カクヨム先行 おまけ③ 叔父ちゃんの勘違い2



 あちらの女性も気後れした様子で、エプロンをした制服姿でキッチンから出てきて、楚々と和人にお辞儀をしてくれる。


「初めまして。海人さんと同じ機体に搭乗しております、朝田藍子です。叔父様のお話は御園海曹から常々。私たちが操縦するジェイブルーの衛星オンライン解析や、データバンクを開発された方とお聞きしております」


 大人の女だと思った。

 なるほど? これは海人が安心しそうな雰囲気をお持ちだと和人は思った。


「あ、これ。横浜の土産です。お食事の追加にどうかと思いまして」


 二箱持ってきたシュウマイを差し出して、和人はしまったと思う。


「女性とわかっていたら、義姉お気に入りショップのチョコレートを持ってきましたのに。こら、海人。女性だと教えて欲しかったな」

「え、なんで。べつに藍子さんは、チョコレートじゃなくても、喜んでくれるよ」

「そのとおりです。甘い物も好きですが、私、けっこうがっつり食べるほうですし、横浜の有名なシュウマイ店のものなら、離島では滅多に食べられないので嬉しいです」

「これからはよく食べられるかもしれませんよ。叔父さんのお土産、いっつもこれなんだ。兄貴であるうちの父親が好きなんだよね」

「そうなの。だったら、御園准将がどんなお味がお好みか、私も知りたい。あ、叔父様。こちらで預かりますね。一度、蒸してからお出ししたほうが美味しくいただけますよね」


 彼女はそういうと、シュウマイの箱をふたつ手に持って、キッチンへと戻っていく。


「叔父ちゃん、座って待っていてよ。もうすぐできるから」


 甥っ子もそういって、彼女がいるキッチンへと戻っていく。


『藍子さん、もうポトフよそってもいいですか』

『仕上げにブラックペッパーをお願いね』

『了解でーす。アイハブ!』

『はいはい。ユーハブ』


 制服姿、お揃いのエプロンで和気藹々、テキパキと料理をしている息が合った姿を、和人はテーブルの椅子に座り眺めていた。


 これは、もしかすると。もしかするかもなあ。

 叔父さん、にやにやが止まらない。

 人には警戒心が強い甥っ子が、あんなに楽しそうに女性とキッチンで。

 そうか。彼女も料理が趣味。趣味までお揃いか。しかも、しっかり者の年上彼女と見た。

 しかも美人、あのなんともいえない泣きぼくろの目元がいいじゃないか。しかも女性パイロット!?

 アイスドールといわれた義姉もクールな色香があったが、こちらは気が強そうなオーラは一切なく、女性パイロットのわりには、柔らか爽やかな女性らしさが出ている。


 うんうん。いい感じの女性と出会えたんだなあ!

 きっときっと、いい関係が築けるだろう。

 もしかして。そのうちに結婚……? マジか。なんだか叔父さん泣けてきた。

 お日様君といわれていた、キラキラ栗毛のかわいかった甥っ子が、大人の男になって、恋人ができて結婚!!!


「ちょっと。叔父ちゃん。なんで泣いてるんだよ」


 海人がテーブルの配膳にやってきて、年寄りくさく感傷的になっている叔父を訝しげにみていた。


「いやあ、海人と久しぶりの食事だもんで。しかも甥っ子の手料理だろ。泣けるわ」

「いつでも来てよ。これからも。俺、一人気ままに暮らしているから、こっちにも泊まることできるからさ」


 いやいやもう。そこの彼女とうまくやってくれ。

 叔父さん、邪魔なんかしない!!


「叔父様。こちらどうぞ」


 朝田准尉が和人の目の前に、綺麗に盛り付けをしたポトフをおいてくれた。

 美人なのに、ほんわりとした笑みも好印象。

 確かに、義姉のような女性パイロットのせいか、日本女性のわりには身長があるが、側にいる鍛えている青年の海人に比べたら華奢な女性。柔らかな色香があって、甥っ子のお相手として、和人は叔父さんも満足とほくほく顔になってくる。


「うまそうですね! ご実家が美瑛とか」

「父がオーベルジュを経営している料理人なんです。家族で営んでいます。その父が送ってきた美瑛の野菜と、父手作りのベーコンで作りました」

「お父さんがシェフですか!」


 ほんとうに北国のファームレストランのような料理が並び始めていた。

 これはなかなかの腕前。そりゃ、料理もできる海人が認めるはず。お似合いだ!! もう和人は内心興奮していた。


「藍子さんのお父さんが作ったベーコン、旨いんだ! 叔父ちゃん、ラッキーだよ。シェフベーコンがあるときに来られて」

「そうだな。これは来てよかった。ああ、できあがったようだね。それなら、藍子さんも海人も一緒に席についたらどうだ」


 誘ったが、彼女だけがキッチンへと戻っていく。


「海人はもう叔父様と先にお食事をして。最後にシュウマイを蒸しておくね」

「すみません。藍子さん」

「叔父様と会うのも久しぶりなのでしょう。さ、はやく」


 あの海人が、人に気遣う前に、彼女に気遣ってもらい、しかもそれに遠慮もなく甘えて、和人の隣の席にやってきた。


「富良野ワイン、出しておいたんだ。叔父ちゃんのために開けるよ」

「いいのか」

「やっと叔父ちゃんに会えたんだから。しかも初めての一人暮らしの家に来てくれたんだ。おもてなししたいよ。って、藍子さんを紹介したくて、藍子さんにも手伝ってもらっちゃったんだけど」


 彼女といることが楽しそうな甥っ子に、和人はついに耳元でそっと聞いてみる。


「な、彼女のこと……」


 聞こうとしたその時。また玄関のチャイムが鳴る。


「あ、こちらもやっと来たかな」

「なんだ。まだ誘っているお客がいたのか」

「うん。アグレッサーの先輩」


 また凄いパイロットの先輩もできたんだなと、あっという間に小笠原部隊にも馴染んでいる甥っ子に感心をしてしまう。

 しかも玄関から楽しそうな話し声が聞こえてくる。落ち着いた大人の男性の声と甥っ子の声が近づいてきて、和人はもう一度、椅子から立ち上がり待ち構える。


「お邪魔いたします」


 現れたのは、和人も知っているパイロットだった。


「ああ、なんだ。クインだったのか」


 小笠原アグレッサー飛行部隊、サラマンダーの戸塚少佐だった。

 美しすぎるパイロットと広報が名付け、若きアグレッサーとして紹介されていたことが記憶に新しい。しかも、仕事で都合が付けば出向くこともある『兄、隼人の誕生日パーティー』や、サラマンダーの飛行データ確認のチェンジ演習などで、何度も言葉を交わしたことがある隊員だった。


「お久しぶりです。澤村社長。甥御さんとの大切なお時間をお邪魔するとは思いながらも、本日は海人に誘われて、甘えて来てしまいました」


 ブロンドで白人系の顔立ちなのに、きちんとしたお行儀と日本語に、彼が日本国籍で日本育ちとわかっていても、毎度、清々しささをかんじる男性だった。


 なるほど。パイロット大好きな甥っ子が、さっそく大好きなパイロットに声を掛けて親しくなったのかなと、叔父として思う。


 そんなブロンドの美しい男も、手に土産をもってきていた。


「これ。市場でみつけてきたんだ。朝採れのアサリだそうだ。砂抜き済み」

「お、いいですね。なにか作りましょうか」


 その彼がちらっとキッチンを見た。

 そこにはまだシュウマイを蒸す調理をしている朝田准尉がいる。


「俺がつくる。エプロン借りるな」

「いいんですか」

「ひさしぶりに会う叔父様だろ。藍子と俺がするから、海人は叔父様とさきにどうぞ」

「では。お任せして」

「なににするかな。酒蒸しかアヒージョか」

「あ、叔父はアヒージョが好きですよ」


 麗しい戸塚少佐が、『では、そうしよう』と微笑んで、キッチンへと向かっていく。

 甥っ子が元の席に戻ってきて、和人も座り直した。

 ワインの栓抜きを始めた甥っ子と、キッチンにならんだ准尉と少佐を交互に眺めてみるのだが、やがて、あちらキッチンのむこうにいるふたりが、和やかに微笑みあっては、見つめ合って、しかも、戸塚少佐が妙に親しげに彼女の耳元に近づいて、なにかを囁きながら調理を始めた。

 こちらの男性もテキパキしていた。海人のキッチンのはずなのに、オリーブオイル片手に、朝田准尉もちょっとしたアシストをしながら、海人宅の冷蔵庫まで勝手に開けている。


「海人。三人でよく食事でもしているのか」

「ああ、うん。お二人とも料理するのは手慣れているから、こうして会っては気ままに、お互いができるものを作って、食事をしたりしているよ」

「へえ。よかったな。料理サークルみたいなかんじなのかな」

「時々、双子が乱入して、めちゃくちゃ食い荒らしていくけれどな」


 ああ、城戸家の双子とも、同じ基地所属になって親しく過ごしているのかと、甥っ子が孤独な転属をしたとか、ちょっとばかり実家を避けるお年頃になっても寂しく過ごしていなくて叔父さんは安心する。


 甥っ子があけてくれた白ワインのグラスを手に取って、お先に叔父と甥で乾杯をした。

 のだが、あちらのキッチンでは相変わらず。戸塚少佐が親密な様子で、朝田准尉との距離がいちいち近いのが和人は気になってしかたがない。

 海人はどうも思わないのかと、グラスを呷っている甥っ子を見たが、もう准尉お手製のポトフに舌鼓をうっているだけ……。

 相変わらず食い気が先立っていて、義姉に似たのか、兄に似たのか。それとも、あちらはアグレッサーで先輩だから、気になっても素知らぬふりをしているのか。


 そんな甥っ子にちょっと、かまをかけてみる。


「海人。気にならないのか。あちらのキッチンのふたり」

「え? なにが? いつもあんなかんじだけれど」

「そうなのか。いや……、でもそうだよな。戸塚少佐が朝田准尉を気に入っていてもしかたがないかもな。彼女、いいかんじの……」

 爽やかな色香があってと言おうとして、やらしい叔父さんにならないかと口をつぐんだ。

「海人はいいのか。お気に入りの相棒さんなんだろ。他の男と親しくしていても――」


 叔父心だったのだが、海人はきょとんとしている。


「だって。恋人同士なんだから、あれぐらい当たり前でしょ。だから、いつもあれぐらい仲がいいんだってば」


 はい? 今度は和人が唖然とする。


「え、あちらのおふたりは、つまり」

「え、あ、言っておいたほうがよかったか。あちらのお二人はステディなんで、よろしく」

「あ……、はい……、あ、なーるほど……?」


 なんだ。そういうことか。

 いや……、違う! 甥っ子とお似合いだと思ったのにーーー! と、叔父さんひとりで悶絶する。


「どうしたの。叔父ちゃん」

「いや、もう……、海人がこの基地に帰ってきても、先輩や友人と楽しく過ごしていると知って、安心したんだよ」


 恋人にもいつか会わせてほしいな。

 なんて、言えず。

 叔父さんは、盛大な勘違いをして、ひとりで一喜一憂したことは、ひっそり心にしまって、ワインを一気に飲み干してしまった。


 いつか甥っ子から、俺のカノジョ――と紹介してもらえる日が来ますように。

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