42.カープがいた
ホットスクランブル!
指令の号令がスピーカーからかかり、待機していた部屋からエミリオは銀次とともに飛び出す。
出た部屋のすぐそばにあるドアを出ると、そこには海風に晒されている鉄階段がある。
見下ろすとかなり下にさざ波が、海面が見えるが、そんなことは気にする間もなく、その階段を駆け上がるとフライトデッキへと到着する。
目の前には、白い戦闘機と言われている『ネイビーホワイト』、目の前にすぐに現れたその機体へと銀次が向かう。エミリオはさらに向こう、もうひとつのカタパルトレールにセットされている雷神2号機へと向かう。
共にすぐにコックピットへと乗り込む。ヘルメットにヘッドマウントディスプレイ、シートベルトとセッティングを済ませ、すぐさまキャノピーをおろし、密閉ロックがされる。
ウィングや尾翼などの機体動作確認、出撃前のすべてのチェックを済ませると、黄色ジャージの甲板要員の手合図でどこまで準備が出来たかを確認する。
黄ジャージの『航空機誘導士官』、カタパルトシューターの合図が『発進前』を示し、彼が身をかがめた。
その時、隣のカタパルトレールからシルバーの雷神1号機が発進していく。一足先にリーダー機が離艦、空へと機首を向け飛び立っていく。
その後、間もなく。エミリオの視線にも『出撃』の合図が、シューターから送られてくる。
彼に敬礼とグッジョブのサインを示し、エミリオもコックピットの正面へと視線を据える。操縦桿を片手に握りしめる。
『GO Launch!』
機体がカタパルトを滑り出す。あっという間に海原へと飛び出した機体を空へと持ち上げるように、エミリオは操縦桿を倒す。
先に上昇していった先輩の後を追う。
『こちらシルバー、行くぞ』
「こちらクイン。ラジャー」
追いついた先輩の機体と並んで目的位置を目指す。
《こちら横須賀中央官制、目標エリア、五島列島沖。ジェイブルー追跡隊、岩国105より解析データ到着 接近不明機は大陸国機 通称名『白虎05、06』の二機――》
その報告にエミリオはハッとする。久しぶりに聞く機体番号。転属してくる前に藍子が操縦していた機体だった。そしていまも別れた相棒がデータマンとして搭乗しているはずだった。
それに銀次も気がついたようだった。
『こちらシルバー。おやおや~、ひっさしぶりの機体番号を聞いちゃったな~』
「こちらクイン。そうですね。サラマンダーで資料を見ていた時は、時々目にしましたけれど――」
演習を担う部隊だったからこそ、資料として新鮮なデータを目にすることができていた。その時も藍子が乗っていた岩国105からの資料はよく中央から上がってきていた。
しかし実務部隊になってからは、チーム単位のコンバット演習と、今度は逆に演習をつけられる側になってしまい、外からの情報を知ることができなくなってしまったのだ。
だからこその『ひさしぶり』の岩国105であった。
やがて、遠くにコバルトブルー色の中等機一機と平行で飛行している大型戦闘機の二機を確認。尾翼には白い虎のペイント、連合軍側では『白虎』と名付けて勝手に呼んでいる対国の戦闘機部隊だった。
『こちら雷神1、シルバー。到着』
「こちら雷神2、クイン。到着」
青いジェイブルー機の真横へと、こちらも平行体勢で飛行を維持しつつ報告する。
『こちらジェイブルー105、ゼット。雷神1,2に措置を引き継ぐ。こちら105、追跡状態を維持、後方に下がる』
『こちらシルバー、ラジャー。対領空侵犯措置のアナウンスに入る』
「こちら、クイン。ラジャー。シルバーと共に措置対応飛行に入る」
『ジェイブルー105、ラジャー、後退する』
追跡していたジェイブルー機が戦闘機部隊の到着で、これからは撮影業務に切り替えるために後方へと下がっていった。
ひさしぶりの105に遭遇したが、パイロットは『ゼット』。横須賀ではだいぶ先輩だった元戦闘機パイロット少佐だった。岩長中佐同様に、腕前はありながらも年齢的なことを考え追跡部隊に異動したようだった。
そしてその後ろに……、彼がかわらずに搭乗しているのもエミリオにはわかっていたが、もう目の前の白虎のイラストしか目に入っていない。
『クイン、行くぞ。俺は白虎の05だ』
「ラジャー、シルバー。では、こちらが06対応する」
『アナウンス後、中央官制から許可が出たらすぐに右側行くぞ』
『ラジャー』
演習でも実務でも、リーダー先輩が『右側』といえば、もうどうするかがわかってしまう。
阿吽の呼吸のエレメント形態で、白虎の二機が侵入してこないように牽制をする。
『こちら日本国――』
銀次の警告アナウンスが始まった。近づいているから飛行経路を変えるようにという淡々とした彼の英語の警告が続く。
エミリオは操縦桿を既に力を込めて握っている。仕掛けてきたら、こっちもあっという間に冷や汗ものの体勢に持って行く自信がある。きっと銀次もそうだ。
だが、今回はすっと片翼を下げ旋回した方向は、大陸国側、彼等の祖国へと遠ざかっていく。
『経路変更確認。アナウンスを終了する』
銀次の報告と共に、中央官制からも。
『後退を確認。対領空侵犯措置、ここまでとする。雷神1、2 お疲れ様でした。帰投するように』
『雷神1 シルバー。ラジャー』
「雷神2 クイン、ラジャー」
共に旋回をし、離艦した空母へと方向を変える。
『こちらジェイブルー105、ゼット。久しぶりだな。お疲れ様。そして雷神への就任……、おめでとうかな?』
新たに105の操縦士となった先輩からの声かけがあった。
『こちら雷神1 シルバー。ざんねんっすよ、先輩が戦闘機部隊を去っていたなんて』
『こっちの仕事に興味が湧いた。それに、陸に毎日帰れるからな』
『なるほど。ご家族にもよろしくお伝えください』
『おまえもな。健闘を祈る』
どうやら、銀次とは繋がりのあるベテランパイロット。横須賀出身だから、それもそうかとエミリオも思った。
だが、こっちはこっちで、違う意味で後部座席にいるパイロットと知り合いなんだよなーと、任務実務中なのに、エミリオはため息をついてしまっていた。
『こちらゼット。クインも、おめでとう、かな。頑張れよ。後ろの男も、ご家族ともどもお幸せにと言ってるから伝えておくな』
どっきりとして、遠くで並行飛行をしているジェイブルー105を見てしまった。
「こちらクイン。ありがとうございます」
彼女にも伝えておきます――が、言えそうで言えなかった。
あまり私用の通信をしていると中央官制からペナルティをつけられてしまうので、いつも単語だけ簡素な挨拶だけにとどめていたので、話もそこで終わる。
『では。ジェイブルー105、パトロールに戻る。雷神1、2 健闘を祈る』
先輩から降下して消えてしまった。
『こちらシルバー。空母へ帰艦する』
「こちらクイン。ラジャー」
『あー、帰ったらさあ。またあいつらがなにかやらかしているんじゃないかと気が気じゃないな~。お仕事はちゃんとしてくれるのに、なにあのギャップ』
双子のことを言っているとすぐにわかって、エミリオは笑い出す。
「あはは。バレットさんで慣れてるでしょ」
『いや~、あの人はやっぱり大人のお兄さんだったとよくわかったわ』
悪ガキといわれていた鈴木少佐と双子を比較して、子供っぽいと思っていた先輩が実は大人だったといまごろ痛感している銀次の言葉に、エミリオはまた笑い出してしまう。
双子は悪ガキというよりは、無邪気というべきか。いつも一緒の仲良し兄弟。だからやらかすときも二倍の相乗効果で、あっと驚くことも既にこの航海で三回ほどあった。
そのたびに新リーダーになった銀次が目くじらを立てて怒るのだが、最近は『疲れた』と言って、いちいち怒ることはやめて、どんと構えるようになってきた。『あれ、ゴリラさん。いつも笑って流していたらしい……』と先にいた年配雷神ベテランパイロットから聞いてから、ムキになるのをやめたようだった。
またこの双子がやらかしたあとは、素直に反省をして、きちんと謝罪して、なおかつ『すみませんでしたー』といつもの愛嬌で部屋を掃除してくれたり、シーツを代えてくれたりなど、気を利かすところもあるので、結局、皆が許してしまうのだ。
銀次も腹立つけど憎めない――と諦めてから、余裕の飛行隊長になってきたとエミリオはそばにいて思っている。
あとは艦長である城戸雅臣准将が、銀次以上に叔父として双子に厳しくしてくれるので助かっているところもある。
シビアなのは。その双子がやらかすたびに艦長が、乗艦中のペナルティ持ち点をガンガンと減らしていて、双子の持ち点が少なくなってきているので、ここしばらく流石の彼等も大人しくしている。
ほんとうは銀次も雅臣艦長も、内心ハラハラしているのはわかってはいるが、若い双子がいるおかげで、雷神のチームが賑やかで笑いが絶えないのはいいところだとエミリオは思っている。
『雲がでてきたな。急ごう』
「ラジャー」
五島列島沖の海上で旋回をし、対馬海域へと航行している空母へと帰還する。
帰りは雲が多いなかの飛行になった。
白い雲の中――。エミリオの心はもう北国を想っている。あと半月、そうしたら帰港だ。
そしてすぐに冬の長期休暇を取得して、藍子と一緒にまた北へと向かう。
『びっくりしないでよ。ほんっとに雪だらけだからね』
彼女の笑う声が、飛行音の彼方から聞こえてくる。
こんな白い雲のかすみのように、どれだけ真っ白な世界が待っているのだろう。
―◆・◆・◆・◆・◆―
「エミル、エミル。もうすぐ着陸だから起きて」
彼方から聞こえていたと思っていた彼女の声が、すぐ耳元に聞こえてきた。
はっと目を開けると、違う飛行音。戦闘機ではない、旅客機が降下していく音……。
すぐそこの窓へと目線を向けると、また雲の中だと知る。それでもその気流に逆らって、重たい機体を下へ下へと降下させるための操作をしているところだと、おなじパイロットとして体感してしまう。
そこで目が覚め、エミリオは起き上がる。いつのまにか毛布が身体にかかっていて、彼女が気遣ってキャビンアテンダントに頼んでくれたのだとも気がつく。
「おー、ひさびさの千歳!」
彼女のむこうから海人の声も聞こえてきた。すっかり目覚めてエミリオも起き上がって、窓辺の景色を見下ろした。
上空に垂れ込めていた厚い雲間を抜けると、千歳の街がひろがっている。その光景にエミリオは目を瞠る。
「真っ白だ」
街も郊外の大地も山も樹木も、空もなにもかもだった。
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