続編2 ロサ・ルゴサ・Wedding!

1.情報網ならお任せあれ


 美瑛の結婚式まであと一ヶ月のことだった。

 どうしても一名、出欠が決まらないと、エミリオから聞かされる。


「銀次さんのところの、みなとが捕まらないんだ」


 今日のフライト業務を終えた19時ごろに帰宅をすると、夫になるエミリオがダイニングテーブルに夕食の準備をしてくれながら、ため息をついている。

 まだ制服をきたままの藍子も、肩にかけていたトートバッグをダイニングの椅子に置いて尋ねる。


「もう出欠の締め切り、とっくに過ぎているよね。お父さんはギリギリまで待つと言ってくれているけど、どうするの」

「明日、銀次さんに聞いてみる。だが、銀次さんとメグから聞くと『勝手に行ってこい。俺のことは放っておけ』と、とりつくしまもないようなんだ」

「来て欲しいけれど、そんなお年頃で大変なら無理には……。小笠原基地としてのお披露目パーティーもあるとは思うけど……。でも、エミリが来て欲しいんだよね」

「そうなんだ。心美と一緒で、俺になついてくれて慕ってくれていたからな。でも、俺の独り善がりかもしれない……。仕方がないかなと、諦めをつけようかと思っているところなんだ」


 ブロンドの頭を項垂れ、珍しく苛立った表情を彼が見せた。

 彼にとっても思い入れのある少年だと、藍子にも伝わってくる。


「湊君って、私は一、二回しか言葉を交わしたことなくて……。この住宅地でも遠目にわかったときに、彼から頭を下げて会釈してくれるし、礼儀はきちんとしているけど、近寄りがたいっていうのかな。柳田中佐のお宅にお邪魔しても、最初の挨拶だけでお部屋に籠もってばかりいるでしょう」

「それが年頃というものだし、ご両親の銀次さんとメグが手こずっているから、俺からもなんとも首が突っ込めなくて。今回の招待状も直接渡したのに『わかった』と短く返答だけされて、さっと離れていってしまうしなあ。子供って、三年であんなに変わっちゃうものなんだな」


 エミリオがアグレッサー部隊のサラマンダーに、柳田中佐と共に小笠原に転属してきたとき、子息の湊は、まだジュニアスクールの小学生だったと、藍子は聞かされている。

 その時はまだ無邪気な男の子で、なんでもお父さんと笑い飛ばして、エミリオにも懐いてくれていたという。家族ぐるみで付き合っているエミリオがどうにもできないのに、藍子もどうして良いかわからなくなる。


 でもそこで藍子はふと思いついたことが。

 しかし確かではないので、ここでは夫になるエミリオには言わず胸にしまっておいた。





 翌日、ジェイブルー飛行部隊へ早朝出勤。夜明け前からフライトをするシフトだった。

 早朝パトロールのフライトを、相棒の海人と終えて、デスク室へ戻る。

 自分のデスクへと落ち着いた藍子は、隣のデスクにいる相棒、海人に話しかけてみる。


「……ということで、まだ返答がもらえていないの。柳田中佐とメグさんは『もう欠席にすると思う』と言い出しているんだけど、エミリオが諦めきれないみたいで」


 見当違いとわかりつつも、藍子は相棒の海人に、ついに困りごととして打ち明けていた。


「へえ、んー、まあ、わかるかなあ。おなじ『息子』として」


 提出しなくてはならない書面のデータファイルを打ち込みつつ、海人がそんな返答をくれた。


「海人は、湊君とはあまり親しくないんだよね」


 御園家の繋がりでなにかないかと藍子は思ったのだ。

 だが海人はここ数年は浜松で候補生として訓練、隊員として本格業務に就くようになっても千歳基地にいたのだから、その間の小笠原での人間関係は希薄なはずだった。

 それでも藍子はもしかして……と、ひとまず聞いてみることにしたのだ。


「親しくはないんだけど、回り回って、知っているというのかな」

「回り回って?」

「うん。いちおう、メッセージアプリのID交換しているし、SNSのアカウントもフォローしあっていますよ」


 ほら! やっぱり!! この情報網を張り巡らせている御園家お坊ちゃん、十四歳の男の子とはどうかと思ったが、やっぱり繋がっていたと藍子は驚愕する。


「じゃあ、時々、メッセージで会話したりとかするの?」

「いえいえ。ID交換で繋がっているだけ。連絡を取り合ったりはしていないなあ。SNSもフォローしているけど、お互いのタイムラインとか見ていないし、フォトSNSもフォローのみで、イイネもつけあったりしませんし。あちらは学校のお友達同士、こっちは親しい隊員同士での交流のみですからね」

「そうなんだ……。でも、海人ったら、ほんとうに誰とでも繋がっていそうで、もしかしてと思って聞いてみたら、本当に繋がっていてびっくりする! そんなジュニアハイスクールの中学生な男の子からも、有益な情報もらえるの?」


 岩国でも『情報網完備』と満足げだった海人の顔を思い出した藍子は、まさかの男の子まで情報網に入れていることには、なんのメリットがあるのかと首を傾げるばかり。


「いやー、そんな大人の事情に巻き込んだりしませんよ。ただの戦闘機パイロットの息子同士ですよー。いまは素っ気ないふりしていても、湊も戦闘機大好きなんですよ。もちろんパイロットだって大好き。父親の柳田さんがさ、マリンスワロー、アグレッサーのサラマンダー、しかも、トップファイターパイロットだけが選ばれるフライト雷神の、さらに飛行隊長だよ。こーーーんなすごいパパが目の前にいて、尊敬していないわけないでしょ。ただ、あの年頃になると、男はそういうことを表に出すの、ちょっと恥ずかしくなるんですよ。それだけ」


 海人に聞いて、違う意味で?良かったかもと藍子はおののいた!!

 さすが、ちょっと前まで盛大な反抗期をくぐり抜けてきた男児君。そして藍子のなんとなくの勘も当たっていたことになる。


「さすが、軍人の親御さんをお持ちのご子息な気持ちがわかっちゃうってわけなのね」

「まあ、そうかもしれないだけなんですけど。俺の場合はちょっと、そういうのがハイスクールの後半から襲ってきたんで、湊より遅いですよ。そんな、凄腕パイロットをパパに持つ湊君が、俺がそうだったように『パイロットすげえー』という『趣味』があって、男特有のオタク気質で『情報収集』をしようとしたら、どうすると思います?」

「え? う~ん……。ごめん、わからない……」

 

 男特有のオタク気質で海人がやっているのは、精機会社社長の叔父様が誕生日プレゼントで作ってくれたCGソフトで、肉眼で目撃することが出来た航空機をカードにして作るとか、一般的ではない情報しか、藍子にはわからない……。だが、どうもそれがヒントのようだった。

 

「でも、海人も十代のときは、そんな情報収集に夢中だったことがあって、湊君も同じだということ?」

「俺の場合はですね、父と母の知り合いがパイロットだらけだったんで、なにかのパーティーとかイベントで集まるときに、それぞれの、おっちゃん、兄ちゃんたちに次々に突撃しました。うん。特にソニックにはしつこく突撃した。めっちゃ大好きだったから」


 みんなの憧れ城戸准将、エースパイロットのソニックに子供が突撃するなんてよくあること。『だったら湊君はどうだというのだろうか』と、藍子にはまだ先が見えない。


「俺が千歳から帰省したときにですね、実家周辺の住宅地を歩いていたところを、小学生だった湊にキャッチされたことがありましてね。いつのまにか俺が突撃されるパイロットになっていたと初めて実感した出来事でした。千歳基地のこと、ジェイブルーのこと教えてください!!!って。というのが回り回って、繋がっているということです」

「……え! つまり、海人は湊君と航空関係のお話しをするという条件なら話合うことができるの? たとえば、千歳基地の滑走路とか見学できるよ――というメリットを提示して誘えばいいってこと!?」


 またもや『やっぱり!!』な、謎の繋がりを御園家長男として持っていて、藍子の勘が的中してしまう。

 そう、この子は御園家の長男というだけで、様々な繋がりを持っている。

 さすがに十四歳の男の子のことまでは、無理かな――と思っていた藍子だったが、まさかまさかの『繋がり』を本当に海人が持っていて、予測していたとはいえ、自分でも吃驚するしかない。


 昨夜のフライト日誌を打ち込んでいる海人が、モニターを見ながらキーボードを打ちながら、急ににやっとした笑みを見せた。


「えへへー。俺、いいこと思いつきましたー。今日は14時あがりのシフトですよね。藍子さん、ちょっとカマかけに行ってみませんか」

「カマカケ? 湊君にってこと?」

「そうそう。待ち伏せしましょうよ」


 待ち伏せ? 海人がティーンの男の子と繋がっていることはわかって、一筋の希望が見えてきた藍子だったが、だからって海人がなにをするのかまったく見えなかった。






 早朝シフトの業務を終え、海人とふたりで向かったのはアメリカキャンプ内にある、ナショナルスクール、つまり学校だった。


 海人は母親から譲り受けた赤いトヨタ車で、藍子はエミリオから借りているジープで学校の駐車場に到着。互いの車から降りて、海人と合流すると彼が制服姿のまま、学校の玄関へと歩き始める。


「なっつかしー。俺の母校ですからね」

「あ、そうか。海人は島育ちだから、ここに通っていたんだね」

「幼稚園から小学校、中学校、高校。隊員の子供たちのための学校で、進級のステップは日本の教育と異なって、アメリカ方式です。島の小学校に通う隊員のお子様もいるけど、高校となるとここしかないですからね」


 小笠原らしい南国の植物の緑に囲まれ、綺麗な芝と白い建物が、いかにもアメリカンスクール的な学校だった。


 正面玄関へ辿り着くと、海人は中には入らず、腕時計を眺めてため息をついた。


「そろそろですかね。部活動をしていなければ、すぐに出てくるかな。そこまでは知らないんだよな」

「直接つかまえて、どうするの」

「うーんとですねえ……。……俺の説得、笑わないでくださいよ。それから、くだらないって呆れた顔を絶対に見せないでくださいね」


 それってどんな説得??

 年頃の男の子の感覚を笑うなということらしい。

 ここは若い海人に任せて、藍子は真面目な顔をしておこうと心構えを整える。


「あ、出てきた。よっしゃー。今度は俺たちが突撃! 湊キャッチ!」


 見覚えのある男の子が、白いポロシャツにチェックのスラックスという学生らしい制服で出てきたのを藍子も確認する。


 あちらの男の子も、夏の制服姿の隊員がふたり、自分を見ていることに気がついたようだった。


「湊! ひさしぶり!」


 栗毛の海人が、きらきらとした笑顔を見せて手を振った。

 

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