20.連隊長ママがやってきた
ソニックオーダー当日までの打ち合わせは、今度は上空へと移っていく。
ただし、まだ雷神のゴリラとフジヤマと共の演習調整はできないため、サラマンダーのチーム内で役割を振り分けて臨むこととなった。
あと僅かしか着ることができない濃紺のフライトスーツを身にまとい、ブリーフィングルームへと向かう。
サラマンダーのパイロットは十名、サポートスタッフと整備キーパーを含めると数十人単位のチームで部署となる。
この部隊を司るのが、元雷神飛行隊長だったスコーピオン、ウィラード大佐になる。
その大佐が来るまで、いつもの席に銀次と並んで座った。
目の前には、サラマンダー飛行隊長のクライトン中佐と相棒の鈴木英太少佐。彼らも濃紺のフライトスーツ姿で、潜めた声で談話している。
いつもの時間にウィラード大佐が補佐官と共に入室、したのだが、本日もまた皆が目を瞠ることが起きた。
ウィラード大佐が壇上に昇る。その段の下に補佐官がパイプ椅子をふたつ並べた。そこに座った上官が二名。その側近も二名、隣に控えた。
パイロットもスタッフも驚いているが、ウィラード大佐は少し困った様子のようにエミリオには見えた。
「えー、諸君。おはよう。本日は御園連隊長の申し出にて、ソニックオーダーの打ち合わせと演習を見学されたいとのことである……」
どちらも司令で少将。片やこの基地の連隊長で、片や新島に新しく設置された東南防衛司令本部にて、総司令の補佐をしている海野達也少将だった。
お二人が一緒に並んでいる姿は、いまは珍しい光景となる。かつては家族のように、あの新興住宅地で二軒並んで暮らしていたお二人だった。
海野少将が先に副連隊長へと昇進し、そのまま引き続き、細川中将の補佐として新島の新部隊へと転属。この島に我が家を残して、いまは奥様とふたり新島暮らしをしている。
なので御園家の隣の家はいまは空き家で、御園夫妻がいつでも帰ってこられるようにと管理をしているようだった。
奥様ももとは、御園葉月少将の部隊に所属していた優秀な事務官だったが、元より身体に問題があり結婚と同時に退官、専業主婦として、御園家をサポートし家を守ってこられた方だと聞いている。
そして、息子がひとり。海人よりひとつ年上だというその青年は、いまはフロリダ本部の秘書官としてアメリカで修行を積んでいるらしい。
御園葉月少将と並ぶと、これまた目立つ。なにせ、その海野達也少将は若い頃から『色男』と呼ばれてきただけあって、五十代になっても艶やかな黒髪で若々しい爽やかな笑みをいつも讃えている男性だからだった。
しかし。このふたりが一緒にいると、不安感を覚える隊員も多い。若いときから歳は違えど同期生、いつだってライバル。喧嘩も日常茶飯事。クレイジーポニーと無駄吠え犬と投げつけ合うように激しく対抗する姿が『名物』で、それに巻き込まれまいと必死に回避することに苦労した隊員も多かったと聞いている。
なのに、その間にいるはずの御園隼人准将が、これまた妻と同期生の彼との言い合いなど我関せず、笑って見ているか、呆れて放置しているかで、まったく手出しをしようとしない。
なので、御園少将と海野少将のバトルが始まると、誰もがさっとその場から逃げることを勧められてもいるほどのことなのだ。
それが。まさか。ここで起きるなよ――と思った先輩隊員も多いはずで、特におふたりをよく知っているウィラード大佐は、その姿を何度も見てきただろうから面倒くさそうな顔をしているのだと、エミリオは考える。
それでもあのように、会えば意思疎通を図って、現在はそれぞれ離れた部署で勤めていても、ファミリーの力を堅強にしている同期生同士でもあった。
今日も新島の本部から、わざわざ海野少将が訪れたのも、なにか二人で顔を合わせて話しておかなければならないことがあったからなのだろう。
いまは現役の隊員たちが真剣に職務に励んでいる時間、さすがに同期生のおふたりも静かに収まっている。時折、海野少将が御園少将に耳打ちをしては、御園少将が素直に頷いているだけ。そこは落ち着いた上官の様子で、控えている園田少佐もタブレット片手に、気になることをメモしているようだった。
「あれじゃね、弟みたいな英太さんが初めて指揮をするから心配できちゃったとかさあ」
銀次の推測にエミリオも『なるほど』と納得しそうになったのだが。
「でも今日は、指揮は部隊長スコーピオン大佐で、英太さんはフジヤマの役で飛ぶ日でしたよね……」
「それもかもな。ご自分が遭遇した案件だ。演習でどう扱われるのか見たくなったのかもな」
だったらなんで海野少将までとエミリオは思う。ついでに、同期生の葉月についてきただけ――とも言いそうだから、それ以上はエミリオも考えないようにしておく。
その落ち着きのまま、ブリーフィングが終わった。
「本日は、連隊長と海野少将も共に管制室で見学をされるので、そのつもりで」
スコーピオン大佐がそう締めたあと、アグレッサーのパイロットは滑走路へと向かう。
濃紺のフライトスーツの上に耐Gスーツを装着し、蜥蜴のイラストがあるヘルメット片手に滑走路へと、銀次とともに出る。
カーキー×イエロー迷彩の機体が準備されているそこまで向かう。
その隣にはリーダーエレメントのネイビー×イエロー迷彩の機体が並んでいる。そこへ向かうフレディ隊長と英太先輩と目が合った。
「打ち合わせ通りにちゃんとやれよ。俺がフジヤマ、フレディがゴリラな。ゴリラだからな」
クールで涼やかな栗毛の親友を捕まえて『ゴ・リ・ラ』と何度も面白がっていうところがもう悪ガキ性分で、でも親友の隊長はいつもの『くだらない』と呆れた顔をしているだけで反撃もしない。
そんな英太先輩に向かって、銀次もいつもの負けない口を叩く。
「ゴリラさんは、雷神時代から英太さんの先輩だったんでしょ。雷神のキャプテンまでなったゴリラさん。指揮も参考にしてくださいね!」
「銀次、てっめえ、俺はそのゴリラにコンバットで何度も勝ってきたエースだぞ!」
「コンバットで勝っただけですし。人柄とか人望とか、あとマリンスワロー並の精密な飛行とか、周囲を把握してご自分の立ち位置を瞬時で判断できるサポート力とか。今度は、シアトル湾岸部隊にある本家雷神の指揮官候補で帰国予定ですしね! ゴリラさんすっげー。俺やっぱ憧れるなあ。あー、もうすぐお帰りになっちゃうの寂しいなあー」
いつもこうして悪ガキの先輩を煽って楽しむところが銀次にはある。
「おまえ、あとで撃ち落とす」
いやいや、今日は撃ち落とす演習じゃないからとエミリオは苦笑い。今日はそのゴリラ先輩同等の飛行をしてもらわなくちゃいけないというのにと、エミリオは生真面目に思うのだが。銀次はそんな英太先輩のいつもの子供っぽい威勢にも『あはは、今日はコンバットじゃないっすよ。雷神時代を思い出しちゃったんですかー』と軽く笑い飛ばしている。
そんなガキっぽいと揶揄される英太先輩だが、ひとたびコックピットに乗り込み上空の人となると惚れ惚れする技巧で、どのパイロットも唸らせ降参させる。
英太先輩と軽口を叩く銀次ですら、演習を終えて地上に戻ってくると『英太さんには敵わない』と落ち込んでいるほどなのだから。
今日もそうだ。打ち合わせどおりの手順で上空での位置取りと飛行形態でやっているつもりでも。
『クイン、角度が甘い。速度も甘い。双子を侮るな。あいつら、ふたりでタッグを組んだら息が合う。油断していると、無断でエレメントを組んで阻止される』
無線で意見を言われたあとに、同様に管制で監督をしているスコーピオン大佐からも『クイン、その角度では双子に事故での侵入か意図的侵入か疑いを持たせられるだろうが、危機感を煽れない』との指示がくる。
元はライバルだった英太先輩とウィラード大佐。判断がよく似ている。正確だと唸ることも多い。
だからきっと。当日の管制からの初指揮となるだろうが、英太先輩の判断や指示は的確で頼れるものになるだろうと、エミリオは思っている。
ソニックオーダーの確認飛行を終え、基地へと帰投する。
今日は装備だけ外し、フライトスーツのまま、デスクがある事務室へと戻る。
本日も、またもや銀次が唸っている。
「やっぱ英太さん。頭の中に全部的確な映像みたいなもんが流れてんだな、あれ」
どの役を演じさせてもぴったりと演じきる。まさにアグレッサーの職人ともいうべきものだった。
それでも飛行隊長のスプリンター、クライトン中佐は『あいつにそんな精密なものはない、ぜんぶ感覚と勘。天性』と言い切っている。
「しかし。当日に双子と飛んでみないと、彼らがどう感じるかは、俺も掴めないですね。疑いをもたせつつ、危機感を煽る――と言われてしまいました」
「英太さんならどう飛ぶか、一度見てみたいもんだな」
「ですが。あの侵入をバーティゴだと判断して追跡をしたご本人ですからね。説得力ありすぎて、あのときの現場が脳裏に焼き付いているんだなと思いましたよ」
「めっちゃ現場で本番を経験している人だもんな……。明日の合わせで、もう少し俺たちも飛び方を変えようぜ」
そうですね――と、今日も夕のミーティングの時に、そこを重点的に話し合うことにした。
「それよりよ。藍子との結婚式の話は進んでいるのか」
「ええ、もちろん。美瑛の義妹と連絡を取り合って、義弟も現地でできることなら手伝ってくれると話したばかりですよ」
「そうなると。あれか。家族だけで、こちらの上官とか同僚は呼ばない。それは別口になるんだな」
「はあ、そうなりますね……」
それはそれで、なんらかの方法で小笠原での披露宴はしなくてはならないだろうとは藍子と話していた。
「ちょっと気になっているんだけどよ。城戸家の心美がさ、バラを持ってきてくれるだろ。メグちゃんも日中にもらうことがあるんだけど、ミミの結婚式たのしみ――と毎回、言うらしいんだよ。心美はさ、おまえのこと大好きだろ。そこんとこ、ちゃんと考えておいたほうがいいぞ。なんなら、城戸准将か園田少佐とそこの意思を確認してほうが無難かなという、俺とメグちゃんからの、余計なお世話」
それを聞いて、エミリオも口を閉ざす。
子供が言うことだから気にしないでほしい――という小さい彼女の周囲にいる大人達の言葉を真に受けていたと、思い改めさせられるかのようだった。
「わかりました。藍子とも話しておきます」
「もちろん。城戸准将も園田少佐も、心美のわがままだと流してくれると思うけどよ。心美はさ、おまえのこと、約束は守ってくれる大事なお友達みたいに思っているだろ。小さな心でどう思うのかなとちょっとな。俺もさ、子供だからと侮って、息子を知らずに傷つけていることあったからな」
そこはジュニアハイスクールに通う子供を持つ、ベテランパパの経験なんだなと、エミリオも思う。
「ありがとうございます。あ、俺が父親になったときも、いろいろ教えてくださいね」
「いつなれるかだな。おまえんとこ、藍子も空を飛ぶから、そこも話し合っておかないと……」
銀次が黙った。その先に思い浮かぶことがあったようで、そしてエミリオも『知らないで空を飛んで流産にならないように』と言いたくて言えなかったんだろうと察した。
「話し合っておきますよ」
「口うるさい先輩になりそうで、ごめんな。俺の相棒に哀しい事なんて起きてほしくないんだよ。これから、俺たち、ほんとうに最前線中の最前線、国防の先頭に立つんだ。心の枷になるものは、なるべく排除しておくべきだ」
仕事を全うするための心配でもあって、相棒を心配するものでもある。これからこの先輩とエミリオは、何においても最前線で負けることができない闘いに向かうのだから、よくわかっているつもりだった。
そんな話をしながら事務室へ向かい、あと一室一班向こうとなったときだった。
「エミル、お疲れ様ー」
女性の声がして、銀次とともにドキリとして振り返る。つい先ほどまで、この通路で自分たちの前後に人はなく、だからこそあれこれ話し合っていたからだ。
さらに。その女性を見て、二人して硬直する。
「は、はづ……、いえ、御園連隊長……!」
海人の母親、この基地のトップ、御園葉月少将、連隊長が一人で現れたからだ。
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