2.湊くん、キャッチ!


 やっぱり、お年頃の湊君は、海人から声をかけられても面倒くさそうにふて腐れた顔を見せる。

 それでも周囲の友人たちも、呼んでいる『兄貴』が『御園のお兄ちゃん』と皆わかっているようで『行け、行け』と湊の背を押しているのが、藍子にも見えた。


 さすがインターナショナル。湊の周囲を囲む友人は、金髪に栗毛に、肌の色もそれぞれ異なっている。


「あー、みんな、大きくなったなあ。一度、小笠原は出て行くんですよ。お父さんの転属で。アメリカに帰ったり、横須賀あたりの勤務になって、また小笠原に帰ってきたってかんじっすかね。それでも、湊の周辺にいる男の子たち、俺がシッターでバイトしていたときは、まだ5、6歳だったからねえ。俺って、お兄ちゃんなわけなんですよー。パパママの代わりに何度お留守番を一緒にしたことか」

「ええ!? ってことは、あのあたりのティーンな男子たちと顔見知りってこと?」

「はい。あんなおっきくなって、俺がオジサンになった気分~」


 なんと! あの年頃の子たちが『親の代わりに面倒を見てくれたお兄ちゃんだから、頭が上がらない』的なことを、海人が言い出して、藍子はますます目を丸くする。

 すでに湊の周囲にいる少年たちまで従えてしまっている海人のおかげで、エミリオですら突き放されたという湊が、渋々といったような顔つきでこちらに歩いてくる。


「やっほー、湊。久しぶり」

「なんすか……って、あれでしょ。アイアイがいるってことは、」

「お、勘が良いねえ」


 海人もにこにこお兄ちゃんの雰囲気で、気難しい少年の心をほぐそうとしているようだったが、藍子はハラハラ……。


「そろそろ行くか行かないか、はっきりしてあげないと、こちらの朝田准尉のご実家でお料理を準備してくれるシェフお父さんが困っちゃうんだよね。たった一人分かもしれないけれど、一人分の席を準備するスタッフもいるわけだから」

「行かないって言ったんだよ。でも、何度伝えても、エミルの結婚式だからよく考えろって。留守番になると、お祖父ちゃんお祖母ちゃんがわざわざ小笠原に来なくちゃいけなくなるってさ。俺、そんなことしてくれなくても、金さえ置いといてくれたら、二日ぐらい留守番できるって言ってんのに」

「あー、なるほどね。わかる、わかる。俺も、隼人さんがさ、なんの任務かわからない状態で派遣されちゃって、父と母がいなくても、もう料理もできるから、一人にしておいてとよく思っていたな。なのにさ、正義おじさんとか、コリンズのおじさんとか、ミラーのおじさんとか、その奥さんたちが、わらわらと面倒見に来てくれて、逆に疲れちゃうっていうの。あるよなー。有り難いけどさ」


 え、やっぱり海人、すごくない?? 栗毛の海人の後ろで、藍子はもうひたすら硬直。

 海人が来ただけで、既に湊は心を開いたみたいにペラペラと心情を語り出したし、海人は『わかる、わかる』とすっかりティーンエイジャーの心を掴みきっている。

 藍子なんて、言葉を挟もうにも、同調しようにも、間に入るような空気でなく、藍子自身が空気に成らざる得ない状態だった。


「そうだ。湊のフォトSNS見たよ」

「え、そうなんだ。ありがとう」

「イイネもいっぱいあるね。中学生らしいのが多くて、俺も懐かしいな。お父さんとお母さんについていったら、北海道の写真でイイネをいっぱいもらえるじゃん」

「なんだよ。それ。女みたいじゃん。面白くない。綺麗な景色とかってさ、おじさんとかおばさんが好きそうじゃん」


 わー生意気! 藍子は目を白黒させたが、これが十代かと納得もした。

 海人も十代が気に入りそうな話題から入っていこうとしているのだろうか。でも生意気な切り替えしにも、さすが海人、余裕のにっこりお日様君の微笑みを見せている。


「でもさ。北海道って景色だけじゃないからなあ。湊がいっぱいイイネをもらっている写真ってさ。コンビニの新作フード&スイーツ先取りとか、アメリカキャンプマーケットの珍しい食品とか、キャンプ内の島的生物とかだろ。北海道のオレンジのコンビニ、いいと思うけどなあ」


 でた。海人が大ファンの道内企業発、オレンジ色看板のコンビニ推し!

 藍子も道産子だから、あのコンビニには愛着がある。道民なら皆が大好きなコンビニ。独特の商品展開で、特定地域にしかない。だからって、自分の大好きを十四歳の男の子に押し付けてどうするのと、藍子は眉をひそめてしまう。


「オレンジのコンビニって。あの北海道ではインフラって言われているやつ?」

「そう。僻地ではもうインフラ、スーパーマーケット並。自家発電機を持っていて、災害対応もばっちり。お米はガス釜炊き。なにより!『熱いシェフ』というコーナーで売られている、店内調理の惣菜やメシが美味いこと!! 特にカツ丼オススメ! あ、俺はフライドチキンが大好きだけどね」


 そんなことで、北海道に来てくれるわけないでしょ!

 ――と藍子が海人と湊の間に入ろうとしたのだが、湊の目がキラッと光ったのを見てしまう。


「俺、あのコンビニ、行ってみたかったんだ! ここに絶対ないじゃん、出来そうにないじゃん」


 え? 藍子は目が点になる。


「でも。お父さんとお母さんと一緒の部屋で泊まるとか、ありえねえ! あの二人、時々イチャイチャして気持ち悪いしさ!」

「わかる~! 子供の目の前でやるなってやつだよなあ。なので、今回、俺の両親は美瑛の藍子さん実家ホテルではなくて、富良野の別ホテルに泊まるんだ。ほかの隊員に気遣わせないためだって。たぶん、自分たちも上官とかいう気構えを解いてプライベートを堪能したいんだよ。だからさ、俺も、ちょっと安心しちゃった。俺さあ、もう藍子さんの実家オーベルジュがめっちゃ実家の如くくつろぐことができて大ファンなのね。そこに親も泊まるってやだなーってオーラを出していたら、よそに行ってくれた」

「マジで、俺もそうならないかな!」


 なになに、両親と同じ部屋でなければ、来てくれるの!? 目の前でどんどん展開していく『両親といっしょにいられるかコノヤロ息子』両名の勢いを、藍子は黙って見ていることしか出来ない。


 ついに海人が最後の『一押し』に踏み込む。


「じゃあさ。俺とおなじ部屋とかどうかな。全部、俺と同行。柳田中佐には俺からお願いしておくから。向こうで同室になったら、オレンジのコンビニも二人だけで行こうよ。帰りに千歳基地のツテを使って、イーグルの発進とかも撮影しちゃおう」

「千歳基地のイーグル!!??」


 あ、これ陥落したかも……。

 逆に藍子は、海人の乗せ方が見事で、ここまでくると内心興奮していた。

 目の前に立っている海人も、肩越しに振り返ってニヤリと勝ち誇った笑みを見せている。


「俺、行きます! あ、アイアイ准尉、俺いま招待状持っているので、お渡ししますね。エミルにも、俺も行くよ、お祝いするよと伝えてください」


 背負っていたデイパックから、ごそごそと白い封筒を探り当て、取り出した。


「あ、ありがとう。エミルがいちばん来て欲しそうだったの。湊くんが来てくれると、すごく喜ぶとおもう」

「アイアイのお父さん、フレンチのシェフなんですよね。ご飯もめっちゃ楽しみ。ほんとは……、美瑛、見てみたかったんだ。えへへ、いっぱい撮影しちゃおう」


 あー、なんかメグさんの苦労がいまわかった気がすると、藍子は内心、目眩でも起こしたような気分になるほどに脱力感を覚える。


 この年頃の男の子って、女の子も? 難しいことがよくわかった。

 湊がそこで、ささっと出席に『』を付けてくれる。海人が『正式にはこう書くんだよ』と指示をしながら、海人には素直に従って、湊も頷いて記入を終える。

 それを藍子に差し出してくれた。


「エミルに『行くよ』と伝えてください。遅くなってごめんなさい」

「ううん。いいのよ。こちらも、湊君自身に、早めにご要望を聞けば良かったね」

「……子供のいうことなんかと思って……」

「こちらこそ、ごめんなさい。そうしたら、お部屋は、海人お兄さんとおなじにしておくね」


 素直にこっくり頷いてくれて、藍子もほっと胸をなで下ろしながら、差し出された白い封筒を受け取った。


「と、いうことで。では、湊も『瑠璃アシストチーム』に入っておこうな」

「るり、あしすと??」

「あ、しまった。お姉さんの藍子さんには内緒だったんだ」

「いえ、もう、なんとなく察していますけど」


『瑠璃アシストチーム』というものが、冬の美瑛帰省後に結成されたことを、なんとなく感じ取っていた。だが、こうして『内緒』ということにされている。

 その中で、いちばんこき使われているのが『ユキナオ』の双子らしく、一度だけ『藍子さん、瑠璃さんって人から連絡があったんですけど、どんな妹さん、てか、なにあの妹さん!?』と基地のカフェテリアで突撃されて、藍子も『いったい、なにを始めたの!?』と驚かされた。

 しかし海人が常に隣にいるので、彼らはすぐに捕獲され黙殺され、そのあとどうなったのか藍子は教えてもらえない。


 瑠璃の有能なサポートをしているのは、どうやら海人のようだった。

 もういつも海人がいるので、ユキナオの二人も、二度と藍子には助けを求められなくなったらしい?


「ちょっとしたお手伝いだよ。メッセージアプリであとで知らせるなー。お手伝いのあとには豪華なご褒美があるらしいよ。城戸家のボーイズと心美もチームメイトなんだ」

「わかった。なんだろ!」


 湊君もけっきょく、美瑛行きを楽しみにしてくれたようで、藍子はもうそれだけで安心をする。

 ……瑠璃のことは。知らぬ振りをしておく。

 姉の自分と違って、(恋愛以外は)物怖じしないしっかり者の妹のすることがちょっと心配だけど??

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る