23.お母さん、大失敗
「はあ、あのおふたりには別々に会いたいな。もう」
「まだ言い合っていますね。同年代の先輩方はいつもあれを見ていたんでしょうかね」
それは確かに大変であって、御園隼人准将が『止めにも入らない』のはもう諦めているからなんだろうなとエミリオも納得だった。
急いで自分たちのデスクルームまで戻ろうとしたところで、向こうから今度は英太先輩が濃紺フライトスーツ姿で歩いてくる。
「やっと戻ってきた。銀次にミミル、おまえら遅いぞ。フレディに探してこいと言われちゃっただろ」
その英太先輩がエミリオと銀次がいる通路まで辿り着くと、彼も通路の奥の備品室が賑やかなのに気がついた。
「ん? あれ、葉月さんの声じゃね?」
ご家族同然、姉貴同然。すぐさまその女性の声を聞き分けた。英太先輩が怪訝そうに奥へと向かっていく。
その背を見守っていると、彼も顔をしかめた様子を肩越しに見せた。備品室で姉貴と彼女の同期生が毎度の如く途方もなく言い合っているのに遭遇してしまったという顔だとエミリオは思った。
彼が備品室のドアを開けてしまう。その躊躇いのなさは、まさに『弟分』だからなのだろう。
「ちょっと。ひとんちの部署で、うるさいんですけど。なんすか、基地数千人の長である連隊長の姉さんと、新島の防衛司令部ナンバー2になられたお兄さんが、こんな島の基地の小さな一室で、息子のことやら、誘われただの誘われなかっただの、偉そうだの、なんだの。まる聞こえっすよ。こんな時に、海人がこっちの通路を歩いていたらどうするんですかねー。俺、そういうフォロー勘弁っすからね」
しらけた眼差しで、室内にまだいるだろう少将ふたりを諫めるその姿に、銀次はおろかエミリオも『おぉーっ、さすがご家族、弟分!』と目を瞠った。
備品室が静かになったが、おふたりはそこから出てこられなくなったようだ。それも英太先輩が察したのか、通路の奥から出口にいる銀次とエミリオに告げた。
「もう行っていいぞ。どうせ、この前の資料を見た海人が心配できちゃったんだろ。ふたりそろって、一緒にではなくてそれぞれ別に、でも同時に。考えていること一緒すぎて、いつもこうなるんだよ。すまなかったな。俺から言っておくから」
少将ふたりを預かるかのように淡々とした余裕を見せる英太先輩は、いつもの悪ガキ先輩ではなく、御園の一員である威厳を醸し出していた。
そんな彼の姿に安堵して、エミリオと銀次は急いでデスクルームへと向かった。
その一時間ほど後だった。ソニックオーダーの改善点を銀次と話し合い、ソニックオーダー共通共有ファイルに記録する作業をしていると、飛行隊長のクライントン中佐から『ウィラード大佐が部隊長室へ来るようにと連絡をよこしてきたから行ってくれ』と銀次とともに告げられる。
また海人のことだろうかと思いながら、ウィラード大佐部隊長室へと訪ねると、そこには御園少将と海野少将、そして鈴木英太少佐が揃って待っていた。
これまたウィラード大佐が戸惑った様子を見せていて、ご足労とねぎらってくれる。
少将殿おふたりが、入ってきたばかりのパイロットふたりへとそろって向き合ってくれ、さらに側にいた英太先輩が促す。
「ごめんな。ミミル、銀次。ほら、葉月さんも達也さんも――」
鈴木英太少佐に言われ、なんと少将のおふたりが、エミリオと銀次へと頭を下げてくれる。
「みっともないところをお見せいたしました。申し訳ありません」
「こちらから訪ねておいて、家族同士の言い合いに巻き込んですまなかったね」
まさかの司令おふたりに謝られて、エミリオは困惑する。さらに英太先輩まで頭を下げてくれる。
「俺も。海人のこととソニックオーダーのことで、演習以外の気遣いをさせて申し訳ない。海人から聞いたことは、いまからこのお母さんとおじさんに伝えておく。エミリオと藍子はいつもどおりに海人と付き合ってあげてほしい。それから、もし海人のことで困ることがあれば、俺まで相談してくれ。こちらの母親とおじさんそれぞれに報告するとまた変な方向へ行くと思うから、俺でなければ、ウィラード大佐まで。大佐から隼人さんへ伝わるようにしておく。で、いいよな。葉月さんも達也さんも。まとまらないんだから、相変わらず」
「はい。その通りです。エミルに柳田君、ごめんなさい」
「俺も。海野家も、そっと見守るので、今後もよろしく」
恐れ入ります――と、こちらだって恐縮して受け取るしかない。
「ほんとにもう、ちゃんとしてくださいよ。少将殿なんだから。ほら、スナイダー先輩も、こんなことで部隊長室に部下を呼ぶことになって困ってるだろ。なあ、先輩」
「いや、俺はべつに、かまわないが」
英太先輩は家族同然だからガンガンと少将おふたりにものが言えるが、さすがにウィラード大佐は上官にはなされるがままになるしかないのか、なんとかそこを流そうとしている。しかし英太先輩はそれも見逃さない。
「ほーら。葉月さん。スナイダー先輩まで、こうして困ってるのに、困ってると言えない状況作ってるんだからな」
「ほんとうにごめんなさい。スナイダーも。もうね、海野ともう少し一緒に話し合ってから、息子にコンタクト取ります」
「スナイダー、ごめんな。もう、こいつと別々にアクションを起こさないようにするな」
「いえいえ。ほんとうに……。海人のことはこちらでも岩長中佐と注意して見ておきますので、ご安心ください。英太も近くにいますから」
「そうだ。そうだ。ていうかさ。先輩。もうこの姉さんと兄さん、隼人さんに引き取ってもらおうぜ。あ、新島の正義兄さまにも伝えておいたほうがいいかなあ。俺、直結コンタクトできるし。あ、泉美ちゃんにも伝えておこう。泉美ちゃんならそっと見守るだろうに、夫とお隣の葉月ちゃんは落ち着きなく。部下に負担をかけているとね」
『えーそれはやめて!』、『絶対ダメ、やめてくれ!!』と、おふたりが英太先輩が言い出したことに焦り始める始末――。
「こんなこと海人が知ったら、あと一年は無視されるからな。わかってんの。そうなったら隼人さんに怒られるだろ」
すっかり英太先輩が取りまとめてて、エミリオはそちらの光景に釘付けになる。
悪ガキだの、子供っぽいだの、まだその空気感は醸し出すが、もう立派な御園の一員で、ほんとうに御園夫妻や海野家の弟そのものだった。
シュンとしている少将のおふたりも、すっかりご家族のお顔で、葉月さんは母親としてままならない力なさを噛みしめている顔で、海野少将も海人をおじさん心で助けようとして、空回りしてしまった近所のおじさんの顔になっている。
それを見てしまったら、エミリオだって。
「自分も、朝田准尉と共に側で見守っています。状況は鈴木少佐に、ウィラード大佐に報告しますね」
「私も、戸塚といることが多いので、妻ともども、気をつけて見守っておきます」
エミリオと銀次が告げたことで、御園少将がほっとした笑顔を見せてくれる。仕事ではあまり微笑まない人がここでは微笑む。
「母親として本当に至らず、まだ未熟で――。陸にあがってから四苦八苦なの。でも、海人も成人した大人だから、先輩や友人と一緒にいる中でなんとかしていくんでしょうね。わかっているんだけれど、私だけでもとつい」
自分は母親だからと心配してあげたことが、実は同僚の海野少将もおなじように心配して、ふたり一緒に『内緒で』行動をしたつもりが『同じ事をしていて、ばれてしまった』ということらしい。
「まったく。葉月さんと達也さんが一緒に動くとろくなことねえな」
あの英太先輩に呆れられるだなんて――。うっかり、エミリオは笑いたくなったが、必死の抑え、銀次と一緒に俯いていた。
当然。スナイダー先輩と呼ばれるウィラード大佐が『おまえに言われたくないだろ。この悪ガキ』と付け加えていたが、隣で銀次が『そんな葉月さんだから、英太さんを見つけたんだろう』と呟いた。
エミリオもまったくその通りだと思ってしまった。
―◆・◆・◆・◆・◆―
その夕のこと。ミーティングも終えたのでロッカールームで制服に着替えている時だった。
ロッカーに置いていたスマートフォンが震えたので確認をすると、海人からのメッセージを着信している。
【 英太兄さんから聞きました。母が申し訳ありません。今夜、お話しできますか? 出来たら柳田少佐もお誘いしたいです。藍子さんにはまだご内密に 】
そのメッセージを見て『海人から話す決意をしている』とエミリオは感じたのだ。
銀次にそのメッセージを見せると『わかった。メグに帰りは遅くなると伝えるから、俺も行く』ということになった。
待ち合わせ場所は、軍でも人気のアメリカ惣菜屋『Be my Light』という老舗カフェ。
そんなところでと、エミリオは面食らう海人からの場所提示だった。
アメリカ人が多い基地ということで、基地開設当初から、その客層を狙って出来たカフェだった。そのとおりに、アメリカから来た隊員の憩いの場所であって、いまは島の観光名所にもなっている。
とにかく人が多い店なのに、そんなところでご家族が背負ってきたタブーについて話してくれるのだろうか?
「ま、海人からそう言ってきてくれたんだから行ってみようぜ」
銀次の言葉に、エミリオも頷く。
「藍子に連絡しておきます」
「俺と演習の話し合いをするため、食事をするとでも言っておけ」
エミリオも藍子に連絡をする。
【 銀次さんと食事をして帰る。遅くなる 】
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