46.スキーに行こう!その前に……

 この十日間、美瑛でなにをするかを決めた。

 朝食を終えたダイニングテーブルで、藍子と海人、そして義妹夫妻の瑠璃と篤志と珈琲片手に話し合う。


 ここで話を仕切るのは義弟の『篤志』。


「まず、藍ちゃんと、エミル兄さん、そして海人、休暇に来ている三人にこの十日間を楽しんでほしいので、なにをしたいのか要望を募った結果――」


 篤志は手際よく、三人それぞれに希望をそれとなく問い合わせていたようだった。もちろんエミリオも昨夜の食事が終わってすぐに、さりげなく問われて答えていた。

 こういうところ、大手商社にいたビジネスマンの気質を感じ、エミリオは義弟の手際にも尊敬している。


「まず三人ともスキーがしたいということなので、これは一応明日と定めておこうと思う。悪天候で実施できなかった場合は、後日の天候がよい日を早朝に確認できた日にでかけるということでいいかな」


 篤志の提案に、藍子も海人も、エミリオも『OK』と頷いた。


「それから、譲れない日程はひとつ。旭川のウェディングプランナーと決めている相談日。この日は予備日にはしない。これもいいかな」


 それにも三人一緒に頷いた。そこで瑠璃がいつもの元気で『はい!』と手を挙げた。


「はい、瑠璃さん、どうぞ」


 夫なのに篤志が上司のようにして、妻の瑠璃に発言を許可する。


「旭川のウェディングプランナーさんと相談する日は、お姉ちゃんと一緒に私も行きたいです! エミル兄さんは来ちゃダメ」


 海人と一緒にエミリオもぎょっとした。篤志は何故だか素知らぬ顔をして黙っている。


「この日はお姉ちゃんがドレスを決める日なのね。だからエミル兄さんは見ちゃダメ」

「……え、どうしてだ、瑠璃ちゃん?」

「当日に、うーーーんと素敵になったお姉ちゃんを初めて見て、綺麗――と思ってほしいの。私もそうしたから。それに、お姉ちゃんはこういうこと一人でなかなか決められない性分なの。エミル兄さんの好みで、藍子これがいいよ――なんて言っちゃったら、似合っていなくても少佐がいうから大丈夫とか言って流されちゃうかもしれないでしょ」


 姉がこんなことが出来ないと、はっきりと言う義妹にもエミリオは面食らう。しかも藍子と違ってけっこうぐいぐいくる物言い!


「また瑠璃は、自分がしたことを姉ちゃんにもさせようとして。藍ちゃんとエミル兄さんの結婚式なんだから邪魔をしたらいけないだろ」


 さすが夫の篤志が窘めてくれたのだが――。


「……私は……、瑠璃に見てもらいたいかな……」


 藍子がそっと呟いた。それには篤志も眼を開いて静止してしまった。彼がエミリオを見る。どうする兄さんという眼差しだとわかった。

 きっと篤志もそうだが、エミリオも感じている。これが気持ちが通じ合っている、一緒に育ってきた『姉妹』なのだ。


「わかった。披露宴はここ美瑛ですることになっているから、こちらのレストランの都合に合わせるように決めているし、藍子が主役だから好きにしたらいい。予備日もあるが、元々小笠原と旭川で連絡し合って決めていくことにしているし、この休暇中に新郎との話し合いが必要だったら、その日に俺も旭川に行くよ。それでいいだろう」


「エミルもついてきていいのよ。瑠璃はそういっているけれど、ただ、ドレスについては妹に見てもらいたいなとずっと思っていたから。瑠璃は経験者だし」


「えー、そうしたら、試着で見ちゃうじゃない。花嫁姿~。当日に見てほしいな私だったら」


「篤志はそれで、試着の日は一緒に行かなかったということになるんだな」

「はあ、そうだったんだよな。来るな来るなと言われて。俺の衣装は別の日に試着することになって。エミル兄さんの試着はどうするんだよ」


「だって。エミル兄さんは海軍の真っ白正装にするんでしょ。衣装自前よね」

「そうだな。それだけで済ます予定だ」

「もう~いまから楽しみ~。絶対にかっこいいもの。きゃーーーっ」


 ひとりではしゃぐ瑠璃の明るさに、ついに黙って控えていた海人まで笑い出した。


「だったら。俺も遠慮なく提案しちゃっていいですか!」


 海人の挙手に、ミーティングリーダーを務めている篤志が『どうぞ』と発言許可をする。


「男同士で、スノーモービルやりたいです! あと、ここ美瑛ステイ専用のスキーウェアも買っておきたいかな。それと、美瑛スープカレーを食べたいです!!」

「では、瑠璃と藍ちゃんが姉妹で旭川に行く日に、男同士でスノーモービルに行くことにしようか。スープカレーはスキーの日の帰りに夕食として五人で食べに行こう。エミル兄さん、どうかな」

「うん、いいな。普段はバイク乗りだから、乗り物は楽しみだ。藍子はいいのか?」


 男同士で出かけるのも魅力的だが、藍子と初めての冬休みなので一緒に体験したいのも本心だった。だが藍子は瑠璃と目を合わせて嬉しそうにしている。


「また今度かな。男同士で楽しんできて、私はひさしぶりに瑠璃と旭川でショッピングしたいから」


 そこは女同士が良いようだった。そこでスケジュールがほぼ決まった。

 スキーウェアは篤志から借りようとしたが、海人が美瑛ステイ用に買うと聞いて、エミリオも見るだけ見に行くことにした。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 海外のアウトドア有名ブランドが富良野に出店していたので、海人の運転で三人一緒にでかける。

 そこで物色しているうちに、または海人が『絶対買う』とあれこれ試着しているのをみたら、やっぱりエミリオも自分好みのものが欲しくなってしまった。


 婚約者のエミリオがきっちり揃えるなら、自分も欲しいと藍子まで言い出して、三人それぞれ試着を繰り返す。


 結局藍子と共に三人ともお気に入りを購入――。


 千歳からのレンタカーでそこまで来たため、また海人の運転でロサ・ルゴサまで。途中、コンビニが見えたところで海人がそこへと入っていく。


「俺、運転しながらコーヒーを飲みたいので買ってきますね。藍子さんとエミルさんは?」

「私はお水がいいかな」

「俺もコーヒーがいいな」

「海人、一緒に行くよ」


 藍子が相棒気分でついていこうとした。


「いえいえ、お任せください。藍子さんもエミルさんも俺の上官ですから。あ、俺、お手洗いも行きたいんで待っていてくださいね」


 雪がちらつく駐車場を、海人が軽快に走って店内へ向かっていく。

 今日の藍子はエミリオと一緒に後部座席に並んで座っていた。


「お手洗いは嘘ね。私たちを車から降ろさないように気を遣ってくれたんだわ。ほら、おトイレに行かないでしょう」


 店内の見えないところに入ったきり、海人がトイレ入り口に近づくことがなかったのをエミリオも確認する。


「ほんとうだな。まったく……。休暇だからと言ってるのに」

「でも。自分ひとりでしたい買い物とかあるのかも。そっとしておこう。それに見た? レジで会計するときの海人のカード。ブラックだったでしょ」


 エミリオも見た。レジのスタッフもカードを見てぎょっとしていたから気がついてしまったのだ。


「なんか、でかける前に『俺が旅行しようとする度に、エドがうるさい』と言っていたけれど、ああいうことなのかなって……。なんでも自由じゃないのかもね」


 なるほど。御園家の子息として『なにを買うか』も管理されているということらしい? あるいは『お買い物もこちらに甘えてください』とミスター・エドが気遣っているのかもしれない? 庶民のエミリオにはどちらかは予測もつかないが、海人が資産家の孫で跡取り息子なのは確かな話で、一族のグレードを保つために持たされているのかもしれない? 自分のクレジットカードぐらい作れそうなものなのだが、御園家の跡取り息子として個人的な契約なども自由ではないのかもしれないとエミリオも思い至った。


「そういう私たちも、おもいきって買っちゃったね。あんな高額なお買い物、新居に越して以来だからちょっと躊躇っちゃったけど、エミルったらスキーウェア着てもうんとかっこいいんだもの。私も欲しくなっちゃった」

「俺は海人が試着していたらかっこよかったから、ほしくなっちゃったんだよ。いいだろ。二人一緒に防衛最前線で日々貢献しているんだ。命がけの任務から帰ってきたんだから、こういう時に思い通りの休暇を過ごすのも悪くない。普段、あれこれ買う生活もしていないしな」

「ゴーグルをしたエミルと海人ったら、コックピットにいる時と変わらないんだもの。お手伝いしてくれたスタッフさんたちも『お二人とも、かっこいいですね』と惚れ惚れしていたよ」


 栗毛の青年に、ブロンドの男がやってきて、あれこれ試着していたら『どちらのお国からですか』と藍子が聞かれていたのをエミリオも知っている。

『いえ、ふたりとも日本国籍で日本育ちです』と伝える藍子に、スタッフが『え、そうなのですか』とまた不思議そうな顔していた。

 そして最後に海人がブラックカードを出すという……。


「こうしてプライベートも一緒にいると、海人のこと、だんだんわかってきたんだけど。でも、最初に出会ったときのままの、お日様サニー君のままにしてあげたいなと思っているの。これからも私とエミルが夫妻になっても、ついてきてもいいよね」


「それはもちろんだ。……というか、海人がいなかったら、今回は役立たずの俺が一緒で藍子が苦労したかもしれないな。俺は兄弟がいないから、篤志に瑠璃ちゃんに海人が一緒だと兄弟やいとこが集まったみたいで楽しいからな」


「よかった。だから、見て見ぬふりしておこうと思って。明日のスキーもうんと楽しもう。エミルだったら一日でてっぺんから滑降できると思うわよ」

「……そ、そうか? うん、運動神経は自信があるぞ」

「明日、ゲレンデに着いたら、子供の初心者用のゆるやかなエリアがあるから、そこで頑張ろうね」


 あ、本当に自分が教えるつもりなんだな――と、エミリオはヒヤヒヤとしてきた。

 うんそうだな――と気のない返事をする前に、運転席のドアが開いて海人が帰ってきた。


「藍子さん、大雪山の水ってありました! 俺も買っちゃった! もう~あれこれ北海道限定とかコンビニにもあるの困っちゃうな~。夜食みたいになっちゃうな。俺、休暇中に太っちゃうな」


 運転席のシートに、ぷっくり膨らんだレジ袋が三つもドンと置かれたので、藍子と一緒にエミリオは面食らう。


「ちょっと海人、買いすぎなんじゃないのっ」

「だって、ここ北海道拠点のコンビニで懐かしかったもんですから。俺、ここの、フライドチキン大好きだったんですよー! サッポロビールのつまみに最高!!」


 すでに後部座席にまでそのチキンの匂いが漂ってきた。


「もう~、今日もお父さんの夕食を食べるんじゃなかったの」

「まあまあ、藍子。北海道拠点のコンビニは俺も噂に聞いていたが初めてだ。そのフライドチキン、俺も食べてみたいな」

「そう言ってくれると思って! おやつ代わりに三人で食べれば、お腹いっぱいにはならないでしょ。さあさあ、行きましょう! 食べましょう!」


 藍子が『もう、しかたがないわね~』と海人が持ち込んできたレジ袋を後部座席へと運び移した。

 車が発進して車道を走り出す中、藍子がかわりにレジ袋を探って、食べる準備をしてくれる。


「あ、海人。ワインまで買ってる!」

「えへへ。お部屋でこっそり晩酌させていただきますね~」

「うちにもあるのに……」

「こっそり、ひっそり、一人でやりたいんですよ。ホタテのヒモと貝柱をかじって」

「えー、もうやだ、海人がオヤジみたいなことするなんて」

「えへへ、こっち干物系めっちゃ旨いんで。なぜかこっちではちょっとやってみたくなるんですよねー」


 空が薄暗くなってきた夕方、また少し吹雪いてきたが、海人はそんな中、始終楽しそうに運転している。

 藍子が言うとおり、いまは『御園の坊ちゃん』と人々の目に晒される基地ではないから、素のお日様君で楽しいのかもしれない。


 コンビニでオヤジくさい『干物』を買って、ジャンキーなファーストフードを買い込んで……。たぶん……、ブラックカードで支払ったのだろうと、エミリオはそのギャップに苦笑いしつつも、海人と彼女と一緒にフライドチキンを頬張って一緒に笑っていた。


 明日はスキー、ゲレンデへ行く。吹雪いて来たが、大丈夫だろうか。エミリオは晴れたり曇ったりがあたりまえの北国の空を見上げる。




 


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