47.相棒の休日
傘をさして歩いても、海人の家はすぐそこ。
チャイムを押すと、すぐに返事が聞こえて海人がでてきてくれた。
「おはようございます」
海人もシンプルですっきりした私服姿だったが、上質なものを選んでいそうで、ラフでもきちんとした上品さが漂っていた。こういう時、母親の気品を受けついていると感じる。
海人に促されて、ひとまずあがらせてもらう。
「休日は実家に帰らないの」
「はあ、なに言ってるんですか。せっかく独り暮らしを始めたのに。それに目と鼻の先、すぐに行けますもん。用事があれば向こうから来ますからね」
「来たの?」
「父がしょっちゅう来るんですよ。人の飯をチェックしにくるんですよ。なんとかならないんですかね、あれ」
「お母さんみたい……」
「そうなんですよ! しかも味の駄目だしされるっ」
たぶんお父さん的には息子が自炊しているしていないより『腕前のチェック』をしに来ているんだなと藍子は思った。
お母さんと言うより、男として極めているかの師匠的チェックの気がした。
「先日、美瑛のベーコンを分けてもらったじゃないですか。あれで作ってみました。んもう、出てくる味が違うんですよ、すっごく違うんです!」
それで藍子に食べてもらいたかったらしい。
「いま大きめのキャニスターに移しますね」
水色のキッチンに海人が立つ。
お互いに転属してしばらく、初めて訪ねてきた時同様、綺麗に暮らしている。きちんと生活ができる青年のようだった。
だけれど、今日は妙に男の匂いが強いなと藍子は思う。半月も経つと、さすがに王子様みたいに爽やかな雰囲気を醸し出していても、男は男。海人もこの匂いがでちゃうのかと藍子が思ったその時。
「ふああ、いい匂いすんな、海人」
海人がベッドルームとして使っていない、もう一つの部屋から、体格の良い男が出てきて藍子はギョッとする。
しかも上半身裸、黒いジャージズボンだけ、黒髪をぼりぼりかきながらでてきた男。
「え、准尉……」
「え、ユキ、君?」
双子の片割れでどちらだかわからなかったが、なんとなくそう思った。
「よく寝ていたな、ユッキー。昨夜、泊めたんですよ。放っておいたらこの時間」
「休みなんだから、いいだろ」
雅幸だった。あまりにも開放的なその姿のまま、当たり前のように彼がリビングの椅子に座ってあくびをもうひとつ。
「准尉の実家からいただいた食材で作ったスープを分けているんだ」
「私は、すぐ帰るから」
悪友同士でのんびり過ごしていたようだから、藍子も雅幸が気遣わないよう伝えてみる。
それにしてもと藍子は、ダイニングテーブルで気怠そうにしている雅幸に釘付けになる。
というか、この子の匂いだったのか。藍子が感じた男らしい匂いがその子から濃厚に放たれていると気がついた。どうりで海人の匂いじゃないと思った。
それにこの子。子供っぽいと思っていたのに、やっぱり脱いだら、さすが有望若手パイロット。エミリオより鍛え抜いた肉体だった。腹筋はエミリオより割れている。
そうしてみると年相応の色気がある男性に見える。それでも仕草や言葉遣いがまだ若くて幼いから総じて、子供っぽく見えてしまうのかもと藍子は思った。
「藍子さんー」
気怠そうに雅幸に呼ばれ、藍子はちょっと気構える。
「よくひと目で、俺がユキだってわかりましたね」
「え、なんとなく? この前、目の前で話したときに、ナオ君と一緒にいるとちょっと雰囲気違うかなと思ったから」
「はー、やっぱ。わかるんか。俺とナオの違いって」
がっかりしたように彼がテーブルにつっぷした。
どうしたのと藍子が首を傾げると、キッチンにいる海人が教えてくれる。
「どうもナオが女の子に誘われて、昨夜は週末デートの約束をしたみたいなんですよ。でも兄貴が誘われなかったのを気にして断りそうだったから、俺と約束していることにして、気兼ねないよう送り出して、で、ユキだけ俺のところに来たんですよ」
「双子、双子、言われても。女の子もやっぱ俺たちを見極めてるんだなーって思ったんすよ」
「毎日、見ている女の子なら見分けちゃうと思うわよ」
「俺ももう見分けられますからね。双子と言っても好きなものの好みも違いますしね。ユキは大人っぽい年上美人系が好きで、ナオはかわいい年下ふんわり系が好みですからね」
海人の話を聞いて、ユキが藍子を口説いたのもあながち行き当たりばったりではなかったのかと初めて知る。
「でも、ナオ君のために行かせてあげたのね、お兄ちゃんは」
「あー、そのお兄ちゃんと弟も俺たちあまり好きじゃなくて。相棒て感覚です。すみません」
「ううん。そうだよね。一緒に生まれたんだものね。その子とナオ君、上手く行きそうなの?」
「さあ。俺たち割と連敗だから」
広報でイチオシの若手パイロットなのに? もしかして子供っぽいから? そう思ってしまう。
「なんか。女の子たちによく言われるんですけど。思ってたより大人じゃなかったとか、あと、わけわかんないけど『遠い人だった』てさ」
藍子はどきりとした。女の子たちの気持ちが、凄くよくわかりすぎて。エミリオもユキナオ君たちも広報で目立っている華やかな隊員たちだった。しかもパイロットとしての実力もある。ユキナオに至っては御園をバックにつけている城戸ファミリーの一員、女の子たちが王子に憧れるように近づいても、本気で付き合うと気軽でも気楽でもないことを知るのだろう。
藍子はつい、この前のように、雅幸が座っている角合わせの椅子に座っていた。
「その、女の子の気持ち、すごく良くわかる」
だらけて砕けた座り方をしていた雅幸も、キッチンでスープ持ち帰りの準備をしていた海人も『え』と藍子を見た。
「戸塚少佐もそうでしょう。広報であんなふうに紹介されていたり、アグレッサーの次期リーダー候補だったり。この前の演習だって。あんな凄いドッグファイトを見せられたら、すごく遠く感じるもの」
海人と雅幸が顔を見合わせた。
「そうなんすか。意外ですね。俺、藍子さんはクールになんでも受け止められるから、クインさんも気が楽なのかと思ってました」
「違うよ。戸塚少佐は持っている経歴だけで凄く遠く感じていたの。でも個人的に話せるようになると、イメージとは違う部分がいっぱいあった。ユキ君だって見た目と本当の自分と違うイメージを持たれたりすると、なかなか本当の自分は伝わらないこと多いんじゃない?」
「まあ、そうっすね。広報の写真のイメージがどうも先行するみたいで、本当の俺を見てくれる子てどんな子なんだーと、最近、その壁にぶつかってばかりっすよ」
「それはきっと……、戸塚少佐も同じなのかもね。だからいま、そんな少佐を、普段着みたいな彼を探しているの、私」
勝手に遠い人にしてしまう女の子に男の子、もっとその人を見つめれば近くにいると知ることが出来る。本当のその人ですらも愛せるのなら、きっと。
「藍子さん、出来ました。どうぞ」
海人が大きめのキャニスターにスープを入れてくれ、なおかつ、持ちやすいようにと和柄のお洒落な風呂敷に包んでくれた。
「ありがとう、いただきます」
「少佐もいるんでしょ。多めに入れておきましたよ」
藍子は答えなかったけれど、つい微笑んだ顔が答になっていたらしい。
「はああ、藍子さんは、ほんっとにもう俺には望みなしか。もう少佐のものってわけかー。いいなあ、休日を一緒に過ごして食事なんてさあ。あっこがれるなあー」
「私、岩国ではいつも独りだったんだけどね……。こんなこと初めてよ」
藍子がそういうと、雅幸もなにもいわなくなった。いつかきっとユキ君も手に入れる、それを見つけるまではみんな独り。
「俺がいるだろ。ユキ」
「いつまで一緒にいられるかわかんないだろ」
海人が慰めて、でも、それに頼り切れないと返す雅幸。
でもこれで、お互いに口が悪い悪友でも、信頼している仲良しなんだなと藍子も男の友情を垣間見る。
「ほら、俺たちもいまからブランチだ。シャワー浴びて来いよ」
「ふあい、んでは、准尉、失礼いたします」
容姿は男前で色気があるのに、喋ると幼くなっちゃうから不思議な子だと藍子は逞しい背中を見送った。
「モテそうなのにね、悩めるイエティ君なのね」
「モテますよ。選びたい放題みたいですよ。でも彼らも好みがあるし、相性もあるし、結局、やってくる数より、良いご縁ですよ。藍子さんと少佐もきっとそうだったんでしょうね」
「海人もそうなの」
「発言するといろいろ問題が起きるのでノーコメントです」
相棒の異性関係については、あっさり回避されてしまった。
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