55.クインに戻る日
千歳へと帰るとき、また朝田の家族が、白い雪に囲まれているロサ・ルゴサの玄関で見送ってくれる。
「次は結婚式だな。エミル、初夏の航海任務、無事に終わるように祈っている」
「エミル君、ほんとうに気をつけてね。貴方だけが背負ってもだめよ。無理しないで帰ってきてね」
義父はいつもどおり決して揺らがない強く毅然とした目で見送ってくれるが、義母は前回とおなじ、やっぱり母親同然の心配顔、涙目で見送ってくれる。
それは隣にいる瑠璃も一緒だった。
「エミル義兄さん、うんと楽しかった。だからまた絶対に帰ってきてね」
そんな瑠璃を今日も優しく支えている夫の篤志も、少し泣きそうな顔をしている。これは前回と異なることだった。
「エミル義兄さん気をつけて。俺も楽しかった。今度は結婚式、俺たちもめいっぱい協力するから、なんでも任せてくれ」
「ありがとう篤志。瑠璃ちゃん。頼もしい義弟と義妹ができて安心している。あちらでできないことは、ほんとうに遠慮なく甘えるからよろしくな。……ここは俺のもう一つの大事な実家だ。また来ることを楽しみにして任務に行ってくる」
義妹夫妻と別れを惜しんでいると、青地父は海人にも『また来なさい』と優しく伝えて、そっと抱きしめているのが見えた。
海人も今回は少し感傷的になっているのか、いつものお日様君の軽快さもどこへやら、神妙な様子で青地父に甘えるように抱き返しているのが印象的だった。
「海人にとっても、もうひとつの場所になるようにしようと、瑠璃とも、お父さんとも話してあるから。海人のことでも、なにかあったらいつでも」
篤志の頼もしい言葉に、エミリオも微笑む。
「頼む。藍子の大事な相棒だ。おそらく、これからジェイブルーを牽引していく立場になると思う。海人だけじゃない、藍子もだ」
実家ですら息抜きができない御曹司の海人だからこそ。彼もここが素になれる素肌の場所になればいい。それはエミリオだけではない、篤志も瑠璃も心得てくれるようになったようだった。
「そうそう。エミル兄さん。城戸准将の甥っ子とかいう双子ちゃんって、海人の親友?で先輩?で、エミル兄さんのフライトチームの若手なんでしょ。私と連絡を取り合ってもいいかな」
ん? なんか思わぬことを言い出したので、エミリオはギョッとする。
「瑠璃ちゃん、いったい……」
「べつに。当日『暇』を与えないようにしてやろうと思って」
つんとそっぽを向く瑠璃が、いつものかわいい義妹でなくなったようで、当惑したエミリオは夫の篤志に、なにが起きているのかと問うような目を向けていた。篤志はなんのことかわかっているようで、苦笑いを浮かべている。
「大丈夫。瑠璃は俺と出会った会社では、パートリーダー的なまとめ役の管理職をしていたから、信頼はできるよ。たぶん。俺もその双子のパワーがわかんないけど」
「なんだって? ということは、瑠璃ちゃんは、軍隊でいうところの、海曹的な――」
いや、年齢的に海人やユキナオだとやっぱり海曹だよなと納得だった。
しかしその海人にユキナオを配下にしようとするならば、海曹長並の心構えでなにかしようとしている!? やっぱり姉の藍子と違って、なかなか強気な子だなと改めて思った。
「いや、その……本当にお騒がせな双子で、うちの飛行隊長も手に焼くというか」
「ほらーほらーっ! やっぱり油断できないもの、来る前からコントロールさせていただきます!」
あのユキナオをコントロール!? さすがのエミリオも目を瞠る。
「ま、一度任せてみたらどうかな。意外とやるかも、うちの奥さん」
「元々一緒に働いていた篤志がそういうなら。……ん、そうだな。なにもしなくても、なにかしそうだから、意識しておけばなんとかなるかもしれない」
「ねえ、エミル義兄さん。その双子、ほんっとにエリートパイロットなの~? なんなの、その子たち~。いちいち心配されるって、戦闘機で防衛しているイメージ全然湧かない」
瑠璃に要注意人物として目を付けられたユキナオは、心底信用ならん奴らとしてロックオンされている。エミリオもつい、双子をかばうような弁明を口にする。
「でもな、俺もあいつらと演習をしているとヒヤッとするほどの機動で防衛する腕前は、元アグレッサーとして保証はできる。それに。最後に海人の心を穏やかに受け止めてくれるのも、親友で先輩である双子の彼らなんだ。海人は、あいつらあいつらと口悪く言っているけれど、あれも余程の信頼を置いているから遠慮がないだけなんだよ。お騒がせなことをやるんだけれど、頼りがいもあるやつらだよ」
そうなんだ――と、やっと瑠璃の表情が和らいだ。
「うん。わかった。あ、でも、彼らに手伝ってほしいことがあるから、連絡するかもって伝えておいて。連絡先は海人を通じてお願いするから。いちおう、お仕事仲間のお義兄さんに伝えておくね」
「わかった。楽しみだよ。瑠璃ちゃんも、篤志も、元気で――」
「エミル義兄さんも、無事の帰還を――」
「お義兄さん、姉のことお願いします」
三人でそっと寄り添って抱きあった。
藍子も、朝田の両親のほうが名残惜しそうにしている。
あとは家族水入らずにしようと、海人と示し合わせていたので、ふたりでそっとレンタカーへと先に乗り込んだ。
もちろん、帰りの運転も海人にお任せだった。
「はあ、あっという間だったな。もう、俺にとって美瑛って天国~。横須賀にいるお祖父ちゃんにも、羨ましいぞって言われちゃった」
「あはは、そうだな。俺もだ――。楽しかった。海人もいてよかったよ。男同士のスノーモービルの日は、男だけで楽しかったな」
「楽しかったですね~。でも、朝田のパパママに言われちゃいました。今度は恋人も連れておいで~って、いないんですけどねえ」
海人があっけらかんと笑い飛ばしている。
「そのうち、できるんだろ。よかったじゃないか。ここだったら誰にも邪魔されずに、彼女と親密になれるぞ」
「ですよねー。親密そうなときは遠慮して距離を取っていましたが、ほんっとラブラブでしたね~。内緒にしておきますね~。そういう意味でも、俺の相手をしてくれる瑠璃さんと篤志兄さんがいてくれて、楽しかった! もう毎日毎日、真穂ママと、青地パパのお料理が美味しいし、秘密のレシピもゲットしちゃったし」
ほんとうに楽しかった!! と、海人も伸び伸びとすごせて、少し前まで基地では、仕事なのに家族のことで思い悩むこともあって、落ち込むこともあったが、だいぶリフレッシュができたようだった。
ついに藍子が、最後は瑠璃と抱きあって、涙目でこちらに向かってくるのが見えた。
「この車に乗ったらもう、藍子もアイアイだ」
「そうですね。俺はサニーで、少佐は――」
「クインだな。もう少佐と呼んでもいいぞ」
「はーい。下っ端海曹に運転はおまかせください」
「最後にもういちど、あのフライドチキンを食べて帰ろう」
「いいですねー!! オレンジのコンビニ寄っちゃいましょう」
藍子が後部座席、エミリオの隣に乗り込んだ。
彼女が涙で濡れているので、男ふたり、そこではしゃぐのをやめる。
「次は結婚式、夏だな。またあのラベンダーと、ロサ・ルゴサが咲いているこの家に戻るぞ。アイアイ」
「では、出発しますよ。准尉」
男ふたりはもう空へゆく軍人に戻っていると、藍子も気がついたようだった。
彼女が涙を拭った。
「はい。帰りましょう。御園海曹、戸塚少佐」
「帰りましょう、朝田准尉」
「帰ろう、准尉。海曹、出発だ」
ラジャー、戸塚少佐――と、二人の声が揃った。
今日も冬の美瑛は真っ白で、長い農道を海人が運転する車が真っ直ぐに走っていく。
「来年は、バンビゲレンデでは滑らないからな」
「斜面が急になっていたり、足が忘れていたりして、まずはバンビゲレンデで思い出してからになったりして」
最近言い返してくるようになった藍子に逆に抱きついて困らせてやる。
藍子もきゃーきゃー言ったので、運転席にいる海人が呆れている。
「もう~、なんか珍しいおふたりを見ちゃったな。あ、フライドチキン、食べますよね」
食べる! とふたりで一緒に叫ぶ。
北海道のオレンジ看板のコンビニに車が入っていく。
また来年――。
その時はもう、藍子は妻になっている。
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