56.結婚するって忙しい

 北海道の銘菓をいくつも抱えて、エミリオはあちこちに配りまくった。

 最後に、隣のデスクにいる相棒の柳田中佐、銀次にどっさりと手渡すと、彼が喜ぶどころか呆れたため息をこぼした。


「はあ~。まさかの気高いクインが、土産ものを嬉々として配り歩くのを見る日が来るとはなあ」


 確かに。ここ数年、旅行なんて行くこともなかった。宮島旅行はこっそり行ったので両親以外に土産など買わなかった。もし買っても、所属部署のデスク室にいるパイロット限定で、煎餅かクッキーだか銘菓を一個だけ配ればいいほうで、あっさりしていたと思う。というか、他の男性同僚たちもそんなかんじで『奥さんに持たされたから配っている』という者が多い。


 今回は事務室全体に、何種類も配り、或いはドア付近に箱ごと置いて『勝手に取って食べてください』みたいなメモを添えて、自由に取っていってもらう方式にしたり。そのせいで、銀次に『美瑛土産包囲網をエミリオが作ってる!!』と朝から言われるほどに、あれもこれも持ち込んできてしまったのだ。


「なんかさ。男が土産を配り出すと、ああ家庭に入ったんだなあと思っちゃったりするわけ。って、エミル、おまえさあ、まだ家庭に入ってないのに!!」

「なんですか。ご不満なら、持って帰りますよ」

「だめっ。メグちゃんがめっちゃ楽しみにしているから」


 相棒さんのご家庭向けにとどっさりと置いた土産物へと、銀次が慌てて抱きついて囲い込んだのでエミリオは笑い出す。


「そもそもメグに頼まれたものばかりですけどね」

「すまない~。いつの間にか藍子と仲良くなっていて、あれこれお願いしたんだってなあ」

「ですから、俺と藍子の分で二人分ですから。それぞれは多くはないですって」

「メグちゃん、美瑛行きもめちゃくちゃ張り切っている。久々にドレスを新調してやるって、近々横浜に買い出しに行くんだってさ」

「遠いところへのご招待で、かえって手間をかけさせてしまってと思っていたんですけど、楽しみにしてくれているなら良かった……」

「んー、でもさあ。湊がさあ~」


 反抗期中の息子が『めんどくせえ』とか言い出しているようで、エミリオも一緒に出席してほしいので困惑しているところだった。


「一度、俺から直接誘ってみます。あ、招待状を俺から直接渡したほうがいいかな」

「お、それがいいかもな。なにせ、親と一緒に行動とか、一緒に旅行とかあり得ないとか言い出してさあ~。もうメグも困り果ててる。家族じゃない者、招待する本人のエミリオが直接交渉したほうが素直になってくれるかもなあ」


 土産ものを抱えたまま、急に気弱なパパの顔になって銀次がデスクにへたれた。

 小笠原基地の全ファイターパイロットの頂点にいる男なのに、父親になると弱くなっちゃうものなんだなと、結婚前の男としては、将来を見せてもらっているようで同調して哀しくなってくる。


「ほんとうに反抗期まっさかりですね」

「俺もさ。身に覚えがあるから、なにも言えない。いま、オヤジやおふくろさんに、ごめんなさいって心で叫んでる日々!」


 エミリオも自分の反抗期を思い返し……。

『いちゃいちゃすんな!』と父と母を罵ったことを思い出し……。

 なんか、自分も藍子といちゃいちゃしたいから、同じような道を辿るのかと心配になってくる。


「なあ、あいつらも行くんだろう? 大丈夫なのかよ。絶対になんかするぞ。あの双子」


 第一中隊配下にあるフライト雷神室では、双子ともデスクが近い。

 いつも二人並んでいるデスクだったが、その向かいには、彼らの新しいお目付役の中堅パイロットが目を光らせている。そんな時は大人しくしている。


「雅臣さんと心優さんが一緒だし、海人もいるし、なにより隼人さんも一緒だから大丈夫だと思うんですよ」

「まあ、そうだなあ。俺もいるしなあ。気をつけておくからさ。当日は、エミリオは新郎として集中しろ」


 義妹の瑠璃がなにやら企んでいることは、もしかするとたいした結果にならないかもしれないので、エミリオはここでは言わないでおいた。

 でも、新郎として集中しろと言ってくれて、エミリオも安心をする。


「あー楽しみだなあ。俺、美瑛、初めてなんだよ。メグちゃんと旅行も久しぶり。万が一、湊が行かないと言い張ったら、うちの両親に来てもらって留守番してもらうかなーって考えているんだ」

「近いうちに、こちらから声もかけてみますね」

「うん。頼むよ。そちらにもきちんと出欠の返答しないと困るだろ」


 反抗期な息子が美瑛に一緒にきてくれるのかどうか。

 これも結婚式前にエミリオにとっても課題となりそうだった。




 遅い冬休みを終えて、職務復帰第一日目も終了。

 雷神室を支えている事務官の女の子たちから『かわいいお土産いっぱい、ありがとうございます。朝田准尉にもお礼を伝えてくださいね』なんてお礼もたくさんもらってしまった。

 さっそく帰宅したら藍子に伝えよう。だが彼女と海人は今日は遅めのシフトで、まだ帰宅していない。


 小笠原は既に日が長くなってきていて、桜のつぼみが膨らんできたころ。

 エミリオと藍子が住まう新居のあたりも、道脇に植えられている桜が、まだ若いながらも枝先に春の色を付け始めていた。


 夕の茜に染まる新居の玄関へと、バイクで到着してヘルメットを取り去った時だった。

 自宅がある区画のひとつ向こうの通りに黒い車が駐車していたのだが、そこから黒スーツの男性と女性が一緒に降りて、こちらに向かってくる。


 いまここにいるのはエミリオだけであって、あちらもエミリをを見定めて真っ直ぐにやってくるので自分に用事があると悟った。

 バイクから降りて、制服の身だしなみも確認して、エミリオも待ち構える。


「お久しぶりです。戸塚少佐」

「久しぶりですね。エド」


 御園家のエドだった。

 そばには、最近、常に従えている黒髪のエリーも一緒で、彼女も無言でエミリオにお辞儀をしてくれる。


「美瑛はいかがでしたか。海人様も共にお連れくださって、ありがとうございました。葉月様と隼人様にも、笑顔でお土産を持ってきてくれ、お二人が非常に喜んでおりました。海人様も、明るい笑顔で、だいぶリフレッシュできたご様子。そちらの朝田准尉と戸塚少佐のおかげです。御園家の一員としてお礼申し上げます」

「ああ、まいったな。そんな大袈裟だって」


 こんな一介の少佐にまで、このような低姿勢なミスター・エド。

 だからこそ、エミリオは砕けた口調を逆に心得るようにしている。

 それでも、ミスター・エドは決して砕けてくれない。あくまで、自分の長である御園家の人々と関わる知人も、敬うべき対象としているのだ。


「本日は隼人様からの依頼で参りました」

「隼人さん……からですか?」


 彼がそばにいるエリーへと目配せをすると、彼女も静かに頷いて、小脇に抱えいてた大きめの封筒をエミリオへと差し出してくれる。

 あまりにも恭しく接してくれるので、エミリオも恐縮するばかり。


「な、なにかな」


 エリーは無言でサッとボスの後ろへと控えると、代わりに栗毛のエドが教えてくれる。


「小笠原でもお披露目のパーティーをされると聞いております。城戸准将が主催をかって出てくれまして、御園家へとご相談がありました。そこで隼人様が、御園の系列で準備ができるようにと、私にその役を任命してくださいまして」

「え!? エドが準備してくれるってことなのか!?」

「はい。主催は城戸雅臣准将ですが、雅臣様のご意見を聞きながら、お手伝いをいたします。その封筒の中に、準備の手順、どのようなイメージのパーティーがお好みか、また基地での招待客への招待状のひな形などなど揃えております。締め切りは――」

「ちょっと、待ってくれ」


 まだ美瑛の結婚式のことも始めたばかりなのに、もう小笠原基地での隊員向けパーティーの準備の話が舞い込んできて、エミリオは当惑する。


「いや、まだ美瑛での結婚式の準備がまだ始まったばかりなんだよ」

「お言葉ですが。美瑛の結婚式は少人数のご招待のようですので、招待状などのご準備もゆっくりにされているとお見受けします。招待状の発送は、遅くても二、三ヶ月前に終えていただきたいと思っております。皆様のご予定、準備などもありますから」


 いつも淡々として感情を宿さない表情を見せるミスター・エドだが、そんな彼が急に茶色の目をエミリオへと鋭く向けてきた。エミリオもドキリとする。


「戸塚少佐、いまは何月ですか」

「二月の、終わり……」

「美瑛での結婚式はいつですか」

「七月中旬……ラベンダーの最盛期に」

「では、そろそろ招待状を作らねばなりませんね」

「それはもう、今回の休暇の間に、旭川のプランナーと話し終えているんだけれど……」

「では、そろそろお披露目パーティーのこともご検討願います」


 エドから淡々と詰め寄られ、エミリオもたじろぐ。しかし、よくよく考えたら、式が終わってそれから……だと来年になってしまうのかと我に返る。


「あ、ありがとう。エド。だいぶ暢気だったな」

「そのようなことはいっさい思っておりません。お忙しいご身分なのですから。ですから、こちらでできることはすべてご協力させてほしいとのお願いでやってきた次第です」

「それはもう、ありがたいが、大変なのでは。申し訳ないな」


 だがそこも、エドの冷たい視線がエミリオに向けられる。


「小笠原での披露宴は、九月ぐらいと雅臣さんが考えているようです。こちらの招待状も六月ぐらいには発送したいと考えております。基地披露宴でお望みのスタイルを藍子様とお決めください。招待制にするのか、会費制パーティにするかなどなどです。スタイルを決めていただきましたら、お招きする方のお名前のピックアップを。あとの手配はわたくしどもにお任せください。お料理のスタイルもお決めください。すべてその封書にまとめてございます。ちなみに、当家にて、隊員のお披露目パーティーをお手伝いすること、十年の経験がありますのでご心配なく。おかげさまで、ひとつの事業として立ち上げることができまして、順調に経営しております」


 またもや、なんでもお商売にしていてエミリオは仰天する。

 どうやら『隊員のしあわせのお手伝いを長年勤めてきたので、遠慮をされたらかえってプライドが許さぬ』ということらしい。

 もうエミリオも言うことなどない……。


「ありがとう、エド。隼人さんにもお礼を伝えておいてくれ」

「かしこまりました。お世話が大好きなお方なので、喜んでお手伝いしてくださるかと思います。なにかあれば、隼人様まで。……葉月お嬢様は、このようなことは、はっきり言ってあまりお役に立てないかと。連絡係としてなら大丈夫だと思います。あとは城戸のご夫妻のご両人であれば、私まで連絡が届きます」


 この基地の連隊長を捕まえて『お嬢様は役に立たない』なんて言える男になっていて、エミリオは苦笑いをこぼしそうになる。

 従者として完璧な男性だが、つまりは、やっぱり葉月さんの兄貴でお目付の男性なんだなとエミリオは初めて実感する。


「では、素敵なパーティーになりますよう努めさせていただきます」

「ほんとうにありがとう、エド。藍子と相談するよ」


 それでは――と、静かに去って行った。


 ずっしり重い封筒を抱え、エミリオは彼らを呆然と見送る。

 いや、なんか凄いな。十年の経験があるって……。

 彼らが去る向こうに、嬉々としている隼人さんも見えてしまった。


 でも確かに。お披露目パーティーのことは甘く見ていたとエミリオは反省をする。



 その重い封筒をリビングに置いて、ひとりで夕食を済ませる。

 一人なんだけれどと思いながらも、作り置きもきちんとしている藍子の料理に今宵も囲まれて、ひとり呑みをしながらも、満たされた夕食を終える。


「ただいま~。はあ、ひさびさのフライト、ちょっと緊張しちゃった」


 午後からシフトだった彼女が制服姿で帰宅をする。

 彼女がすぐに食べられるようにと食卓を彼女用に整えて待っていたが、ちょうど良い頃合いに帰宅してきた。


「おかえり、藍子。お疲れ様」

「戸塚少佐もお疲れ様でした。お土産、大変だったでしょう。私のかわりに、ありがとう」

「銀次さんも喜んでいたよ。藍子にお礼を言ってくれと頼まれている」

「帰るときにスマホをみたら、メグさんからもメッセージ入ってた」


 美瑛の冬休みから帰ってきて業務に復帰したが、藍子の笑顔も生き生きしている。

 彼女もリフレッシュができたとわかる明るさだった。


 そんな藍子があの封書を見つけた。


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