休んで。あとはなにもしないで任せて」
瑠璃にそういわれたので、藍子ももう心配しないで、食事を楽しむことにした。
瑠璃がそれぞれのテーブルに挨拶に出向くと、『やっと瑠璃ちゃんに会えた』と心美が嬉しそうに抱きついているのが見えた。
みんな、リモートで顔合わせはしていても、実際に会うのは初めて。チーム瑠璃がそれぞれ結束していく様を、藍子もエミリオと静かに見守っている。
「賑やかだが、俺たちの結婚式はもう始まっているのかもな」
「うん。でも、みんなが楽しんでくれているなら、招待した私も嬉しいから。しかも実家を素敵と言ってもらえて嬉しい!」
思い思いの食事が済むと、チーム瑠璃がまとまって外出の準備を始めた。
藍子とエミリオは、朝田家の自宅棟へと移動。いつも寝泊まりをしている部屋に入って、やっとひと息。エミリオと荷ほどきをしながらくつろいだ。
中庭が賑やかなので窓辺から覗くと、チーム別に出かけるところのようだった。
車が三台、一台は柳田夫妻が乗り込んでいる。
もう一台は黒いSUV車で、運転席には篠田氏が乗り込み、助手席には葉子が、後部座席には御園夫妻と海人が親子で乗り込んでいた。
「あ、隼人さん。結局、海人チームについていくみたい」
「そうなんだ」
エミリオも一緒に窓辺へと覗きにやってくる。
城戸ファミリーチームはまだワゴン車の周辺に集まっている。
そこには、見覚えのあるご夫妻が。エミリオの両親、弦士父にエレンママ。
二人が藍子とエミリオが窓辺にいることに気がついて、笑顔で手を振っている。
「なんだよ。挨拶もなしに、あちらと一緒に出かけてしまうんだな。みんな、チームなのか」
エミリオがちょっと寂しそうな顔を見せたから、藍子はくすりと笑う。
「エミリオに会うと、口が滑りそうだからナイショのまま出かけるんじゃないの。ココちゃんチームで弦士パパとエレンママ、なんのお手伝いなんだろうね」
「一緒に花畑巡りをしたいだけなんじゃないだろうか――とも思えるけどな。ま、いいか。皆がいないなら、ここで藍子と二人きりだ。明日はまた忙しいから、いまのうちにまったりしておこう」
そういえば、やっと二人きり。エミリオが藍子を抱き寄せて、そっと耳元にキスをしてきたので、藍子も力を抜いてしまった。
「そうだね。せっかく、またこの部屋に来られたからね」
「俺はもうクインという仕事から解放されたから、なにもかも忘れて、藍子だけ見つめる時間にする」
いつもの甘い言葉を囁いてくれるエミリオが、そういって、藍子の口元をふさいだ。ふたりきりになったからなのか……。すこし長いキス……。
陽射しが傾いた遅い午後。美瑛の夏風の匂い、庭にはロサ・ルゴサが囁くように揺れている。
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