カクヨム先行 おまけ② 叔父ちゃんの勘違い1



 歳が離れている兄が勤める基地には、一月か二月に一度は通っている。

 しかし今日は、いつもとは違う心持ちで、澤村和人は小笠原総合基地へ向かう。


 新しくできた新島の基地が窓の下に見えてきた。

 横須賀基地から出ている定期便の飛行機の窓辺、見下ろすと空母艦を停泊させている港が見える。

 数年前に新設された東南防衛司令本部という、大きな海軍基地。美しい緑の島はまだ若く、自然が溢れる中、その片隅に基地がある。

 海鳥が飛ぶ姿も見え、その上空と通り過ぎるころには、機体は降下し始める。

 それほど大きくもないが、東南防衛の初期を築いてきた小笠原総合基地がある島へと着陸態勢にはいった。


 昨夜のことだった。

【 おじさん。明日くるぽいね。俺の借家、どこにあるかわかるかな。絶対に来てよ 】

 そんなメッセージがスマートフォンに届いていた。


 甥っ子の海人だった。

【 わかった。基地での仕事が終わったら、そっちに行くよ 】

【 久しぶりだね~。もっと北海道にいたかったのに、父さんの罠にかかっちゃったよ 】


 兄の罠ときて、和人は密かに笑っていた。

 あの兄のことだから、息子だから引き寄せたとかは絶対にやらないだろうが、それでも適任と見定めたのなら本気で息子であろうが、有無も言えない方法で引き抜いてきたに違いない。


【 実力が認められての抜擢だったんだろ。また海人に月1で会えそうで、叔父さんも楽しみだよ 】

【 紹介したい人もいるんだ 】


 おおお? 彼女でもいたのか、島に帰ってきてさっそくできたのか!?

 あまりにも女っ気がない甥っ子を心配していた叔父さん、ちょっと期待した。


【 ガンさんが引退したから、俺に新しい相棒ができたんで。その人 】

【 了解。楽しみにしておくな 】


 がっくり。仕事の相棒だった。


 まあ、ひと目見ておいて、損はないかなと叔父は思う。

 御園家親族の一員として、見定めておこう。

 と、そこで和人は思い改める。いや、俺なんかが見定めなくても、既に海人の父親である兄がきっちり品定めを済ませているから、息子の相棒になったパイロットなのだろう、と……。



 降下した機体が、小笠原総合基地の滑走路へ着陸。

 機体から降りて、基地へと入るゲートでのチェックももう慣れたもの。


「いらっしゃいませ。澤村社長」

「ご苦労様です。本日もおじゃまいたしますね」


 警備隊にも顔見知りができるほどに、顔も知られていた。


「さきほどから、お待ちでしたよ」


 警備隊員の笑顔が、ゲートより向こうの搭乗待合室へと向けられる。

 そこには夏の制服姿の兄が、眼鏡の笑顔で手を振っていた。

 これも毎度のことで、忙しいはずなのに、兄はいまだに歳が離れた弟をきちんと出迎えてくれるのだ。


「おーい、和人。よくきたなー」


 もう俺、年が離れた小さな弟じゃねえよ、と和人は思う。

 しかも白髪交じりの頭になった兄だが、徐々に父に似てきた。雰囲気も声もだ。


「おじゃましまーす。御園准将。これ、お土産な」

「待ってました。横浜のシュウマイ」

「兄ちゃん、これ好きだもんな」


 月1、何度持ってきても、喜んでもらえる。

 十三歳年上の兄がほくほくとシュウマイがはいっている紙袋を受け取ってくれる。


「義姉さんにもチョコレートな。ブラックリボン」

「それは連隊長室に持って行ってやれよ。和人が来たら、それだけで喜ぶからさ」

「義姉さん、訪ねてもいないときあるんだよな。あれ、いまだにやってんだろ。ふっと消えるやつ。昔はテッドさんがすぐに捕獲していたけど、いまは園田さんなんだろ」

「あー、うん。もうその園田が手強くて手強くて。当時のテッドぐらいの手腕と権威は既に得ているんじゃないかな」


 何歳になっても、あどけない純真そうな微笑みを持つ義姉の女性護衛官、園田少佐の顔を思い浮かべるのだが、その笑顔とは異なる強かさをもつ義姉の補佐官。和人は『義姉さんの周りにいる女性おそるべし』と唸った。


 とはいえ、義弟の和人には、気のよいおっとりとした義姉でもあるので、来れば会って話をしたいのも本心だった。

 連隊長と司令という立場を得てしまった義姉なので、基地内では親戚面しないよう気をつけているが、今日もせっかくの義姉の大好物だから兄に任せず、機を見て会いに行こうと和人は思っている。


「今日も一泊していくなら、うちに泊まっていけよ。部屋もいっぱい空いているからな」

「悪いね。助かる」

「子供も大きくなって、英太も元々独立していたとはいえ、宿舎を出て独り暮らしも板に付いてきたからな。近所でも帰省は年に数回だよ」

「海人も移転完了して、近所の平屋に住み始めたんだろ」

「うん、まあな」


 兄の気のない返事に、弟の和人はそっと探ってみる。


「海人、やっぱりもう同居はしなかったんだな」

「成人したいい大人だ。実家がある基地に転属になったとはいえ、もう親と一緒に住むなどないだろ。葉月は少し期待はしていたようだけれど、母親が連隊長で同居していたら、なにかひいきをされていると思われるのも嫌なんだろ。隊員として、きっちりとした線引きができる息子で安心しているよ」


 兄は父親として、息子が選ぶ道に文句も不満もないようだった。和人も弟としても叔父としても、同じ考えだった。

 だが義姉はそうは思ってはいないことは、この兄の家へとお世話になるたびに、その空気を感じている。

 それもこれも……。あの義姉が空母艦の艦長を務めていた時に起きたことに遡るのだが。弟としてここは、話題にはしないようにと、和人は胸の内に収めた。


 兄の付き添いで基地内を歩いていると、誰もが兄に挨拶をして、共に並んでいる弟の和人にも挨拶をしてくれる。

 今日はシミュレーション機『チェンジ』の点検と、兄が長の部署『データ管理室』で、ここ一ヶ月分の全国のジェイブルー飛行隊が集めてきた映像解析の確認と、衛星からのアクセス点検も行う。今日はひとまず準備をして、明日半日点検を行い、夕方には帰る予定だった。


 その間に、海人に会っておくには今夜しかないかと思い至る。


 和人の仕事場はこれまた、兄が統括するところなので、結局一緒にそこまで行くのもいつものこと。


 スーツのジャケットを脱いで、澤村精機社の作業ジャンパーを羽織って、兄の部下達に囲まれて作業を開始する。

 その前に。と、データ管理に厳しい部屋を出て、和人は甥っ子にメッセージを送っておく。


【 叔父さん、小笠原に到着。准将兄貴のデータ管理部にて、いつもの点検作業開始 】


 それだけ送信をしておけば、午後の休憩時間には気がついてくれるだろう。





 午後になってスマートフォンを確認すると、甥っ子からメッセージの返信があった。


【 叔父ちゃん、お疲れ様。俺、今日午後非番で帰宅したところ。相棒さんにも叔父ちゃんのことを紹介したいので、今日は俺のところで一緒に夕飯を食わない? 俺、料理して待ってるよ。相棒も料理上手なんだ 】


 なんと。相棒も料理ができるとはなかなか。

 男同士で料理とは、最近の独身男性は自立ができていて偉いなと和人は感心する。

 

【 わかった。隼人兄ちゃんに、今夜は海人のところで食事をすると伝えておくな 】

【 了解~。いますぐ隣に相棒もいるんだけど、澤村精機の社長さんに会うの緊張するとか言ってる。ぜんぜん、ただの叔父さんと伝えておいた 】


 まあ、ただの叔父さんっちゃ、叔父さんだけどよ――と、和人が苦笑いをこぼす。

 それでも。確かに。甥っ子と会うときは『ただの叔父さん』だ。

 新しい相棒に気を遣わせないようにしようと心に留めて、午後の仕事に励む。




 夕方になり、宿泊は兄宅の御園家へと向かい荷物を置いてきたが、夕食は甥っ子が住み始めたばかりの独身専用平屋の借家がならぶ区域へと向かった。



 初夏を迎え、日の入りも遅くなり、まだ明るい住宅の道を往く。

 バラの季節なのか、ほのかな花の香り、緑が豊かな庭が続くなかを歩いて、甥っ子の自宅へと到着する。

 お土産は、シュウマイ。兄へと持ってきた分から二箱もらってきた。相棒の彼も喜んでくれるだろうか。



 チャイムを押すと、インターホンからは甥っ子の『いらっしゃい!』という、叔父としても嬉しい無邪気な声が聞こえてきた。

 ドアが開いたそこには、夏の制服の上にいつもの黒エプロンをしている海人が現れる。


「和人叔父ちゃん、久しぶり~」


 大人の男になったはずなのに、まだ甘えるように抱きついてきてくれて、叔父さんも嬉しくなり抱き返していた。


「千歳からおかえり、海人」

「こうして叔父ちゃんに会えるなら、こっちに帰ってきた楽しみが増えたよ。入って入って」


 玄関も廊下も綺麗だった。さすが、家事が得意な兄に仕込まれただけあると、和人はまるで自分が育てたかのような誇らしさを感じてしまう。

 しかも奥からいい匂いがしてきた。


「今日はさ、相棒さんの得意料理なんだよ」

「へえ。相棒さんの……、えっと、階級は……一緒ぐらいなのか」


 靴を脱ぎながら聞いて、玄関をあがる。


「ううん。俺より年上で、准尉だよ。岩国から選ばれて来たんだ」

「ほう、岩国……」

「でも出身は札幌で、いま実家が美瑛にあるんだ。しかも趣味は料理。もう俺たち、意気投合しちゃって!」


 この時、叔父である和人は少し驚いていた。

 甥っ子は、御園家の長男、母親は少将で司令、連隊長。父親は准将で、情報管理の重要管理職を勤めている。資産家の孫であって、軍人としても四世、義姉が生まれたときからサラブレッドと呼ばれたように、この甥っ子も生まれたときからサラブレッド。だれもが御曹司並の子息として視線を集めてきた。

 いつも良い子の顔をして、大人を困らせないよう思慮深くが第一に、大人びた少年として育っていた。

 無邪気な顔を見せるのは僅かな親族と家族と、両親の友人のみ。

 そんな限られた大人の中でも、海人は特に叔父の和人には懐いてくれていたほうだと思う。


 その甥っ子が。同世代の相棒を得ただけで、こんな笑顔を見せてくれるだなんて――という驚きだった。


 ふむふむ。これはなかなかに、いい兄貴ができたんだな。どれ、どんな隊員か。和人も甥っ子の新しい相棒への期待が高まる。


 ジェイブルーの新部隊に引き抜くパイロットとして、兄の眼鏡にかなった隊員だ。どれどれ。和人はわくわくしながら、甥っ子の案内で後をついて、リビングへと招かれる。


 そこに入って、その相棒がいたキッチンへと目線を向け、和人は驚きで固まった。


「藍子さん、叔父が来ましたよ」


 そこには、エプロンをしている女性がひとりいるだけ……。

 また甥っ子が無邪気な満面笑顔で、その女性を和人に紹介する。


「新しい相棒の朝田藍子准尉だよ。今日は藍子さんが得意の美瑛ポトフを作ってくれているんだ」


 美人だ。泣きぼくろがある……。和人は呆気にとられていた。


「あ、ああ、そうか。ええっと。叔父の、澤村和人です。御園隼人の弟です。甥の海人がお世話になっております」


 一礼をしながら、和人は驚きで胸の中が渦まくその中心で『相棒って……女性か。いや、海人のやつ、好きだろこれ』と直感してしまったのだ。

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