6.苛つく女パイロット
三年前、サラマンダーパイロットとして初めてジェイブルーの研修と演習を受け持った。
内容はいまでもよくある訓練で、他の戦闘機部隊に対して仮想敵を演じての防衛演習に、ジェイブルーも追跡の演習をするというダブル演習という内容で、エミリオは空を飛んでいた。
演習相手は岩国基地からやってきた『空海』飛行隊。尾翼にたなびく雲に菊の花のペイント、日本男児のサムライ的なプライドを持つ男たちは、エミリオよりベテランの先輩が多かった。
『ベテランだろうが、先輩上官だろうが、気を使うな。こっちはアグレッサー。舐められるな。むしろ恨まれるぐらいの気概で叩きのめせ』
それが当時部隊長であった平井大佐のサラマンダーパイロットへの信条でもあった。エミリオもそう鼓舞され、その精神を叩き込まれてきた。
『クイン、背後から来てる。空海のリーダー機だ』
『ラジャー、シルバー。こっちで引きつけ役をする』
相棒の銀次からの無線に、エミリオも返答する。
『空海のリーダーだからって遠慮すんなよ。サラマンダーの権威を落とすような仕事をすんな。わかったな』
わかってますよ――と、エミリオも返答はしたものの、操縦桿を握る手には思わず力みがある。
どんなに技術と経歴を認められても、向こうは自分より十年以上も最前線でキャリアを積み上げてきたベテランパイロット。しかも護り人職人と言われている空海飛行隊のリーダーだ。
気を抜けばこっちがやられる。しかしここは細かに打ち合わせたとおりにやれば絶対に負けない自信はある。サラマンダーのパイロットに選ばれた以上、どんなに相手がベテランだろうと絶対に……。そう、恨まれるぐらいの気概を持て。エミリオは言い聞かせ、ヘッドマントディスプレイのデジタルデータを睨んだ。
俺たちはヒール、疎まれて煙たがられ恐れられる悪役であれ。それが、雷神のリーダーを勤め上げたキャリアがある平井大佐部隊長の言葉。エミリオはその精神をいま芽生えさせたばかり、そして心に刻む。
そうして精神を集中させている時、コックピットの視界の端に小さな機影をエミリオは認識する。
レーダーの表示は『ジェイブルー105』。
エミリオの集中力がそこで削がれる。
『クイン、真後ろ来ているぞ!』
銀次からの通信にエミリオははっと我に返る。
ベテランリーダー機を相手に集中し、アグレッサーパイロットとしての役割を全うするのに精一杯。
引きつけ役を引き受けたつもりだったのに、集中力を切らした己が向こうを吸い寄せてている始末。
まだアグレッサー一年目の若僧たる失態だった。
だがその後の演習でも、エミリオの視界に何度もジェイブルー105が入ってきた。
微妙な位置に入ってくる。それはつまり距離をとっていても、常に『追跡ができている』ということ。現場に付かず離れず観察できているということ。ジェイブルーの使命をそつなくこなせているということ。
しかも操縦者は女性、あのアイアイだ。自分より華奢な、まだ若い……、女。
数日間の演習と合同研修を終え、その日は基地へ帰投。
サラマンダー機のハンガー前で機体から降り、相棒のシルバーと合流。基地の棟舎へとシルバーと共にヘルメット片手に滑走を歩く。その時、銀次がふと呟いた。
「岩国ジェイを統括している河原田中佐が、思い切ってアイアイを、女性を操縦者にしたわけ、わかったな」
エミリオも同感、先輩に答える。
「そうですね。絶妙な位置取りで、いつの間にか、視界に入ってきている。気になるほどに」
「エミルも気になったか。俺もだ。ウザイほどきっちり追跡してきやがったな。追跡対象に撮影対象は、いわゆる領空侵犯をしてきた侵入機、つまり仮想敵の俺たちアグレッサー。相棒の撮影者であるカープとかいう男の指示で飛んでいる可能性もあるが、だとしてもああいう操縦ができるのは天性の感性だと思うな、俺は」
マリンスワローでも、サラマンダーでも繊細な飛行技術で賞賛されてきた銀次にここまで言わせるだなんて滅多にないことだった。
「侮れない小猿ちゃんってことですかね」
「なんだよ、それ。彼女に怒られるぞ。小猿ちゃんなんて言えないほど、綺麗な顔した女の子じゃないか。でも惜しい、もうちょい小柄だったらあの子めちゃくちゃもてたと思うぞ」
「別に、普通に華奢な女性に見えますけど」
こんな男だらけの中にいれば、どんなに日本女性平均値以上の高身長だろうアイアイでも、普通に華奢で線が細い女性に見えるから、違和感などエミリオにはなかった。
「そりゃあな、俺たち鍛えているパイロットの中にいれば、まあ普通に細身の女の子だろうけど。だけどよ、民間の一般男子からしたら、あれは手がなかなか出ない類の女子になると思うな~。実際にあの子、男っ気なさそうだし、綺麗な顔をしているのにシンプルにして洒落っ気ないし、いつも相棒の男の顔ばっか見て、笑顔を見せるのも、あの相棒の男と話している時だけ。それ以外は、男の中にいるだけに気を張っているのか気構えたクールな顔をばっかだしな。近寄りがたいというか」
エミリオは呆気にとられる。いつの間にそんなに彼女のことばかり見ていたのかと!
「よくそんな観察してますね。メグに叱られますよ」
奥さん大好きな先輩がそんなに若い女を観察していたのかと案じたのに、その銀次がエミリオを見てにやっとした。
「エミルだって本当は気が付いているんだろう~。おまえほどの頭のいい男が、気が付かないわけないよな。俺、お兄ちゃんとして心配してやってんのよ。だっておまえ、アイアイのことになるとめちゃくちゃ苛ついてんじゃん」
「苛ついてますよ。大事なところで……、常に、視界に入ってきて……。あんな位置……。いや、それは彼女が仕事をきっちりしているってわかっているんですよ。いい仕事をしている。でも、俺の仕事の邪魔をする」
でも、それは彼女を讃えるべきものだから、こんな苛立ちをアグレッサーのパイロットとして見せてはいけない。だから心の内にしまってきたのに。
そう藍子は、アイアイはいつも気高いクインと言われているエミリオの心を掻き乱してきた。
最初のアイアイなんて変なタックネームで顔を見たくなった時も。演習で使命と仕事をきちんとしているにも関わらず、サラマンダーのパイロットとして嫌な気持ちになることも。
さらにもうひとつ。自分のことを信じていない藍子に苛立ちを感じていたこと――。
銀次と一緒に棟舎の入口に到着すると、そこで別方向にあるジェイブルー機のハンガーから岩国105ペア、アイアイとカープの二人と一緒になった。
「お疲れ様です」
まずカープが屈託のない笑みで積極的に挨拶をしてくれた。
そのそばで、ちょっと引っ込み思案ぽい雰囲気のアイアイが気後れした様子で、礼儀正しい敬礼とお辞儀をしてくれつつも、『お疲れ様でした』と小さな声が聞こえた。
サラマンダーのパイロットを目の前にして、怖じ気づいて緊張しているのがありありと現れていた。
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