54.ココ、帰るよ

 美瑛の休暇もあっという間に終わった。

 毎日が忙しく過ぎる中、藍子はドレスを決めることができた。エミリオも河合氏のおかげで『男だけの冬のアクティビティ』を堪能して、スノーモービルの日は『さすがバイク乗り、ファイターパイロット』と言われるほどの運動神経を発揮して、美瑛の雪原を楽しんだ。


 結婚式の打ち合わせも済み、あとは小笠原から準備を進めていくこととなった。


 小笠原へと帰る前の晩、藍子と一緒のベッドルーム、ふたり揃って荷造りを始めていた。


「この部屋も、今夜で最後か。名残惜しいな」


 雪に囲まれた毎日は、ほんとうに異世界に来たような気分で過ごせた。遠くになにもかもを忘れにやってきた時間そのものだった。

 スーツケースに、美瑛と富良野で買い込んだものを詰め込んでいる。

 両親ら、雷神にサラマンダーの同僚たち先輩後輩、銀次一家……。詰め込めないものは、いつもの如く、少し時間がかかる宅配便で送った。


 最後に詰め込んだ土産ものを手に取って、エミリオは微笑む。

 富良野の花畑ファームのショップで見つけたポプリに、ハンカチ。心美へのお土産だった。


「急に会いたくなってきたな」


 背中合わせ、隣のベッドで同じように荷造りをしていた藍子が『ふふ』と笑いながら、振り返った。

 すでにラフな部屋着になっている藍子が、エミリオのベッドへと乗り移ってきた。

 手にはスマートフォンを持っている。しかもサッと操作をして、エミリオの目の前でいとも簡単に心美へとライブ電話を繋げていた。


「いや、帰ってからでいいだろ。どうせ、明日、会うのだから」

「ううん。エミルだけじゃないの。衣装合わせの時にも、こうしてビデオ通話で衣装選びをしたの。その時のココちゃんったら、ミミはいつ帰ってくるの、ミミはそこにいないの、ミミはどうしているのって――。この前の衣装合わせの時にずうっと言っていたのよ」

「そうなのか!?」

「そうよ。でもね、ドレスは女の子たちの秘密ってなっているから、衣装合わせでなにがあったかは瑠璃と私とココちゃん、あと園田少佐、じゃない、心優ママ四人だけの秘密にしているの」


 そうなのだ。姉妹で衣装合わせをしてきて帰宅したその夜、どうだったかと男たちで尋ねても、藍子も瑠璃も『内緒、内緒』と姉妹で目を合わせては、笑って誤魔化して、衣装に関しての情報は一切漏らしてくれたかったのだ。

 その夜はエミリオや海人も、初めてのスノーモービルで興奮をしていて、そちらの話題で盛り上がって終わってしまった。

 その後も、藍子はなにも教えてくれなかったので、エミリオも姉妹がそう決めていることならと知らぬふりをしていた。

 その時、どうやら女同士でかなり盛り上がったらしい。心美のサイズはおおよそで決めて、当日、それなりの補正をして調整することでドレスの予約ができたとのことだった。


 その時に利用したビデオ通話で、藍子がいま園田家に繋いでいるということらしい。


「ほら、繋がった。明日、帰るよって教えてあげて。すごくわくわくして待っていてくれると思うから」


 藍子にそう言われ、彼女のスマートフォンを手に取ると、繋がった向こうには園田少佐がいる。


『あら、ミミル! こんばんは。藍子さんかと思ったじゃない』


 ショートカットの黒髪、ベビースマイルと言われている園田少佐の愛らしい顔が、まず映った。


「こんばんは、心優さん。明日、帰ります。いまちょうど心美のことを話していたんですよ」


 そう言ったそばから、『ミミ? ミミなの? ミミがいるの??』という声が園田少佐のそばで聞こえてきた。


「いま、代わるわね」


 園田少佐がスマートフォンを低い位置へと移動させているのが見える。そこからさっと見えた黒髪、そして接近しすぎる頬が見えて、それがすっと遠のくと、随分と会っていないように思えたその子が見えた。


『ミミ!!』

「こんばんは、ココ。ミミだ。明日帰るからな」


 かわいい目がくりっと見開いて、すぐに笑顔が広がる。


『ほんと!? ママ、ミミ、明日帰ってくるって!!』

「ココにお土産を買ったから、持っていくな。明日、楽しみに待っていてくれ」

『わーー!! なんだろ、なに、ミミ、お土産ってなに!?』

「それはだな……、見るまで内緒だ」


 そうしたら、心美も満足げな笑みいっぱいの顔で元気よくエミリオに返してくる。


『ココも内緒なの。ドレス、結婚式の日まで、ミミにも内緒。お嫁さんのあいちゃんのドレスも内緒なんだからね!』


 あれ。またしばらく会わない間におしゃまにしっかりお姉ちゃんになっている気がして、エミリオは驚いた。でも、次にはもう、こちらも笑みしか浮かばない。


「そうか。楽しみだよ。藍子と心美のお揃いのドレス。ミミ、すごく楽しみにしてるんだ」

『はやく帰ってきて! 桜が咲きそうだよ!』


 ああ、そうか。島はもうそんな季節なんだなと、エミリオは窓辺にまだ積もっている白い雪を見つめた。


「帰ってきたら、会いに行くからな」

『うん。待ってる!! あ、ミミ、いっぱい転んだんだって。大丈夫……?』


 あ、スキーのことを話題にしたな――と、エミリオはそばにいる藍子を見遣るが、藍子は素知らぬふりで顔を背けている。


『心美も、雪であそびたいな』


 あ、そうか。島生まれで両親ともに静岡の太平洋側の出身だと雪とは無縁になるのかと気がついた。


「俺も、いつか心美とスキーをしてみたいし、藍子のお花のレストラン、冬に来て欲しいと思っているよ」

『こんど、パパとママも冬に行きたいねっていってるの、そのときも、ミミとあいちゃん、絶対にいっしょね』

「そうだな。そんな日が来るといいな」


 では明日帰るな――と微笑みと、心美もうんとかわいらしく頷いてくれる。

 その後、藍子と心美がまた『内緒内緒』の話で盛り上がって、最後はママと藍子が挨拶をしてビデオ通話は終わった。



「不思議。ここは実家なのに、島に帰りたいって、いま私思っているの」

「おなじだ。俺たちの毎日はあそこにある。そして、藍子と俺の家もな――。でもここも俺には大事な場所になったよ。藍子と朝田の家族と出会えてよかった。これでまた海に空に行ける――」


 隣にいる藍子の肩を抱き寄せ、エミリオはそのまま藍子を胸元まで囲い込んだ。


「よかった。エミルが素のエミルになって癒やされたみたいで」


 素肌の藍子を抱けたはずなのに。そう、俺も素肌になっていたんだなとエミリオも頷いていた。

 それは、雪が白くて白くて。なんの色も見せなかったからなのかもしれない。


 明日、また青き島へと帰る。

『クイン』というファイターパイロットのプライドを携えて、空のかなたへ挑む男に戻る。




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