38.さよなら、カーキー
来ないと思っていた双子が上官指示を無視して、ロックオンを仕掛けてきた!!
驚愕するエミリオだったが、今までの打ち合わせでの予測どおり、つまりは双子は上官の制止を振りきって、侵犯機を撃墜する行動を選んだということだ!
『こちらバレット。クイン、背後だ! バーティゴ演技は解除、応戦せよ!』
レーダーで背後の機体番号を確認すると、イエティのユキ!
『もうバーティゴかもしれない、そうではないかもしれないという演技はいらない。クイン、行け。サラマンダーが格上だって見せつけてやれ!!』
バレット先輩から捲し立てる通信が届く。
当たり前だ!! 背後に差し迫ってきたイエティを尻目に、エミリオは背面飛行を解除。ドッグファイト体勢に入る。
操縦桿を傾け旋回、回避、正常飛行体勢に戻る。戻ってすぐ、また片翼を下げ無茶な機動のまま一気に急降下、目標の空母が肉眼で目視できるところまで降りてきた。
せっかく背後に忍び寄って隙をつこうとしたイエティだったが、一瞬でクイン機に交わされ、エミリオの回避術の精密さと素早さ、鋭さについていけずに、目の前で逃した形になる。
あっという間に高度差が生まれ、エミリオは先行して目標へと向かう。イエティはまた引き離された高度差を縮めるために降下してくるが、先ほどより距離がある。
これがサラマンダーのアグレッサーと、まだ若手パイロットの差だった。
「捕捉はいります」
訓練用の照準で海上待機中の空母に、黄色の捕捉リングを合わせる。
だがその間にも、エミリオがいるコックピットには背後から捕捉されている警報音がピーピー響き始めた。
イエティに捕捉されロックオン手前になっているのだ。一瞬の隙は作ったものの、互いに同機種性能の戦闘機、あっというまに距離を縮められている。
エミリオはクッと頬を引きつらせ、苦虫をかみつぶすような思いで操縦桿を倒し、捕捉リリースから手を離す。
「目標への捕捉解除、回避する」
このままロックオンをするために意識を集中させると、あっという間に撃墜される危機感があった。
あと一歩のところだったが、目標を目の前にして空母がエミリオの視界から見えなくなる。つまり、今度はクインが、イエティにチャンスを潰された形になる。
一瞬で交わして隙を作ることは上手のクインだが、それを挽回する力を若いイエティも付け始めているということだった。やはり油断はできない。一か八かを狙うのは危険すぎる。ここは一度チャンスを外してでも、慎重に確実に行くべきだとエミリオも判断する。
『こちらバレット、仕方があるまい。だがドッグファイトなら負けはしない。しかもエレメントリーダーのフジヤマから離脱した単独行動だ。ひとりぼっちの雪男など蹴散らしてやれ』
いつも熱血の悪ガキパイロットのはずなのに、この人は闘志を燃やすとこんなに落ち着いた口調なんだと、エミリオは初めて感じた。そのぶん、指揮されている側としては落ち着きを取り戻せる。
『こちらシルバー、ブラッキーを捕捉、ロックオン撃墜成功。演習エリアからブラッキー、退去中――』
『よし! こちらバレット。クインの援護につけ。クイン、イエティとのドッグファイトは中止。捕捉ロックオンを回避しながら、目標爆撃へ移行しろ』
「ラジャー。再度、目標への捕捉に入ります」
さすが銀次。突然の襲撃でも落ち着いて若造のアタックを回避、あっという間に撃墜してくれていた。
こちらもいつもの調子もどこへやら、非常にクールな声色で、闘志をごうごう燃やしていたのがわかる。
今度は正常飛行からの、目前、目標捕捉。あと一分で空母の上空をかすめる位置までやってきた。アクアマリンの海に悠然と浮かぶ灰色の空母へと標準リングを合わせる。しかし、またもやコックピットに捕捉警報音が鳴り響く。
『こちらバレット。クイン、堪えろ。シルバーがイエティの背後についた。目標撃墜に集中しろ』
「こちらクイン、ラジャー。目標空母、照準中。捕捉開始、」
だがまた警報音がなりやまず、エミリオは背後を気にする。コックピットから振り返ると白い戦闘機が真後ろにいる。このままではアグレッサーのサラマンダーたるクインが若造に撃墜されてしまう。
しかしその向こうにエミリオは見る。カーキー×イエローの戦闘機が追跡している。
つまりいま、クイン、イエティ、シルバーと三機が連なる状態になっているのだ。
だがそれを知り、エミリオは決する。
「頼みましたよ。銀次さん」
通信はせず、そう呟き、エミリオは前方に集中する。
リリースボタンがあるグリップを握りしめながら、エミリオは思う。
やっぱり……。イエティとブラッキーだった。
どうしてか笑みが浮かんでいた。
おまえたちとこれから最前線に行くこと、頼もしいよ。
そして、やっぱり俺はおまえたちには決して負けない。コックピットを降りるまで。
エミリオの緑の眼がヘッドマウントディスプレイの数値の向こうを見据える。
青い海に浮かぶ灰色の空母、そこにカチッと重なった黄色の標準リングが赤く点滅をする。
リリースボタンを押した。
「こちらクイン。ロックオン、爆撃。完了」
『こちらシルバー。雷神7、イエティ、ロックオン。撃墜、完了』
ほぼ当時の報告だった。
『こちらバレット。確認した。よくやった。さすがだ。そのまま上空待機に入れ』
「ラジャー、バレット」
『ラジャー、バレット』
鈴木少佐も初とは思えない落ち着きと、的確な指揮で頼もしかった。きっと彼の今後の道が開け、評価も変わってくるだろう。
空母のブリッジ上空を通過し、少し過ぎたところで、イエティを撃墜したシルバーが、エミリオの機体と並んだ。
イエティの白い機体も上昇し、待機しているエレメントリーダーのフジヤマ機まで後退していく。
『こちらシルバー。おっつかれー』
「こちらクイン。援護、ありがとうごいました」
『俺のこと信じてくれちゃって、やっぱり俺のクインちゃん、さすがの落ち着きだったね。でもよ、どう思う? いきなりだっただろあれ。もう終りかと思ったのにさ。ちょっと油断しちゃっていたよ、反省反省』
かーるく言っているところを見ると、驚きはしたが余裕の範囲だったのがわかる。それはエミリオもおなじだった。ヒヤッとしたが、負ける気はしなかったな――と。
『あとのミーティングで、どういう経緯で双子が揃って降下してきたかわかると思うけどさ。やっぱ、あいつら、これから俺らでコントロールするの覚悟しておこうぜ』
「そうですね。それも改めて肝に銘じたい双子の決断ではありました」
そこで管制の鈴木少佐から通信がくる。
『シルバー、クイン。三年間のアグレッサーパイロットの任、ご苦労だった。カーキーと最後のフライトだ。海上を散歩して、十分後に帰投しろ』
銀次とともに『ありがとうございます』と返答をする。
『俺とスプリンターのネイビーイエロー、おまえたちが戻ってくるまで確保しておくからな』
次に帰ってきたら『トップエレメント』の機体になるということだった。だから。このカーキーとは本当に、これが最後。
『行こうぜ、クイン』
銀次からのかけ声に、エミリオも『ラジャー』と笑顔で答える。
共に平行して並ぶカーキー×イエローのアグレス機。
初めてこの機体に搭乗するときに、鈴木少佐が言ったことを思い出す。
クイン。おまえのブロンドと翡翠色の目、そのままだな。お揃いってやつだな。そう言ってくれた。
『お、あそこに帰投する雷神がいるな。ちょっとからかってやろうぜ』
調子が良い銀次が提案することに、エミリオは苦笑いを浮かべるが、それも一瞬。
薄い雲の向こうに、白い機体が四機エレメントを組んで飛行しているのが見える。
「行きましょう。へこんでいるだろう双子に、もう一押ししておきますか」
『シアトルに帰っちゃうゴリラさんにもな。あと入れ替わりでこのカーキー君担当になるフジヤマにもな』
おなじ柄を正午の陽射しに輝かせ、揃って片翼を下げ、ぴったりと寄り添う状態で降下する。
息もぴったり揃えることができる頼もしい相棒のシルバー。マリンスワローで培った精密な技で二機一緒に重なるように、片翼を下げたまま雷神機へと近づいた。
そのままスレスレに感じるだろう、間近で彼らの翼をかすめるようにして降下しながらそばを通過する。片翼を下げていると、水平飛行をしている彼らの視線の位置に、こちらのコックピット、キャノピーのてっぺんが真横に見えるようになっている。
この脅かしをすると、エミリオは思い出す。藍子と海人がペアになったばかりの演習で、これを銀次とやって驚かせたな――と。
意地悪だったとむくれる藍子の顔が浮かんでしまった。もう彼女の家に帰って、彼女をそばに早く休息したいとさえ……。藍子のところに帰りたくなる。
『こちら雷神01、ゴリラ。最後まで生意気なことしてくれるな。ブラッキーとイエティがブーブー文句ばっかりたれて、うるさくてしかたがない』
こちらももうすぐ、あの白い稲妻戦闘機から降りる。そのゴリラから声が届く。
『いつもながら、鮮やかだ。これからは二人が白昼の稲妻だ。頼んだぞ』
雷神でのファイターパイロットを長く勤め上げたベテラン先輩からの、最後の賛辞でもあった。
銀次と島周辺を飛行し、着陸態勢に入る。
『バイバイ、カーキー』
銀次のそんな通信が聞こえてきた。
エミリオもコックピットからナビゲーションライト(航行灯)がチカチカと光っている翼へと視線を向ける。
自分の髪と瞳の色とお揃いの……、俺の小笠原での翼。
またもどってくるからな。
じゃあな。カーキー。
エミリオもそっと別れを告げた。
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