6.波止場へ、お迎え①

 東南防衛司令部がある新島にフェリーが到着。

 藍子と海人は一緒に下船をして、空母が停泊している基地の港へと向かう。


「藍子ちゃん」


 桟橋まで降りるためのタラップを海人と降りていると、背後からそんな声が聞こえて藍子は振りかえる。

 スタイリッシュなパンツスタイルに、綺麗に髪を束ねている大人の女性が、背後に続く列のむこうで手を振っている。

 柳田中佐の妻、愛美めぐみだった。


「メグさん!」


 藍子も手を振り返す。海人も笑顔で会釈を返している。そこで二人揃って気がつく。お母さんの後ろでスマートフォンをいじってばかりいる男の子も発見したのだ。


「おーい、湊!」


 今度は海人から手を振った。だが、湊は目線が合ってもスマホの画面からちらりとこちらに視線をむけると、不機嫌そうな顔でちょこっと会釈をしただけだった。

 藍子は苦笑いをこぼすが、海人は『俺も覚えがあるから、男子はそんなもの』と笑い飛ばす。それでも元秘書官である母親の愛美は我慢がならないのか、すでにグチグチと『そんな挨拶はやめなさい』と小言をこぼしている。


「親の小言って悪循環なんだよなあ。でも、よそ様の躾に口出せないし。お母さん正しいし……。俺も身に覚えあるしで」

「海人、そんな反抗していたんだ」

「不思議とね、家族だと腹が立つけど、エドに怒られるとすごく効きます」


 海人が『エド怖い』と震えたので、藍子も驚く、そして納得もする。


「ミスター・エドって、執事みたいなんでしょ」

「いや、エドはわりかし下っ端で、」

「下っ端!?」

「大ボスは俺の伯父で、あ、母方の伯父の谷村です。最終的な管理は谷村の伯父がしています。その下に不動産王みたいなキラキラした美形のおじさんがいて、あ、戸塚家の新居を紹介したジュールのことです。その後輩がエドで、御園家の雑用を押し付けられているっていうか。稼ぎ頭ランキングでもエドは三番手で、でも医師としての組織を持ってくれていて、諜報員……じゃなくて、えっと『調査員』としてもめっちゃ迅速で、それで父が重宝……」

「いい、もう、いい……。ミスター・エドが三番手ってだけで目眩がする」

「なので、エド怖いんですよ。伯父さんは俺が甥っ子だから甘いでしょ。不動産王のおじさんはフランス人で、シドのおじ様代わりなんですよ。そっちに手がかかっているみたいで、俺の厳しいお目付役はミスター・エド軍団ってことになってるんですよ」


 ダメだ。御園家の規模がいまいち感覚的にしっくりこないと、藍子はクラクラとした頭をなんとか律しようとする。


「ま、ああいう態度を取れば取るほど、大人になってから恥ずかしくなるのは自分なんですけどね。男子が通る道ですよ」

「そういえば、エミリオもパパママに悪態ついていたって言っていた。いまはあんなにパパママを大切にしているから想像つかなかった」

「俺もですよ! あれって最初からのお姿じゃなかったんですね~。戸塚少佐もおなじ男児の道を通ってきたんだって、俺も安心しましたもん」


 そんな話をしながら、家族がたくさん乗船していたフェリーから下船する。

 降りたそこで、険悪そうな愛美と湊と合流しようと桟橋で待っている。


 長い期間の航海に出ていた家族を迎えに行く人々の波。

 夫を迎える妻と子供たち、若い隊員を迎えに行く父親に母親、恋人もいるのだろう。

 パパ隊員やママ隊員の制服に合わせてセーラー服を着せられている幼児も多い。


「女性の乗員も増えたもんね。海人のママが女性が働きやすい環境を整えてきたおかげだね」

「いや~、あの人はただただそこに居なくちゃ気が済まなかっただけですよ~。もう~聞けば聞くほど目玉飛び出すじゃじゃ馬ぶりで。御園のじいちゃんが『この娘は、なんであんなふうに育ったんだろう。どこかで止めるのが私の役目だったのかなあ。もう遅いけど……』っていまもため息をつくんです。でも俺も、大人になって聞けた事情を知ってめっちゃ納得しちゃったんですよー。祖父ちゃんが止めたところで飛び出していたし海上で使命を燃やしていたよって、俺も父も言うと、祖父ちゃんも気が楽になるみたいで~」


 やっぱり相棒から出てくる話に、一般隊員に一般市民である藍子はいちいちヒヤヒヤする。いまでも。だいぶ慣れたと思っているけれど、いまだに藍子も目玉が飛び出る話を繰り出されることも多々。

 御園のお祖父様って、フロリダ本部隊の大本部総司令だったじゃんと、藍子にとっては畏れ多い存在。でもお隣の相棒は『ただの明るい祖父ちゃん』として語られるだけ。受け答えにまだ慣れない。


「もう~湊ったら。スマホばっかり」


 白いパンツスーツスタイルの愛美と、いつもの普段着姿の湊が到着。

 今日も湊はぶすっとした顔でスマートフォンを見てばかりいる。


「湊、俺と一緒に行こうか」

「うん」


 ぶっきらぼうな返事だけれど、海人には心を許しているのか湊はスマートフォンを見つめたまま、兄貴の隣に並んだ。


「もう、ほんとに……」

「お疲れ様です。でも湊君、お父さんのお迎えに来てくれたんですね」

「こっちが小言を繰り返してやっとよ。海人から、あまりうるさくいうと逆効果ですよと言われても、親としてやっぱりねえ……」


 司令本部の優秀な秘書官だった愛美でも、子育ては一筋縄でいかないと、今日もため息をついている。

 上品なたたずまいの大人の女性で、藍子は今日も素敵だなと愛美を見つめてしまう。


 既に歩き始めた海人と湊の後をついていく。

 見ていると、海人がにっこり笑顔でなにかを耳打ちすると、湊はスマートフォンをポケットにしまった。


「なんで海人の言うことは聞くのかしら。なんなの」

「海人曰く、親じゃないからだそうです。男の子同士の疎通みたいですね」

「はあ、もうっ。パパのお迎えなんてダサいとか言われて、昨日も私、キレちゃってね。どれだけの危険を目の前に、お国のために防衛しているかって、わかっているのかって」


 もっともな母親の言い分なのだが、どうもそれが十代の子供には通じにくいようだった。

 藍子自身も『男の子が生まれたら、こんな経験するのかな』とちょっと自信をなくしていきそうだった。


「でも、海人もエミルもそこを通って、いまのような大人の男性になったのですから、湊君もきっと。戦闘機が好きと言うことは、お父さんがどんなお仕事をしているか意識が出来ている証拠だと思うんです」

「だといいけどねえ」


 空母艦が着岸しているところへと、人々がどんどんと進んで流れていく。

 空母が見える波止場に到着。すでに下船している隊員が見えた。白い制服に身を包む隊員が迎えてくれた家族と笑顔で再会する姿があちこちで見え始める。


「雷神飛行部隊は最後のほうですかね。あと三十分ぐらいかな」


 数日後には結婚をする彼の姿が見えるまで、藍子はひたすら空母艦にかけられた舷梯げんていを見上げている。


「あいちゃん!」


 かわいらしい声が聞こえて目線を落とすと、マリンラインが入っている真っ白なセーラー風ワンピースを着ている心美が足下にいた。


「ココちゃん! うわ、素敵。かわいいセーラー服ね」

「パパのおむかえのときに着るの。お兄ちゃんたちはもう着ないの」


 だから『海軍さんとおそろいは心美だけ』と、彼女がくるりとひとまわり。それがまた愛らしくて、藍子だけでなく、愛美まで『かわいい』と頬を緩めている。


「ママもあっちにいるの。つれてくる!」


 心美が元気よくもと来た道を駆けていく。あまりの元気の良さに転ばないかなと藍子はハラハラ見送ったが、彼女はしっかりした足取りで行ってしまった。

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