37.ソニックオーダー、開始

 その日がきた。ソニックオーダー演習の日だ。


 小笠原の滑走路には、サラマンダーのネイビーダークネス機と、おなじ機種なのに爽やかな白にネイビーラインを施されているネイビーホワイト機が待機している。


 そしてもうひとつ、海沿いにあるハンガーには、ジェイブルー機も4機待機。藍子と海人、そしておなじ四人チームの先輩、菅野大尉と城田中尉も一緒だった。


 まず、ジェイブルー機がパトロールをしている状態から開始するために離陸していく。


 濃紺のフライトスーツに耐Gスーツを装着、ヘルメット片手に愛機へと辿り着いたエミリオは、空へと飛んでく藍子と海人を思う。

 二人の関係も修復され、海人はいつものお日様君に戻り、藍子はそんなお坊ちゃんの姉貴として落ち着いたようだった。


 今日も上空では息の合った追跡をしてくれることだろうと、エミリオも安堵している。



「あーあ、今日でこのカーキー君とお別れか」


 一緒に歩いてきた銀次が三号機を見上げてため息をついた。


 隊長とエースが組むリーダーエレメントは、サラマンダーを象徴する濃紺に反対色のイエローを組み合わせ、如何にも危険というイメージで、演習相手を威嚇してきた。


 二番手と言われてきた、銀次とエミリオの機体は、カーキーにイエローというミリタリーのカモフラ柄そのものだった。

 銀次はそれを『カーキー君』と呼んでいたが、名残惜しそうでもあった。


 それはエミリオもおなじ……。上に行って、踏みにじられたプライドを取り戻し、自己満足のために部下を左右する上官のいいなりになど決してなるものか――と誓って登り詰めたのが、このアグレッサー部隊だった。


 そこでプライドを取り戻し、そして、伴侶となる妻を得ることになった。

 そこまで共に飛んできてくれた『カーキー』は、エミリオにとっても戦友で相棒だったのだ。

 この演習を終えると、エミリオと銀次はサラマンダーの演習業務から外される。あとは異動するための手続きに引き継ぎ、新しい機体へ乗り移るための準備が始まる。


「さて。なにもしらないユキナオちゃんたちを、かーるくいなして去りましょうかね。エミル君」

「ですね――。なにもしらない割には、すごく警戒した顔をしてましたよ」


 少し離れたところにいるホワイト機のエレメントが二つ、ゴリラとフジヤマ、そして相棒のイエティとブラッキーが搭乗準備を始めているが、ユキナオは二人揃ってひそひそとなにかを話しながら、こちらを見ているのだ。


「エミル、おまえ、なにも匂わせていないよな」

「いや……、おまえたちともうすぐ演習をするから、一緒に食事をしたくないと言って、海人を預けただけですよ。絶対に負けない、撃ち落としてやるという姿勢はいつものサラマンダーとして言ったつもりですけど」

「んー。あいつら、侮れんな。幼そうに見えて、わりかし感がよくて察しもいい。これからあいつらを従えての任務になるけれど、気をつけておかないとな」

「そうですね」


 銀次がそこで深呼吸をした。


「クイン、行くぞ。アグレッサーとして、ひとまず最後の演習だ」

「ラジャー。シルバー」


 それぞれのコックピットへと、はしごを登って向かう。

 離陸準備中に、次は雷神のホワイト機が4機、先に離陸していった。


 今回は既に上空待機している状態から演習スタートとなる。当時の配置とおなじ状況がスクランブル発進後に起きたことだったからだ。


『こちら訓練管制スコーピオン、の、バレット』


 指揮官仮デビューの鈴木少佐の声が聞こえてきた。まだ仮らしい言い方にエミリオは思わず笑んでしまう。


『えー、こちらアグレッサー側のコールサインは《サラマンダー》とする。指揮はバレット。万が一、万が一に、交代した場合は、指揮官のタックネームを通達する』

「ラジャー。よろしくお願いいたします。バレット」

『イエティとブラッキーを侮るな。健闘を祈る』


 いつもなら『いつまでもガキっぽい先輩で大丈夫かな』と思うところだが、先日、あれだけ大人の男の真意を見せつけられたので、エミリオも落ち着いて委ねられる。


『いくぞ、クイン』

「ラジャー、シルバー」

『行ってこい。健闘を祈る、シルバー、クイン』


 ついに最後の演習へ、最後のサラマンダーとしての飛行へ、離陸へと向かう。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 小笠原諸島、東側海域、沖合。訓練指定エリアに到着。

 銀次のカーキー×イエローの機体と並んで並行飛行にて待機。管制から通信が届く。


『こちら訓練管制スコーピオン。全機、訓練エリア到達。配置完了。各管制の指示に従い訓練開始』


 陸の管制で総監督をしているウィラード大佐の声が聞こえてきた。


 ジェイブルーが離れたところで、追跡命令が出るまで待機をしている。雷神の四機はスクランブル指令待ち。つまり、エミリオと銀次が動き始めて訓練が開始される。


『こちらサラマンダー03、シルバー。標的、空母の位置を確認。準備はいいか』


 エレメントリーダーである先輩の問いに、エミリオも返答する。


「サラマンダー04、クイン。準備OK、降下開始する」

『ラジャー。後方支援、援護に回る。双子に絶対に捕捉されるな』

『ラジャー、シルバー』


 すぐ隣を飛行している先輩のコックピットへと視線を馳せると、銀次がグッジョブサインを送ってきたが見えたので、エミリオもグローブをしている手で返す。


「こちらサラマンダー04、クイン。標的目標、海上空母。洋上爆撃を実行するため降下する」


 銀次と演習開始の知らせを告げた指揮官バレットから『ラジャー』の声が聞こえる。


 目の前には小笠原の美しい空がある。その空を見据え、エミリオは呼吸を整える。

 操縦桿を倒し、標的にする海上停泊点検をしている空母へ向けて、旋回をする。

 いままでソニックオーダーとして摺り合わせをしてきたポイントから、エミリオは背面飛行へと移行する。


 さあ、ここからだ。ここからソニックオーダーの開始!


 


『こちら管制サラマンダー、バレット。訓練設定のADIZ通過中、領空侵犯目前。ジェイブルーがADIZエリアに侵入、追跡開始』


 背面飛行を始めて数秒で、ジェイブルーの追跡がかかる。背面飛行をしているエミリオのレーダーに二機の点が見える。

 藍子と海人のジェイブルー908がこちらへと向かっている。やがて、彼らの機体がコックピットの端に見えたのを確認。


 だがこちらは大型戦闘機で、かなりのスピードで降下しているため、藍子と海人の機体は一瞬で見えなくなる。

 おそらく彼女が操縦する中等機では、一瞬の追跡しかできなかったことだろう。

 こちらは彼女のことは構っていられない。ジェイブルーの課題として今後話されることだろう。


 だがもう一度、反対側にジェイブルー機が一機目の端に移った。レーダーを確認すると、菅野と城田ペアのジェイブルー907機。こちらは元戦闘機乗りだ。少しの間、急降下をするエミリオの機体と、正常飛行で背後を同時に降下している銀次の機体と平行して降下をしていた。


 こちらも機体に限界か。見えなくなる。しかしそれは彼らも判っていること。各ペアで高度を担当して、撮影技を駆使して情報を集める。それが仕事だ。彼らなりに情報を採取し追跡し、中央へと報告する。


 彼らの仕事がある程度終わったころ。バレット管制から知らせが届く。


『こちら、バレット。追跡隊ジェイブルーからの報告により、遅いがスクランブルが発令。同時に、サラマンダー04、03、領空侵犯。対国領空に侵入した。いまからそっちに雷神が行くぞ』

「ラ、ラジャー……」


 ヘッドマウントディスプレイに映る高度スケールの数値がどんどん下がっていく。

 コックピットは飛行音のみで静かだ。高速で降下しているとはいえ、キャノピーの向こうは美しい青空。差し込んでくる残暑の陽射し。機首の向こうには青い海が見えている。


 でも。きっと管制と雷神のパイロットたちは騒然とした通信をやり取りしているはずだと、エミリオは静かな空気の中でひとり思う。


 藍子と海人のジェイブルー908の追跡情報が管制に届き、スクランブル発進まで来た。いま静かなのは、訓練管制スコーピオンから『不慮の事故、意図せずバーティゴで侵入をしてしまったのかもしれない。しかし追跡をせよ』と指令が出たからなのだろう。


『こちらシルバー。静かだな』


 背面飛行で急降下をしているため、エミリオはすぐには答えられなかったが、ひとこと『イエス』と漏らした。


『来ない。バレットからもなんの知らせもない。予測どおり、管制指揮の判断と上空現場パイロットの所見が合わずに揉めてるんだろうか。――あと三分でロックオンだな』


 その三分でなにが起きるか判らない。だがエミリオはそろそろ標的を定めるための準備を手元で始める。


なんだ。あいつら。結局、指揮官の判断に従ったわけだ。

俺がいまこうして背面飛行をして空母を目指しているのは意図せず起こってしまったバーティゴのせい――。そう判断したんだな。


 心の奥で、こちらの勝利は目前なのに。がっかりしている。

 そう。アグレッサーは最後に願う。俺たちを倒す気概で向かってきてほしい。それが同志であるファイターパイロットを守ることになるのだから。


 双子はまだ若かったか……。左の操作パドルのファンクションキーで訓練用捕捉にセットし、操縦桿のリリースボタンに手をかけ、ロックオンの準備に入る。


『こちら管制サラマンダー、バレット。そろそろ爆撃ロックオンの体勢にはいれ』

「ラジャー。こちらクイン。準備に入っています」


『現状況を報告する。スクランブル指令後、侵犯にて領空内に侵入してきたおまえたちの二機は追跡状態にある。だが、まだ追いついていない。追跡しながら、話し合いどおりの判断を行っているところだ』


 綿密に打ち合わした秒数割どおりに実行はされているようだった。

 だが追跡は追いつかず、このまま侵入機が目的どおりに標的爆撃をして終わってしまいそうだった。


『管制スコーピオンの指示にて、クインの侵入は不慮の事故、バーティゴだから無闇に撃墜するなと指示をしているところだ。ソニックオーダー演習対象の双子だが。通信を聞いていると、予測どおりに双子はこのまま見逃して良いのか、せめていつでも対応できるよう捕捉をするべきと発言をしている。が、エレメントリーダーのゴリラとフジヤマに諫められ、双子はそのまま通常追跡をしている。だが、本当にそれでいいのかという問いを繰り返していてリーダーと揉めているが、大人しい口調のままで言葉も少なく反抗的でもない。納得はしていないようだが、それで終わりそうだ……うん……』


 鈴木少佐も気が抜けた声で、とても静かな語り口だった。揉めてはいるが、自己判断で勝手に離脱するは、さすがに双子も決断までには至らなかった、ということらしい。


『まあ。これが軍人としては正しい判断でもある。規律を守るほうを重視したようだな……。ただし、空母は撃墜され被害者が出るってことか……』


 そして彼もがっかりしてるのだ。俺だったら、艦長やキャプテンの命令など無視して、空母のクルーを守るために規律を破ってでも敵を撃破すると言うだろうし、双子とおなじ年齢の頃にもこの人なら躊躇わなかっただろうと、エミリオにもわかる。


 その鈴木少佐が迷いなく言い放つ。


『クイン。予定どおりだ。迷うな、一瞬で撃ち抜け』

「イエッサー、バレット」


 この背面降下飛行もあと数分で終わりだ。たったこれぐらいのこと、訓練をしてきたアグレッサーであるエミリオにはなんということもない……。

 捕捉体勢に入ろうと、ヘッドマウントディスプレイに空母の位置を確認するデータを読み取っていると――。


『シルバー、来るぞ!!』


 鈴木少佐の慌てる声が聞こえ、エミリオはハッとする。


『サラマンダー03! ブラッキーに捕捉された。このまま対応する!』


 ブラッキー、ナオが急降下追跡にて、いきなり銀次を捕捉した!?

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