45.そろいの香りをまとって


 その日の夕に自宅に戻ると、美瑛の実家から食材が届いていた。


 箱を開けるともう初夏の味覚。あと春の最後の味覚も入っていた。


 スマートフォンに彼へと連絡をすると【わかった。あとで行く】と短い返答があった。




 夕暮れてきた水色のキッチンで夕食を作っていると、玄関からチャイムの音。


 エプロンをしていた藍子はそのまま玄関へ向かう。


「お疲れ、アイアイ」


 制服姿の彼が今日は八重咲きの大きなバラを三本ほど、英字新聞にくるんで持っていた。気障すぎて藍子は呆れそうになったのに……、悔しいかな、クインだと嫌味じゃないから、素直に受け取った。


「これ、ソニック、えーっと城戸准将の自宅で咲いたバラなんだよ。奥様の心優さんがお母さんと大事に育てていて、この季節になると近所に分けてくれるんだ」


「とっても、いい匂い。お洒落。フラワーベースを準備しなくちゃ」


「俺がやる。藍子はいまキッチンで大変だろ」


 彼らしいきめ細やかさに、藍子は演習の時の素晴らしすぎる彼をまた遠くに感じていたから、ほっとした。


「それと。これは俺から藍子に」


 なにかの箱を手渡される。メンズ的な青い箱を見て、藍子も気がつく。


「エミルの香水ね」


「そうだ。もうすぐパーティだ。それまでに慣れておいたほうがいい」


 そういって招き入れた彼も、いつもの匂い。でも夕方になって柔らかな香りになっていた。


 リビングに来たエミルが整い始めていた食卓を見て、また嬉しそうな笑顔を見せてくれる。


「今日は天ぷらと、ホッケを焼いたものね」


「お、今日は和食できたな。北の味というわけだな。あ、もうアスパラの季節か」


「ちょっと早いけど、そろそろ出始める頃なの。あと木の芽が少し入っていたの。輸送の間に香りが抜けているかもしれないけれど、ほんの少し気分だけでもと父の手紙に」


「これ。なんだ?」


 緑の葉と赤い茎だけの山菜をみつけて、首を傾げている。


「行者ニンニクというの。三杯酢漬けにしたり醤油漬けにしたり、私は天ぷらが好き」


「聞いたことあるぞ。ニンニクみたいな香りなんだろ。ん? これは?」


「山わさび。羊蹄山に自生しているものを送ってくれたみたい。沢わさびみたいに水辺ではなくて、土の中から掘り起こすの。熱いご飯に、すり下ろして醤油をかけて食べると美味しいの」


「素晴らしい。こんな初めての味をこの南の島で味わえるだなんて、楽しみだ!」


「でも取れたてじゃないから。本当は地元で食べさせてあげたい……かな」


 青と水色ストライプのエプロンをしている藍子へと、エミリオが近づいてくる。


「充分だ、藍子。いつか、一緒に行こう。藍子のお父さんにお礼をいわなくてはいけない」


 抱き寄せられ、耳元にキスをしてくれる。もうそれだけで藍子は安心して力が抜けてしまう。


 もらった香水の箱を、ずっと力強く握って、胸に抱いている藍子にエミリオも気がついた。


「どうした、藍子」


「だって、今日の演習。ケース1から凄かったんだもの。私の真横、ギリギリにすり抜けていった」


 彼が思い出したように『ああ』と小さく呟いた。


「また、俺のことを意地悪というのか」


「意地悪よ。びっくりしたし、こっちは戦闘能力ないからって、再度の侵入口に使われたことも悔しかった」


「えー、と。あれはその。指示されていないことで、どっちにしても背後から入り直す予定だったんだよ。ただちょっと藍子を驚かそうと思って」


「私も、いちおう、訓練でここまできたパイロットだから。あんなの見せつけられたら……。素敵だけど素晴らしいけど、やっぱりエミルはクインで遠、」


 『遠い人』と言おうとしたら、それを悟られたようにキスをされていた。


「んっ」


 彼が息継ぎをした瞬間に言い返そうとしたのに、それもすぐに阻止されて。またいつもの、奥まで深く長く、時々ちゅっと音がする濃密なキスをずっと。


 やっと息が出来たと思ったら、藍子ももう抵抗する力を無くしていた。


「これでも俺が遠いか」


 藍子はううんと首を振って、もうとろけた眼差しで彼を見上げるしかできない。


 彼が藍子がずっと抱いている香水の箱に触れる。


「あとでつけてみよう。今夜は、藍子のベッドだ」


 またキスをされてしまう。夕闇が迫ってくる海がみえるリビングでずっと。


 こことここがきっといい。キスをしながら彼が藍子の臍のあたりと、乳房の脇を撫でまわした。


 あとで素肌になって、こことここ。お揃いの香りをつけてみよう。


 藍子の部屋が、その夜から愛しあえる部屋に整えられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る