40.私だけの、サラマンダー
ソニックオーダー完了。この業務も無事に終了した。
もう演習での業務も終了したため、ついにサラマンダーの濃紺フライトスーツを返却する。
この日も藍子の自宅へと、エミリオはバイクで帰宅する。
日が短くなり、夕の黄金が消えるのが早い。それでも彼女の自宅には灯りがともり、料理をしている匂いが漂ってくる。
「ただいま」
リビングに入って、エミリオは驚く。
「おかえりなさい」
夕食を準備している藍子が制服のままだったのだ。
「……これから、まだ仕事、なのか?」
彼女のシフトは本日は日中だけだったはずと思いながらも、軍人に予定外はつきものなので尋ねてみた。
すると藍子がエプロンを解くと、帰ってきたエミリオに向かって敬礼をした。
「アグレッサー飛行部隊 サラマンダーでの任、ご苦労様でした。お疲れ様でした、戸塚少佐」
軍人としての彼女からのねぎらいだった。なのに、藍子がそこで目を潤ませ、顔を覆ってしまった。
「ごめんなさい。……泣かないようにと決めていたのに……」
「藍子、……いや、ありがとう。藍子と出会えた仕事だった。これから結婚をするのに、最前線に行くことになって申し訳ない。年齢的に、一度は外に出されると銀次さんと覚悟はしていたからな」
「違うの。あなたに一番似合うあのフライトスーツから離れてしまうことが寂しいの。……意地悪だったけど。素敵だったから」
軍人として労ってくれたのに、藍子はあっという間にフィアンセとして泣き崩れた。
そんな彼女のそばへとエミリオも歩み寄り、黒髪の彼女をそっと抱き寄せる。
「覚えておいてくれ。サラマンダーに戻るまで。火蜥蜴だった俺のこと」
「忘れない。私が恋をして愛したパイロットだから」
彼女からエミリオに抱きついてきた。ずっと泣いている。労る気持ちもあるし、寂しさもある。それはエミリオもおなじだったから、同調してくれる彼女をそっと抱きしめる。
過酷な仕事をしてきたはずなのに、こうして愛して労ってくれる存在がある。
それだけで。最前線を護る勇気も、帰還する決意も強くなれる。
藍子のおかげだ。
きっと、少し前からそのつもりだったのか。彼女が整えてくれた夕食は、いつもより少しだけご馳走仕立てになっていた。
これからこうして、帰ってくると心がほぐれる場所として藍子が待っていてくれる。それだけわかれば、エミリオには充分幸福なことだった。
たぶん。もう、この時には、お互いにその気で、だいぶ気分が高揚していたのだろう。
シャワーを浴びた後、彼女のベッドで一緒になると、お互いにわかっていたように、どちらが誘うでもなく素肌になって重なった。
しかも今夜のエミリオはかなり昂ぶっていた。彼女もいつになく吐息が激しく感じやすくなっているように思えたが、それがよけいにエミリオを煽っていた。
「エミル、……どうして……」
いつもゆっくり、じっくり、男の欲求を抑えてコントロールをして、彼女が嫌がらないように、彼女より大人だといわれるエミリオがリードしてきた。
なのに今日は抑えが効かず、下にいる藍子をだいぶ荒っぽく求めているとエミリオも自覚している。
「悪いな、藍子。……好きに、させてくれないか」
急速だったせいか、藍子の頬にくちびるに乱れた黒髪が覆っている。
「藍子……、」
「いいから……、好きにして」
藍子はよくこう言ってくれる。
エミリオは抑えに抑えて、彼女の様子を見て愛していることを知っているからなのだろう。
時々、どうしようもなく抑えられなくなる様子を知ると、こう言ってくれる。
なのに、そこで藍子がふっと笑った。
こっちはもうボルテージ最高値で、いまから男の昂ぶりを発散させる寸前のところだったのに――。
「なんだ、藍子」
「ごめんなさい。笑っているわけじゃないの。嬉しいの」
嬉しい? エミリオは首を傾げる。
最近、彼女が見せるようになった妖しい眼差しを向けられる。
泣きぼくろがあるその目つきは、男の劣情を誘う。そんな大人の妖艶な女の目を向けているのだ。
「だって。あなたはサラマンダーを辞めても、やっぱりここでは、まだ、サラマンダーなの。私は、ずっと失わない。ずっと私が惹かれたその目でわたしを愛してくれるって……、思ったの。だから、そのまま、愛して。今夜も、これからも」
引っ込み思案で自信のない女の子だと思っていたら。妻になろうとしている彼女も、サラマンダーに相応しい妖艶な女になっている。大人の女の余裕が備わってきている。
「では。覚悟をしてもらわねばな。アイアイ」
いつもならここで、こんな時にタックネームで呼ぶなと言われそうなのに、藍子はまた妖しく微笑んでいる。
「堕として、クイン。私を、くたくたになるまで、墜落するまで。徹底的によ」
「任せろ、アイアイ。それは俺の使命だ」
にやりと笑ったエミリオに、藍子も笑む。
「クイン……」
敢えてそう呟く彼女のために、エミリオは遠慮はしなかった。
照準は外さない。一度ロックをしたら、きっちり撃墜をする。
手も緩めない。たとえ、か弱いアイアイでも……。空でもそうしてきた。
彼女はいつもエミリオのことを、意地悪な男だと睨んでいたのに。
いまは、大人の女の妖しい眼差しで、……ほんとうは、無敵のサラマンダーの、クインという男を、何度も何度も撃ち落としているだなんて知らない。
彼女にキスをしたくて、エミリオは藍子の肢体に覆い被さる。
するとすぐそばに降りてきたエミリオを藍子もすぐに両腕で抱きしめてくれる。なのに、エミリオが息もできないぐらいに彼女のくちびるが愛してくれる。
「しばらくは、私だけのサラマンダーのクインね……」
ささやく彼女のくちびるに、最後は優しくキスを施した。
―◆・◆・◆・◆・◆―
それから一ヶ月経って、エミリオと藍子は新居をそうそうに決めることができた。
簡易ベッドを準備すると悩んでいたのが無駄だったと思うほどに、引っ越しもあっという間に終わった。
エミリオが早く引っ越したいと思っていたのに、いざとなると藍子のほうが決断が早く、御園家の不動産担当のジュール氏の案内で素早い契約となった。
一軒家を購入した城戸家とは異なり、ひとまず二階建てファミリー向けの賃貸一軒家を新居とした。
引っ越しの準備も、お互いの荷物も少なかったために、あっという間に済んだ。
リビングは藍子がほんの短期間の住まいとなった平屋とおなじ雰囲気に整えてくれる。
二階にふたりのベッドルームをつくり、そこでやっとやっと、エミリオ念願の彼女の負担にならないふたりで眠れるゆったりベッドを入れることができた。
エミリオの大量の書籍を収納する部屋を藍子が準備してくれ、そこが書斎となった。
予想していたとおりに、藍子との新居生活は快適だった。岩国で気に入った彼女の自宅の雰囲気、小笠原に越してきても癒やされていた彼女の平屋の雰囲気、気に入っている空気感を藍子はすぐに醸し出してくれた。
雷神への異動も終り、新しいフライトチームに馴染もうとしている秋口。帰宅すると、藍子がそれを嬉しそうにエミリオに見せてくれる。
「エミル、できあがったのが届いたの」
それは、藍子が特別にオーダーしていた『かわいい招待状』だった。
「ついにできたのか」
エミリオも待ちに待ったものだったので、新居のダイニングテーブルで、それを藍子と一緒に眺めた。
「はやく届けてあげて。心美ちゃんに」
ちいさな友人、心美への招待状。そしてフラワーガールを依頼する招待状でもあった。
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