44.気高きクイン


《こちら訓練管制、スコーピオン。サラマンダー01,02,03,04 雷神02,07,05,06 ジェイブルー907,908 訓練開始とする》




 いよいよ始まる。


 エミリオが搭乗しているサラマンダーは04。レーダーを確認すると、リーダー機のエレメントとは離れた位置を飛行してる。小笠原島よりさらに南にいる。


 ただし、スプリンターとバレットのミニッツキラー二機も、エミリオのクインと相棒のシルバーの二機も、離れてはいるが訓練指定の領空外にいる。さらにまだADIZに侵入していない。


 さらに雷神も領空内と設定されている空域で待機中、こちらは北方位、東京方面を飛行している。


 ジェイブルーの二機は離れて併走、東京方面側に菅野大尉が操縦する907が見える。


「俺たちの追跡後に、スクランブルで到着するという設定ですよね。レーダーを見るとまだ近づいてこないですね」


「今回は研修でやられたようなサラマンダー四機に囲まれるなんてことはないわよね」


「そういう訓練だったら、今回は雷神の演習なので前もって主旨を伝えてくれると思うんですよ。今回はあちらの演習を新しい部隊でどう記録撮り出来るかを見極めるのが主旨だと思います」


 それなら大丈夫か、いつも通りの心構えでと藍子も自分に言い聞かせる。


「来た。スプリンターとバレットがADIZに入ってくる」


 管制からの通知音が鳴った。


「俺たちか、カノンさんとキャシーさんどっちだ」


 さらに通知音が鳴った。


《こちら管制スコーピオン、ADIZに4機確認。ジェイブルー907,908 共に追跡指令》


 サラマンダーの4機がほんの少しの時差で出現。


『こちらジェイブルー907、カノン。先に到着する編成を担当する』


「こちらジェイブルー908、アイアイ。ラジャー。後続で到着する編成2機を担当する」


 ほんの少しの時差で先に飛んでくるのはサラマンダーの01と02。ミニッツキラーの二機だった。


 藍子と海人が追うのは、時間差で後から侵入してきた03と04。つまりエミリオが飛んでくるのをマークすることになった。


「カレシさんをマークか、なかなか気構えますね」


 藍子は答えなかった。先輩ジェイブルーの907号機が目の前を飛行しているのを目視で追跡し、レーダーではサラマンダーの四機がどうのように訓練設定の領空に近づいてくるかも気をつけて確認。


「やはりスプリンターとバレットの01、02が先に到着します。ジェイブルーの907が接近。さらにあと30秒ほどでクインとシルバーの04、03が到着予定」


 海人の声も真剣になった。


「ここから業務方式で報告します。3時の方向、方位は南。目視で二機確認。解析未実施にて国籍、機体番号不明」


 海人の報告に藍子も『ラジャー』と返答する。


『こちらジェイブルー907、二機確認。こちら不明機二機を追跡する』


 沖縄の先輩機も業務方式の報告に変わる。


「こちらジェイブルー908、ラジャー。後続機を待機中、目視で確認後、追跡する」


『グッドラック』


 先輩からの激励を最後に、沖縄組の機体にサラマンダー01,02が接近。併走を始めた。おそらくいま尾翼のTAIL NUMBERの撮影から訓練用データを使って解析をしているはず。


 こちらも3時の方向に黒い影を藍子は確認する。


「見えたわよ」


「自分も見えました。いまから俺が目視で追跡します」


「ラジャー」


 エミリオが操縦するカーキ×イエロー迷彩の機体が近づいていくる。その色合いと柄も徐々にはっきりとしてきた。


「対象機、こちら機体より164フィートほど降下」


 遠くに見えていた機体は近づいてくると、こちらジェイブルーより50メートルほど下を飛んでいる。あちらも降下した高度のままこちらに接近、藍子もコックピットから下を覗くと、コックピットにいる彼が見えた。


「ラジャー。降下にて追跡開始する」


 上にいて見下ろされているのも怖いが、またこちらが確認しにくい下にいるだなんて意地悪いと藍子は思ってしまった。


 ああいうところ、お互いに『いまからは仕事の関係』と言い聞かせなくても、きちんと意地悪なアグレッサーとして演習してくれている。


「アイアイ、907も降下して追跡開始しました」


 海人の報告。目の前にいた先輩の機体もふっと消えていて、いつのまにか降下、ネイビー×イエロー迷彩のサラマンダー二機を追跡開始していた。


 藍子も操縦桿を握り、片翼を下げ降下開始。


 あの人を見失ってはいけない。スクランブル部隊が到着するまで追跡して解析情報を届けなくてはならない。


 恋を追いかけるのではなくて、空であの人を追いかける。彼もまたコックピットからこちらの動きを確認するために見上げているのが見えた。こちらが降下して接近してきたのを確認して、彼らも旋回してなおかつ、領空にさらに接近してくる。


 急降下中の機内はかなりのGがかかる。


「アイアイ……、そのあたりでも大丈夫です……。望遠でTAIL NUMBERを撮影できそうです」


 急降下のGで海人の息も苦しそうだったが、それでも海人は解析実施を既に試みていた。


 自分より遙かにレベルが高いパイロットが操縦する機体を、同じような力で追跡しなくとも大丈夫。海人がそう思って自分たちの目的が果たされるよう配慮してくれている。


「TAIL NUMBER撮影完了。10時53分、官制スコーピオンへ送信。解析開始、データベースアクセス中――」


 海人の冷静な声が聞こえて藍子も幾分か安堵しつつも、遠くに降下してしまったクインとシルバーの二機から目を離さずに追跡操縦を続ける。


「解析、照合完了。データベースより、…………」


 いつもスムーズな海人の報告が途切れた。


「どうしたの」


「いえ、失礼しました。データベースより、大陸国機、朱雀03X 朱雀02X と判明」


 その訓練用のコードナンバーの解析結果に藍子はどきりとした。


「え、では……。今回の仮想敵は、彼らが演じているのは……」


「この前、岩国で見た朱雀の4機編成ですね。こんなはっきりとどの国のどの機体か判明するような訓練用コードは初めてです」


 だから海人も驚いて報告をする声が途切れたと藍子もわかった。


 まさかのクインが朱雀の3か2を演じている?


「シルバーが02、クインが03でした」


「サニー。本物の朱雀2、朱雀3についてなにか情報は」


「ありません」


「この前、初めて見たんだよね。では千歳ではなにも情報はなかったの」


「朱雀のイラストを描いた編隊がよく出現することは聞いていました。先日の岩国での勤務で初めて見たと言ったでしょう。どうかしたのですか」


「良く遭遇していたから、朱雀3とか2には。ほんとうに侵犯ギリギリにやってくるの。サニーが来る前にイエティとフジヤマが対応したこともある。でもサニーと一緒に遭遇した時は、朱雀はなにもしないで撤退したけれど、雷神の時はだいたいドッグファイトになる」


 通称:朱雀3が岩国105機に搭乗していた時に、いちいち藍子に挨拶をしていたことはここでは省いた。


 海人が唸る声が聞こえた。


「ということは。朱雀は雷神をかなり意識していて、白い戦闘機部隊がやってきたら意地の張り合いをするということでしょうか。だから、今日もわざとはっきりと対戦相手がわかるような訓練コードを用意したのかも」


『こちら訓練管制スコーピオン、解析確認。スクランブル部隊まもなく到着予定、そのまま追跡せよ』


 管制からの報告だったが、既に東京方面側で待機していた雷神4機を藍子と海人は目視で確認。


「来た。たぶん解析結果を聞いて、イエティはかなり意識してしまうと思う」


 海人の予測は同時に藍子にも浮かんだ。


『こちら雷神2、フジヤマ。朱雀02Xと03Xを追跡する』


『こちら雷神7、イエティ。フジヤマと共に追跡する』


 クインとシルバーが演じる朱雀3と朱雀2に、裾野少佐と双子の兄、雅幸があたることになった。


「イエティ、今日は……静かね」


 藍子は怪訝に思う。いつもの『俺のケツについてこい』とか『俺を見失うなよ』という粋がっても余裕の彼の声がなかった。むしろ大人の男の声。


「あれが本当のイエティですよ。仮想敵でもアグレッサーがはっきりと朱雀を演じると示してきたんです。本番さながら、真剣勝負とわかっているんですよ」


「ならば記録撮りのジェイブルーも気合いを入れないとね」


「イエス、マム!」


 海人と気合いを入れ直し、白い戦闘機がアグレッサー二機へと対領空侵犯措置へと接近する後を追跡する。


「まずは背後のアングルから行きましょう、アイアイ追跡をお願いします」


「ラジャー、では高度を揃えて追尾する」


 データ取得担当の海人の希望に添って、藍子も白い戦闘機とカーキー×イエロー迷彩の戦闘機を追う。


「始まった」


 海人のカメラにはもうドッグファイトを確認した模様。藍子の目視ではまだ遠くに四機がいるとしかわからない。


「降下している。追いつけないかも」


「アイアイ、こちらも高度を揃えてください。それだけでもいいです」


「ラジャー」


 だが藍子もドッグファイトをしている四機と高度を揃えながら追尾を続ける。


「こちらも降下する」


「ラジャー」


 機首を下げると雲間で右へ左へと牽制し合っている四機が見えた。


「すげえ。イエティ、負けてねえ」


《現在、雷神2が侵犯措置アナウンスを実施したが反応なし、領空侵犯。威嚇のための牽制飛行中》


 管制からの報告でドッグファイトが繰り広げられているのがわかる。


 そのうちに、機首を下げて降下していた藍子の視界から四機とも消えてしまった。


《朱雀02X 03X 共に領空外へ退去》


 管制からの報告だった。


「アグレッサーのクインとシルバーが、領空から出て行きました。退去したということは、まさか終わり?」


「フジヤマとイエティはそのまま、領空線付近を飛行中みたいね」


 だが徐々に変化していくレーダーの位置を見て、藍子と海人はたぶん揃ってハッとしたのだと思う。


 このジェイブルー908の位置に近づいてきている! 高度を確認……。


《こちら訓練管制スコーピオン。朱雀02X、03X 再度、領空侵犯を確認!》


「アイアイ、上!」


 海人がそう叫んだ時にはもう藍子もキャノピーの上を見上げていた。


「え! う、嘘でしょ!」


 キャノピーの真上にクインとシルバーの二機がいつのまにか接近してきていた。


 また、戦闘能力のないカケス、ジェイブルー機を餌食にする作戦!? 藍子は咄嗟に操縦桿を動かして旋回しようとしたが遅かった。


 藍子と海人を乗せるジェイブルー908の真横、翼を掠めるようにして、片翼を下げたクイン機とシルバー機がまるで息を揃えるようにこちらにキャノピーを真横に見せて降下していく。


「すっげ! いちおう、ウィングカメラのボタンを押したけど、撮れたかな。撮れたかな!?」


 アクロバット的な接近はただのパフォーマンスだったのか、演習として意味があるのか藍子にはわからなかった。


 だがあっというまに雲間に急降下にて消えていったエミリオの機動に、藍子はドキドキしていた。


 あれだからもう、敵わない。もしかして、藍子にこの前、キャノピーの真上をすり抜けられた仕返し?


 俺たちがどの方向から来ても、気がついた時にはおまえたち、もう手遅れなんだといわんばかりの!


「すげえ接近だった、やっぱクインとシルバーは次期ソニックと言われているだけある!」


「まだよ。サニー。私たちが飛行している位置に出現したと言うことは」


「そうだった。領空侵犯やられてる」


「管制の報告も遅かった。たぶん、サラマンダーの戦法で訓練管制もジェイブルーも油断させてひっかきまわしているのよ」


 その藍子の推測もあたった。


《こちらスコーピオン管制、ジェイブルー908、追跡せよ》


「ジェイブルー908、ラジャー」


 こっちはもう見えているし、たったいま逃げられたところなのに、管制から一歩遅れた指令。あちらも慌てている。


「私たちはドッグファイトは出来ない。私たちの位置から入り直して、きっとフジヤマとイエティの背後をとってロックオンするつもりなのよ」


「くっそ。俺たちが戦闘能力を持たないからって、つまり、おまえたちがいてもいなくても、領空侵犯なんて簡単に出来るって意味だったのか!!!!」


 あんなにクインとシルバーの機動に興奮していた海人だったが、アグレッサーが仮想敵としてなにを示していた演習をしているのかを理解し、途端におかんむり。


「追跡を続ける」


「イエス、マム! こちらも全方位カメラセッティング完了。どのアングルでもOKですよ!」


 海人の闘志にも火がついたようだった。若いお日様君が熱くなればなるほど、藍子は冷静でいようと努める。


 恋仲がなんですって? 全然、私のエミルには見えなかった。やっぱりカーキー×イエローの迷彩戦闘機に乗っている彼は気高いクインでしかない。しかも意地悪いクイン!


 あいつを追跡するのが使命、領空から追い出すのが使命。藍子の闘志にも火がつくが、静かに静かにその炎を燃やして、彼が降下した方向へと藍子も機体の高度を落とす。


「いた」


 白い戦闘機が二機、その背後を迷彩柄の戦闘機が二機。下方に確認。雲が少ないところ。


「アイアイ。このままの高度でOKです。胴体下のカメラで撮影します。いまの目視を保ってください」


「ラジャー」


 海人の指示通りに下方に四機が見える状態で維持。ただし一瞬で終わる。


《こちら訓練管制スコーピオン。領空侵犯の朱雀02X、03Xが、雷神2と雷神7を共に撃墜 演習ケース1、終了。共に元の位置まで戻るように》


「あー、やっぱ負けちゃったか」


 海人が溜め息をついた。やはり心の奥底では同世代で悪友のイエティを応援していたようだった。


 藍子も違う感嘆の溜め息を密かに漏らしていた。


 すごかった。やっぱり彼はすごかった。


 さっきは憎たらしかったのに、いまは惚れ惚れしている。


 彼は気高いクイン。決して乱れたりしない。


 そしてこんな時、彼を遠く感じる。

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