17.鈴木少佐の決意?
翌日から早速、ソニックオーダーの演習について話し合いを始めた。
問題は『双子に演習の準備を知られないようにする』。そう案じていたエミリオだったが、翌日からのミーティングで上官たちの『策』を知ることになる。
昨日と同じいつものサラマンダー飛行部隊ミーティング室へ行くと、その日は雷神のゴリラとフジヤマではない男が二人待ち構えていた。
「よ、お疲れさん」
鈴木英太少佐と、
「お疲れ、今日から俺たちもサポートとして参加させてもらう」
サラマンダー飛行隊長のクライトン中佐が既に席に着いていた。
銀次とともにエミリオも、『ソニックが甥っ子の双子を実力で蹴り落とせるメンバーを本気で準備している』と実感しつつ、先輩と向き合う席に落ち着いた。
まず、栗毛のクライトン中佐がいつものクールな面持ちで、リーダーエレメントの二人が来た訳を伝えてくれる。
「演習当日まで双子に知られないよう、ゴリラ機とフジヤマ機の代理を務めることになった」
クライトン中佐が告げると、隣で相変わらずふんぞり返ってふてぶてしい様子のバレットこと鈴木少佐も、ちょこっと手を挙げてにやっと笑った。
それもそうかとエミリオも思う。エレメントの僚機相棒であるパイロット同士は、常にくっついて行動していることが多い。その片割れ相棒が、同じ基地内の違う時間に空を飛んでいると知られると、双子になにか感づかれるのではという心配があった。それは銀次も同じく。
「つまり。ゴリラとフジヤマとは『上空実践で摺り合わせられる時間がとれない』ということですよね」
銀次の問いに、クライトン中佐が頷く。
「そういうことだな。ただし、直前には摺り合わせのフライトをお願いすることになっている。そのとき双子については、城戸准将がなんとか誤魔化すとのことだ。それで、これから昨日の『ソニックオーダー』についての演習形態をこのメンバーで決めていこうと思う。ゴリラとフジヤマがすぐに合わせられるよう、分刻みで計画していく」
銀次とエミリオもそれならと承知する。
「それから、もう一点。シルバーとクインに伝えておく。ソニックオーダー演習の当日、サラマンダー側の指揮には、この鈴木がつく」
エミリオはもちろん銀次も驚いて、隊長の隣にいる鈴木少佐を見てしまった。
黒髪の鈴木少佐はなんだかめんどくさそうにして、正面を向いていた身体をさっと横向き座りに変えて、ぷいっと拗ねたようにそっぽを向ける。途端に不機嫌になっているし、エミリオも銀次も『え、飛行隊長のスプリンターではなくて、大人になっても悪ガキなバレット??』と一抹の不安を感じてしまったのだ。
その反応も既に予測済みだったのか、スプリンターのクライトン中佐がクスリと笑みをこぼした。
「ついに、英太が初指揮デビューというわけだな」
「うるせい。ちょっと試しにするだけだ、一度やってみるだけだからな」
「こいつの背後で俺が睨んでいるし、これはだめだと思ったら自分がすぐに交代するから案じないように」
鈴木少佐が『初指揮デビュー』という知らせにも、エミリオは驚きを隠せない。銀次もすぐに突っ込んでくる。
「どうしたんですか、英太さん。俺は永遠に現役。指揮になんか興味ないって言ってたじゃないですか」
「うるせい。やれって言われたからやるだけだ」
「いやいや、やれって言われたら全力で拒否していたじゃないですか。いままで!」
後輩の突っ込みがやまないので、かえって鈴木少佐のほうがたじたじとした様子になっている。そうなるともう、未だに大人げないことも多々あるこの先輩は後始末は相棒のスプリンターに任せて、逃亡することもよくある。席を立ってどこかに行ってしまうのではとエミリオははらはらしていた。
「俺と英太も年齢的なものが見える歳になってきた。あと数年だ。銀次とエミリオがサラマンダーに帰ってくる頃には、いまのリーダーエレメントの役割と地位を譲りたいと思っている。その準備が俺たちにも始まったと思ってほしい」
彼らは日本国内で最高のエレメントで、最強であって最恐のパイロットでもある。彼らと演習をすると瞬時にキルコールされるので、ミニッツキラーという異名を持っているほど。その二人がついに、現役を降りることを見据えるようになったという事実に、エミリオは愕然とする。
いつもは銀次に任せて黙っているエミリオも堪らなくなる。
「英太さんはずっと現役で飛ぶものだと思っていました。俺たちにその生き様を示してくれるのだと思っていたんですけど……」
「あほか、ミミルめ。誰が、コックピットを降りると言った。俺は橘准将みたいに、現役のポジションを譲ってもギリギリまでコックピットには乗っているつもりだよ。ただ……」
まだ横座りのまま、机に頬杖をしたまま、鈴木少佐が憂う眼差しに変貌する。しかもいつも威勢がよく喋るのに黙ってしまった。
その寂しそうな横顔? エミリオにはそれが気になった。
普段は快活な弾丸先輩が黙っているその静かな空気を打開してくれたのは、フレディ隊長。
「えー、では、俺が解説しよう」
解説? 銀次と一緒にエミリオも首をかしげる。
「この悪ガキは、コックピットを去る道筋を考えるのも大事と至ったのである……かな」
常に共にいる大親友のお二人。しかし、どちらかというとスプリンターのフレディ隊長のほうが兄貴分。弟分の英太先輩が上手く言葉に出来ないことは、兄貴の俺がするとばかりに口を開いた。
「ま、その……なんつーか、いつまでごねていても、いつかはコックピットを降りるだけだろ。橘さんのラストフライトは俺も一緒だったんだが、男の引き際ってのも必要だなとあのとき思っていたし、そういう準備っつーか」
ハキハキしているいつもの鈴木少佐ではなく、非常に歯切れが悪い。もうそれだけで、隣にいる銀次が疑わしい目線を向けている。
「なんか英太さんらしくないですね。どうしちゃったんですか。そりゃあ、指揮をしてくれるなら俺もエミルも頼りにしてお願いしたいですけれど」
まだ横座りでそっぽを向けている英太先輩が、また黙ってしまった。
「えー、再度、解説をする」
また兄貴分のフレディ隊長が、弟分の真意を言葉にしようとしてくれる。
「はあ、ざっくり言うな。やっとな、杏奈のために重い腰をあげようとしているんだよ、英太は」
銀次もエミリオもそう聞いて仰天する。『あの英太さんが、ずっと恋人でもなんでもないタダの姪だか妹分』と拒否していた『密かな恋仲』を、一歩前に進めようとしているのだとわかったからだった。
だが驚いたのはエミリオたちだけではない、当人の鈴木少佐もぎょっとした顔になっている。
「はあ!? フレディ、おまえ、なんつー解説しやがるんだよ!」
横座りそっぽの体勢から立ち上がり、親友の相棒に食ってかかる鈴木少佐。しかしエミリオと銀次はそんなわかりやすい先輩の性質も知っているので『あ、図星だったんだ』と呆気にとられる。
そしてフレディ隊長は、弟分にがあがあどやされても、いつもどおりクールに落ち着いている。
「そういうことだろ。あんなに永遠に現役とか意地を張っていたくせに。つまりは、指揮官になれば、教官にもなれる。そうすれば、『今後、働ける場所が増える』。増えれば、そこに彼女と行くことも出来る。だろ」
それが、鈴木少佐がいままで頑なに拒んでいた指揮官への道を決意した理由? それはそれで納得が出来るとエミリオは思ってしまった。
「英太がいつまでも小笠原にとどまっているから、杏奈が小笠原に居着いてしまい出て行かない。この島からでは彼女が出来る仕事の範囲は限られている。いつまでも縛っているのは俺だとね――。杏奈が離れていかないなら、英太が動かねばならないということだ」
「ちがうっつーのに! ちょっと試しにやるだけだと何度言えば!」
「あー、はいはい。俺の早とちりな。うん、そうだな。俺はいつも英太と杏奈のことは早とちりだったな。そうそう、英太は男の引き際の道づくりにちょっとだけ、ちょーーーーっとだけ考えることができるようになっただ」
やはり全力で否定する鈴木大佐に、親友兄貴のフレディ隊長が『はいはい』とわざと折れて呆れている。
エミリオも『またか』と密かにため息をついてしまいそうになる。
鈴木少佐は、御園家の長女『杏奈』と恋仲であるのは誰もが知っていること。なのに英太先輩自身はいつまでも『そうではない。ただの家族』と言い張っている。
それはどうしてなのか、様々な憶測がされてきた。恩人である御園夫妻の娘を易々ともらわないためだとか、あまりの年齢差で若い彼女がいまは中年の自分に夢中でもいつ離れてもいいように束縛しないためだとか、あるいは彼自身が伴侶を得て再度家族を失う目に二度と会いたくないから独りで終えるつもりなのだとか。英太先輩の生い立ちもなかなか厳しいものであるのは、雷神の、またはサラマンダーの同僚なら皆知っている。
その鈴木英太先輩が、パイロットのままコックピットにいるまま俺はいつ死んでもいいと言い張っていた人生を、陸でも生きられる道を探ってみると言い出したのだ。
それはそれで、彼にとって『彼女との関係を模索する中での新しい展開』であると言われれば、エミリオにもすとんと腑に落ちてくる。
だから。それならそれで、もうあまり先輩の複雑な心情はそっとしておいてあげたいと、エミリオはなにも言葉をかけたいとは思わなくなっていた。
それは銀次もなのか。
「えー、解説了解しました。俺とエミルは指揮官がどなたであっても、上空でやることは同じなのでー」
フレディ隊長もふっと一息ついて、兄貴の顔からいつものリーダー飛行隊長の険しい顔つきになった。
「そういうことだな。さて、それでは本題に入ろう」
演習当日の『布陣』もこれで理解したため、エミリオと銀次も、隊長と英太先輩と真剣に向き合う。
「ところで、ソニックオーダーの内容をこちらリーダーエレメントの自分と英太と二人で確認したが、俺たち二人の予測では『双子はマニュアル通りの判断はせず、指揮側の判断に疑念を抱いた時点で、指示を無視する』と睨んでいる。そこのあたり、シルバーとクインはどう思っている?」
隊長の問いに、いつもどおりにエミリオと銀次はアイコンタクトをとり、共に頷いた。返答は決まっている。
「自分も、双子は空母を爆撃されると勘づいた時点で、規律も指示も無視すると思っています」
「シルバー同様に、自分も双子は『規則を守るより、人を助ける』と考えています」
あちらの隊長エレメントのお二人もアイコンタクトと取り、頷き合っている。
「俺と英太も同じ考えだ。まあ、叔父の雅臣さんが『いつかアイツらは絶対にそうする。その状況になった時の決断の重さを知ってほしい』という狙いでオーダーした演習だ。だから、『必ず』、双子が『命令を背く』という状況に演習中に陥れなくてはならない」
それこそが目的だと、クライトン中佐は言いたいようだったが、そこは銀次もエミリオもわかっているつもりだった。
「御園葉月艦長の、あの日の決断の瞬間を視聴したそうだな」
フレディ隊長からの確認に、二人は一緒に『はい』と返答をする。当時、上空現場でまさに対応に当たっていた経験がある先輩が目の前に二人もいる。そのせいか英太先輩もいつもの快活さもどこへやら、神妙に腕を組んでうつむいているだけだった。
あの日、この先輩たちは、これまで全てを預けて安堵していた艦長を失ったのだろう。
「双子だけではない。俺も、エースを続けてきた英太も、これから隊長になる銀次も、その相棒のエミリオも、いつ御園葉月少将のような決断を迫られるかわからない、そしてあり得ることでもある。自分の身に起きないなどという保証はない、いや、起きるかもしれなからこその『責任ある立場』だと覚悟をして欲しい。いつ、責任を取ってパイロットを辞めても構わない。命令に背いてでも護らなくてはならない矛盾もきっとあるとは思う。俺も、英太も、それを切実に痛感したのは、この……葉月さんの決断を見てからだ。おそらく、その命令に従うか従わない方がいいのか、迷われた経験があるのも当時副艦長だった城戸准将だ。俺たちの後継は銀次とエミリオだ。だがおまえたちの後継は、もしかすると……双子になるかもしれない」
淡々と説くフレディ隊長の意図はもう、銀次もエミリオもわかっている。だから銀次がその先を告げた。
「後継を守れる責任者でもなくてはならない――という意味ですね。このような場面の時、行かせてはならない、ですね」
「そうだ。行かせてしまっても、それは銀次の責任となる。出来れば、その場面に出くわせないように、その前に駆け引きをして回避していく必要もあるが、そこは艦長の役目になる。雅臣さんはそうならないよう事を運べる人だか、万が一をどうしても経験上拭えないのだろう。だからこその、今回のオーダーだ。シルバーとクインにとっても大事なオーダーとなることだろう」
心に留めるものは、双子だけではない。これから再度、現場という海原へと出て行くファイターパイロットへ復帰する銀次とエミリオにも大事なものが隠されている演習となるのだろう。
「では。出現ポイントから決めていきたいと思う。分刻みで、双子の囲い込みをする形態から決めていく」
演習の話し合いをする時に、いつも使っている戦闘機模型がデスクに置かれる。
白い雷神機が四機、サラマンダーの迷彩機が二機の設定で、演習プランを話し合った。
隊長エレメントの迷彩はダークネイビーにイエロー。ミニッツキラーの異名を持った尊敬する先輩二人の機体を模している『サラマンダー模型』をエミリオは見つめる。
次にこのアグレッサー部隊に、約束どおりに銀次と二人で戻れたら、隊長エレメントの証でもあるネイビー×イエローの機体に搭乗することになるのだろう。
その時までに、無事に雷神の任務を終えなくてはならない。
御園葉月少将のような重責を担い、部下も守らなくてはならない立場になることを、エミリオは改めて肝に銘じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます