7.波止場へ、お迎え②
「ココちゃん、ますますしっかりしてきたわね。湊も小さいときは、こんなセーラー服を着せてパパを待ち構えていたのにね。パパって走って飛びつくと、銀次が涙ぐんじゃったりしたのに。いまはねえ」
少し離れた前列で、海人と一緒にスマートフォンを構えてあれこれ撮影をしている息子を見て、愛美は再びため息をつく。
「でも私も憧れなんですよ。子供が小さいうちでもいいから、セーラー服を着せてパパのお迎え。やってみたいです」
そんなお洋服どこで購入するのか気になっていたので、あれこれ聞いてみたい。そんな質問をしようとしたところで、心美が制服姿のお母さんの手を引っ張ってやってきた。
「ママ、こっち!!」
「はいはい。こんにちは、藍子さん、愛美さん」
園田少佐が娘に手を引かれてやってきた。
小学生のお兄ちゃんたちは、もうセーラー服とはいかないようで、いつもの元気いっぱいボーイズスタイル。こちらも『パパ、最後だよね』、『まだかな』とそわそわしていた。
「ちょっと前まで、湊もあんなだったんだけどね」
「そんなころの湊君にも会ってみたかったです」
「銀次とエミルは小笠原の前はマリンスワローで一緒だったでしょう。展示飛行が終わって、滑走路に降りてきた後に家族が会える場所があるんだけど。パパかっこよかったと抱きついてね。エミルにも抱きついて、おかえり、おかえりってかわいかったのよ」
「えー! ますます、見てみたかったです!」
そのころのエミリオも、いまよりもうちょっと若くて、さらに『お兄ちゃん』ぽかったんだろうなと、藍子は想像だけで我慢する。
「お疲れ様です。園田少佐」
「心優さん、今日は秘書官職務はお休みなの?」
「午後休をもらったの。今回の航海は隼人さんは搭乗しなかったから、葉月さんはお出迎えなしで、連隊長室でお留守番よ」
制服姿でも娘と息子に囲まれている園田少佐は、いつものベビースマイルを見せてくれる。笑うとやっぱり心美とそっくりだなと藍子はいつも思っている。
「翼、光、遠くに行っちゃダメよ。ココもママと一緒にいてね。遠くに知っている人が見えて走って行っちゃだめよ」
「ママ、シー君も一緒に帰ってくるんだよね。ユキナオちゃんは、ミミといっしょ?」
「そうよ。先にユキナオ君がミミルと降りてくるからね。それからパパと警備隊長のシドが一緒に降りてくるわよ」
最後に降りてくるメンバーを何人も待っているお出迎えって。さすが城戸ファミリーだなあと、藍子はおののく。
家族の出迎え、そして再会で賑わう波止場。いつまでも降りてこない彼を藍子も待ち焦がれる。
「あ、ユキナオ兄ちゃんだ」
城戸家長男の翼が見つけて、男同士で仲が良いのか彼が最初に走り出した。
舷梯に白い制服姿の双子が現れ、ひときわ人々の目を引いた。
「ユキナオ兄ちゃん、おかえり!!」
「兄ちゃんたち、おかえり!」
城戸家の翼と光の兄弟が一緒に走って、舷梯の下まで向かっていく。
それに気がついたユキナオの双子も嬉しそうに揃って、従弟に手を振っている。
こうして見ると、ユキナオの双子も凜々しい大人の男性。いつもと違って真っ白な制服を着込んで輝いている彼らに、藍子はうっかり見とれてしまった。
「あの子たち、こうしているとほんと素敵な男性なのにね。雅臣さんが若い時そっくりになってきたけど、なーんか雰囲気違うのよね。でも、今日はあの頃の雅臣さん思い出すなあ」
元秘書官の愛美は、城戸准将が大佐殿だった時から知っているとのことで、当時の面影をユキナオ君たちから垣間見るらしい。
だが藍子はこの時点で、ドキドキしていた。雷神飛行隊のユキナオ君が降りてきたということは……。
「あ、藍子ちゃん。来たわよ」
城戸ボーイズに出迎えられたユキナオのふたりは、嬉しそうな笑みを浮かべ、『ただいま』と従弟たち抱き返す。彼らが舷梯を降りたところでタラップの上に、飛行隊長の柳田中佐と相棒の戸塚少佐が現れる。
真っ白な制服で降りてくる彼らの目線が、すでに家族を探しているのがわかった。
「銀くん!!」
愛美が手を振ると、柳田中佐がすぐに見つけて満面の笑みになる。その呼び方は妻しかしないだろうから、柳田中佐も嬉しそうに手を振って足早に降りてきた。
「ただいま。メグ」
「おかえりなさいませ、柳田中佐」
元秘書官としての心構えはいまも残っているようで、でももう隊員ではない愛美は夫が目の前にくると深々とお辞儀をした。
そんな他人行儀な妻の出迎えが、柳田中佐にはどうにも気恥ずかしいようで照れて口元を曲げている。
「夫として帰ってきたのにな」
「だから銀くんって呼んだじゃない」
「そうだけどさ。……あれ、やっぱりメグ一人で来たのかよ」
飛行隊長になって威厳が備わってきた柳田中佐が、眩しい制服姿でいるものの、ちょっと寂しそうにあたりを見渡した。
「ほら、ユキナオ君と海人と一緒にいるわよ」
少し前に降りた若い双子の回りには、城戸家の家族と一緒に親友の海人が出迎え囲っていた。そこに湊もいて、お兄さんたちと盛り上がっている。そんな時は楽しそうな笑顔でいる湊君。
だが柳田中佐はホッとした表情に崩れ、息子が来てくれて安心しているようだった。
そんな夫妻がやっと抱きあったのを目の当たりにして、藍子は愛美から離れて二人きりにしてあげる。
そうして振りかえると、すぐ目の前に彼がいた。妻のそばへと急いで行った柳田中佐から遅れて降りてきたエミリオだった。
「藍子、ただいま」
どの男性も白い制服で凜々しく眩しかったが、さらにきらきらしているブロンドの彼を目の前にして、藍子は目が眩む。もう一年半も一緒にいるのに、一緒に暮らしているのに。未だに藍子は、きらびやかなエミリオにクラクラしてしまうことがある。
「エミル……、いえ、えっと、戸塚少佐おかえりなさいませ」
藍子はうっかりいつものクセで敬礼をしていた。あ、いけない。フィアンセとして迎えに来たのに。
「ただいま帰還した。留守、ご苦労。朝田准尉」
藍子に合わせ、エミリオも制帽のツバのそばに手をかざし、真顔で敬礼を返してくれる。
そのあとすぐだった。藍子を抱きしめたエミリオが、耳元と頬にそっとキスをしてくれる。
「会いたかった」
「エ、エミル……。おかえりなさい」
「うん。ただいま、藍子。初めて藍子が迎えに来てくれて感激している」
初めてのお迎えなので、藍子は彼がこんなふうに人目も気にせずに抱きしめてくれるとは思わず硬直していた。
「エミル、人前――」
「どこの家族も抱きあっている。はやく二人きりになりたい」
その後、最後に城戸艦長と警備隊長を務めたフランク中佐が降りてきた。藍子とエミリオの背後では、城戸家が賑やかに輪になっていく。
心美が『パパ、シー君!』と並んで降りてきた二人に抱きついて、城戸准将がもうなし崩しの笑顔になって、セーラー服姿の娘を抱き上げる。いつも強面で厳しい目つきばかりしているフランク中佐も、この時ばかりは笑顔になって、城戸准将が抱いている心美の黒髪を愛おしそうに撫でていた。
そんな賑わいの中でも、エミリオは藍子を抱きしめたまま離してくれなかった。
「いよいよ美瑛だな」
「うん……。ラベンダーも咲いたみたいだよ」
「早く行きたい。もう俺の中ではとっくにラベンダーが咲いていた。去年の夏のようにな」
額をくっつけてきた彼の翠色の瞳を見つめていたら、藍子も我を忘れてしまう。
人目も気にせず、そっと彼にキスをしてしまった。エミリオが嬉しそうに微笑んで応えてくれる。
誰も気にしない。だって、数日後、私たちは結婚をする婚約者同士。誰もが知っていることだから。
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