22.偉くなっても、同期生
海野少将と一緒にいたというのに、隙を突いて彼と離れ、エミリオに会いに来ていたはずの御園葉月少将。彼女が隠れたのはすぐ側の通路の奥にある備品室だった。
しかも彼女を探しに来た海野少将が、これまたエミリオと話したいと人目を避けて連れてこられたのが、御園葉月少将が隠れた備品室!
相棒の銀次とともに押し込まれたが、驚いたことに、ふたりの喧嘩ライバル少将がかち合うと思ったのに、そこに葉月さんの姿も気配もない
エミリオは予測するのだが……。
いや、ここ二階だけれど、そこの窓から飛び降りられるか? いや、葉月さんならやってしまうか? え、でも。連隊長が制服姿で窓枠に足を掛けて飛び降りるなんて、外にいる隊員には絶対に見えてしまうだろうし、そんな姿を目撃されようものなら、今度は総司令である細川正義中将、彼女がコワイコワイと恐れている兄様が凄い形相で新島からすっ飛んでくるんじゃないかと、これはこれでまたエミリオは震え上がる。それは隣にいる銀次も同じことを思ってか、窓をじっと見つめている始末。
なのに、海野少将はなにも知らないから神妙な面持ちで、エミリオに語りかけてくる。
「コーストガード襲撃事件と、大陸国パイロットバーティゴ侵入事故の資料を閲覧視聴したんだってな」
「はい。つい数日前ですが」
園田少佐が本部から許可が出ていると聞かされていたので、新島司令部ナンバー2の海野少将も当然許可済みで了承済みだとエミリオは思っている。
「その時の海人の様子を、ウィラード大佐、スナイダーから先ほど聞いたよ。それで、大変個人的なこと、家族的なことで申し訳ないのだが、その、エミルのフィアンセになったという朝田准尉がどれだけ相棒の海人のことを知っているかとか、知りたがっているかとか……」
ああ、こちらもお母様の葉月さんと同じ心配をしている。海野少将は御園家とは共に暮らしてきたも同然の隣人一家の主、海人にとっては叔父様のようなもの。
「ほんとうは、海人ではないパイロットを選抜して、あの資料をアグレッサーに見せるべきだと意見を出したんだが……。そんなことばかり、家族の事情で回避ばかりしていては、海人にとっても活躍の場が限られてくるという細川中将の意見もあったんだ」
「そうだったんですね……。いえ、その、朝田がなにも知らないのは小笠原に転属してきて数ヶ月なので当然のことで、今回の資料閲覧視聴で、御園海曹が朝田にまだ言えない家族の事情があることは察しています。もちろん、私から彼女に教えるなど以ての外ですし、彼女も相棒の海人から打ち明けてくれるまで待つと言っております」
母親の葉月さんに返答したことを、同じように海野少将にもエミリオは告げた。
そこで少し強ばっていた海野少将の頬が緩み、目尻の皺すらも魅惑的な笑みを浮かべた。
「そうか。よかった。それでな、きっと海人があれこれ意地を張ると思うんだ。フィアンセの彼女が困ったり、エミリオや柳田くんも、側にいて手に余るようなことがあれば、遠慮なく俺に報告して欲しいんだ。えーっと、そうだな。側近の柏木に伝えておくから。彼にでも……」
あー、こちらも易々とコンタクトが出来ないお人だから、側近を中継に使ってきた――とエミリオは緩く微笑む。
「このまえの、隼人兄さんの誕生日会。大変だったな。あれ、俺も行きたかったのに、今回は『烏丸の捕獲作戦』だから、隼人兄より高官の俺がいるとやりにくいからって、来るなと言われちゃったんだ。そうでなければ、俺も、エミルのフィアンセ、朝田准尉に会えたのになあ。残念だったよ」
「近いうちに必ず彼女を紹介いたします。それに先日は、俺の過去の拘りに皆さんが協力してくださって……。まさか、そのために海野少将が欠席されることになってしまい申し訳ありませんでした」
「いやいや、違うって。エミルだけじゃない。被害が拡大して目立ってきたから、上層部に目を付けられていたから当たり前だったんだよ」
「横須賀で別れてしまった当時の同僚パイロットからも連絡がありました。彼もやっと前に進めると言っていました」
情が厚いと言われている海野少佐が、そこで沈痛の面持ちになり、我がことのように辛そうにうつむいてくれる。
「その時に、わかっていたなら。もっと被害を減らせただろうと、海東総司令も、細川司令も悔やんでいらっしゃった」
「いえ、彼らの素行としては初期の段階だったかと思っています」
「エミルが悔いるほどの男だったのだろう。軍としても惜しい人材を精神的な理由で退かせたことになる」
烏丸が懲戒を受け軍隊を辞めた後、ずっと気になっていた元同僚パイロットから連絡があった。軍の調査員が彼のところに聞き取りに訪ねてきたとのことだった。
いまは父親の仕事を手伝い、山陰の海辺で飲食店をしているとのことで、少し前に彼も結婚をして一児の父親になっていた。烏丸と妻のメイが追放されたことを知り、彼も安堵していた声を聞くことができた。
「隼人さんの誕生日パーティーであったのに、あの場を用意してくださったこと感謝しております」
深々と頭を下げると、海野少将もやるせないため息をついてくれる。
「ま、誕生日パーティーとかいいながら、御園が様々な取引をする隠れ蓑パーティーだからな。本当の誕生日会は新島でやったんだよ」
それは初耳で、エミリオも銀次も『そうだったんですか』と、驚いた。
「隼人兄さん、俺の奥さんが焼くケーキが大好きでさ。子供たちもそうなんだよ。葉月が菓子なんか焼くわけないだろ。そういうところ、うちの妻が『おふくろの味』にしちゃってね。ある意味、妻が焼く菓子という点では隼人兄は俺の奥さんの味に染まっちゃってるんだよ」
葉月さんの立場がない話が出てきて、エミリオはぎょっとする。この部屋の中にいるはずの人、葉月さんの妻としての立場がないような話題になって、さっと血の気も引いていく感覚になる。
「だから。あんな胡散臭い兄さんの誕生日パーティーなんて別にわざわざ行かなくても、大丈夫だったってこと。気にするな!」
いつもの気さくな口調と笑顔で、海野少将がエミリオの肩を叩いてくれたが、こっちは気が気じゃない。
「……って、隼人さんが言ったのよ」
棚が並んでいる奥からそんな声が聞こえてきて、エミリオと銀次は共にどっきりと背筋を伸ばす。やっぱり、この部屋にいた!
海野少将もびくっと反応し、やっとその気配を感じ取ったようで、向こうの壁まで棚がひとつ、ふたつと並んでいるその奥の壁際へと目をこらしている。
「俺より偉いからと言っておけば、達也は満足して納得して、今回は快く欠席してくれるって言ったんだもの。そうでなければ、達也が俺がナンバー2の上層部幹部とか言って、しゃしゃりでて、隼人さんとエミルの作戦を台無しにしたはずなのよ」
いちばん奥の棚の列から、ふらっと栗毛の女性が姿を現す。その様子と言ったらもう、突如として現れたゴーストのよう!
エミリオじゃない、海野少将のほうが『うわーー!』という表情に固まっている。
「は、葉月……、なんでこんなところに。いるならいるって言えよ!!」
「確かに泉美さんのケーキはママの味で極上よ。私も大好き。毎年、毎回、楽しみにしているわよ。菓子が焼けるのは息子のほうで、私はちゃんとしたママでなくて悪かったわね」
「だーって、そのとおりじゃねえかよっ。おまえが航海に出いている間も、泉美がきっちり子供達の祝い事をしてくれたんだからな」
「わかってる。泉美さんには本当に感謝している。私が納得するまで海に出させてくれたこと。そのせいで、海人をこんなふうに苦しめていることもね」
「ってか。俺に『偉い人と言っておけば、快く欠席してくれる』ってなんだよ。そっちも酷い扱いしてくれてんな!!」
「本当のことじゃない! もんの凄く怒って、俺が烏丸の悪事を暴いてとっ捕まえてやるなんて、張り切っちゃったからじゃないの! 海東君も正義兄様も隼人さんも、エミルがエミル自身で心の枷を外すチャンスをあげたかったのよ! それを、達也がひっかきまわそうとしたから、隼人さんにそんなふうに除外されちゃったんじゃないの」
「俺は、俺は、東南海域防衛司令部の、ナンバー2の少将だぞ!」
「ほーらほらほら。すぐにご自分の地位で抑え込もうとするじゃないの。資料の閲覧視聴許可だって、達也は待ったをかけて止めていたんでしょう。心優がギリギリまで許可が下りなくて、ハラハラしていたわよ」
「てめえの息子が、母親が退役した生の場面を閲覧視聴することになったから、それはちょっと待てと普通なら思うだろが!!!!」
どんどんヒートアップしてきたので、エミリオは思わず耳を塞ごうとした。その時に銀次がふっとエミリオに囁く。
「いまのうちだ。行こう」
「ですけれど、まだ話の途中――」
「また訪ねてくるよ。このおふたりがかち合ったら落ち着くまで避難、待機。英太さんにそう教わっただろ」
彼が背を押して、備品室からエミリオを押し出す。狭い室内で少将殿がふたり、額をつきあわせてずっと言い合っていた。
狭い通路を抜けて、元の通路へと銀次と戻った。
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