18.義妹からのお願い



 幸いは、双子が所属する第一中隊とアグレッサー飛行部隊の教育部隊の所在に距離があること。


 雷神飛行部隊は、この基地が出来てからある旧棟と呼ばれる第一中隊に所在し、サラマンダー飛行部隊は訓練校が開設された時に教育部隊として新棟と呼ばれる場所に所在。歩いて向かっても十数分は時間がかかる。


 食事するカフェテリアも異なるし、ブリーフィングルームも別々だった。

 なので、時間をずらせば、ゴリラことモリス中佐も、フジヤマこと裾野少佐もサラマンダーのミーティングルームに、双子に知られないよう来ることはできる。

 しかし、そこは万全の対策が取られることになった。それを、エミリオは本日知ることになる。


 その日の夕、ソニックオーダーの打ち合わせをする席で、飛行隊長であるクライトン中佐が告げたのだ。


「城戸准将が、雷神側のゴリラとフジヤマと上空飛行での予行演習が出来るようにと、双子を小笠原から連れ出すと伝えてきてくれた」


 双子を連れ出す? エミリオと銀次、さらには向かいにいる鈴木少佐までもが共に問い返していた。


 鈴木少佐がすぐに相棒の中佐に問う。


「連れ出すって……、仕事でか、それとも親族としてのなにかを理由に連れ出すのか」

「雅臣さんが横須賀で出席する定例会議に連れて行くと言っていた」

「うわー、それ大丈夫なのかよ? あいつら、あんな、つまんないじっとしてなくちゃいけないような会議なんか我慢できるのかよ。いちいち、騒ぎを起こす双子だぞ」


 かつては、あなたがそういう『悪ガキ伝説』をお持ちだったはずなのでは……と、エミリオは思ってしまったのだが、そこはもう英太先輩もいい年の大人。いまの悪ガキの地位は、双子が持っているようだった。


 そこはクライトン中佐も不安そうにため息をついている。


「そうなんだよなあ。叔父の雅臣さんが一緒でも手に負えない時があるもんな。それにあの双子、子供ぽいままだが、妙に感が良い。英太のことを思い出すよ」

「はあ!? なんで俺を思い出すんだよ」

「なんだ。ここで銀次とエミリオに、おまえと出会った頃の、悪ガキっぷり、延々と語ってもいいんだぞ。なんだっけ? 航海任務で持ち点ゼロになって謹慎になった原因は――」


 それも、雷神やサラマンダーで同僚になった者は全て知っていることだったので、逆にエミリオも銀次もただ苦笑いをして、先輩同士でやり合っているのを静かにやり過ごした。


「英太のことはともかく――」


 ともかくじゃねえと英太先輩が呟いたが、大人しくなった。


「その横須賀に連れ出してもらう二日で調整をすることになった。ここで話し合った演習形態は、密かにゴリラとフジヤマに届けられるので、当日、合わせる。よろしくな」


 雷神のベテランとの予行演習は、来週というスケジュールも確認する。

 その一度だけで上空で飛行形態を確認し、ソニックオーダー実施当日を迎えるまでは、もう合わせ飛行をすることもない。


 たった一度のチャンスということになる。

 これもまた、ベテランの雷神パイロットと、サラマンダーに選ばれたパイロットの腕の見せ所になりそうだとエミリオは密かに唸った。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 その日も、エミリオが帰宅するのは恋人の自宅だった。

 今日は一足先に、彼女が帰宅している。早朝から午後までのシフトだったからだろう。

 打ち合わせに熱が入ってしまい、日がすっかり暮れた。


 玄関の灯りが漏れるそこにバイクを駐輪させ、エミリオは玄関に向かう。

 彼女からもらった合鍵を使って帰宅する。

 入っただけで、彼女がなにかを作って待っている匂いがした。


 これだから、こちらの家についつい帰ってきてしまう……。いい加減、彼女の寝床に転がり込んでばかりなのも申し訳なくなってきて、かといて、自分の男臭い自宅に帰ると彼女が恋しくてたまらなくなり、落ち着かない。だから、はやく新居に移りたいというのに。


 リビングに入る前のドアに立つと、彼女が誰かと話している楽しそうな声が聞こえてきた。


「これ、瑠璃が着たドレスに似ているね。えー、同じようなの選んじゃう? デカ姉妹らしくって? やだー!」


 普段は落ち着いた佇まいを見せている彼女の、珍しい快活な様子だった。どうやら美瑛実家にいる妹と話しているようだった。


 エミリオはそっと静かにドアを開ける。すぐに藍子が気がついた。スマートフォンを耳にあてたまま、ハッとした顔になったので、エミリオはすぐに『ただいま』の敬礼を軽くして、そっと彼女の部屋へと消えようとした。


「エミルが帰ってきたから、またね」

 すぐさま、エミリオは言い返す。

「俺のことはいいから。瑠璃ちゃんと話していたらいい」

 電話の向こうの声へと傾いた表情を藍子が見せる。その顔はまた、妹にしか見せないような明るい顔。


「え、聞こえちゃった? エミルの声。うん、いいよ」


 持っていたスマートフォンを耳から離し、藍子がエミリオへと差し出してきた。


「俺?」

「うん、瑠璃がお義兄さんと話したいって」


 突然で戸惑ったが、エミリオも彼女の妹と話したい気持ちはあるので、彼女のスマートフォンを手に取った。


「こんばんは。瑠璃ちゃん」

『エミル義兄さん! おかえりなさい!!』


 藍子より快活な性格だとわかっていたので、エミリオは再度その元気な声を聞いて、ふっと頬が緩んだ。


「いいのに。俺のことなど気にせずに、藍子と話していてよかったんだよ」

『そうなんだけれど……。お義兄さんからもお姉ちゃんに言ってやって。憧れていること恥ずかしがって控えめにしないほうがいいよって。あ、結婚式のことね。私はわりと好きを押し通したんだけれど、お姉ちゃんは自分なんてと思っちゃいそうで……』


 彼女の妹からそんなことを聞かされ、エミリオも我に返る。確かにそうだ……。しかしこと結婚式に関しては、どうしても男として『彼女の好きにしたらいい』といえば、好きにやってくれるものだと思い込んでいた。そう思い改められる、義妹からの進言だった。


『美瑛の結婚式場とか、旭川のドレスレンタルができるところとか、パンフレット送ったの。人気のドレスは早めに予約しないといけないから、エミル兄さんからもどんどん促してあげてね。あ、そうだ。お兄さんは、やっぱり軍服の正装? それでお花畑で記念撮影とか平気? お姉ちゃんをお姫様抱っこしてあげてね。私もデカ妹だけど、篤志くんやってくれたから』


 花畑撮影に、お姫様だっこ???? エミリオは思わぬ進言に面食らう。しかし言えることはある。


「俺は、そういうことはぜんぜん平気だが……」

『ほんとに!? 恥ずかしがる男性が多いんだって。私も最初は篤志にお願いするの躊躇ったけど、お姉ちゃんは絶対に迷って言わないと思う。それ今夜言っておこうと思ったけど、ちょうどよくお義兄さんが帰ってきたから』


 なるほど……。さすが妹だと、エミリオは感謝したくなってきた。そこは男、絶対に気がつかなかったとエミリオは思う。


「わかったよ。瑠璃ちゃん」

『あ、篤志君も来ちゃった。エミリオ兄さんなら話したいとか言ってる』


 美瑛へご挨拶へ出向いた際に、すっかり意気投合した義弟の篤志がそばにいると聞いて、エミリオもそれなら話したいと返答する。


『あ、エミル? こんばんは。なんかすみません。瑠璃がいつもの調子で――』

「篤志、こんばんは。ふたりの声が聞けて、俺も嬉しいよ」

『忙しくてなかなか準備もできないと思うから、俺と瑠璃で代わって出来ることなら、遠慮せずに言ってくださいね』

「ありがとう。美瑛で式をしたいと言い出したのは俺のほうだから。そうしてもらえると心強い。冬の休暇は藍子と一緒に帰ろうと思ってる。その時にいろいろと手続きが出来ればと考えているんだが」


 そこで篤志がくすっと笑った声が聞こえてきた。


『嬉しいな。エミル兄さんが、美瑛に来ることを帰ると言ってくれて』


 あ、そういえば――とエミリオも我に返った。


「楽しみにしているんだ。美瑛の冬も、そして、そちらのご家族に会えることも」

『俺もですよ。異動はまだなんですよね』

「来月だ。いくつか演習を終えたら、あちらへ異動する。十二月には……、数年ぶりの航海だ」

『そうですか……。それが終わってからなんですね。こちらで、また会えるのは……』


 義弟の沈む声に、エミリオも胸が痛んだ。


「大丈夫だ。航海はなんども行って帰還していると言っただろ。年中必ずどこかの海域に、海軍の艦隊がいる。そこでどうなったというニュースは滅多にないだろう。あったらよほどのことだ。よほどのことも、いままで乗り越えてきた艦隊にいるから大丈夫だ」


 そこでエミリオはまた『よほどのこと』を体験してきた母親を持つ『藍子の相棒』のことを思い出してしまっていた。


 それでもエミリオは、義弟に念を押す。


「大丈夫だ。冬は絶対に行く。俺も楽しみにしているんだ。スキーを教えてくれ」

『わかった。父も楽しみにしているから、絶対ですよ。お兄さん』


 そこでお互いに挨拶をして、やっと藍子にスマートフォンを返した。

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